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高山病――FYAMAP会議室へ短信 Kさん、初めまして。野原森夫です。実は、私も高山病で何度も たいへんな目にあってきたので、身につまされて読ませていただきまし た。 私が初めて高山病症状に襲われたのは、1989年に北岳に登ったと
き(35歳)でした。広河原から八本歯コルまでは、なんともなくて、
3000メートルラインのトラバース道に入って、いよいよ北岳山荘が
眼の下という下りに入ったところで、頭痛、脱力感に見まわれて動けな
くなりました。ようやく小屋についても玄関先で動けず、「顔が緑青色
だった」と言われたほど。同行メンバーも「このまま回復しなかったら
下ろさないと」と相談したとのことでした。3時間横になってひと眠り
したら、完全に回復して、夕食を人一倍食べることができました。 それ以来、高山病との付き合いが始まりました。最近では、93年 に、蓮華温泉からの朝日岳(北ア)の登り(2100メートル地点!) で動けなくなり、なんとか稜線まで上がって岩陰で露営しました(入山 2日め)。95年には、黒部五郎岳の山頂下で(2800メートル)や はりダウン(入山2日め)。96年には槍ヶ岳の肩の天場まできて動け なくなり子どもたちがテントを張ってくれました(入山3日め)。97 年も双六沼からの下山の最中に山行のなかで一番ひどい頭痛を味わいま した(入山4日め)。荷物はいずれもテント縦走で、重い荷物でした。 症状、発症には、個人差があると思いますが、私の場合は、つぎのよ
うです。 個人差があるので、参考の一つにしかなりませんが、経験的な対処 法、対策は、こうしています。 (1)3000メートル前後までの山岳ならば、休むか、それ以上、高
度を上げなければ症状はひどくならないことが経験的にわかっているの
で、症状が出たら、行動を中止し、休む。また、それができる日程、余
裕がある日程を組む。(縦走でなく定着法なども採用。冬場はとくに注
意する。露営の装備を必ずもつ。) 軽い頭痛で行動を続けられる程度のときは、妻(看護婦)が頭痛薬を
出してくれます。これは、個人差や使う条件の判断がいりますが、楽に
なれます。頭痛は最初のシグナルなので、これを軽くすることは危険な
場合短があると思います。 長く書いてすみませんでした。私は、中学時代は陸上長距離の学校代
表でしたし、高校時代は野球部でした。平地を走ったら、そう劣らない
体力があります。それだけに高山病は、どうして私が、と意外で、
ショックでした。発症したときは、いつも、つらくて、くやしいです。
でも、山から帰ってくると、楽しい思い出しか残りません。 1999・4・29 |