家形ヒュッテ




1972年8月、私の父と泊まったときの、家形ヒュッテの写真。 取り壊される2年前の姿です。写真の左端の針葉樹に、三角形の道標が打ちつけてあります。 これは、ヒュッテから緑樹山荘へのツアースキーの道標です。この道標は、高湯スキー場の 日経ロッジから、家形ヒュッテにかけて、高さ2ないし3メートルほどの高い位置に、 付けられていました。 

 家形ヒュッテは、1952年12月1日に、開設されました。福島県が 設置主体、管理は高湯温泉組合です。
 管理人が常駐し、1泊2食付で泊まることができる小屋でした。1960 年代初めに雪崩で管理人が死亡、小屋は破損。

 1966年から東京に本拠をおく山岳会のRCCが、維持・管理をすすめ てきましたが、1970年ごろに再度、雪崩で破損しました。

 私が初めてこのヒュッテを訪れたのは、1971年9月でした。ヒュッテの1階 部分は、ひどい破損状態で、ガンチャン落としの斜面に向いた窓は、すべて 破れていました。太い梁や柱を使い、大きな構えの2階建ての建物でした。
 ヒュッテのすぐ前の小沢で水を得ることができました。ガンチャン落としの 斜面は、春にはグリセードの格好の雪面となりました。春には、2階の 屋根に、雪の上から上がり、甲羅干しなども楽しみでした。
 私にとっては、吾妻山の小屋の中では、もっとも多く利用した山小屋です。

 1974年6月、ヒュッテは取り壊されました。豪雨の中を登った私は、慶 応吾妻山荘で、取り壊しの作業にあたっていた作業員の方々と居合わせる偶然 に合いました。
 家形ヒュッテ跡には、カマボコ型の避難小屋が建設されましたが、家形山へと登るガ ンチャン落としの斜面は、崩落が始まり、2001年ごろから通行禁止と なっています。



◆1960年代の様子

 家形山の東麓、五色沼の北に位置し、5万分の1の地図五色沼の「五」の上部に当る 部分にあり、海抜1700米、昭和27年福島県が建設したが、その後地元の吾妻町 に払い下げとなえい、現在は高湯温泉組合が管理に当たっている。
 ここからは、吾妻小屋と信夫高湯に私設電話が通じている。
 番人常住。
 宿泊料 2食400円 素泊 200円
 休憩料 茶台20円 収容40名
 連絡先 福島県庭坂局区内高湯温泉組合
(「みちのくの山々」 太田 繁著、朋文堂ケルン新書20、1964年6月刊から。太 田氏は1920年二本松市生まれ、写真家。郡山市を拠点に活動)

◆元祖! 家形ヒュッテの存在
 家形ヒュッテは、1952年開設といわれていますが、その前史があり、もっと 以前に「元祖」家形ヒュッテが存在したことが、資料から確認されます。

 資料は、「高原 紀行と案内」、青木書店、1938年―昭和13年7月刊。
 このなかに、おそらく編集者の深田久弥が書いた、次の記述があります。

 「本文にはない山小屋がその後幾つか出来た。すなわち家形山のフトコロに家形 ヒュッテ、その家形ヒュッテと青木小屋との中間に吾妻山荘、それから吾妻小富士 の西南麓桶沼の東に仙鉄の吾妻小舎等が出来ている。」
 (深田久弥、石原巌、長尾宏也らがまとめた「解説と案内」から)

 ここでふれている「本文」とは、1927年ないし28年に、田部正太郎が谷 地平に行った紀行を指します。(同書所収、谷地平小屋のページに紹介)
 つまり、紀行が書かれた1928年ごろから、本が出版された1938年のおよそ10 年の間に、吾妻山には家形ヒュッテ、吾妻山荘、そして吾妻小舎が開設されたこと になります。吾妻小舎は1934年開設で、深田久弥のこの「解説」を裏付けて います。
 これまで残されていた記録では、家形ヒュッテの開設は1952年、吾妻山荘は 1969年です。これらの山小屋には、前史があったことになります。

 なお、1927年ないし28年に、田部正太郎が谷地平に行った紀行の中で、当 時、家形ヒュッテ附近に粗末な小屋があったことを紹介しています。
 「元祖」の家形ヒュッテには、そのまた前身の仮小屋があったのかもしれません。

 現・慶応吾妻山荘については、1964年のガイドブックでも、当時の小屋をこ う紹介しています。
「吾妻山荘  青木山の西、五色大根森コースの途中にあるが、無人小屋であ る。」(「みちのくの山々」)
 これも、現在の慶応吾妻山荘が建つ前のことで、深田久弥の「解説」と一致する 記述です。

◆ガンチャン落としからの雪崩と、その被害について

 家形ヒュッテは、1963年ごろと、1970年の2度に渡る雪崩で、小屋の存亡に かかわる危機に直面しました。
 この2度の雪崩について、現在の時点で確認可能な、あるいはある程度、推測が可能 なデータをもとに、後づけをしてみます。

1、1963年ごろの雪崩
 この雪崩については、当時福島市に住んでいた私は、1968年ごろの時点で、雪崩 でヒュッテが損壊し、管理人が亡くなられたという話を聞いていました。
 66年から家形ヒュッテの修理と管理に尽力したRHCメンバーの記録によると、雪 崩の時期は1963年ごろとし、次のように書いています。
「元は家形ヒュッテにも小屋番が常住していたが,スカイラインの開通と、数年前,カンチャン落しの雪 崩で小屋番死亡,その後,無人となる。小屋は荒れに荒れ,今荒廃の一途を辿っている。 」

 家形山東面、ガンチャン落としからの雪崩について、調べてみると、次のような事例 が見つかりました。
日本の雪崩災害データベース から
http://www.argos-net.co.jp/nadare_bunkakai/nadare_db/

1958年の雪崩
「384 昭和 33 1958 12 30 18:00 福島県 - 福島市 - 信夫郡 吾妻村吾妻山 家形山ガン チャン落し(現福島市) 周辺 37度44分36秒 140度14分34秒 37度44分47秒 140度14分22秒 - - - 標高1750m45度の急斜面でJAC吾妻山の会7名中6名が雪崩に遭い1名死亡。約1m の古い雪の上に積もった約50cmの新雪が崩れおちたものらしい。18:40から救出作業開 始、1名は足捻挫、1名死亡、残りは無事。吾妻山での雪崩死亡事故は記録上初めて。」

 1950〜1960年代にかけての同サイトの資料には、この1958年の雪崩以外 に家形山での雪崩の記録はありません。
 ということで、管理人が亡くなるほどの被害を出したこの雪崩について、いまのところ、 犠牲者の存在を含めた被害の模様、期日と様相を知る情報には、まだ行き着けていませ ん。

2、1970年の雪崩
 先の、日本の雪崩災害データベースに、記録があります。
「481 昭和 45 1970 3 福島県 耶麻郡 猪苗代町 吾妻山 吾妻山 福島県営家形ヒュッテ 周辺 37度44分36秒 140度14分34秒 37度44分47秒 140度14分22 秒 - - 表層雪崩 - - ヒュッテが雪崩のため倒壊してるのを家形山に往復した一行が3月8日 に発見。慶応大学ワンダーフォゲルの一行が発見。 記載なし 表層なだれ 福島民報 - 昭和 45 1970 - - 」

 この1970年の雪崩は、福島県は、ヒュッテの存続を願う地元の山岳関係者ら にたいして、「解体を5年後(1974年)まで延期する」と約束した1969年の、 翌年に起こりました。RHCが修理・管理をすすめていた最中の時期でもあり、この雪崩 は、ヒュッテの存続にとっても深刻な打撃になりました。
 ヒュッテは、雪崩の以後も簡単な応急措置が施された。70年の雪崩の後に小屋の 内部が荒らされた時期もあったが、屋根や骨組みがしっかりしていたこともあり、その 後も、とくに現状がそのまま残った2階は多くの登山者が宿泊するなど、役立てられて きました。
 1974年6月に家形ヒュッテは解体されました。

◆現在は、家形山避難小屋
管理 福島県環境共生領域自然保護グループ 024-521-7251
2000年ごろの時点で、ガンチャン落しから避難小屋のルートは,歩く人もなく藪に被われている。

◆この小屋にかかわる、山の文庫
深田久弥  「五色から沼尻まで」 1939年1月6日
http://www.bekkoame.ne.jp/~kakurai/kenji/bunjin/19390106.htm
五色温泉→青木小屋→吾妻山荘→家形ヒュッテ→五色沼→一切経山の肩→浄土平→吾妻小舎へ。
「元祖」家形ヒュッテの時期の山行記録。

◆家形ヒュッテについての関連サイト

加倉井 厚夫さんのサイト
http://www.bekkoame.ne.jp/~kakurai/
吾妻小舎の歴史についての年表で、家形ヒュッテについてのデータがあります。
http://www.bekkoame.ne.jp/~kakurai/mount/azuma/event/60th/azuma_60.htm

60年代後半の維持・修理・管理の様子がわかる、RHCのメンバーのサイト
水辺と山径
http://mizube.gnk.cc/
のなかの、
吾妻,家形ヒュッテとRHC

野原森夫のサイトから
家形ヒュッテ(1972年5月)
http://homepage2.nifty.com/kinokoyama/touhoku/iegata-hutte72.5.htm
父と山へ(1972年8月)
http://homepage2.nifty.com/kinokoyama/touhoku/titito-yamahe.72.8.htm
想い出の山小屋(1974年6月の取り壊しなど、経過を記述しています)
http://homepage2.nifty.com/kinokoyama/touhoku/omoide-no-yamagoya.htm



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