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吾妻山の長い県境稜線の、ちょうど真ん中にある東大巓の北側にある。
一帯は視界をさえぎるネマガリダケの笹原と低い針葉樹の疎林、湿地帯が展
開しているため、見通しが利かない。明月荘は、雪の季節や、霧の天候のなか
では、見つけにくい山小屋で、晴天のときでさえも、すぐ近くまで行かないと
小屋が姿を現さない。
1974年6月、残雪の県境尾根を縦走して、笹原や樹林を迂回しながら雪田
をたどって明月荘に行き着いたときは、ほっとした。
そういう場所だから、当時の明月荘の戸口には、霧のときの目印に、大きな鐘
と小さな金槌とが、ぶら下げてあった。
初めてこの小屋に行ったときは、明月湖の脇の草原で昼食にしようと腰を下ろ
したら、汚物でリュックを汚してしまったこともあった。そういえば、トイレは
離れにあったようにも思う。
泊まったのは、姉たちと西吾妻にむけて縦走した1974年の夏だった。水場
は小屋の10分ほど滑川鉱山側に、金明水。枝沢で、残雪期には勢いよく雪解
け水が流れ出していた。
当時の明月荘は、平屋建て。中は広い土間が西側にあり、東側が広い板の間、そ
して2段の寝室エリアがあった。
翌朝、西吾妻山へと出発すると、弥兵衛平の茫洋とした湿原の広がりが印象的
だった。
◆小屋の内部の見取り図(記憶をたどって)
◆古いガイドブックから
東大巓北方1キロ、標高1850米の明月湖畔にあって、昭和32年(195
7年)、山形県の建設にかかるコンクリート・ブロック作りのがっちりした山
小屋で、吾妻縦走の重要な拠点である。シーズン中には米沢から番人が登ってき
ていて登山者の面倒を見てくれる。
収容30名 1泊200円 連絡先 米沢市商工課観光係
(「みちのくの山々」 太田 繁著、朋文堂ケルン新書20、1964年6月刊
から)
◆現況
無人小屋。収容70人。
電気、水、燃料の備え無し。トイレ2有(紙持参)
水場 各避難小屋の近くに有り(小屋内部の案内板参照)
米沢市役所商工観光課(0238‐22‐5111)
米沢市のページに現況写真。なんと2階建て!
http://www2.jan.ne.jp/~yonezawa/tozan/tozan003.html
◆野原森夫のサイトの関連山行
谷地平から東大巓(1971年10月)
残雪の吾妻県境尾根縦走(1974年6月)
◆山ノートに記されたルート記録から(野原森夫)
準備中
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東京都あきる野市 野原森夫

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