再びの鳥海山――祓川から雪渓と花の北東面ルートを登る

2008年8月7日〜9日  2人パーティー



 

秋田県側の矢島口から望む、鳥海山 

 7年ぶりで、今度は北面の矢島口(祓川・はらいがわルート)から鳥海山に 登ってきました。
 7月まで雨が少なかったこの夏の、豊富な残雪と花を期待して。
キタエゾシオガマ、チョウカイフスマ、チョウカイアザミ、イワブクロ、ヒナ ザクラなど、東北地方でも限られた地域に分布する、この山の独特の花々が迎 えてくれました。
 ただ、東京から鳥海山はやはり遥かな山になります。北面の秋田県側からの入 山となったため、往復の走行キロは1165キロに達しました。

 
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8月7日
 東京・西多摩の自宅(6時20分)車→東北道経由。途中、郷里の福島 市で墓参り→山形道、東北中央道路、国道13号経由→秋田側の湯沢市院 内から鳥海町を経て矢島町→花立牧場公園キャンプ場(18時25分)泊

8月8日
 キャンプ場(5時45分)車→祓川駐車場・車道終点(6時21分)
 祓川駐車場(6時47分発)→祓川ヒュッテ(6時49分)→竜ヶ原湿 原→タッチラ坂→賽の河原・6合目→御田・7合 目(7時41分〜50分)→七ッ釜避難小屋(8時10分)→七ッ釜・8合目→康新道分岐(8時 27分)→大雪渓→氷の薬師・9合目・岩のV字谷(9時02分)→舎利 坂→七高山(10時27分〜38分)→新山(11時12分〜29分)→七 高山(12時03分〜15分)→康新道分岐→康新道コース・尾根ルート→分 岐(13時59分)→御田(14時27分)→祓川ヒュッテ(15時 12分〜16分)→駐車場(15時20分)
 駐車場(15時35分)車→ふもとの宿着(16時02分)泊

8月9日
 ブナ林できのこ探索と撮影。
 宿発→仁賀保高原→象潟より日本海岸の道路を南下→酒田市街→鶴岡→笹川 流れ→新潟県村上市の瀬波温泉 泊。

8月10日
 →東京・西多摩の自宅 着。

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登山ルート。ハンディGPSのデータを、
山旅倶楽部の国土地理院25000分の1地形図上に表示した。

 8月7日

 今回の登山口の秋田県矢島町へは、1)酒田市経由で日本海側から回るルート と、2)秋田県湯沢市側から回り込むルートの2ルートがある。
 後者の2)のルートは、湯沢市へは、岩手県からも秋田道、湯沢・横手道経由 入ることができるが、私はより距離が短い、山形県新庄市から国道13号経由の 道を使って、秋田県湯沢市へ入った。
 結果的には、1)酒田市経由の日本海周りルートの方が、距離と時間の両方の 節約のバランスが良かったように思う。
 とにかく鳥海山は、東京から遠いだけでなく、裾野が大きい。どちらから回り 込んでも、矢島町へは100キロ前後は走る大迂回になる。

 初めて北上した国道13号は、通り抜ける町や水田の風情や川の眺めなど、飽き ることのない道程だった。奥羽本線が並行して走っており、これも景観にメリハ リをつけている。
 秋田県との境にある金山町は杉の山地で、通りに面した商店や田畑に点在する農 家が、杉材をふんだんに使って建てられている。二階建てでも、都内の3階建て のような大きな構えの家々が並ぶ。しっくいの白壁に加え、板壁はこげ茶色に品 よく塗装され、美しい町並みをつくりだしていた。

 13号国道は、バイパスやトンネルをつないで県境を越え、秋田県湯沢市の院内 へ下った。
 ここから鳥海町をへて矢島町へ、山間の集落をつなぐ車道を走る。40キロ走って、い よいよ鳥海山中腹めざして、車道を上がる。
 何度も枝分かれする道をたどって、なんとか日没前に、花立牧場公園に上がりつい た。

 5合目の祓川の登山口のキャンプ場に泊まる予定だったが、初めての山道は夜は使 いたくない。幸い、この花立のキャンプ場は、今夜は私たち以外にテントはなし。宿 泊施設の玄関にある事務室で受付をすませ、公園の奥にあるキャンプ場で明るさが残 るうちにテントを張り終えた。
 大型の給水・炊事棟、水洗トイレがある。1パーティーで独占するのは申し訳ない 感じもする。
 夜半は、霧が晴れ、鮮やかな天の川が夜空を横切った。

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8月8日朝。花立キャンプ場で。すばらしい星空の夜が
あけて、バックの鳥海山をめざします。


 8月8日

 花立キャンプ場を、5時45分発。
 車道は分岐が2回あるだけで、これならば夜でも走ることができるしっかりした 舗装道路だった。ブナの美しい林の中を道は続く。見晴らしがいい場所で、朝日に 照らされる鳥海山を撮影した。
 6時20分、祓川の駐車場に着く。40台ほどのスペースがあり、給水施設とト イレが併設されている。



祓川ヒュッテから登山道が始まる。竜ヶ原湿原 をすすむ

 6時47分、登山開始。
 3分とかからずに、祓川ヒュッテの前に出た。ここは、素泊まりの登山者を受け いれている。水も補給できる。
 ヒュッテからは、「竜ヶ原湿原」を横断する木道をすすむ。コバギボウシの赤紫 色のつぼみが目立つ。白花タイプのヒオウギアヤメも群生していた。
 湿原をぬけると、潅木帯の登りになる。モミジイチゴの花がまだ盛り。雪解けが 遅いのがわかる。サンカヨウやトリカブトなども芽吹いて間がないという姿 だった。
 30分とかからずに、「賽の河原」と呼ばれる少し開けた湿地に出る。ここか らさっそく最初の雪渓を登る。雪と湿原と、そして上部では火山らしい景観に独特 の高山植物群が加わる。変化が大きい鳥海山の登山道だ。



湿原からは灌木帯の登り。ふりかえって竜ヶ原湿原を見下ろす



賽の河原の上で最初の雪渓 。残雪がいっぱいの夏

 潅木帯の登りが平坦な木道歩きに変わると、今度は大きく開けた湿原に 出た。「御田」(7時41分)と名づけられた場所。
 目の前に大きな雪渓の末端があり、雪解け水が天然の堀となってめぐって いる。その傍らにヒナザクラがちょうど見ごろの白い花を咲かせている。こん なに小さなサクラソウの仲間が、ここ鳥海山では夏の花の主役の一つになって いる。

 私たちは、2人分で合計3・5リットルの水と、6個の果物(梨、ネクタリ ン)を持ってきた。そのうち私は水1リットルしか担いでこなかった。ここで カミさんのザックにその水と食糧の全部を持ってもらうことにした。腰に違和 感があり力を入れられないのと、右足の股関節がひどく痛くしびれるため。昨 日、郷里の福島市の墓参りと墓掃除のときに、雑草除けに25キログラムの塩 の袋を担いだ。腰の違和感はそのときからのもの。股関節は、2年越しのこ とだが、今日はいつもより痛みがひどい。



御田の上は、また雪渓



雪渓の途中から、御田を見下ろす



赤い屋根は、七ッ釜避難小屋。
灌木の登りの合間に湿原や雪田が待っています。
変化に富んだルートです。


 一休みして、また気持ちがよい雪渓登りとなる。雪渓の下部は傾斜あるの で、ガレのうえの踏み跡をたどり、雪の上に乗った。右へ回り込みながら雪 渓が伸びているので大きさは正確につかめないが、300メートルあまりは ありそう。前方に雪渓上部の末端が見えてくると、そこにある「赤テープ」な どの標識を目印に、登山道への合流地点を定めて、登って行った。
 潅木帯の登りの見通しが利かない場所に、「七ツ釜避難小屋」の道標があ り、その少し先に「康ケルン」が建っていた。そしてまた小さな雪田と湿 性の花畑。ミヤマツボスミレの群落がある。そばの矮木は、木の枝からタカ ネザクラとわかる。カミさんが、「これ、ブルーベリーの仲間だね」とい うので、近づいて見ると、ブルーベリーそのままの形の、ふたまわりほど小 さな実をたくさんつけた木があった。マルバスノキかな。
 滝の音が大きくなると、「七ツ釜」の連瀑帯。釜は全体の6割ほどが、ス ノーブリッジの下にあり、まだ姿を現していなかった。



康新道(尾根コース)を右に分 ける分岐点

 8時27分、康新道分岐に出る。
 火山岩のガレが堆積したくぼ地を、右手から雪田の雪解けの沢水が流れ、七 ツ釜の沢へと通じている。湿原の植物が点在する美しい空間だ。
 尾根ルートをたどる「康新道」は、ここから右手を進んでいる。
 そこで休んでいた地元の2人の年配の男性に、「花はどっちが多いです か?」と聞いたら、「尾根の新道の方が多かったよ」という。2人は、昨日、新 道を上がり、山頂の宿泊所に泊まって、今日は旧道コースを下りてきたとこ ろだった。
 私たちは、まずは、変化が大きな旧道コースを上がることにした。私の足 腰にさらに症状が強く出たときも、よく踏まれたこのルートの方が何かと融 通が利く。

 分岐からは、雪渓の登りとなった。左から右へ、回り込みながら登ってゆ くと、幅が大きく広がり、前方はるか先まで大雪渓となって続いている。「大 雪路」と呼ばれる一帯で、8月の今頃でも、500メートルほどの長さの雪 渓が残っていた。



分岐点の上では、大雪渓が続く

 登りあがって、ガレをすすむと、また雪渓。その上に、もう一つ、くぼ地を 埋める雪田があった。見上げると、七高山はもう目の前に立ち上がっている。け れども高度差はまだ相当にある。
 最後の雪田を過ぎると、上部は両岸が岩で囲まれたV字型の沢筋になり、その 右岸(上流から見て)をときにへつるように、登山道は伸びている。足場に注 意がいるところ。マルバシモツケが白いにぎやかな花を開花させたもの、まだ 堅いつぼみのものなど、群生している場所があった。



大雪渓の上部、さらに2つの雪渓が続く



七高山をめざし、舎利坂を登る

 9時02分、「氷の薬師」と呼ばれる場所に着いた。
 「薬師」がどこを指しているのかは、判別できない。このあたりの岩と残 雪の様子が、この名前を思い起こさせたのではないか。
 沢筋はますます傾斜をまして、ついに登山道はその沢型を左に離れて、登り あがっていく。

 足元に、きれいに隙間なく積んだ石畳が現れると、「舎利坂」と呼ばれる 最後の急登の始まりだ。
 ミヤマアキノキリンソウは、ここではもう花の盛り。
 小さな流水が地表をぬらしている一帯に、ヒナザクラがここにも群生して いた。ふつうのヨツバシオガマの群生もあるが、背丈が50センチ前後もあ り、花を10数段にわたって付けるキタヨツバシオガマが、見つかった。



ヒナザクラ



ミヤマツボスミレ

 砂と岩くず、ガレが不安定に斜面にとどまっている、歩きにくい場所に、北 日本の高山植物、イワブクロが群生していた。いよいよ七高山が近くなると、そ のイワブクロの大きな群落もあった。そして、チョウカイアザミの大群落も。個 性的な花があふれるような山だと感じた。



チョウカイアザミ



イワブクロ



イワブクロ。花の内部は北の植物らしいつくり



七高山に上がると、新山のドームが目の前に



新山への登り。右後方は七高山の壁

 10時27分、七高山に到着。
 青空を背景に黒ぐろとした岩の山が、すぐ目の前に立ち上がっている。水分 と果物をとって、私のザックはデポして、その新山山頂を目指した。
 11時12分、最高地点の新山山頂(2236メートル)に登りついた。
 帰路は、チョウカイフスマを撮影しつつ、七高山へ戻った。



新山山頂



山頂にて



下降は、七高山から康新道へ。尾根上部にはとくに花が多い



チョウカイフスマ



チョウカイフスマ



キタヨツバシオガマ。尾根コースのものが
多段の花を付けて、特徴がはっきり


 12時30分、七高山から下山開始。
 新道のスタート地点は、尾根を最初から忠実に下るのではなく、舎利坂 を高度差で40メートルばかり下った分岐点から始まる。ここの道標で旧 道と別れ、山腹を左斜め下にトラバースしつつ、七高山から北北東に伸び る尾根筋に接近していく。尾根上部の岩場の危険地帯を、こうしてやり過 ごして、切り立った尾根に合流した。

 潅木とハイ松、岩場まじりの尾根は、2箇所ほど大きな段差の場所があ るが、危険地帯はうまく避けながらルートが設定されているので、安心 だった。強風や見通しの利かない条件では、このルートは避けた方が良い ようだ。

 そして、上部のわずかの危険箇所を通りぬければ、あとは旧道よりも 歩きやすいハイ松や草原の道となる。尾根筋をすすむだけに、山頂部や 外輪山、そして旧道側の俯瞰など、抜群の眺めが展開するのも、この コースの醍醐味です。外輪山の中は、山頂部が北に向かって崩壊した大 斜面が展開している。人がほとんど立ち入ることがない残雪と沢筋なん だろう。どんな世界がそこにはあるのだろうか。
 私も下半身の痛みとしびれを、ときどきは忘れながら、この展望ルート を楽しんだ。



尾根道を1時間ほど下って、山頂部をふりかえる



御田まで下ってきた。祓川ヒュッテはあと40分ほど

 13時59分、旧道との分岐点に合流した。所要時間は、旧道を降 りるのと、ほとんど同じぐらい。
 ここからの下降が、痛む足腰にはつらい行程でした。標準タイムより ゆっくり降りた。

 14時27分、御田を通過。携行した水がほとんどなくなったが、あ と一息のため、腕を冷水に漬けるだけにした。数秒で腕が痛いほどの 冷たさがくる。気分一新、降り続けた。
 15時12分、祓川ヒュッテに到着。軒先にひいた水で喉を潤した。
 15時20分、駐車場 着。



シロバナヒオウギアヤメ(少し、紫が混じる)

 この日は、ふもとの「フォレスタ鳥海」ホテルに泊まることに した。
 前回7年前のときは、湿原のトラバース道をすすみながら、「もうこ の山に来ることはないのかもしれない」と思ったが、再訪を果たすこ とができた鳥海山。花の魅力を再認識して、また良い時期に登りに来 たいと思いながら、ブナ林をぬける車道を下った。









山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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