温身平(ぬくみだいら)小屋


 1971年の飯豊縦走で、美しいブナ林の中、カイラギ沢沿いに建つそ の姿がとても好ましい様子の小屋だった。全体が木造りで、外壁は白く 風化した板壁。豪雪地帯のため、高い床をもつ2階建てだった。
 小屋の前を通り過ぎて、吊り橋を渡って、ダイグラ尾根コースが分岐し ていた。
 温身平の名称は、おそらく飯豊温泉の源泉が、梶川尾根の取り付き付近 など一帯に分布していたからではないだろうか。飯豊温泉を含む広い一帯 が「温身平」の名称で呼ばれていたように推測される。
 旧飯豊温泉は登山道から外れていてさびれ、新しく現在地に移動し引き 湯方式になったことにより、いまは源泉地域だけが残っている。
 登山道を2時間余も歩いてようやく到達した飯豊温泉も、いまはバスが通う。
 3年後の飯豊縦走で、梶川尾根から下山した私は、鬱蒼としていたブナの樹林が、 切り株だけが目立つほどに伐採された跡を、目撃した。
 カイラギ沢には、大きな砂防ダムも建設され、現地の様相は大きく変貌した。

◆70年代のガイドブックから
 温身平小屋は玉川とカイラギ沢の合流点にあり、隣りは日本重化学(株)発 電ダムの管理小屋だ。ブナの林の上に、北股岳を中心とする飯豊の主脈が間近 く仰がれる。
(「アルパインガイド 東北の山」 山と渓谷社 1974年版から)
 (ダイグラ尾根から)桧山沢、大又沢の間に横たわる長い尾根道をようやく 下り終えると、この二つの沢の合流点に達し、桧山沢を吊橋で越せば、二つの 沢を合わせた玉川本流に沿ってしばらく下る。そして再び吊橋でカイラギ沢を 渡れば、温身平小屋である。
(「アルパインガイド 東北の山」 山と渓谷社 1974年版から)

◆「磐梯朝日国立公園 飯豊連峰大地図 71」
(1971年、新潟県発行、藤島玄)
 湯沢を渡り、ブナ林を貫通して本流と梅花皮沢の合流点の温身平へくる。温 身平小屋と堰堤合宿所が向かい合っている。小屋は管理人がいて有料。環境は 良好、登山コースは豊富。四季を通じて宿泊者の絶えがない。
 ……現在は、梅花皮沢の左岸沿いに登山道が開通し、合流点(石転び沢と入り 門内沢)まで足を濡らさず進まれるから便利になった。登山道は、小屋の手前か らブナ林に入り、漸次、梅花皮沢に近づく。

◆野原森夫のサイトから
○飯豊連峰縦走 石コロビ沢雪渓から飯豊本山
(1971年7月31日〜8月2日)
http://homepage2.nifty.com/kinokoyama/touhoku/iide71.8.htm
 シャツを着替え、短い吊り橋を渡って、また進む。10分ほどで飯豊山荘 を通過。ここから先は涼しいブナ林の中の道だ。すっかり幅が細くなった玉 川を見下ろしながら、ブナの大木の根元に腰を下ろし、しばしキスリングの 重みから解放される。
 温身平の小屋には、お昼ごろに着く。木造二階建てで、カイラギ沢のすぐ 脇に建てられている。小屋の裏手からはダイグラ尾根コース(飯豊本山に直 登する長い尾根ルート)が分岐しており、これから進む地竹原への道は小屋 の手前50メートルほどの大きな石のところから右折して続いている。
 それにしても、カイラギ沢の水流の激しさ、水量の多さはものすごい。こ れがすべて、上流で雪が融けたしずくが集まったものだなんて、信じられな い。
 温身平から先は、いままでよりも道は細くなり、登りは急になる。カイラ ギ沢左岸の道を、雪解け水の音をブナ林越しに聞きながら足を進める。登山 者はいつのまにかすっかり減ってしまって、見通しがきかない。
 それにしてもヘビやトカゲの多いいやな道だ。マムシが2匹、朽ちた倒木 にからみついているのを目にした。倒木はマムシをのせたまま、登山道を通 せんぼしている。けとばすくらいまで近づいても、2匹とも人間なんて眼中 にないという感じで、動こうとしない。道の脇から倒木をまたいでなんとか やりすごしたが、その先も、ザッザッザッと足を踏み出すごとに、両脇の草 むらがカサカサと揺れる。
 途中に二度ほど休憩をはさんで、地竹原に着く。原と呼ぶにはあまりに狭 いところで、しかもヤブが多く、テントは5〜6張りほどしか、張れそうに ない。しかし、小沢が近くにあって水には恵まれている。このあたりまで来 るとブナ林はほとんどなくなり、カイラギ沢もずいぶんと幅が狭くなった。高 度をかせいだのがよくわかる。風が少し出てきた。

◆野原森夫のサイトから
飯豊連峰縦走 大日岳から 門内岳(1974年8月3日〜7日)
http://homepage2.nifty.com/kinokoyama/touhoku/iide1974.8.htm
 梶川峰からは、尾根は飯豊の登高ルートらしく、一気に傾斜を増した。ひざ ががくがくいいだしそうになったら、ふもとの飯豊温泉は近い。右手下方に石 コロビ沢と合流したカイラギ沢の川畔に広がる温身平が俯瞰できるようになって きたが、その光景にぼくは驚かされた。あの、ブナの大木がうっそうと繁るゆ るやかな斜面が、丸裸になっていたから。尾根をさらに下り、距離が近づく と、飯豊温泉から温身平にかけての森がまるごと消えてしまい、ブナの白い切 り株が数え切れないほど散らばり、光っている様が見えるようになった。朝日 連峰で問題になり始めていたブナ林の伐採が、こんな場所でもおこなわれてい たことに愕然とする。緑の森の中、日差しを避けてのびていた登山道は、今は ない。
 飯豊温泉着。林道がここまでつながり、いまは3年前の登山道がほとんど使わ れていない。沢のほとりに幕営する。
 7日。入山5日め。飯豊温泉と長者原の間は、3年前は玉川沿いの登山道が ルートだった。途中に旭又滝などがあり、マムシにも生まれて初めてでくわし たところだったが、今日は対岸(右岸)の立派な林道をたどる。長者原まで正 味70分ほどかけて下山し、バスで小国町(山形県)へ向かった。

◆現状
飯豊温泉、温身平の一帯はブナの伐採が続き、その後も大きく変貌している。 バスは1980年ごろから飯豊温泉まで直接、運行されるようになった。温身 平のすぐ上には、カイラギ沢を横断して大きな砂防ダムが造られた。
 1989年の「山渓アルパインガイド東北の山」には、温身平小屋の名は ない。80年代後半以降の記録にもこの小屋の名はなく、廃止になった可能性 が強い。



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東京都あきる野市  野原森夫



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