御西小屋



 飯豊の稜線のY字路にある小屋。東に本山、西に最高峰の大日岳が望め、ここか ら北へ伸びる稜線には、北股岳、杁差岳などの雄峰が連なっています。
 御西小屋には、1度目は幕営で、2度目は小屋泊まりで、お世話になりました。
 御西岳は、四方に膨大な雪田を広げた、のびやかな山です。幕営場は、小屋の北東 側の雪田沿いにありました。豊富な雪解け水が流れ、夕刻、小屋の広場に登れば北股 岳の西の尾根に沈む夕陽が望めます。朝は、テントの入り口を開けると飯豊本山から 登る朝陽を望めます。



「飯豊連峰大地図 71」(藤島玄)の表紙にある、御西小屋と大日岳の版画

◆70年代のガイドブックから
 (本山からの)道は御西岳の頂上をわずかにかわして、ほどなく草原の中で二分 する。左手へ行くのは最高峰大日岳へのコースだ。大日岳までここから往復四時 間、片道三キロである。この分岐の西側に御西小屋がある。 (「アルパインガイド 東北の山」 山と渓谷社 1974年版から)

◆野原森夫のサイトから
○飯豊連峰縦走 石コロビ沢雪渓から飯豊本山(1971年7月31日〜8月2日)
http://homepage2.nifty.com/kinokoyama/touhoku/iide71.8.htm
 烏帽子岳からは道はなだらかになり、歩きやすい。時おり残雪にのっては、また土 の上にもどるということを繰り返す。行程を一気にかせいできただけに、かなり疲労 がたまってきた。途中、大きな雪田が山形県側にあり、名前のない泊り場があった(テ ント2、3張り分)。雪の中に入り込むと、冷たいしずくがポタポタ落ちてくる。こ れを、ポリタンク替わりに持ってきた冷蔵庫の水タンクで受けて、のどをいやした。一 時的に元気をとりもどして根曲がり竹の中を進むと、今度は御手洗(みたらし)池に 出たが、ここの水も使えそうにない。

さらに進んで天狗の庭へ。ガスが晴れ、日が差してきた。そして天狗岳にたどりつく と、前方の視界が一気に開けてくる。何よりも、大日岳がすばらしい。新潟県側に深 く落ち込んだ飯豊川源流の谷を隔てて、険しい山容でせりあがっている。そして南東の 方向には、目指す山・飯豊本山がピラミッド型の稜線を描いてどっかり腰をすえてい る。前方に見える今日の泊り場、御西岳(2013メートル)は、どこが頂上かわか らないような、のっぺりした山だ。山形県側の沢の源頭がそっくり埋まるような大き な雪田があり、その残雪のわきにテントが5、6張り張ってある。このまま本山まで 向かっても遅くなってしまうし、体はもう疲れてしまった。それに、山上の残雪のか たわらにある、こんなすばらしい泊り場をただ通りすぎるという手はない。明日の行 程はつらくなるけれど、早発ちすることにして、雪田を斜めにトラバースし、テント 場に向かった。

午後2時30分、御西岳着。今日もまた、とてもゆっくりしたペースで歩いて、一日 が終わった。サッカー場が楽にできるような膨大な残雪のわきで、また一人でテント を張り終えると、夕食の支度にかかる。雪田にそって少し下降したところに雪解け水が 豊富で、テント場もしっかりしており、一夜をすごすのには最高の泊り場だ。


御西小屋と大日岳。1971年8月、野原撮影

インスタント・カレーの夕食のあと、御西小屋まで登って、日没を見る。明日、いよ いよ登る飯豊本山が夕陽に照らされて美しい。大日岳は黒い、大きなシルエットに なっていて、その一角だけが夕陽に染まっている。小屋の前では円陣を組んで夕御飯 を始めるパーティーもいる。何もかもがのどかだった。夕日が雲の中に顔を隠すと、す ぐに夕闇が迫ってくる。満ち足りた気持ちで、テントへと向かった。(就寝7時45分)

◆野原森夫のサイトから(その2)
飯豊連峰縦走 大日岳から 門内岳(1974年8月3日〜7日)
http://homepage2.nifty.com/kinokoyama/touhoku/iide1974.8.htm
 ニッコウキスゲの鮮やかな姿を目にしながらの最後のひと登りで、稜線の一角にとび だした。時間はもう午後2時をまわっているから、ゆっくり休んでいたら途中でビバー クということになってしまう。けれども体は動こうとしてくれない。近くの雪渓から コッフェルで雪をかきだし、かき氷をつくる。僕らを苦しめた長大な尾根を見下ろしな がら、二度目の昼食にする。かき氷がやっぱり一番うまい。
 学農君の顔はなんだかひとまわり小さくなって、目がおちくぼんだ感じだ。きっと僕 も、かなりひどい顔をしているにちがいない。

 前後してオンベ松尾根を登ってきたワンゲルの連中は、バテた人を出したせいも あってか、この場所でビバークするらし かった。僕らも迷いもしたが、ガスの具合からみて明日の天気が悪くなりそうだし、体 も元気をとりもどしたので、大日岳に登頂して、あくまで御西岳の小屋をめざすことに する。

 夕刻に近い時間になりつつあったけれど、気持ちが定まると、ペースは快調だ。登り のそうきつくない牛首山のピークを越え、深い鞍部で休憩のあと、大日岳をめざす。ま た、ガスが出始めた。それに、この山は飯豊連峰の最高峰の名に恥じず、なかなかの量 感をもっている。ルートが実川側にまわりこむところでは、夕暮れの中、巨大な雪渓が はるか下方の闇の中に落ち込み、溶け込む様が、すばらしい迫力の光景をつくってい た。僕らは、そんなあたりの展開に呑み込まれないように、吾妻君と二人で声をかけあ い、ルートを確認しあって、頂をめざした。頂上直下の雪田では、暗いのとガスのため に、いったんルートを見失った。

 大日岳(2128メートル)の頂上に到達(18時20分)。そこはガスと夕闇と強 風の中だった。吾妻君とたがいの体調を確かめあっただけで、休まずに御西岳への縦走 にかかる。
 風が流れ、ハイマツの枝がざわめく。先の見えない暗い道は、すごく長く感じる。時 計を何度も見、過ぎていく時間で距離をかせいだの確かめながら、踏みあとに目をこら す。雪田上にまたルートが移り、慎重に踏み跡をたどって、長い登りが続く。そして、突 然、目の前にテントの明かりが見えた。そばに立つ小屋は、もう、形がわからないほど 真っ暗な中だった。内部は満員に近かったけれど、なんとか入口付近にスペースをあけて もらう。ペミカンのおじやをすばやくつくって、シュラフに入った。(19時半着)

 8月5日。夜中に降り出した雨は、朝には強風にのって小屋の屋根を激しくたたくくら いになっていた。ビバークせずに、この小屋までやってきて、ほんとうに良かったと思 う。2人の体調とこの天気も勘案して、今日はカイラギ小屋までの気楽な日程とする。天 気図をつくったが、天気はこれよりは悪くなりそうもない。雨の中でも、前進はできそう だ。それに、この御西岳から北へ縦走するルートは、僕が三年前にたどった、様子のわ かった道でもある。雨が小降りになるのをまって、出発することにした。朝食は、昨日 の夜の分までもと、空模様をながめるあいだに2回に分けて、たっぷりとつめこんだ。
 お昼近くに、御西小屋を発つ(11時35分)。稜線は、雨がほとんどあがって、ガス がまいているだけだった。調に飛ばし、途中からは霧で濡れるものを最小限にするため に、アミシャツ一枚で行動する。

◆現況
 建てかえられて健在。

 


 1977年当時の御西小屋の写真を、栃木県の早瀬洋さんが、ブログに 掲載しています。
こちらを、ごらんください。

 早瀬さん、貴重な写真のご紹介、ありがとうございます。
 今回は、早瀬さんから2006年8月にお知らせをいただきました。
 飯豊本山から見た大日岳などの様子も紹介されています。

 


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東京都あきる野市  野原森夫



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