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GW、残雪の赤岳。コシアブラも麓で 2002年5月3〜4日 今年のGWは、家族山行は息子たちがてんでにばらばらな予定を
決めて、早々と解体状況となり、私は北信方面を計画していまし
た。しかし、直前になって、ヨメさんが「八ヶ岳の赤岳に登りた
い」といいだし、2人で赤岳に行くことになりました。 3日、自宅を朝4時に出発。渋滞によるロスは15分ほどで、美
濃戸口のバス停前に、6時半ごろ着きました。道を確認するため、
私が車を降りたところ、ありゃりゃ! 大変! 車のボンネットか
ら煙が吹き上げています。火事かと、一瞬思ったのですが、煙でな
く水蒸気で、しかも冷却水の茶色の湯のしぶきも飛び散っているた
め、オーバーヒートとわかりました。温度計は振りきれています。
こんなことは、初めてです。もう15万キロも走った愛車ですか
ら、あちこちガタがきて当然かもしれません。 帰路の手立てはともかく考えないことにして、山荘の駐車場(5
00円)に車を置いて、今日の登山に専念することにしました。 8時03分、車道(一般車)終点の美濃戸山荘前に着きました。
うまい水を引いていて、のどを潤しました。距離が短く、車道歩き
から解放される柳沢南沢沿いのルートを選んで、登山道に入りまし
た。 行者小屋から、赤岳を見る 10時09分、行者小屋着。周囲は、森の中も、幕営場も、一面 の雪原です。阿弥陀岳、中岳、赤岳、そして岩場が累々と重なる横 岳が、周囲をぐるりと取り囲んでいます。稜線とそのすぐ下の岩場 の場所では残雪はすでに消え、その下部から行者小屋にかけてが、 雪の斜面になっています。赤岳の上部の尾根も、地蔵尾根の上部の 岩場も雪が消えており、これならば難しいところはありません。 地蔵尾根の登高 10時50分ごろ、足固めをして、出発。地蔵尾根は最初はゆる
やかなシラビソの森のなかを行きます。積雪は1メートル余り。尾
根状の地形に変わると、雪面の傾斜が増してきます。岩場の下の雪
面はなかなか高度感がある傾斜です。対面する阿弥陀岳のにょっき
と頭をもたげた怪異な山容、白く傾斜のある雪渓の眺めに見とれま
した。 稜線に出ると諏訪側から冷たい風が吹き付けてきました。槍・穂
高連峰が見えます。キレットがはっきり見え、槍の穂先はもう黒い
色です。佐久側は稜線下まで雪田と雪渓が迫っています。金峰山の
五丈岩が見え、両神山がかすんでいました。富士山も思ったより大
きい姿を現しました。 13時すぎ、赤岳の北峰を通過。すぐ目の前の南峰の三角点に1 3時05分に到着しました。山頂付近は残雪がなく、夏の山のよ う。でも、西の阿弥陀岳、南の権現岳は、まだ雪を残し、なかなか 迫力がある眺めです。南アは、鳳凰から甲斐駒は山頂部が見えてい ましたが、白根3山は雪が残る山腹が眺められるだけでした。 13時15分、赤岳南峰発。文三郎道の分岐がある山頂の西側の 基部をめざしました。南峰からまず稜線を南へ、次いで西へ回りこ む岩場の下降は、予想していたよりも傾斜があり、足場が不安定 で、ここも雪がある中をアイゼンで降りる場面にいたらずに、かな り助かりました。 13時40分、文三郎道の分岐からいよいよ下降します。途中の
情報収集で、中岳の鞍部への下降路は、つぼ足がひどく消耗すると
のことだったので、帰路はこの文三郎尾根を選びました。 階段はすぐに残雪に隠れ、いよいよ細い雪の滑り台。ふたたびア
イゼンをはきます。右に、すごい傾斜の雪渓(ルンゼ状)が下部も
見えない落差で落ち込んでいます。以前、事故があったのは、この
場所かもしれません。 14時31分、行者小屋発。雪は腐り始めましたが、とくに下降 ではやわらかく足を受けとめてくれて、下降のいつもの足のつらさ がありません。ピッチ良く16時08分、美濃戸山荘へ下り立ち、 またうまい水を飲みました。 また車道歩きで締めくくりです。途中の小屋では、コシアブラを
小袋1つ500円で売っていました。私は、今回の山行中はコシア
ブラに出会えなかったものの、この日泊った場所の近所で、運良く
今季初物のコシアブラにめぐり合いました。 ところで車の方ですが、冷却水系統がうまく効かず、結局、JA
Fのレスキューを頼むことになり、応急措置(冷却水をエンジンに
循環させる弁を強制的に全開させた)がうまく成りました。18時
50分、無事、走行開始。 |