|
1971年10月17日 高校2年の秋の山行。 私は、このルートは、下降で2度、登りで1度しか使ったことが
ない。ルートは、上から大まかに3つの部分に分けることができる
。 その下は、三階滝を対岸に見ながらの、岩の尾根の下降。針葉樹
林の中で、石楠花の枝を手がかりにする。ところどころ、ワイヤー
やチェーンが懸けてあった。 もともと姥湯は、昔は湯治客だけでなく、山から登り降りする登
山者に、よく使われていた秘湯だった。露天風呂も、昔のものは沢
沿いの直径4メートルほどの岩風呂で、透明な湯が木の樋から流れ
落ちてきた。岩、石を積んだ小さな風呂があるだけで何もない、ま
さしく露天だった。 なお、林道を姥湯へ上がる手前で左へ折れて、兵子の東そばの稜
線へ直接、登る登山道(堀田林道)が以前からある。これは現在も
使われているようだ。三階滝のルートにくらべれば、変化も景色も
いま一つだろう。 1971年10月の行動記録 福島駅(6時35分、バス) →高湯(7時20分) →途中、 食 →賽の河原分岐(8時45分) →家形ヒュッテ(9時50分 着、食、10時15分発) →家形山(10時45分着、11時0 0分発) →兵子(11時45分着、12時05分発) →三階滝 (12時50分着、13時10分発) →姥湯(13時35分着、 45分発) →滑川温泉(14時45分着、食、15時30分発) →峠駅(16時45分着、18時04分発、奥羽線列車) →福 島駅(18時50分) 霧と風の天候。ときどき雨が降りかかり、私にとって5度めのこ
の山行で、初めてポンチョを使用した。 小雨のなかを家形ヒュッテに着く。ヒュッテは1階部分が壊れか かり、入り口の戸板もなく、黒い毛布を垂らしていた。中へ入るの をためらうほど、さびしい小屋だった。 ガンチャン落としの急坂を登り切って、五色沼のへりに出、ガス の中を家形山へ。途中、強い風がガスをはらって、真っ青な五色沼 が姿を現した。一切経山が大きい。 家形山の山頂に立つ。中学生のころから話に聞いたこの山に、よ
うやく登ることができた。ここから、前回、途中で引き返した霧ノ
平へ、尾根を下降することも考えたが、姥湯へ下降する初体験のル
ートにひかれ、兵子への稜線をたどった。稜線の道は樹林の中で、
ぬかるみ、暗かった。 三階滝の手前、尾根の下降点付近には、朽ちかけた小さな小屋が
あった。テントが張れる平地があり、水芭蕉が生息する湿地もある
。水質は不安だが、水を得ることもできた。 降り立った場所は、大崩壊地帯の真ん中で、背後は屏風のように 灰色の岩場に囲まれている。ザレにつけられた踏み跡をたどって下 降する。源泉の湧き出しが、途中のザレの斜面にあり、近寄ると木 の樋を一気に満たすほどの湯量があふれでていた。黄白色のきれい な硫黄分が、樋にびっしり着いている。 楽しみにしてきた姥湯だった。が、露天風呂は登山道のすぐ脇に あり、このときは敬遠してしまった。宿は小さな民家ほどの大きさ で、内湯が設けられていた。沢を木製の細い橋で渡って、踏み跡を 300メートルほどもたどると、林道に出た。 ときにスイッチバックもある林道を下り、滑川温泉、萱峠をへて 、夕暮れの峠駅に下り立った。 山の便り、大地の恵み (野原森夫) http://trace.kinokoyama.net 東北の山 Index へ HomePage TOP へ 記事、写真の無断転載を禁じます Copyright (c) Nohara Morio. since Nov.2000 |