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飯豊の稜線のY字路にある小屋。東に本山、西に最高峰の大日岳が望め、ここか
ら北へ伸びる稜線には、北股岳、杁差岳などの雄峰が連なっています。
「飯豊連峰大地図 71」(藤島玄)の表紙にある、御西小屋と大日岳の版画 ◆70年代のガイドブックから ◆野原森夫のサイトから さらに進んで天狗の庭へ。ガスが晴れ、日が差してきた。そして天狗岳にたどりつく と、前方の視界が一気に開けてくる。何よりも、大日岳がすばらしい。新潟県側に深 く落ち込んだ飯豊川源流の谷を隔てて、険しい山容でせりあがっている。そして南東の 方向には、目指す山・飯豊本山がピラミッド型の稜線を描いてどっかり腰をすえてい る。前方に見える今日の泊り場、御西岳(2013メートル)は、どこが頂上かわか らないような、のっぺりした山だ。山形県側の沢の源頭がそっくり埋まるような大き な雪田があり、その残雪のわきにテントが5、6張り張ってある。このまま本山まで 向かっても遅くなってしまうし、体はもう疲れてしまった。それに、山上の残雪のか たわらにある、こんなすばらしい泊り場をただ通りすぎるという手はない。明日の行 程はつらくなるけれど、早発ちすることにして、雪田を斜めにトラバースし、テント 場に向かった。 午後2時30分、御西岳着。今日もまた、とてもゆっくりしたペースで歩いて、一日
が終わった。サッカー場が楽にできるような膨大な残雪のわきで、また一人でテント
を張り終えると、夕食の支度にかかる。雪田にそって少し下降したところに雪解け水が
豊富で、テント場もしっかりしており、一夜をすごすのには最高の泊り場だ。 ◆野原森夫のサイトから(その2) 前後してオンベ松尾根を登ってきたワンゲルの連中は、バテた人を出したせいも あってか、この場所でビバークするらし かった。僕らも迷いもしたが、ガスの具合からみて明日の天気が悪くなりそうだし、体 も元気をとりもどしたので、大日岳に登頂して、あくまで御西岳の小屋をめざすことに する。 夕刻に近い時間になりつつあったけれど、気持ちが定まると、ペースは快調だ。登り のそうきつくない牛首山のピークを越え、深い鞍部で休憩のあと、大日岳をめざす。ま た、ガスが出始めた。それに、この山は飯豊連峰の最高峰の名に恥じず、なかなかの量 感をもっている。ルートが実川側にまわりこむところでは、夕暮れの中、巨大な雪渓が はるか下方の闇の中に落ち込み、溶け込む様が、すばらしい迫力の光景をつくってい た。僕らは、そんなあたりの展開に呑み込まれないように、吾妻君と二人で声をかけあ い、ルートを確認しあって、頂をめざした。頂上直下の雪田では、暗いのとガスのため に、いったんルートを見失った。 大日岳(2128メートル)の頂上に到達(18時20分)。そこはガスと夕闇と強
風の中だった。吾妻君とたがいの体調を確かめあっただけで、休まずに御西岳への縦走
にかかる。 8月5日。夜中に降り出した雨は、朝には強風にのって小屋の屋根を激しくたたくくら
いになっていた。ビバークせずに、この小屋までやってきて、ほんとうに良かったと思
う。2人の体調とこの天気も勘案して、今日はカイラギ小屋までの気楽な日程とする。天
気図をつくったが、天気はこれよりは悪くなりそうもない。雨の中でも、前進はできそう
だ。それに、この御西岳から北へ縦走するルートは、僕が三年前にたどった、様子のわ
かった道でもある。雨が小降りになるのをまって、出発することにした。朝食は、昨日
の夜の分までもと、空模様をながめるあいだに2回に分けて、たっぷりとつめこんだ。 ◆現況 1977年当時の御西小屋の写真を、栃木県の早瀬洋さんが、ブログに
掲載しています。 早瀬さん、貴重な写真のご紹介、ありがとうございます。 この山小屋についての情報・思い出をお寄せください。 思い出の山小屋、登山道――掲示板 思い出の山小屋 表紙へ 情報・思い出・リンクのご連絡のメールは、 こちらへ 「山の便り、大地の恵み」 http://trace.kinokoyama.net/ |