鳥海山――心字雪渓と静寂の草原

2001年8月5日(福島市から往復)



 郷里の福島市からの往復で鳥海山に登ってきました。日本海からせり あがる、のびやかな山容、豊富な残雪と花、何より東北地方で2番めに 高く、飛行機からは何度か姿を眺めていた鳥海山。憧れの山の一つで す。

 鳥海山の登山口は、西側の
1)象潟口の鉾立(1120メートル)と、
2)吹浦口の大平(1100メートル)
がよく使われています。
 私は、山頂へ南側から登る、
3)湯ノ台口を選びました。
 標高1284メートルの滝ノ小屋近くまで車道が伸びていて、山頂に 一番近いことと、「心字雪渓」の登高が目当てでした。



心字雪渓と、外輪山(右上ガスの中)の眺め

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福島市(3時28分)→東北道・山形道→酒田IC→湯ノ台温泉→滝ノ
小屋手前の車道終点(6時51分着、7時26分発)
→滝ノ小屋(7時39分)→河原宿小屋(8時12分)→心字雪渓下部
(8時19分着、食、同39分発)→外輪山の稜線・伏拝岳の西側鞍部
→伏拝岳の分岐・アザミ坂下降点(9時56分着、10時02分発)→
行者岳の分岐点(10時22分)→御本社→鳥海山・新山山頂(10時
39分着、同52分発)
御本社小屋(11時02分着、同05分発)→千蛇谷→七五三掛(11
時51分、食)→小田ヶ原(12時23分)→鳥海湖・大平道との分岐
(12時41分)→千畳ヶ原・万助道との分岐(13時12分)→草
原・湿原の中をトラバース→河原宿(14時13分着、同20分発)→
滝ノ小屋→車道終点・登山口(15時02分着、同10分発)
→酒田IC→山形道・東北道→福島市(18時45分着)
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滝ノ小屋起点の登山コース。カシミール3Dで描画。
国土地理院数値地図50mメッシュ標高を使用。
赤いルートは、ハンディGPSを携行してトラックログを記録したもの。
オレンジの細いラインは、雪渓上部の登山道(地図上の正規コース)。
雪渓は、Photo Shop にてフリーハンドで描きこんだ


 8月5日、福島市を朝3時30分に出発、東北道・山形道を走りまし た。酒田市からは、国道7号と344号を通り、湯ノ台温泉(鳥海山 荘)を経由して、車道終点まで上がりました(6時51分着)。すでに 20台ほどの車が、車道の脇に停めてあります。200メートルほども どったところには、30台分ほどの駐車場もありました。

 7時28分、出発。登りだしてすぐの沢を架設の橋で渡り、10分足 らずで、滝ノ小屋に出ました。車道を上がってくる途中、立派な滝(白 糸の滝?)が左手に見えました。小屋は、その名前をとったのでしょう か。石と太い角材を使った、なかなか雰囲気のいい造りです。  標高は、1284メートル。もう6合めまで来てしまいました。周囲 は、灌木と根曲がり竹などが密生し、すでに高山帯の景観です。

 滝ノ小屋からは、湯ノ台口からの歴史のある登山道と合流し、八丁坂 の急登にかかります。坂の登り口で登山道が二股になっており、私は右 手の沢沿いコースが花が多いと予想して、右折を選びました。すぐに水 勢が強い沢のそばに出て、小さな雪渓脇を登るようになりました。草む らには、ニッコウキスゲが今季2輪めの花に移行しだしたところ。この 花の色は、ほんとうに鮮やかな、美しい黄色です。ハクサンフウロも現 れてきました。

 沢を離れ、左手に回り込むと、火山岩が敷きつめられた原っぱを登る ようになり、先に分かれた登山道と合流します。急登をひと登り。見上 げると、上部の外輪山の雲が晴れて、緑色の稜線が見えはじめました。 山肌に、幾筋もの雪渓が白く光っています。
 高台に登りきると、高原のような空間に出ました。沢のほとりに立つ のが、河原宿の小屋(1555メートル、7合目)です。石ころだらけ の河原地形の両岸は、草むらになっていて、ここにもニッコウキスゲが 群生しています。
 前方に心地雪渓と思える大きな雪田が見えます。この雪渓登りを楽し みしてきたので、そのまま河原を縦断して、雪渓の下部まで進みまし た。

 8時19分、心字雪渓(下部の大雪渓)着。
 30人ほどの登山者が休んでいました。私は、家から大事に持ってき た大きな桃を、雪渓の雪解け水にひたしました。上部の雪渓と稜線は、 雲の中に見え隠れしています。おにぎりを頬張りながら、大雪渓を前景 にして、何度もカメラのシャッターを切りました。桃が冷えると、つぎ はこれにかぶりつきました。甘くて、冷たくて、外輪山まで上がる元気 をもらった気がしました。

 8時39分、先行する登山者を追って、私も雪渓の登高にかかりまし た。最初は心字雪渓のうちの「大雪渓」と呼ばれる斜面です。雪は、沢 筋ではなく、山肌にはりつくように残っていて、形状からすれば雪渓と いうよりも雪田です。大きさは、下部の部分で、長さ500メートル、 幅100メートルほどでしょうか。「大雪渓」と呼ばれるのは、上部の 「小雪渓」と区別しての名称になります。斜度は15度くらいで、軽く キックステップしてすすみました。

 この下部の雪渓が尽きたところは、沢型の地形になっていて、左手か ら雪解け水が勢いよく流れ落ちていました。雪渓はかろうじて上につな がって、左手上部の、別の雪田(2番めの雪田)へと伸びています。私 は、ここで雪渓を離れ、正面方向にすすみ、地面にのって踏み跡を登っ ていきました。
 2番めの雪田は、長さ200メートルほど。その雪田を左に見ながら 登っていくと、踏み跡は次第に分かれ、切れ切れになり、流水が草の急 斜面を流れ落ちるような場所に出ました。このあたり、湿生の高山植物 が群生し、ミヤマキンポウゲやヨツバシオガマが目立ちます。



外輪山の登りの少し手前から、右下の2番目の雪田と、
その左下方の心字雪渓(1番目の雪田)方向を見下ろす


 前方を見上げると、ガスでかすむなかを、子どもが大勢いる20人ほ どのパーティーが登って行きます。他に明瞭な踏み跡が見当たらなかっ たので、私も、踏み跡を拾って、その後方に着きました。

 ガスが切れたところで周囲を見渡すと、途中、私が追い抜いてきた2 人パーティーが、100メートルほど右手(東側)の細い雪渓を登って いるのが見えます。斜度もあって、魅力的な雪渓です。「あれれっ!  あれが小雪渓で、アザミ坂の正規のルートなのかもしれない?」。前を 行くパーティーの最後尾を行くリーダーらしき人に聞くと、私がいます すんでいるのは、やはり迂回ルートなんだとのこと。
 「アザミ坂はきついので、外輪山の左側(西側)へ、少し回り込んで いるんです」。

 最短ルートをはずれて、少し遠回りすることになり、がっかりしまし た。それに、アザミ坂で、チョウカイアザミなどいろんな種類のアザミ を見るのも楽しみだったのです。けれど、「いま登っていくルートだっ て、外輪山をそれだけ長くたどることができる」と、気を取り直しまし た。

 前を行くパーティーは、おそろしくスローペースです。子どもたちは めいめいに疲れたと言っては、しょっちゅう立ち止まります。申し訳な いけれど、先へ抜かせてもらってすすむと、すぐ前にも同じグループの 子ども連れの大パーティーが、これまたゆっくり登って行きます。全体 では3グループ、60人ほども、いるでしょうか。
 外輪山に出て、周回ルートに入ると、伏拝岳の登りの小さな岩場で、 大渋滞。いやはや、まいった。聞いてみると、山頂を経ての午後の下山 は、アザミ坂から、滝ノ小屋へとか。先生と思われる皆さんや引率の 方々、ご苦労様です。



新山山頂

 9時56分、伏拝岳の頂上近くにある分岐点(アザミ坂方面との分 岐)に着きました。霧が少し晴れて、岩が累々と積み重なった頂が目の 前に現れました。新山山頂です。
 岩は、縦に亀裂が入っていたり、並び立っているものが多くて、異様 な感じ。なんだか、重力的に不安定な高まりに見えて、あの上に立つの はちょっと怖いような気さえします。
 右手には、七高山のこれまた岩の頂が並んでいます。山体が崩壊して 残った断層面には、噴火のたびに堆積した地層が、数えられました。

 新山と、私が立っている同じ外輪山との間は、深い谷になっていて、 「千蛇谷」という名前がつけられています。あとで下降のときに、この 谷から見上げたら、外輪山の稜線そのものが、「崩壊しつつある崖の上 の、束の間のてっぺん」といったところでした。

 行者岳と呼ばれる地点で、外輪山から内側へ下降(10時22分)。 御本社小屋の上を抜けて、新山山頂への登りにかかりました。近づいて 見ると、岩は亀裂が入って、いまにも割れて落ちてきそうなものが、ほ とんど。余計なことを考えると怖いので、無心でぐいぐいと登り、10 時39分、山頂に上がりました。

 さて、山頂からの期待の眺めはと見回したものの、外輪山がやっと見 え隠れするような、ガスと雲に囲まれています。遠景は何も見えず、明 るいミルク色の世界。来る途中、山形道の寒河江付近では、朝日、飯 豊、とくに月山がきれいに望めたのに。そして、山頂からは海を見た かったのに、残念でした。

 かわりに、じっくり見ることができたのは、この新山山頂部の岩の様 子でした。
 この山は、地中から固いマグマが押し上げてきて、ドーム状にせりあ がった形をしています。が、真ん中の山頂に立つと、そのてっぺんの周 囲、直径20メートルぐらいの部分は、新山が形成された後に、10 メートル近くも陥没した様子がわかります。山頂を囲む直径20メート ルほどの岩が衝立状に切り立って、「ミニ外輪山」のようになっていま す。とくに北側が、その様子が顕著ですが、それらの岩には、これまた 縦に亀裂が入り、立ち並んでいて、不安定そのもの。
 この新山のドームは、わずか200年前に形成されたばかりのものと か。鳥海山はおよそ2000年余り前、大規模な山体崩壊をおこして日 本海に土砂を押し出し、「象潟」の景観を生み出してもいます。それ以 前の鳥海山は、燧ケ岳よりもはるかに高い、火山だったという説があり ます。

 鳥海山は、遠目には優美ですが、外輪山から内側へ入ると、本当に 荒々しい姿を見せてくれる山です。

 10時52分、下山開始。下りでは「胎内くぐり」という岩の割れ目 を通ってみました。(なんということはない)

 山頂から御本社小屋までの短い時間に、下山のコースについて、ずい ぶん迷いました。
 このまま、アザミ坂を経由して最短ルートで車へ帰るか、それとも、 鳥海湖を回って、山腹を大きく西─→南側へとトラバースするワンデリ ングをやってみるか。
 地図で出発前に見たところ、山腹をめぐるルートは、幾筋かの沢を横 断し、湿原や草原をたどり、心字雪渓下の河原宿に到達します。
 人知れず、ひっそりと広がるお花畑に出会えるかもしれない。案内図 にない雪渓が待っているかもしれない。どうしようか。

 そのとき、思ったのは、自分と山とは、やはり「一期一会」ではない か、ということです。20代、30代のころ、山へ入ったときは、つぎ はこの山に別のルートから、と当然のごとく思っていました。でも、こ の年代になってくると、どうもそれは違うように思う。鳥海山にして も、2度めのチャンスは、自分には、そうやすやすとはめぐってこない でしょう。まして、いま試みようとしているワンデリングのルートは、 チャンスは来ないと思った方がいいと考えました。

 御本社小屋まで下降しながら考えたあげく、草原・湿原が続くこの山 腹をトラバースすることにし、千蛇谷を下る道を選びました(11時0 5分)。道は、途中で大きな雪田(背筋のギザギザをもがれたステゴザ ウルスが宙返りした姿にそっくり)を左に見、千蛇谷の雪渓を横断し、 外輪山の末端へ向けて登り返します。
 このあたりの乗越は「七五三掛」(しめかけ)と呼ばれていますが、 途中、ひどい崩壊で道を大きく迂回する部分がありました。(私は、無 理に進もうとして、道を失い、引き返しました。)

 外輪山の西端に登ってひと下りし、小さな丘を左(南)からまいたと ころが、小田ヶ原とよばれる広いお花畑です。鉾立、大平両コースから は、必ず通るところで、盛期をむかえた花の種類が多く、カメラを構え てのんびり接写をしました。アザミのなかでも特徴が際立つチョウカイアザミがたくさんありました。
 前方(西)には扇子森(1757メートル)がこんもりと盛り上がっ ていて、左手(南西)には、これから私が向かう、はるか下方の千畳ヶ 原まで、ニッコウキスゲがあちこちに咲く草原が展開しています。

 小田ヶ原(12時23分、分岐点通過)から鳥海湖への道も、相変わ らずの花の道。ここと、この先のトラバースルートとで、ギボウシの仲 間で、花びらが紫色のユリに似た形の、目をひく花に出会いました。 (帰って図鑑で調べても、結局名前はわからず。写真下です。どなたか、教えてください。)



不明な花。ギボウシの仲間と思います

 鳥海湖からは、いよいよ山腹トラバース、ワンデリングの開始です (12時43分)。
 途中、千畳ヶ原までは万助道の登山道と重複して、分岐点には道標が 立っています。道は草原の中に明瞭で、ニッコウキスゲ咲く千畳ヶ原を 越せば、またその先にも別の草原・湿地が静かに迎えてくれました。
 いずれも名前のない草の原です。沢を越えたり、丘に上がったりする たびに目の前に開ける草原と湿地は、どれも差し渡し数百メートルとい う広さです。名前がある「千畳ヶ原」をもじれば、「2千畳ヶ原」とか 「3千畳ヶ原」が次々に現れるという状態です。



のびやかな草の原っぱをいく


トラバース道の湿原で 小田ヶ原で


 空が大きい。登山者にはまったく会いません。
 ところどころ笹やハイマツのやぶがかかっているかと覚悟してきたの ですが、まったく順調に、行程をかせぐことができました。
 白い花がすずやかなイワイチョウなど湿原の植物が見られ、例の紫色 のユリの花に似たギボウシも、何カ所かで群生していました。チングル マは、もう花が終わり、綿毛に変わっています。チョウカイチングルマ というのも、この山にはあるそうです。また、ナデシコ科のチョウカイフスマ という白い美しい花もありますが、私はこの花にも出会うことがで きませんでした。

 前方に「月山森」と名前がついた高みを見るところで、また沢を渡り ました。この沢には、対岸までロープが張ってあります。こうされる と、対岸にルートがあると誘導されてしまいます。が、対岸(東岸)は 急な灌木の斜面。渡渉して、そのやぶのなかに踏み跡を探しましたが、 まったく見つかりません。
 落ち着いて周囲を見まわすと、沢の支流(枝沢)の河原の岩に赤い目 印があります。とりあえず、その目印を追って、枝沢を少し登りつつ、 対岸の踏み跡をさがすことにしました。(後で調べて、この沢には「幸治郎沢」 と名前がついていることを知りました)

 50メートルほど登ったものの、踏み跡はまだ見つかりません。「こ れは、これまでの沢と様子が違う。なぜ、道が見つからないんだろ う」。地図を広げ、トラックログをとってきたGPSを取り出し、現在 地確認。地図の上では、踏み跡は幸治郎沢の左岸(上流から見て)沿いにつけ られているはずですが、実際には私は沢の真ん中をたどってきたことに なります。沢の上手を見上げると、次の岩につけられた赤い目印も、沢 をさらに遡行するように上部へと導いています。「そうか、ここは道が なくて、沢を登るようにルート設定がされているんだ。いやはや、たい へんな省エネ・ルートだ」。

 水が切れ、伏流となった幸治郎沢を、今度は自信をもって登りました。  沢は小さく、すぐに狭い沢型をうめて火山岩が積み重なったような状 態になり、傾斜も手を使ってはい上がるほど、きつくなってきました。 両側から、灌木のやぶがかぶるようになった源流に出たところで、沢型 は消え、灌木に囲まれた暗い場所に、営林署の道標(柱)が立っていま した。
 ここまできて、沢を渡渉する場所で横断していたロープは、幸治郎沢 を下降する登山者の足を止め、対岸(西岸)の踏み跡へと導くためのも のと合点が行きました。確かにロープがなかったら、沢をどんどん下っ てしまうでしょう。
 それにしても、この道標から逆コースで、急な涸れ沢を「ルート」と 判断して下るのは、よほど地図読みができる登山者に限られるでしょ う。

 踏み跡をたどると、またのびやかな草原と湿地が展開します。ここ で、このルートで初めて、40代後半の夫妻のパーティーに出会いまし た。朝4時前に滝ノ小屋の駐車場を発って、心字雪渓から外輪山だけを 回って、鳥海湖から私と同じコースをここまで来たとのこと。
 「とっても静かなコースで、気に入ってるの。幸治郎沢の下降が大変なの で、今日は登るルートにしたんです」。
 湯ノ台の地元、山形県八幡町の方でした。

 登りでは遠目に眺めたニッコウキスゲの群落の中の道をたどって、河 原宿にもどってきました(14時13分)。上部はガスが濃くなり、も う雪渓も外輪山も見えません。小屋の前の、とびきり冷たい沢水でのど を潤して、下降。また、登山者が多い道に戻ります。

 八丁坂では、雲の下になって、日本海の海岸線と港が見えました。下 山する人の中から、歓声が上がります。今度は、正規の西周りルートで 滝ノ小屋へ下り、15時02分、車道終点に降り立ちました。

 携行したハンディGPS(ガーミンGPS12)では、きれいなト ラックログがとれました。

(帰路は月山道が渋滞して、福島市に18時50分着。走行片道245 キロ)





山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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