初めての山 安達太良連峰縦走

 1967年10月


 郷里の福島市は、西に吾妻・安達太良連峰、東に霊 山(りょうぜん)を初めとする阿武隈山地、南北もそれぞれ山 に囲まれた、盆地だった。子ども会の行事や学校の遠足も 、これらの山々を目的地にすることがしばしばで、すでに 開通していた磐梯・吾妻有料道路を使って吾妻山の浄土平 (1600メートル余)までバスで上がり、吾妻小富士(170 0メートル余)に登ったこともあった。自分でははっきりした記 憶はないが、保育園のころの「連絡帳」にも「明日は山へ 連れていくので休ませます」という父の記述もあったりし て、夏や紅葉の季節に何度かは、山へ家族で出かけていた ようである。

 しかし、初めての山登りは、一日をかけて山道を歩き通す ことが、ちょっとしたハイキングとはまるで別のものだという ことを、思い知らせてくれた。その最初の登山のことを鮮烈 に記憶しているのは、生まれて初めて登山道をつたって稜 線を歩き、自分の足で歩いて初めてわかる山の大きさ、そ して人を非情にはねつけるような怖さを感じたからだろう。

 初めての山登りは、中学1年の秋。当時、福島女子高校 2年生だった長姉といっしょに参加した、同校の山岳部主 催の安達太良山登山だった。

 登山口は福島市からバスで7、80分の野地温泉。登り 始めからガスが舞い、小雨がパラつき、縦走コースの最初 のピークである鬼面山(1482メートル)への稜線に出たとき は、横なぐりの冷たい風と雨がアノラックをたたいた。足 元の鬼面山の東側は、険しい断崖となって落ち込んでいた 。ガスの固まりがあとからあとから稜線を飛び抜けていき 、眺望も何もあったものではない。登山道は粘土質の赤土 で、ときおり深い溝のようにさえなり、灌木の葉が足元を ぬらした。ズック靴はぬれ、ズボンも膝下は水を含み、手 がかじかんだ。何も楽しくなかった。ただ黙々と登り、そ して下った。鬼面山を下り、鞍部の手前で休憩をとったと きも、体はぬれて、小刻みにふるえていた。

 歩き出してすぐ、ガスが切れた。稜線の雲が風で飛ばさ れていく。鞍部をはさんで、丸みを帯びた稜線がうねって のぼりつめた先に、いま登った山よりもずっと大きくて高 い山頂が見えた。箕輪山(1718メートル)だった。山頂の左 (東)側は右手よりも急な角度で落ち込んでいる。右(西 )側は、のびやかな斜面が広がり、ハイ松のなかに灌木が 紅葉している。突然の展望だった。距離感がまったくつかめなかった。

 結局、視界がきいたのはこの瞬間だけで、山はまたガス につつまれ、雨が降りかかった。鉄山(1710メートル)で昼 食をとり、安達太良山頂(1700メートル)への縦走はあきら めて、くろがね小屋へ。このさき、奥岳への下山の途中で 道は薄暗くなり、泥の固まりのようになったズック靴で何 度も尻もちをつきながら、下山した。

 「もう一度、あの稜線を歩きたい」。この思いをとげた のは、それから4年後の高校2年の秋だった。野地温泉か らの同じコースで、こんどは安達太良山頂まで一人で縦走 した。「箕輪山は大きくていい山だ。初山行のとき、腰を かけておにぎりを食べた岩を見い出した時はとてもうれし かった」と、そのときの山ノートに記録している。

(1994年9月記)





山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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