吾妻山・霧ノ平

1971年7月28日   単独




滑川温泉近くの、大滝

 高校2年生の夏、登山を始めようと思って最初にとりく んだ山行だった。
 愛読していた「山と渓谷」の広告で見つけた、東京の「さかいや」から 通信販売で登山靴、サブザック、ニッカーズボン、山シャ ツ、網シャツなどを買い込んで、借り物のカメラを持って 家を出た。目標は、山形県側の滑川温泉から家形山に登り 、福島県側の高湯温泉へと下るコースだった。

 スイッチ・バックの列車で奥羽線の峠駅へ

 福島駅を出た奥羽線の普通列車は、三つめの赤岩駅から スイッチバックで県境の急坂の登りにかかる。山形県側に 入って板谷駅もスイッチバックで越し、次の峠駅(標高600 メートル余)では坂が下りにかかるが、列車はスイッチバッ クのために引かれた支線にある駅のホームに止まった。
 「力餅〜ぃ、力餅〜ぃ」と名物の餅を売る男の人の声が 響く。家が3軒しかない駅前から、滑川温泉への車道が登 っていた。

 ここから一時間余り、車道をたどって、標高700メートル余 の滑川温泉に出た。温泉の手前には一枚岩を滑らかに流れ 下る沢があり、車道は、増水すれば水没するように造られ たコンクリートの橋(沈下橋)を渡って、温泉へと続いて いた。家形山をめざすには、温泉の手前で折れ曲がる車道 を登ればよかったのに、この場所が初めてだった私は滑川温泉の建 物へと進んでしまい、そこから見上げる車道へと急な斜面 の踏み跡を登らされることになってしまった。

 滑川温泉から、心細い霧ノ平への登山道へ

 車道に出合い、少し登ると、霧ノ平への登山道の分岐点 に出た。登山道は、取り付きから小さな崖に切り通しのよ うになって付けられていて、そこを越えると樹林の中の笹 やぶとなった。道の脇に何かある。近づいて見ると、それ は遭難者に祈りをこめて設けられた「墓標」と真新しいお 花だった。どっと激しい興奮、動悸が襲ってきた。どうし て、こんな寂しいところに、自分は一人で来たんだろう。 どうして一人で、山になんて来てしまったんだっろう。そ こからはペースを上げて、一目散という感じで登り上がっ た。

 樹林はすぐに抜け、低い灌木と笹のやぶが広がる場所に でた。ふり返ると、吾妻山の中央部にデンと座る東大巓か ら栂森を経由してさらに北の伸びる大きな尾根が横たわっ ている。そして登山道のすぐ左手には高倉山が赤い岩肌を 見せて高くそびえている。灌木帯はすぐにまばらなとなり 、ガレと裸地がまじった場所に出ると、もうそこは稜線上 の霧ノ平の一角だった。

 冷たいガスに襲われ、天候悪化と早合点

 ガスが、登ってきた西側の斜面から次々と襲いかかって くる。風も冷たい。遠く栂森の尾根だけでなく、すぐそば の高倉山さえ見え隠れしていた。行く手は、家形山へ向か って、これからまだ二時間はかかる登りがひかえていた。 ガスと冷たい風を天候の急変と早合点し、午前一〇時だと いうのに、引き返して下山を始めた。

 登山道の分岐点に下りて、車道脇で昼食。母がもたせて くれたおにぎりをほおばった。
 滑川温泉には昼前に着き、時間が余ったので大滝を見に 東大巓への登山道を上がった。根曲がり竹の道をジグザグ に急登して、15分ほどで展望台に出た。大滝は落差が80 メートル以上はあるうち、上部の40メートルほどが見えるだけだっ たが、沢全体の水を滑滝状に落として名前の通り立派な滝 だった。

 空は青空がもどった。車道をとぼとぼと歩いて、峠駅へ 下った。温泉も、滑滝も、急流の沢の姿も、うねるように 横たわる大きな尾根も、この日、目にしたものはみんな新 鮮だった。そんな山の中に一人でやってこれたことが、と てもうれしかった。早合点で引き返しはしたけれど、「敗 残兵」のような気持ちはちっともしなかった。

 峠駅では、列車に乗った同じ席に、社会人なりたてのよ うな男性が、やはり登山姿で乗り合わせてきた。いっしょ の列車で峠駅に着いた人だったが、東大巓方面に登って道 に迷い、やはり引き返してきたとのことだった。この人( 川島さん)は、翌年、姉(下の姉、二歳上)が福島勤労者 山の会に入って活動を始めたあと、その福島労山の中心的 メンバーとなっていて、再会をはたすことになった。
                (山行ノートをもとに、1994年記)




 峠駅(7時14分) 滑川温泉(8時20分) 高 倉新道入口(8時40分〜9時) 霧ノ平(9時50分 〜10時) 高倉新道入口(10時35分〜11時、食 ) 滑川温泉(11時20分〜12時05分、大滝往復 ) 峠駅(15時)





山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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