早池峰に朝駆け、特産種の薄雪草に初対面

2000年8月2日


ハクサンシャジン ミネウスユキソウ 河原坊ルートを望む イブキジャコウソウ


 7月31日夜に東京を発って、福島へ帰省し、ついでに、早池峰 に登った。
 この山行は、岩手の温泉に泊って、深夜に宿を出発し、暗 いうちから登山を始めて、宿の朝ご飯には間に合うように帰ってく るという変則的なものとなった。これは、宿に母を残してきたため、 なんとか母が朝風呂に入っているうちに帰り着きたいためだっ た。77歳の母親を日中の登山口で数時間も待たせるわけには いかず、夜中に出かけ、朝帰るという、やむをえない時間のやり くりになった。

 温泉は、岩手県湯田町の湯川温泉で、8月1日に宿に入った。
 星空のもと、ヘッドランプをたよりに、静かな、おもいきり寂しい 山中の登高を味わった。下山では、朝陽に輝く早池峰の岩と緑 の稜線を眺め、ハヤチネウスユキソウにもなんとか対面できた。

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湯田町・湯川温泉(0時33分発)車→秋田道・東北道経由→花巻IC (1時15分)→大迫町・岳(2時07分)→河原坊・駐車場(2時27分 着、3時17分発)→垢離頭・沢を離れる(3時48分)→岩の尾根の 鎖場の100メートル手前(4時22分〜同35分、食)→早池峰・山頂 (5時02分〜同24分、食)→小田越コース→小田越・登山口(6時23 分)→河原坊・駐車場(6時45分着、6時53発)車→花巻IC(7時43 分)→湯川温泉(8時22分)

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河原坊から正面コースを上がる

 8月2日、午前2時17分、河原坊の駐車場に着く。7台の車が停 まっていた。登山者は前日のうちに山頂の避難小屋へ入ってしまっ たのか、それともキャンプ場のテントの中なのか、あたりの車に人 の気配がない。私の車の灯りを消すと、周囲は完全な闇になってし まった。
 目がなれてくると、空は星の光でわずかに明るい。早池峰の稜線 方向に、黒く丸い山が見える。稜線から張り出した尾根が見えてい るようだった。

 河原坊の登山口からコメガモリ沢をたどる登山道(正面コース) は、中腹で、長い河原とガレ場を登っていく場所がある。夜間では、そ のあたりがルート判断が難しそうなところ。ちょうど薄明の時間帯に、 問題のガレ場に出るように、車の中で横になり、少し時間調整をす る。

 うとうとしていたら、人の足音がした。懐中電灯をさげて、キャンプ場 から登山口方向へ歩いて行く人がいる。まだ真っ暗だが、時計を見る と、3時を少しまわっている。パッキングをすませ、山靴をはく。すると、 懐中電灯の人物は、上の道路から、またキャンプ場へ下りてきた。「な あんだ。トイレに起き出しただけだったんだ」。
 期待もしていなかった先行者に恵まれるかもしれないと思ったけれ ど、あらためて初心にかえって、一人で登る気持ちを固めなおす。

「おおい、森さん、入っていっていいかい」

 3時17分、河原坊の駐車場を発つ。登山口に登山者名簿があった ので、記入する。天候欄には「晴れ、上空にガスが出ている」。さあ、行 こうと自分に気合を入れて、森の中の山道に入って行った。
 道はしっかり踏まれていて、ヘッドライトの細い光で前方を確かめつ つ、登って行く。すぐに枝沢が1本、右手から流れ落ちてきて、石跳び で渡る。少し行くとまた右手から流れてくる沢に出て、対岸へ渡り、沢 沿いに少し上がって、またこちら岸へもどされる。この沢がコメガモリ 沢の本流のようで、上部で再度、対岸へ渡った。
 渡渉のたびに、対岸の踏み跡、刈り分けを確認する。ヘッドライトの 細いビームは、前方によく届いて、道をしっかり確認することができ た。道標も要所に設置されていて、よく踏まれた道は、こういう場合 にはありがたい。

 なるべく楽しいことを考えたいのだけれど、真っ暗な樹林の、視界が 限られているなかでは、よけいなことしか頭に浮かばない。31日の 晩、東北道を福島へ走ってくる間に聞いた、ラジオの怪談話の女性 の幽霊のことが、頭にうかんでくる。なかなか真に迫った朗読と効果 音だった。前方の石の上に、その人が立っていたりして……。いやい や楽しいことを考えよう。
 風の又三郎みたいな男の子だったら、こんな林の中は、夜でも昼で も、元気に飛びまわるんだろうな。「注文の多い料理店」の猟師たちが さまよったのは、こんな森の中だったろうか。そういえば、宮沢賢治も 何度か登った早池峰だから、この道を登っているかもしれない。

 コメガモリ沢をもう一度、渡り返すと、沢の流れに沿って流水の右手 の急な河原を登っていく場所に出た。森を抜けて空が広がる場所に ついたので、足元がライトの光なしでもどうにか判別できるようになり だした。シシウドの白い花が、暗い草むらで、ぼんやりと中空に浮か んでいる。星はまだ明るかった。石の河原歩きとなって、何度も踏み 跡がわからなくなり、両岸の茂みに逃げる登山道がないかどうか、ラ イトで確認しながら上がって行く。
 幸い、登山道はまっすぐにこの沢に沿って、上がっていた。

河原を急登して、コウリコウベの最終水場へ

 いよいよ沢水の流れから離れようという地形に出た。カタカナで「コウ リコウベ」(垢離頭)と記した板切れの道標がある。ここらあたりが最後 の水場になっていて、修験者らが身を清めたところのようだ。時刻は3 時48分。真っ暗で、歩くことしか考えないで来たので、相当なスピード で登ってきてしまった。頭に巻いてきたバンダナが汗にぐっしょり濡れ ている。
 足元は、すでに判別できるので、ライトを消す。周囲の地形がしっか り見え出してきた。左手上部から、砕けた岩を大量に押し出して、急な 沢が一本、落ちてきている。途中の沢の傾斜がいったん緩くなる場所 に、膨大な土砂と岩が堆積して谷を埋めている。この登山道は、雨で 増水すると下部の渡渉が不可能になるが、中流から上の土砂の崩壊 もなかなか怖そう。

 道は尾根にすぐには上がらず、細い沢型をたどって上がって行く。暗 がりの中で、オオバギボウシが両岸にたくさん群生している。登りが急 になった。
 沢を離れ、岩場をすぐ上に見ながら、小さな尾根、傾斜が増した斜面 を登っていく。
 ハクサンシャジンが群生している。ナンブトラノオは、花が終わって毛 が抜けたネコの尻尾のような姿になっているものも混じる。花の姿が 似たナンブトウウチソウというものも、早池峰の特産種の一つであると いうが、判別がつかなかった。ミネウスユキソウが現れだした。クルマ ユリもひとところにだけ、2、3株があって、花が見ごろだった。

夜明け、「鳥が啼きだした。さあ、登らう」

 見上げると、上部は大きな岩がごつごつと連なっている。中には、四 角く見える大岩があって、急傾斜の地面に乗っているだけで、いまにも 転がってきそうに見えるものもあった。大雪・旭岳の「金庫岩」を急な斜 面に置いたよう。修験者たちは、それぞれの岩に名前をつけていたと聞 くが、あの岩はなんと呼ばれていたのだろうか。4時20分すぎあたりか ら、上空の雲が次第に赤く輝き出し、空はどんどん明るくなった。草むら、 笹やぶ、岩陰から、小鳥の鳴き声がいっせいに聞こえはじめた。うれしい にぎやかさに包まれる。
 「……鳥が啼きだした。さあ、登らう」(宮沢賢治「河原坊」)

 途中、ミネウスユキソウが群生する場所で、撮影と食事を兼ねて小休止 する。ガスが太陽を隠して、暗くて写真はきびしい。ハヤチネウスユキソウ は、残念ながら見当たらない。ここは、鎖場から距離にして数十メートル ほど下部にある場所で、標高は1800メートル弱か。岳沢の谷を挟んで、 対岸には薬師岳(1645メートル)が目の下になってしまった。

 長さ6メートルほどの鎖場を越す。一枚岩の上に2本の鎖が下がってお り、岩をうがって足場も掘りこまれていて、ありがたいところ。その上で、 ルートが右に斜上するようになると、山頂はもう目の上だった。



霧に包まれた山頂に着く

 5時02分、早池峰の山頂(1917メートル)に着く。
 山頂直下の登りから濃いガスに包まれだしてしまい、周囲の視界はなく、 薄暗い。頂上には岩が2、3ヶ所、高みをつくっていて、三角点と神社は、 一段低い地面に置かれていた。
 3人の女性が、高みの岩の上で、「お早うございます。こんな時間に登っ てきたんですか?」と声をかけてくれた。頂上の避難小屋では、夕べは3 パーティー7人が泊まったとのこと。いま起き出したところで、これから朝 ご飯のしたくにかかるという様子だった。

 早池峰に登ろうと最初に思い立ったのは、高校時代のことだったから、 30年も前のことになる。下の姉が、福島労山パーティーで山頂から鶏頭 山まで縦走して、花のすばらしさを話してくれた。今回は、せっかく岩手に 来たついでにと、無理をして登ってきたけれど、花と岩と緑の稜線という、 この山の独特の持ち味に少しだけでも接することができたと思う。
 それに、岩手山の2000メートルと、早池峰の1900メートルは、岩手 県ではもちろん東北北部では貴重な存在だ。山頂からの岩手山、鳥海山 の展望は得られなかった。が、いつか、この二つの山から逆に早池峰を 望んでみたい。

 5時24分、下山開始。小田越へのルート(2・7キロメートルの道のり) をたどる。標高差で7、80メートルも下ったら、ガスの下に出ることができ 、下界と周囲の視界が広がった。焼石連峰や栗駒山の方面まではなんと か見える。振り返ると、早池峰の稜線をつつむガスは次第に薄れ、山腹 の岩と緑の斜面が朝陽に輝いている。
 2段30メートルほどのしっかりした鉄のハシゴで、難所の岩場を下降。 その下で、登山道から6、7メートル離れた場所に、ハヤチネウスユキソ ウと思われる群生を見付けた。離れているし、道を外れることはだめな ので、確認はできない。でも、「まだ咲いている」ということで、先に期待 が持てた。

花が多く歩きやすい小田越のルート
 

 小田越のルートは、コメガモリ沢よりも花が多いと感じた。とくに目につ くのは、いまが盛りのナデシコの品のある姿。そこここに群生している。ハ クサンシャジンもやはり多い。ナンブトラノオも、咲き始めのものが見つ かった。



ハヤチネウスユキソウ

 ハシゴ場の下の尾根のでっぱり(道標あり)をすぎたあたりで、道の左 側、こんどはすぐ道脇にまでハヤチネウスユキソウが数株、咲いている 場所があった。綿毛のような、粉雪がふりかかったような、独特の風合 いで、意外に目立つ花だ。真上から眺めると、綿毛におおわれた不均等 の星型で、なんとも純朴な花だ。良かった。この花に出会うのが、一番の 目的の、山行だったから。
 撮影しようとまじまじと見つめなおすと、星型の真ん中の花の色は、す でに黄色から茶色に変り、花の部分も膨らんでいる。高温の7月に、ウ スユキソウも駆け足でシーズンを走りぬけてきたのだろうか。


小田越から河原坊へ下る林道の途中から

 見上げると、小田越から山頂部にかけて、赤茶色に照らされた岩がる いるいと障壁をなす、意外な印象の早池峰を望むことができた。頂上か ら、西へ伸びる岩の稜線、コメガモリ沢になだらかに駆け下りる緑のス ロープ、なんともめりはりのある、美しい山です。

 山頂から59分で小田越に下り立ち、車道を早足で20分あまりで河原 坊へ。この道々では、ミヤマオダマキがつぼみからちょうど咲き始めだっ た。

 河原坊から花巻インターをへて、秋田道に入って県境の湯田町へ。ま た1時間30分、車を走らせて、なんとか予定通り、湯川温泉の宿に帰り つくことができた。渓流を見下ろしてひたった露天風呂は、格別だった。





山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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