朝日連峰・八久和川遡行

             1985年8月3〜6日
             吾妻学農、山野弘和、野原森夫






八久和川・中俣川の滝壷をへつる吾妻君

 大渓流の八久和川へ中流部からとりつく

 北大時代の山の会のOBで、どこか登りごたえのある沢をやろうという ことになって、東京の私、鹿児島の山野君、福島(郡山市)の吾妻君の気 心の知れた3人が、吾妻君の家に集合した。1985年8月3日、出発は 夜11時前になった。

 目的地は、山形県の朝日連峰の名谷・八久和川。下流部の廊下帯から遡 行すると技術的にかなり難度が高くなり、日数もかかるため、中流部から とりつき、源頭の三方境をめざすことにした。

 吾妻君が住む郡山から車を走らせ、日付が替わった4日午前2時55分、 登山口の大井沢に着く。テントを張って、仮眠。



八久和川の遡行ルート
カシミール3D(DAN杉本 作)でルートを描きこみ描画。
国土地理院数値地図50メートルメッシュ標高を使用。

 大井沢の登山口から尾根越しに入渓

 明けて8月4日、大井沢の登山口を8時40分に出発した。今日は、一 般の登山道を使って稜線を乗っ越し、八久和川の沢床に到達する。

 登り始めの樹林の道で、長さ15センチ、太さ2センチもある巨大ナメクジの出 迎えをうけた。そういえば、朝日連峰は飯豊と同様に、マムシの多い山の はず。そう思うと、道々現れる笹や草のやぶはいやらしいが、山野君と吾妻春君は私に先頭を歩かせる慎重な態度を崩そうとはしない。入山日はいつ もそうだが、寝不足と重荷とで、みなペースが上がらなかった。

 標高700メートルの五郎沢水場を九時に通過し、標高1210メートルの竜ヶ岳の コルに11時20分着。登山道はブナの大きな木の間をぬって進んでいて、 日差しをさけられる適当な木陰が得られる。竜ヶ岳の下では沢水を横断す る水場があり、のどを潤した。

 ここからもぐいぐいと尾根状の地形にそって登り上がって、午後1時3 0分、稜線上にある天狗角力取山(1440メートル)の山頂に出た。山頂部に は小広い裸地があって、やや下方の沢筋に、この変わった山の名を冠した 小屋の赤い屋根が見下ろせた。

 いよいよここからは登山道を離れ、谷へ下降する。踏み跡をたどってブ ナ林を急降下していくと、八久和川の沢音がこだまし始め、水流が樹林越 しに明るく光っている。標高710メートルの谷底に午後三時すぎに到着した。 沢の右岸の高台には、釣り師が設営したものと思われる青いシートが小屋 掛けしてあり、焚き火の跡もあった。

 イワナは濃いがすれている

 吾妻君と山野君は、今日は沢を2時間程度、遡行して、明日の日程に余 裕をもたせたいという。私は、ここからすぐに滝の高巻きなど核心部が始 まることを話したが、本音をいえば楽しみにしてきたイワナ釣りの時間が なくなってしまう。結局、今日はこの場所にテントを張ることになった。 これが、翌日の行動で途中から本流の遡行を断念し、夜の稜線歩きを強い られる遠因になったが、このときは「八久和のイワナ」との面会のことし か頭になかった。

 テントを設営した入渓点付近の八久和川は、下流の廊下帯がゆったりし た淵や瀬に変わり、テント場から100メートルほど上流の大きな滝で遡行不能 な大トロ場を形成しているところ。上下200メートルほどの間に大きな石や淵 のポイントが連続して、イワナの姿も見える。山野君はフライで上流へ、 私と吾妻君はルアーで下流へ向かったが、たしかに魚影が濃い。一時間ほ どで、私は14匹、リリースをしながら釣った山野君は4匹をキープ、釣 りが不得手の吾妻君は途中でやめてゼロという釣果となった。しかし、大 きさは上が30センチどまりで、数とともに期待を下回った。このとき、山野 君と吾妻君は、「3けた釣るぞ」という私の言葉に荷物が増えることを危 惧し、それが夢と消えて祝杯を上げていたんだそうな………。それにして も、食いついてはこなかったものの、暗い淵でルアーを追ってきたヤツに は、かなりの大物もいたんだがな。

 夜は、下界まで持ち帰るイワナをいぶしつつ、テントにもぐりこんだ。

 オツボ沢、コマス滝、呂滝を越えて

 8月5日。いよいよ八久和川遡行の本番の一日が始まった。ヘルメット とハーネスを装着し、足は地下足袋とわらじを着ける。7時25分、出発。

 すぐ上流は、長く深い廊下状の淵になっていて、そこへオツボ沢が右手 から落下してきている。下流から見ただけで「こりゃ、だめだ。とても泳 いでいけない」と感じた。二人も高巻きと判断して、右手の斜面にとりつ く。やぶをこぎつつトラバースしてゆくと、オツボ沢に到達した。そこは オツボ沢が滝となって本流に落下するところで、これをまたいで、さらに 高巻きのトラバースを強いられた。

 下降すると、本流は石ころごろごろの平瀬になった。40分ほど飛ばす。 前方の谷が狭まって岩が行く手をふさぐように見えたところが、コマス滝 (8時43分)で、これは小さい。滝のすぐ左手を岩をつたって越してい く。

 本流はふたたび平瀬のような川原になり、その名も広河原(標高790 メートル)を通過。川原にはイワナ釣りらしいテントが一つあった。9時25分。 昨日はここまで遡行してくれば、今日もハッピーだったんだよね、ほんと は。でも、このときにも、私はまだまだ、今日一日で源頭へ行き着けると 思っていた。ともかく、ここまで来ると、雨で増水してもただただ沢中で じっと停滞するだけ、あとは前進あるのみという、沢登りの「桃源郷」に 入り込んでくる。

 広河原の先には、まわりを岩の巨大なおわんでぐるりと囲まれたような、 大きな滝壺が待ち受けていた。釜状の滝壺の直径は15〜20bくらいか。 その大釜に上流から高さ3〜4メートルの滝がドドドッと流れ落ちている。呂滝 だった。水中に目の焦点を合わせると、「うわあっ、いるいる」。尺上の大 きなイワナがのったり、ゆらゆらと、釜の中で遊んでいる。強い衝動を制 止できずルアー竿を出して振ってみたが、このイワナたちは、まったくそ んなことを無視して、前のままのペースで泳いでいるだけだった。

 本流は廊下状に。大きなイワナに見とれる

 この滝と釜も左から簡単に巻いて、また川原をすすんでいくと、弁天岩 の滝に到達した。今度は本流の真ん中に斜めに岩が据えられていて、左手 (右岸)側からナメ滝となって沢(湯の沢)が落ち込み、その落ち口が細 長い、淵となっている。ここは、ナメ滝の下部をスリップに注意しながら トラバースした。谷はV字型から次第に廊下状となってきて、川原が現れ るのもわずかとなってきた。途中の細長い淵には35センチほどの大型のイワ ナが底でゆらゆら体を動かしていたが、私たちは、ここまで逆上ってきた イワナに、もう針をあてがう気持ちにはなれず、立派な魚体を眺めるだけ にした。

 途中、昼食をとって、午後0時36分、西俣沢と本流(中俣沢)の合流 点に着く。右手に西俣沢を見送って進むと、中俣沢は長さ15〜20メートルほ どの、細い廊下状のゴルジュとなっていた。下流側から見ると淵は深そう で、途中で泳いで抜けるような感じだが、入り口はおへそくらいの水深し かない。それに流れは緩やかだ。撮影のこともあって、私が先行したが、 このゴルジュはずっと同じくらいの深さしかなくて、そのまま歩いて脱け 出すことができた。でも、増水したら、ここは進退きわまりそう。

 今度は左から東俣沢が入るが、この支流は水量が少ない。すぐ先で本流 が右に回り込むところに、6メートルの魚止めの滝(中俣沢F1)があった。天 気はよし、ここから4〜5時間で源頭へ抜けられるとあって、私たちは、 この大きな岩を流れ落ちる滝を直登する写真をワイワイいって撮影して、 いよいよ八久和川本流(中俣沢)の核心部に入り込んでいった。

 F7で泳ぐのをためらい、高巻きで時間を食う

 魚止め滝から6つめのF6までは、すいすいとやりすごしたが、沢の水 は灰色がかった雪解け水の色に変わって、水温はぐんと下がってきた。岩 には水ごけさえ着かず、おそらくプランクトンや水生昆虫もほとんど消え て、水中の景色はなにか殺伐としている。

 そこで目の前に2段になって流れ落ちる滝が立ちふさがった(F7)。 下は落差6〜7メートル、上は10メートルくらいか。その滝の下流に、私たちを通せ んぼするように黒く深い淵が広がっている。流れに逆らって泳げば7〜8 メートルくらいのものだった。ところが、その淵に落差1メートル程度の小滝が落ちこ んでおり、滝上に出るところがハング(逆層)になっている。泳いでそこ まで行っても、その小滝の上に出るのはどうするか。水中に体を浮かべな がらとりつくのは、手がかりがきびしそうだ。

 吾妻君が偵察に行く。「ヒャー、冷てぇー」と声を上げつつ、水の中に 体を沈めた。淵の左手(右岸)側の壁に沿って、水中を半ば泳ぎつつへず って、小滝の落ち口までいく。「いけないことはないが、水がおそろしく 冷たい」という。この色だもの。私も、そしてたぶん山野君も、後に続く 気にはなれなかった。ここは3人とも泳いで、ハングはハーケンを使って やりすごせば良かったのだが、なんといっても黒く、深そうな水の色にひ るんだ。私は、高巻きを提案してしまった。

 でも、F7のこの高巻きは、淵を泳ぐのと、どちらが怖いか、というよ うな大変なものだった。まず左岸を50メートル余り登り、滝がはるか下方に見 えるほど高度感が出たところで、こんどは草付きまじりの岩壁のトラバー ス。ついで、立木をつたって斜めに下降し、最後の斜度のきつい20メートルほ どはザイルで懸垂下降して、滝の上に降り立った。軽く1時間はかかった この高巻きで、これからは、つらくても泳いで突破しようと、3人で話し 合った。

 冷たい泳ぎ。流れが速い淵を必死で突破

 こうして私たちは、体を沈めたら歯の根があわず、全身にぞくぞくと震 えが走るような雪解け水の沢に、連続的に飛び込んでは、泳いで淵を突破 していった。背中のザックが浮袋になって体を持ち上げてくれたから、お ぼれる心配はなかったが、水はとびきり冷たくて、つらかった。

 途中、滝がないただの淵があり、そこはけっこう流れが急だった。先頭 に立った吾妻君、続いて山野君が泳ぎ切ったあと、私も必死で平泳ぎで挑 んだ。ところが、上手で淵が狭まってくると流れが速くなり、体が流され そうになる。懸命に水をかいでも、体はじりじりとしか前へ進まない。よ うやく淵の終点近くにきて、なんとか上流の岩の上にはい上がろうとする が、この岩は苔で表面がつるつるして、しかも下流に向かって傾斜してい る。いったんこの岩にタッチはしたが、つるりと手が滑って、流れに押し 戻されそうになる。「うひゃー、危ない」。もう一度、水をかいで逆上り、 必死で腕を伸ばし、今度はひじで岩に押し上がって衣類の摩擦で岩にはい 上がった。




八久和川の上部の残雪地帯。例年なら埋まっている谷にスノーブリッジが連続していた。
吾妻君と山野君。


 スノー・ブリッジが崩壊。夕暮れが迫る

 私たちは、このあたりまできて、どうも様子がおかしいと思い始めた。 入山前に読んできたデータでは、魚止めの滝からほどなく、中俣沢は雪渓 に埋まり、その上を登高して、いくつかの露出した滝を巻いて、源頭に達 するはずだった。それが、ここまでの滝は、どれも全体が露出して、行く 手をはばんでいる。小さな釜も露出していて、水温が低いだけに、一つひ とつがけっこう手ごわい。「なんか話が違うな」という思いが、胸をかす めた。

 F9の上にも、またゴルジュが展開していた。先行する吾妻君と山野君 が何か話していたが、ゴルジュの上流にスノーブリッジがかかっているの を嫌って、左手(右岸)の急な傾斜の草付きを、ザイルで確保しながらト ラバースし始めた。このとき、スノーブリッジが、何か鈍く重々しい、こ の世のものではないような不思議な音響を発しながら、崩壊した。これは、 まずいよ。もう、沢に入っては危ない。泳いでいたら、おしまいだった。

 3人は、そのまま、ぼこぼこに壊れた雪渓を見下ろしつつ、急な草付き のトラバースを続け、F11の上まで出た。ここからは2つばかり楽な滝 を越えて、安定した雪渓の上に乗ることができたが、その雪渓もいくらも 登らないうちに、左手から小さいながらも顕著な谷を刻んだ沢が入る出合 いで、断ち切られていた。





ルート概念図。山野氏による。



 無名沢にエスケープ。急なナメ滝のスリル

 標高980b、時間は午後4時半をまわっていた。まだ難所が続くなら ば、標高差からいってもとても明るいうちに源頭に達することはむずかし い。それに、体力的にも、夕方に近いこの時間で冷たい水に入って泳がさ れるのはいや、という感じだった。3人で相談して、とにかく真っ暗にな る前に安全が確保される場所に退避しようということで、左手から入る沢 (無名沢)をエスケープ・ルートに選んだ。

 といっても、この無名の沢も、落ち口は20メートルほどの断崖となっている。 これを高巻くために、私たちは、まず、雪渓から無名沢の右手の岩場にと りついた。ブッシュが多くて確保がいらない登りだが、高度感はある。上 部に出ると夕陽が周囲に差してきて、本流の谷底にいたときよりも気分は 明るくなる。適当に見極めをつけたところで、小沢に向かってやぶこぎと いうか、草や立木を支点としたトラバースと斜行に入り、目標の無名沢に たどりついた。

 無名沢は地図でおおよその見込みをつけた通り、難しい沢ではなかった。 あとは、明るさの残るうちに、難所を越えて、できるだけ稜線に近づくだ けだ。チョック・ストーンの滝やナメ滝など、ミニチュアのように小さい ながらもおもしろい滝を連続して越すが、途中で2段20メートルほどの高度感 のあるナメ状の滝に出た。両岸はついたてのような地形で、高巻きはでき ない。結果的には、吾妻君は自己確保をとりつつとりつけばよかったのだ が、彼は果敢にノーザイルで、わらじのフリクションとちょっとした岩の 割れ目の手がかりだけで、75〜80度ほどの傾斜のこの滝に挑んだ。夕 陽が上空をまだ明るく照らし、その残光が滝の茶色の岩場まで明るくして いる。とりついたが最後、もう後戻りはできない。落ちたらだめよ、助か らない、という一番上のところで、いったん片足を滑らせて悲鳴を上げな がらホールドに体重をあずけて体を止め、彼はなんとか滝の上部へ抜け出 た。

 確保のザイルが垂れ下がってきた。次は私。弛ませないで、ピンと張っ といてくれよな。同じようにフリクション主体でそろそろと攀じ登ってい くが、七分めのあたりでいったん傾斜がきつくなり、ホールドがとれなく なる。見事にスリップしザイルのお世話になった。あとはザイルにずり上 げられるようにして、安全な地点まで到達する。山野君は、鹿児島の岩場 で鍛えているだけあって、途中で手で岩を押し下げながらフリクションを 得て、うまく難所を乗り越した。私は、下の雪渓のところでいったんしま ったカメラをザックから出して、がんばる彼を写す余裕が出てきた。

 こんな星空は見たことがない。満天の稜線歩き  

そこから上部はすぐに水が消えて、カンバ、ネマガリダケ、ハイマツが ミックスしたヤブコギとなった。傾斜も心持ち緩くなってきた。思ったよ りもヤブコギは短くて、私たちは7時30分に、夕暮れの稜線に到達した。 泊り場を出発して10時間、無名沢にエスケープして3時間の格闘だった。

 体を横にして休み、行動食をとっている間に、空は満天の星となってき た。足元をヘッドライトで照らしながら、私たちはゆっくりと幕営の予定 地の三方境へむけて歩いた。途中、疲れた体を横たえて空を見ると、星は 私たちをすっぽりと包み、まるで宇宙の中を行進しているような気分にさ せられた。こんなすばらしい星空を見たのは生まれて初めてだと私たちは いいあって、夜の稜線を歩いた。(午後9時15分、三方境着。幕営)




三方境から、以東岳


 三方境の朝。寒江山に登る

 8月6日。三方境の幕営場は、暗く、長く、延びる八久和川の谷を真下 に眺め、左手に以東岳の緑の鮮やかな頂が望めるところにあった。朝にな って、狐穴小屋まで水を汲みにいったら、小屋のおじさんが、「イワナも 釣ったのかい? 昔はこんな太い(と腕を差し出して)のがいて、たこ糸 の先の大きな針にミミズを付けて沈めておくと、朝にはバタバタ暴れるよ うなやつがかかっていたもんだ」と話してくれた。おじさんの話では、今 年はとくに雪が少ないとのことで、八久和川を遡行したのも、まだ一パー ティーだけだということだった。

 どこか、朝日連峰のピークらしいところを、と考えて、寒江山(169 5メートル)に登る。西側は三面川の源流となっていて、きびしそうな深い谷が 流れ下っていた。

 午前9時半すぎに、テントを撤収して出発。

 昨夜の稜線をもどり返して、天狗角力取山へいき、そこからは入山コー スで大井川へ下りる。歩きだして間もなく、以東岳のあたりの景色をよそ 見していたら、にぎりこぶしくらいの転石に右足を乗せてしまった。アッ という間に、斜め前方に体を投げ出されて転倒し、ひどく捻挫してしまっ た。かまわずこらえて歩き続けたが、内出血もしているらしく、くるぶし が腫れてくる。吾妻君と山野君に荷物を分けて背負ってもらったが、天狗 小屋着は午後2時半と大きく遅れた。

 ねんざのうえに、アブの来襲

 天狗小屋は冷たい水が近くに流れていて、もう一晩泊まりたいような小 屋だ。小屋からはもういちど、自分で荷物を持ってゆっくりと下山する。 なるべく普通に歩くようにして頑張り抜き、大井川には夕方6時半に着い た。

 沢の中で足を冷やしながら、身づくろいをしていたら、不意にアブが周 囲を飛び交い始めた。アブはまたたく間に幾百という数にふくれあがり、 羽音がブァン、ブァンと唸る。まるで黒い雲に包まれたように、上も下も、 そこら中が、飛び交うアブであふれている。顔といわず、腕といわず、シ ャツの上から背中や肩もかじられて、3人は、こりゃ、たまらんと車に逃 げ込んだ。あとを追って入りこんできたアブが20匹ほど、車内を狂った ように飛び回るので、林道を猛スピードで走りながら、窓を開け、タオル やシャツを振り回し、たたいて、アブを追い出す。やっと、もどってきた 静寂。捻挫の足の痛みが、またぶりかえしてきた。

 なかなか最後まで、忘れがたい思い出を上積みしてくれる、朝日連峰の 山旅だった。


(この記録は、山野君のメモを参考に、まとめた。)



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    山の便り、大地の恵み (野原森夫)  
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