高湯から家形山、姥湯へ

 1971年10月17日




 高校2年の秋の山行。
 この山行で下山に使った兵子(ヒョッコ)から三階滝をへて姥湯 へのルートは、少なくとも1980年ごろまでは、ごく一般的な登 山道として使われてきた。しかし、姥湯から三階滝にかけての区間 は土砂崩壊や崖状の地形で危険なルートになっており、現在はどこ まで登山道として使われているか、私は知らない。(近況をご存じ の方、お知らせください。)



 私は、このルートは、下降で2度、登りで1度しか使ったことが ない。ルートは、上から大まかに3つの部分に分けることができる 。
 主稜線の兵子からの尾根の下降は、傾斜がきつく、根曲がり竹が 密生していて、6月ごろはタケノコがさぞや、と思われるところ。

 その下は、三階滝を対岸に見ながらの、岩の尾根の下降。針葉樹 林の中で、石楠花の枝を手がかりにする。ところどころ、ワイヤー やチェーンが懸けてあった。
 最後は、姥湯を見下ろしながらの、崩壊地形の沢沿いの下降。急 なザレ地を降りる。源泉の湧き出しが周囲に何箇所かあり、湯の音 と湯煙、硫黄の臭いに包まれて、姥湯の露天風呂をめざす。

 もともと姥湯は、昔は湯治客だけでなく、山から登り降りする登 山者に、よく使われていた秘湯だった。露天風呂も、昔のものは沢 沿いの直径4メートルほどの岩風呂で、透明な湯が木の樋から流れ 落ちてきた。岩、石を積んだ小さな風呂があるだけで何もない、ま さしく露天だった。
 稜線に直接、上がる登山道を歩く登山者が減った現在では、延び た車道を上がってくる湯治客だけが、この温泉の客になっているの ではないだろうか。露天風呂も、80年代に、現在ある男女別、脱 衣所つきの大きな二つの風呂が設けられた。

 なお、林道を姥湯へ上がる手前で左へ折れて、兵子の東そばの稜 線へ直接、登る登山道(堀田林道)が以前からある。これは現在も 使われているようだ。三階滝のルートにくらべれば、変化も景色も いま一つだろう。
           (2001年1月31日 記)

****************************************************

1971年10月の行動記録

 福島駅(6時35分、バス) →高湯(7時20分) →途中、 食 →賽の河原分岐(8時45分) →家形ヒュッテ(9時50分 着、食、10時15分発) →家形山(10時45分着、11時0 0分発) →兵子(11時45分着、12時05分発) →三階滝 (12時50分着、13時10分発) →姥湯(13時35分着、 45分発) →滑川温泉(14時45分着、食、15時30分発) →峠駅(16時45分着、18時04分発、奥羽線列車) →福 島駅(18時50分)

 霧と風の天候。ときどき雨が降りかかり、私にとって5度めのこ の山行で、初めてポンチョを使用した。
 高湯から滑川温泉までのルートは初めてたどる道だった。天気も 悪く、前後に誰もいない。当初は、賽の河原の分岐から一切経山に 登り、家形山へ縦走する予定だった。けれどこの日の天候では、ガ スが心配だったので目印が少ないこのコースをあきらめ、家形山へ 向かうルートをとった。

 小雨のなかを家形ヒュッテに着く。ヒュッテは1階部分が壊れか かり、入り口の戸板もなく、黒い毛布を垂らしていた。中へ入るの をためらうほど、さびしい小屋だった。

 ガンチャン落としの急坂を登り切って、五色沼のへりに出、ガス の中を家形山へ。途中、強い風がガスをはらって、真っ青な五色沼 が姿を現した。一切経山が大きい。

 家形山の山頂に立つ。中学生のころから話に聞いたこの山に、よ うやく登ることができた。ここから、前回、途中で引き返した霧ノ 平へ、尾根を下降することも考えたが、姥湯へ下降する初体験のル ートにひかれ、兵子への稜線をたどった。稜線の道は樹林の中で、 ぬかるみ、暗かった。
 兵子は小さな岩場のピークで、ガスがなければ展望がいいところ 。ここから根曲がり竹の刈り分け道を下る。

 三階滝の手前、尾根の下降点付近には、朽ちかけた小さな小屋が あった。テントが張れる平地があり、水芭蕉が生息する湿地もある 。水質は不安だが、水を得ることもできた。
 ここから岩場がある急な尾根を下る。針葉樹の根も手がかりや足 場にして、鎖に頼ったりして下降するのは、気が抜けない。風が吹 き抜ける。対岸に樹木の枝を透かして、岩場を落ちる滝が見え隠れ する。

 降り立った場所は、大崩壊地帯の真ん中で、背後は屏風のように 灰色の岩場に囲まれている。ザレにつけられた踏み跡をたどって下 降する。源泉の湧き出しが、途中のザレの斜面にあり、近寄ると木 の樋を一気に満たすほどの湯量があふれでていた。黄白色のきれい な硫黄分が、樋にびっしり着いている。

 楽しみにしてきた姥湯だった。が、露天風呂は登山道のすぐ脇に あり、このときは敬遠してしまった。宿は小さな民家ほどの大きさ で、内湯が設けられていた。沢を木製の細い橋で渡って、踏み跡を 300メートルほどもたどると、林道に出た。

 ときにスイッチバックもある林道を下り、滑川温泉、萱峠をへて 、夕暮れの峠駅に下り立った。





山の便り、大地の恵み (野原森夫)
http://trace.kinokoyama.net  
東北の山 Index へ
HomePage TOP へ
記事、写真の無断転載を禁じます Copyright (c) Nohara Morio.
since Nov.2000