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「コスモ山」、こんな響きのいい名前をもつ好展望の山を知ったの
は、恥ずかしながら去年(2002年)の秋のことでした。さっそく中アのガイドブックを
求め、登る計画を立て始めました。 今回、実行したのは、西の木曽側の伊奈川ダムから入る計画でした。 |
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印象深かったのは、南駒ケ岳の西尾根下降ルートの好位置から、間近に
眺めた空木岳の姿でした。 |
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8月23日 8月24日 |
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8月23日 8時49分発。 越百山への登山道は、福栃橋から始まりました。枝沢の福栃沢を渡る橋です。 あとで下のコルで出会った登山者に聞くと、この水場は、昨年はほんのちょろちょ
ろしか水が出ていなかったとのこと。 私たちは、上の水場で数種類の容器に沢水を注ぎ込み、合計8リット
ルの水を1泊2日2人分の行程のために用意して小屋へ上がりました。 登山道は、下の水場を過ぎても、尾根のかなり上部まで、古い時期に植林さ
れた杉が見られます。このルートの特徴でしょうか。木曽は古くからの杉の産地
だけに、下山時には幹の周りが1メートルを超す杉の巨木も見えました。 |
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夏山の好天の週末というのに、越百山を行き来する登山者は少ない。 小屋までの行程で、登る人は3人、下る人には9人にしか、会いません でした。登山口を埋めていた車の数と、勘定が合いません。やはり、空木 岳をめざした人が、多かったのでしょうか。 ところが、小屋へ着いて(13時43分)、しばらくして、日が傾く
時間になってくると、この予想は一部、裏切られました。小屋は、
最初のうちこそ、閑散としていたものの、人はどんどん増えてい
きます。結局、40人の定員がほぼ満杯。忙しく、てきぱきと準備を
すすめる小屋のご主人の伊藤さんの、よく通る独特の声が、周囲に
響き渡ります。 「越百小屋の主人は、コーヒーに凝っていて、うまいコーヒーが飲め
る。食事も野菜のてんぷらがおいしい!」 と書いた9月号の山の雑誌
の記事をカラーコピーで持ってきた女性もいました。満員の秘密は、こ
こらへんにあったのかも。 私たち2人は、隣の避難小屋を使わせていただきました。炊事場 兼
食事室の土間と、奥にシュラフで15人くらいは詰めて眠ることがで
きる2段の板の間があります。建物は古い。 小屋の方では、7時までに2回に分けた夕食がすんだら、いっせい消灯・就
寝となりました。 夜、越百山の山頂部は雲がかかっています。 |
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8月24日 |
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越百山山頂に5時46分着。風が強く、伊那側のくぼみに下りて、風
をよけました。 仙涯嶺に7時03分着。強い風が一瞬、岩場の霧を吹き払い、巨岩が 縦に寄り添うようなこの山の異様が確認できました。でも、また、霧で す。上空は晴れているのですが、これでは、今日は展望はのぞめそうに ありません。 |
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南駒ケ岳への登りで、ルートがより安全な伊那谷側へふられると、沢 の源頭に広がるお花畑にそって登る道になりました。展望はもうあきら めたので、何度も立ち止まって花を撮影しつつ、すすみました。 8時34分、南駒ケ岳着。 |
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そのうちに、雲間には宝剣岳の岩の山頂部や、三ノ沢岳のほぼ全体が
見えるようになり、ついに木曽駒をふくむ北部の主要部が姿を見せ始め
ました。 |
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南アが、光岳、聖岳から、甲斐駒まで、ほとんど全山がシルエットに
なって見えました。 中アは、木曽駒から越百山の向こうの奥念丈岳の方面まで、よく見渡 せました。 御岳、乗鞍岳は、どちらも雲に浮かんだ大きな島のようでした。 驚いたのは、短い時間だけでしたが、三ノ沢岳の後方、接する ように、穂高連峰とおぼしき山並みが姿を見せたことです。山頂では、 あれはどこの山だ?と話題になり、私は、奥穂から槍までほぼ直線に重 なり合って見えているのかもしれない、と言ってみました。 気がついたら1時間以上も、カメラを構えつづけていたことになりま
す。 |
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岩の多い尾根を抜けると、今度は左右が崖や崩壊地形になっている場
所が、時々現れる地域を下ります。やせ尾根で、踏み跡部分だけが幅5
0センチだけ残されているような場所もありました。 |
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西尾根から北沢尾根に移る場所、そこからまた支尾根を選ぶ場所な ど、要所は、GPSにウェイポイントをアップしてきたので、画面の標示 でばっちり確認できました。 2411メートルで支尾根にルートを切り替えると、あとは体力勝
負。左側がずっと崩壊地形が続く場所の、樹林の中の、ものすごい急降
下です。妻が足裏を痛めて、ペースががくんと落ちました。途中、水場
はまったくなく、今日のために用意した2人で3リットルの水は、1
リットルを残すのみとなりました。 登山口まで1時間強の林道歩き。何度も後ろを振り返り、たどってき た尾根を探しつつ、下降しました。充実感のある山旅でした。 |