木曽御岳 田ノ原登山口から

    1999年8月26日 野原森夫、妻


【行動記録】
26日 東京・西多摩の自宅(3:59)車→途中、給油→八王子IC(4:14)→諏訪 SA(5:41着、食、6:20発)→塩尻IC(6:34)→王滝村・田ノ原登 山口(8:20着、8:32発)→8合目(9:22〜32)→王滝頂上(10: 30〜43)→剣ガ峰・御岳山頂(11:07〜42)→8合目(12:38〜4 5)→田ノ原登山口(13:14着、13:30発)車→途中、そばを食べる。1 9号線工事で渋滞→塩尻IC交差点(15:40ごろ)→松本市街、三才山トンネ ル経由→鹿教湯温泉(17:07)泊


御岳山頂から二の池方面を展望する

 夏休みも終盤。息子2人は自業自得の宿題地獄。妻は「このチャンスに2人で温 泉へ行こう」と、信州の鹿教湯(かけゆ)温泉に予約を入れた。山へ登ってから、 信州の中央部の鹿教湯温泉へ夕方までに入るなると、登ることのできる山は限られ てくる。東京からの行きはやや遠いが、行程が短いところということで、木曽御岳 山に登ることにした。
 御岳は上部までスキー場が伸びていて、以前に春のスキー登山を計画したとこ ろ。山の様子をつかんでおくことも目的に入れた。

 自宅を早朝に出発。平日の中央道を走り、諏訪サービスエリアでおきまりの「豚 汁定食」を食べる。予報では天気は悪いはずだが、雲は厚くなく、青空も顔を出 す。3000m峰からの展望が御岳登山の一番の目的だが、南アルプスや富士山が 見えるだろうか。

 塩尻で中央道を下りる(八王子ICから173キロ)。穂高連峰はうっすらと見 える程度。中山道(国道19号)を木曽福島の先まで走って、右へ、王滝への道に 入る。初めてのルートだが、大きな標識が要所にあって、迷うことはなかった。王 滝村の集落からはつづら折りの登りとなり、ミズナラの大きな木が目立つ。「○○ 百草丸」という生薬の看板やのぼりが多いのは、この地域が昔から薬草を生業にし てきたからなのだろうか。修験者の山・御岳の山懐に入りこんできたことを実感す る。

 王滝口の登山口、田ノ原に8時20分に着く(塩尻から93キロ)。標高220 0m、森林限界近くに大きな駐車場や観光センター、社務所、展望台などなどがつ くられている。御岳の山頂の剣ガ峰までは、ここから標高差800m余り。3時間 の行程だ。
 ガスが山頂部を隠している。雨の心配はなさそうだけれど、展望はだめかな。望 遠レンズと大きな三脚は置いていく。

 歩き出して何百メートルかは、車が通れるくらいの立派な砂利道で面食らった が、小さな祠(権現さま?)を左手に見るあたりからは、登山道らしい道になる。 道の両側は、ハイ松と笹、そして冬の風にいじめられたツガやシラビソの背丈が低 い木で、花が少ない。

 沢筋の土砂が表土を剥いで崩壊した「アカッパゲ」と呼ばれる場所をすぎ、登り 始めて50分ほどで、8合目(2500m)の石室小屋のすぐ下に着く(9時22 分)。石や青銅の「仏像?」や祠が南東側を向いて据えられている。山頂に向かう 参拝者は、昔、ここらへんでわらじをはきかえ、身を引き締めて登ったとのこと。
 風が霧を吹きはらって、ずっと上方に山頂部の一角が姿を現した。上部は緑がほ とんどない岩山になっているようだ。



 9合目の少し手前に「富士見石」と掘り込んだ石の柱が立っていた。東の空を振 り返って眺めたが、手前をガスが飛んでいくその向こうも、雲が空の下半分を埋め 尽くして山は見えない。上半分は青空になってきた。御岳の山頂部、王滝頂上や奥 の院の岩場も青空をバックにくっきりと見え出した。
 9合目の石室を過ぎ、ガレ場の急登を続ける。雲はもう目の下にある。ガスの割 れ目に、隣の中央アルプスの稜線の一角が、黒いシルエットで見えている。でも、 その背後はやはり雲だけで、南アルプスも富士山も見えない。

 標高2936mの王滝頂上に、10時30分着。山頂部の一角のこの岩山は、 てっぺんを神社がしめている。すぐ下には150人は収容できそうな大きな山小屋 (王滝頂上小屋)もある。
 剣ガ峰の最高点を見ようと、この峰を乗り越したところ、「ゴォー、ブォー」と いうものすごい噴出音が聞こえてきた。剣ガ峰の南側の斜面から、蒸気が激しい勢 いで噴出している。硫黄の匂い。この山は、つい10年余り前にも噴火した活動中 の火山なのだということを思い知らされた。あたりは、噴火で地上に投げ出された 岩や赤土でおおわれ、崩壊と噴出が繰り返されるためか、植物の姿はない。「まる で月世界みたいね」「無事に登って帰れるかね」。

 剣ガ峰のとりつきには、真っ黒に変色した青銅か何かの像が何体か、据えられて いる。
 3067m、木曽御岳山の最高点・剣ガ峰山頂に、11時07分に着く。
 山頂は、すぐ下に2つの山小屋が冬の風を避けてへばりつくように建てられてい た。石段を登ったところにある頂上は、平らに整地されていて、ここには一番のご 本尊の社がある。北端に三角点と標柱が立っていた。登山者は6,7人が休んでい る。

 周囲の雲は、みんな目の下だ。けれどもガスの固まりが次々にやってきて、視界 をさえぎる。そのガスの窓が開いたところに、中央アルプスの一部が見えるけれど も、他の山は何も見えない。
 遠方の展望はだめでも、なかなかすばらしい景観を見せてくれたのは、変化に富 んだ山頂部の眺めだった。剣ガ峰のすぐ反対側は、大きな噴火口(一ノ池)になっ ていて、剣ガ峰自体が火口壁の一番の高みにある。噴出した火山岩が積み重なって できた「スコリア丘」が、御岳の最高点・剣ガ峰なのだ。
 1983年の三宅島の噴火と、1986年の伊豆大島・三原山の噴火のとき、取 材で計3回、ヘリとセスナから噴火が中休みした火口をのぞいたことがあった。あ のとき、三原山の火口内でぼこぼこと溶岩が煮えたぎり、火口壁の最高点に噴出し た溶岩と火山岩が堆積して、高熱でオレンジ色に染まっていたのを思い出す。

 火口壁の北側には、一段低いところに青く光る池(二ノ池)があった。水量はか なり多く、ここにも2軒の小屋が見えた。その先にも、ガスでかすむ火口壁や火口 が連なっている。
 御岳の山頂部は北から南へ、いくつもの火口とそれをとりまく火口壁が連なった 形をしており、その一番南よりで、しかも今、盛んに噴気を吹き上げているのが、 剣ガ峰の南側の一帯ということになる様子だった。古い噴火口が多いもっと北寄り の登山コースから山頂をめざしていたら、花にもたくさん出会えたのかもしれな い。
 高山病になりやすい体質で、2500〜2800mあたりからはきまって頭痛が 出るはずなのに、今回は荷が軽かったのと、行程が短かったせいだろうか。300 0m峰に立っても、なんの苦痛もなかった。

 11時42分、剣ガ峰山頂発、下山にかかる。
 下ってみると、とくに王滝頂上から「富士見石」のあたりまでは、よくここを一 気に登ってしまったなと感心するほどの、急な長い下りだった。下っていく右手 は、この前の噴火と地震で山腹が大崩落した場所の、地滑りの開始点にあたる。左 手には深く切れこんだ谷に侵食されて、山肌を覆う地層が相当深いところまで露出 している。地表からわずか数メートル程度の浅めのところに、ひとつづきの溶岩の 太い帯が、うねり、屈曲しながら流下している様子が見えた。いつごろの噴火だっ たのだろうか。

 8合目で、登りのときにちょっと目をひいた古い石の像の写真を撮る。
 登山口には、13時14分着。天気が下り坂になったのか、山頂部は暗い雲に包 まれていた。
 3000mの高度をもつ独立峰で、しかも中部山岳地帯を南西に寄った独特の位 置から展望することができる木曽御岳山。期待していた眺めはえられなかったけれ ど、高度感も実感でき、個性ある素顔にも触れることができた山行だった。

(塩尻まで19号線は工事で何度も渋滞。松本市の市街地を抜けて、右手の山を松 本・三才山の二つのトンネルで横断し、山あいの鹿教湯温泉に夕方5時すぎに着 く。)




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野原 森夫