吾妻縦走 土湯から西吾妻へ

1975年9月4〜5日

4日
福島駅(7時35分)バス →土湯温泉(8時20分〜25分 ) →男沼(9時15分) →水場・尾根の手前の小沢(9時 30分〜50分、食) →塩川(10時22分〜47分) → 一杯清水(11時25分〜35分) →泉水沼(12時07分 ) →浄土平(13時05分〜30分) →姥ヶ原・姥神石像 (14時15分〜40分) →谷地平小屋(15時32分)泊
5日
谷地平小屋(8時35分) →東大巓(10時17分〜25分 ) →藤十郎・大平分岐(10時58分〜11時03分) → 人形石(11時30分〜35分) →天狗岩の下の水場(11 時45分〜12時15分、食) →西吾妻山(12時40分〜 45分) →西大巓(13時07分〜15分) →白布峠(1 4時40分〜15時15分)バス →米沢駅(16時30分〜 17時05分)急行列車 →福島駅(17時48分)



 吾妻連峰に福島市側から登る場合、もっとも登山者が多いの はスカイラインを浄土平までバスで上がってしまうルートだろ う。高湯温泉の登山口が、それに続く。
 土湯温泉から稜線へと上がる道は、スカイラインの開通で一 気に浄土平への道路ができてからは、歩く人は少なくなってし まった。
 道は、ところどころわかりにくくなってしまったが、それだ けに土湯からの登山コースは、人に会うこともないほんとうに 静かな山歩きを味わうことができる。  それは、私が登った1975年の秋の時点でも、すでに同じ ような条件だった。

 土湯温泉は、現在では、土湯峠をへて裏磐梯側へ向かう国道 にもバイパスができて、車は温泉をかすりもせずにハイスピー ドで坂を登って行く。そのため、この温泉は、建物こそ鉄筋や 高層化がすすんでいるものの、全体にはややひなびた湯宿がひ っそりと軒を並べている。土湯は、伝統的なこけしの産地とし ても知られている。

9月4日

 温泉の中心部にあるバス停から浄土平へ向けて歩きはじめた 。車道を離れたり、また乗ったりしながら、ゆったりと登り、 男沼を左に見てしばらくで、支尾根を乗り越す急な坂となった 。ここまで土湯から1時間余り。小さな沢が流れ、水が冷たそ う。ブナがまじる樹林の中で、腹ごしらえをした。

 尾根を越すと左にトラバースしながら等高線沿いにすすむ。 右手下は塩川(塩ノ川)のV字型の谷が深い。前方から滝の轟 音が響いてくる。白い岩、石を縫って沢が流れている場所に出 る。塩川の渡渉点。
 すぐ下流側がツバクロ滝の落ち口で、恐る恐る見にいった。 岩のテラスにうつ伏せになり、顔を下へ。すごい落差。水量も なかなか多い。ここにこんな大きな滝があるなんて、予想もし なかった。
 塩川は、魚が住んでいそうな水の色だったけれども、火山の 成分が溶けだしているためか、魚影は確認できなかった。試し に10分ほど、釣り竿をふった。

 塩川からは、対岸の急な岩の混じる道を、枝沢沿いに登って 行く。標高900メートルを超え、ブナの大木が周囲に目立つ ようになってきた。遠くからブルドーザーやチェンソーのエン ジン音が響いてくる。近づいていくと、右手にカラマツとブナ のかなり広い伐採地が開け、太い樹木が切られている場所に出 た。
 高山や小富士の東山麓でブナの伐採が問題になったのは、1 980年ごろからのことで、この道をたどった70年代半ばに は、何が始まっているのか、知りもしなかった。重機が上がっ ていたことを考えると、地図にない作業道も、登山道のすぐ際 まで、開削中だったのだろう。

 伐採地のすぐ先の登りで、登山道を左斜めに外れる小道があ り、そこが一杯清水(標高1200メートル付近)だった。

 泉水沼を通過すると、浄土平は近い。
 右手には、吾妻小富士が、不思議な形で見える。小富士をこ れだけ近くから、こんな角度で見たことがないので、意外な大 きさと高さを感じさせられる。
 その小富士の南側にあたるガレ場を通り、涸れた堀のような 沢型に沿い、その沢を渡ってすすむと、由緒ある吾妻小屋への 道の分岐に出る。自動車が走るスカイラインはもう目の前だっ た。

 浄土平のレストハウス方面を眺め、にぎやかそうなのに、な んだか一瞬、ほっとさせられる。私は、今夜の泊り場、谷地平 の避難小屋まで行く。小屋は一人きりだろうか。それとも高校 生のときに一度、泊まったときのように釣り人が入っていて、 テントに逃げ出すような状況だろうか。
 道路を横断し、石ころだらけの平坦な浄土平を歩道をたどっ てすすみ、姥ヶ原への登りにかかった。  池塘と原っぱが広がる姥ヶ原の北西の端には、小さな姥神の 石像があり、ここから谷地平への暗い樹林の中の下降となった 。

 谷地平小屋には、3時半に着く。
 さっそく釣り竿を出して、晩御飯のおかずにと岩魚をねらう 。何匹も泳いでいる。けれど、彼らはすれているのか、頭がい いのか、さんざんいじめられているからか、餌に食いつこうと してくれない。
 さびしい夕食を、一人きりの小屋で食べるはめになった。静 かな夜。沢の水音を聞きながら、シュラフにもぐった。

9月5日

 遅めに起きて、8時をまわってから出発。今日は、吾妻連峰 を西側へと縦走する。朝の光が水面を照らす姥沢を渡渉して、 河岸段丘をひと登り。谷地平の湿原に出た。
 谷地平から大倉川沿いに大倉新道を登っていく。
 県境の稜線に出て、「今日こそ、ちょっと寄って行こう」と 東大巓の山頂へ向かった。71年秋、74年6月と、なんどか かすったりしたことがあったけれど、山頂そのものを踏むのは これが初めて。ここだろうと、ちょっとした小さな高みに見極 めをつけて上がったが、周囲を木立が包み、展望はなかった。

 弥兵衛平の湿原地帯をぬけ、藤十郎沼で大平温泉への道を右 に分ける。ここらあたりは、去年(74年)の秋、太股までず ぼりと湿地の泥に足を取られたところ。見かけでは「底無し」 かどうか判断できないので、水っぽいところは注意してすすむ 。

 11時すぎに人形石を越え、天狗岩の水場で昼食。
 西吾妻山に向かう。樹林の中をゆったりと登る。そのまま樹 林が続き、山頂に立っても展望はない山だった。
 降りて、登って、今度は西大巓のややせまい山頂に立つ。裏 磐梯や、これから向かう白布峠方面が眺められた。斜面は、山 頂近くでは針葉樹だけれど、白布峠とその北側にはブナやミズ ナラあたりの白い幹も目立っていた。桧原湖の早稲沢の集落へ 直接、下降する道もあり、気をひかれる。この道も、静かな樹 林のコースだった。

 西大巓から、尾根を下降する。針葉樹林のなかにジグザグに 登山道がひらかれていて、ところどころ裸の朽木が目立つとこ ろや、足元のネマガリダケが気になるところがあった。ブナが 混じるようになると、白布峠は近い。あまりいいピッチで下降 したので、峠では30分ほどもバスを待たされることになった 。
 東の土湯から、西端のこの白布峠まで、吾妻連峰を東西に縦 走。登山者にはほとんど出会わず、山の中に包まれて2日間を すごすことができた。
 (福島市の実家へもどってから、東吾妻山へ家族で登り、そ のあと札幌へ。学部の授業が10月から始まる前に、大雪の縦 走と、利尻山への登山を、この95年9月にはつめこんだ。)




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山の便り、大地の恵み (野原森夫)  
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