五色温泉



◆1960年代のガイドブックから

 宗川旅館 宗川孝五郎 1軒
 弘文在位3年 行の小角発見
 アルカリ性炭酸泉50度
 800円から1500円位
 奥羽線板谷駅下車 旅館のジープにて4キロ 40分100円
 学校のように大きい旅館で、湯が少々ぬるいうらみがある
 すぐわきに六華クラブがあり、オーストリーのフォンクラック氏によって開拓され、
本邦最古の歴史をもつスキー場で、弾丸コースの名で知れ渡っている
 高倉新道コースの取付口
 5月中半ば宿の桜が美しく咲くと地竹取りが続々入ってくる
(「みちのくの山々」(太田 繁著、朋文堂ケルン新書20、1964年6月刊から)

◆現況

 五色温泉のサイト
http://twv.eheart.jp/Ryokujyu/HotSpringGoshiki/HotSpringGoshiki.htm


◆この小屋にかかわる、山の文庫
○板倉勝宣 「五色温泉より高湯へ」
 

(「山と雪の日記」1930年初版、1977年中公文庫版)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000864/files/2640.html
大正五年,五色温泉スキー日記
十一月二十四日 
宿の前一町ほどは何も障害もない広場で,傾斜も自由に選べる。
ことに雪にはだれの跡方もない。三人の庭であるかのようにむやみと滑った。
雪の上に立って眺めると,遥か前面に鉢森山がその柔らかい雪の線を見せて,
その後の雪は夕日にはえて種々の色を見せる。
寒さなぞは考えのうちにはない。暗きなってから家に入って温泉に入る。
トンネルのような岩の下から湯が出ている。馬鹿にぬるいから長く入っつてでたらめに声を出す。

○深田久弥  「五色から沼尻まで」 1939年1月6日

http://www.bekkoame.ne.jp/~kakurai/kenji/bunjin/19390106.htm
五色温泉→青木小屋→慶応吾妻山荘→家形ヒュッテ→五色沼→一切経山の肩→ 浄土平→吾妻小舎へ。

○串田孫一 「忘れえぬ山 U」の「後記2」から

(旺文社文庫 1978年11月刊、元本は1959年刊)
 私の山登りは中学一年の冬に始まったということにしている。というのは、そ れ以前にも山というものの姿はさまざま知っていた。…然し、そのような山を自 分で歩くこと、もっと別の言葉で言えば、自分の激しい鼓動と共に山を呼吸して いるような、あの感じを経験したのは中学一年の冬であった。板谷の駅で奥羽本 線を下車し、雪深い道を五色温泉へと登り、スキーを覚え、裏の吾妻の山の中腹 を歩いたり滑ったり転んだりした。吹き付ける風と、どこまで深々と積もるつも りなのか見当もつかない雪の中で、山の匂いを嗅いだ。それは、その後幾度とな く嗅いで、嗅ぎなれてしまったために却って感じられなくなったようにも思える が、今でも突如としてそのときの匂いが甦って来ることがある。…もし私に、こ の最初に嗅いだ山の匂いというものが、うまく表現出来たら、それに惹かれて山 歩きを続けて来たのだとはっきり言ったかもしれない。

 ※串田孫一氏は、五色温泉で槙有恒に会い、猛烈な吹雪の吾妻のスキー登 山を体験したと伝えられている。高倉山、霧ノ平、家形山、賽の河原などの一帯 がそのエリアだろう。青木小屋(緑樹山荘)も訪問していると想像される。この 初山行のより詳しい文献は、探索中。



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東京都あきる野市  野原森夫



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