高山病 これまでの体験(メモ1)

 1971年から1983年までの登山では、東北・北海道中心のため、高山病の症状は体験して いない。

1984年 8月 北ア  剣岳   2998メートル
○自覚症状なし。
〔天候〕好天。  〔前夜の睡眠〕前日5〜6時間、@7時間
@東京→室堂 (2450メートル) →別山乗越 (2760メートル) →剣平幕営場 (2500メートル) 泊
A剣岳往復
B室堂下山

1987年 8月 北ア  白馬岳  2932メートル
▲村営頂上宿舎から上で軽い頭痛。白馬山荘から頂上往復時に頭痛。昼寝。
〔天候〕くもり。 〔前夜の睡眠〕前日5〜6時間、@7時間
@東京→白馬尻小屋 (1560メートル) 泊
A→村営頂上宿舎 (2730メートル) →白馬山荘 (2850メートル) 頂上往復、昼寝。泊
B杓子岳、白馬鑓ヶ岳をへて下山。

1988年 8月 南ア (仙丈ケ岳 3033メートル)
▲藪沢上部で、顔色が青くなり、動悸。雨天のため頂上は登らず。
〔天候〕くもりのち雨。〔前夜の睡眠〕夜半に車で出発。2時間仮眠。
@夜半に東京を車で発→広河原 (1500メートル) テントで仮眠するも、車がうるさく充分 眠られず→北沢峠 (2030メートル) →馬の背ヒュッテ (2640メートル) 泊
A北沢峠下山。

1988年 9月 奥秩父 国師ヶ岳 2592メートル
○自覚症状なし。
車で大弛峠へ。山頂往復。

1989年 8月 南ア  北岳   3192メートル
●八本歯コルから北岳山荘へのトラバース道から、悪寒、頭痛。山荘ではひどい悪 寒、頭痛、吐き気。顔色が青くなる。夕寝ののち、回復。
〔天候〕快晴。  〔前夜の睡眠〕4時間半(早朝4時半発)
@東京→広河原→八本歯コル (2920メートル) →北岳山荘 (2920メートル) 泊
A北岳をへて、肩の小屋、御池から広河原下山。

1989年11月 北ア  爺ケ岳  2650メートル
▲山頂から下山開始直後に、頭痛。一時間ほどでおさまる。
〔天候〕くもり、冬季のため山頂では強風で寒かった。〔前夜の睡眠〕3時間弱。
@夜行で車を走らせ、夜半に扇沢 (1400メートル) 。幕営。
A山頂往復。積雪20〜80センチメートル。

1991年 6月 南ア  仙丈ケ岳 3033メートル
●小仙丈ケ岳から悪寒、山頂をへて仙丈小屋で頭痛、ひどい悪寒。馬の背のうえで 吐き気。倦怠感ひどく動けず。ヒュッテの軒下で眠る。回復しきらないまま、何度 も休憩しつつ、藪沢小屋をへて北沢峠へ下山。長谷村へのバスの中で急速に回復。
〔天候〕くもりのち雨。 〔前夜の睡眠〕4時間ほど車内で仮眠。
@夜行で車を走らせ、夜半、長谷村着。車内仮眠。
A長谷村バス停(850メートルくらい) →北沢峠→小仙丈ケ岳 (2864メートル) →仙丈ヶ岳→仙丈 小屋→馬の背ヒュッテ→北沢峠。長谷村下山。

1991年 8月 北ア  奥穂高岳 3190メートル
○自覚症状なし。二日目、穂高岳山荘で、登頂前に雨天のため昼寝。 〔天候〕くもり、雨。
  〔前夜の睡眠〕前日4時間。@7時間。
@未明車で発ち、上高地から入山。→涸沢カール (2350メートル) 幕営。
A→穂高岳山荘 (2996メートル) 雨やどり、昼寝。山頂往復。泊。
B涸沢カールをへて、屏風のコルから、パノラマコースで徳沢下山。幕営。
C上高地下山。

1991年 9月 奥秩父 金峰山  2598メートル
○自覚症状なし。
大弛峠へ車で入り、早足でピストン。

1991年11月 北ア  燕岳   2763メートル
●燕山荘から悪寒。燕岳山頂手前で頭痛。吐き気。北燕岳下のトラバースで嘔吐。 水分もなにもとれず、心配だったが、休みつつ餓鬼岳との鞍部へ。昼寝のち急速に 回復。
〔天候〕晴れ。山頂付近は風あり。積雪15〜40センチ。〔前夜の睡眠〕3時間余。
@車で夜行で、午前1時前に中房温泉着。幕営。
A合戦尾根から燕山荘 (2680メートル) →燕岳→餓鬼岳との鞍部 (2000メートル) → 中房温泉 下山。



(以下、メモ2に記述)


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野原 森夫