父と山へ 

1972・8・14、15


 山といえば月山しか知らない父と初めての山行だった。もう50をすぎた父だったから、 起点は標高1200メ−トルの不動沢にまで上げ、父はサブザック、僕はショイコにキス リングのいでたちだった。

 雨に追われるようにして家形ヒュッテに到着。夕食はクリ−ムシチュ−。じゃがいもが煮 えるまでが大変だったが、なかなかうまくできた。

 夜はお盆だというのに、2人きり。夜中にキジに起きだして眺めた福島の夜景が美しかっ た。

 あくる日は、天気が回復。雲海の朝焼けがすばらしかった。モルゲンロ−トに染まるヒュ ッテ、その上にのしかかる家形山。「いいもんだな」、そんな父の言葉を聞きながら、僕 も感動していた。

 うれしいことに今度も全容を現してくれた五色沼。風が強かった一切経山。そこからの兵 子の頂の眺めは、烏帽子なんかと比べてとても可愛らしかった。





一切経山から、五色沼、家形山などの県境尾根。左奥に東大巓。1972年8月


 家形山から兵子へのいつものぬかる道。タカジョウ(地下足袋のようなので足首の深いや つ)をはいている父は、いい足場を目で追いながらピョンピョンと飛ぶ。

 兵子にはまだ霧がかかっていなかった。3度目にしてえられたすばらしい展望。姥湯の@ を指さしたら、父は「あんなに下るのか」と驚いていた。あの姥湯で風呂に入り、昼寝を する予定だった。

 三階滝小屋までの急な下り。そこからは鎖場、三階滝………。不安なザレを下ってようや く着いた姥湯は満員。滑川まで、また歩かねばならない。でも、元気な父を見るのは、心 強かった。

 カーブの多い石ころの急な自動車道を下って、下って、着いた滑川の温泉旅館がまた満員 。仕方がないから、温泉の上の公園の木立の中にグランド・シートを広げ、遅い昼食にす る。一杯やって眠りこけてしまった父を放っておいて、高山植物園でヒマをつぶす。チョ ウジギク、オオバギボウシ、コメツガ、クジャクシダ、オオシラビソ。家に帰って、名前 で実物が思い浮かんだのは、この5つきりだった。ウラジロとアヅマシャクナゲが同一物 であることを知ったことは収穫だった。

 バスで下る予定だったが、父が峠駅まで歩きたいというので、最後の一汗かきに出発する 。萱峠から、吾妻山県境山群の展望。霧にかすんではいたけれど、兵子はここからも可愛 らしい山容を見せていた。

 春になったら残雪を踏みしめて、またこの峠に立とう。父と2人、峠駅への長い下りだっ た。




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    山の便り、大地の恵み (野原森夫)  
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