花と展望の間ノ岳、北岳

2000年8月7〜8日
家族山行(野原森夫、遥子、長男・高3、二男・中3)


 2000年の夏の家族山行は、早くから要望が出ていた北岳ベースで 周辺の稜線を歩くという計画に挑戦した。
 北岳は、私にとって因縁の山だった。1989年、初めての3000メー トル峰としてこの山に登って、トラバース道でひどい高山病の症状が出 たからだ。同行の山仲間には、迷惑をかけてしまった。
 それ以来、この山には近づかないようにしてきたものの、「どうしてお 父さんだけ、北岳に登って、みんなと行かないのさ」という要求に押さ れ、私も「こんどは花の盛りに北岳、間ノ岳へ」という思いがつのり、こ の夏の実行となった。息子たちには、テントも食糧も、望遠レンズも三 脚もしっかりかつがせて…。
 花の盛りの稜線で最高の気分を満喫した。雷雨に悩まされたけれ ど、朝の間ノ岳から、中部地方全体を見渡すような雲上の好展望にも 恵まれた。そして高山病には……なかなか、苦労させられた。

ミヤマハナシノブ   
(大樺沢二俣)
ヨツバシオガマ   
(大樺沢二俣)
タカネグンナイフウロ 
(大樺沢二俣)
タカネナデシコ   
(大樺沢二俣)




朝の北岳(広河原から)

* *********************

8月7日 東京・西多摩の自宅(4時11分)車→八王子IC(同23分)→甲府・昭和 IC(5時24分)→広河原(6時23分着、朝食、7時22分発) →二俣の下の大岩(9時32分着、食、同46分発)→二俣(9時57分)→ 二俣上部の雪渓脇(10時08分着、食、同54分発)→上部二俣(12時 05分、雨降り出す、同22分発)→八本歯コル(13時15分、同28分発) →トラバース道→北岳山荘・幕営・土砂降り(14時22分着)

8月8日 北岳山荘・天場(5時21分発)→途中、子どもがザックをとり に引き返し遅れる→間ノ岳・雲上の大展望(7時15分着、同45分発)→ 北岳山荘(8時45分着、テント撤収、9時52分発)→北岳・雲の中(11時 10分、同28分発)→肩ノ小屋(11時52分、12時09分発)→小太郎尾 根分岐(12時24分)→白根御池(13時35分着、同51分発)→広河原( 15時43分着、同55分発)車→芦安村営・温泉ロッジで汗さっぱり→中 央道25キロ渋滞→自宅(20時57分着)

* ************************

 8月7日朝、夜叉神峠の2つめの長いトンネルを抜ける。目の前に北岳、 間ノ岳、農鳥岳が朝陽をうけて、青空に映えている。このところ毎日のよう に午後は雷雨が続いているけれども、今日は、いつまでこの天気がもって くれるだろうか。雷がくる前に、八本歯コルからトラバース道にかけての花 のルートに登りつき、北岳山荘にテントを張ってしまいたい。

広河原から大樺沢を登る。二俣は花の盛り

 広河原山荘前のベンチでミネストローネのスープとパンで朝食をとって、 登り始める。シラビソが混じる樹林の足元には、ミズ(ウワバミソウ)やシド ケ(モミジガサ)などの山菜がけっこう目立つ。エンレイソウは、もう実が付 き始めている。食べてしまいたくなるような丸い黒紫の実をつけているの は、初夏に清楚な白い花を咲かせたサンカヨウ。図鑑であとで調べたら、 実は食べられるそうだ。

 二俣まで、ゆっくりペースでも休まず上がろうと思ってがんばった。が、し っかりカロリー切れで水分も補給しようということになり、二俣の下200メー トルほどの大岩のそばで、休憩にする。梨、ミカン、行動食をとる。
 二俣の少し上から、上部二俣の下まで、雪渓が長さ150〜200メートル ほど残っている。道は薄く危なくなった雪の上にはのらずに、沢沿いの夏道 をたどっていく。このあたり、タカネグンナイフウロとミヤマハナシノブが、真 っ盛り。ヤマホタルブクロも多く、タカネナデシコも二俣から上であでやかな 姿を見せはじめた。



 

 昼食はお餅を入れたラーメンを作る予定なので、水がたっぷり必要だ。下 りてくる登山者に「水はどこにありましたか?」と聞くが、「雪渓の上にあるが、 煮沸しないと飲めない」とのこと。一方で「雪渓下の大樺沢の水を飲んだ」「冷 たくてうまかった」という人もいて、ちょっと迷ってしまった。
 確か、前回来たときは、二俣のすぐ上、雪渓脇に右手(バットレス)から小 さな流水が入ってきていたが、雪が消えてしまった今年は、期待できない。
 二俣の上、雪渓の対岸に、急な枝沢が流れ落ちているのが見えた。あの 水なら汚染されていることはなさそう。足場は安全そうなので、長男が10リッ トルのポリタンクを持って、大樺沢を横断し汲みに行く。ちょうどここ(登山道 脇)には、テント1張りほどの狭い平地があって、昼食休憩にはもってこい。

 ラーメンがうまい。スープはたっぷりつくって、お椀でおかわりしてしっかり水 分を補給した。
 高山病が出やすい私は、1989年の北岳で初めてその洗礼を受けていら い、いろいろな対処を試みてきたが、ネパールなどの山にたびたび行く知り 合いのアドバイスでは、なんといっても水をどんどん飲むことだという。ラーメ ンのスープのあとには、水をぐいぐい飲んだ。
 もう一つの対処は、呼吸を深くして歩行すること。口をすぼめて息を強く深く 吐き出しきることがこつで、これを登りのきつさに応じて2歩ないし1歩に1回 やる。息が乱れないペースで登る。乱れそうになったら、足を止めて深呼吸 をする。

 上部二俣で右から入る沢を渡り(流水あり)、雪渓が融けてしまった左手の 沢床をすすむ。ここで雨が落ちてきて、ザック・カバーを付けた。大樺沢のV 字の谷の向こうに見えていた鳳凰から早川尾根方面の稜線は、すでに雨雲 の中に入ってしまった。正午を過ぎたばかりなのに、遠くで雷鳴がする。
 道はすぐにこの沢の右手の尾根に登っていき、いよいよ「全部で20のはし ごがあります」と下山してきた人に教えられた八本歯コルへの尾根の直登に なった。ハシゴといっても、段差がきつい登りに木製の足場を設けたもので、 それぞれ3〜5メートルほどのもの。ガスが流れ去ると目の前に巨大なバット レスの灰色の岩壁を見ることができ、見とれて登っていくうちに、岩壁は上部 の方まで細かに姿を現してくる。ゆっくり高度をかせいでいく。



シロバナタカネビランジ(八本歯)

八本歯で、シロバナタカネビランジの出迎え

 13時15分、八本歯のコルに出た。
 コルは、美しい場所だった。
 雨雲の空がいったん明るくなって、間ノ岳の大きな山体が雲間にあいた窓 から顔をのぞかせる。山頂下に小さな小さな雪田が残っている。
 このコルで、一度、出会いたいと思っていた花に、出会うことができた。シ ロバナタカネビランジで、コルの休み場に一株、ちょうど満開の、少し桃色が 入った白い可憐な花を咲かせていた。前回は、お盆に登ったので、花は二 俣もふくめ、やはり時期をすぎかけていた。
 コルから付近の岩場を眺めて、妻が「ねえ、見て見て!」と声を上げた。ほ とんど垂直に立った岩場の、ごく細い岩溝に根を張って、シロバナタカネビラ ンジが幾つも幾つも花を開かせている。ミネウスユキソウやイワベンケイなど の花も混じって、八本歯のルートは岩と花の美しい登高路になっていた。

 前回、高山病が出始めたトラバース道の分岐まで上がっても、頭痛や悪寒 は来ない。「これは、最近のトレーニングの効果かな?」などと話しながら、北 岳山荘へのルートをたどった。
 トラバース道では、花の種類がぐんと増えて、お花畑の様相。私の好きな 花、タカネヤハズハハコに、一年ぶりの夏山で出会えた。イワギキョウの濃い 青紫色の花が、風に耐えるように寄り添って、背丈を低くして、咲いているのも 印象的だった。この花も、「そんなところじゃ根を張る土もないだろうに」と思え る、細い岩溝にしがみついている。

北岳山荘着。雨の中、子どもたちとテント設営

 14時20分すぎ、本降りの雨の中を北岳山荘に着く。雨雲にすっぽり入って しまって、小屋の姿が目の前に来るまで見えず、ルートは間違いないかと心 配してしまった。
 小屋の玄関口で、土砂降り模様に変る雨を眺めていたが、雷鳴だけは少し おさまり出したのを見計らって、私と息子たちとでテントを設営した。

 私たちはテントをベースに2泊3日で周辺を歩こうと計画してきた。が、これが 設営場所にちょっと影響してしまった。「明後日の早朝にヘリの荷揚げがあるの で、2泊だったら、小屋から100メートル離れた間ノ岳側の天場に設営してくださ い。明日中には小屋周辺のテントはみな撤収になる」とのこと。
 天場をさがす途中、強い雨で流水に深さ10センチほどつかったテントも見えた 。小さな船窪状の地形なので、風は避けられても、雨はきびしい。一番離れた場 所に、この強い雨でも流水に見舞われない場所を見つけ、3人で一気に設営を 終えた。

夕方、最初の高山病症状が出る

 雨はずっと降り続いた。でも、4人には十分な広さのテントの中は、安堵の空間 だ。油揚げとワカメ、それに乾燥ワケギ入りのほかほかのインスタント味噌汁つ くり、体を温めて横になる。
 でも、ここで、最初の高山病症状が出てしまった。ひどい寒気がし、頭痛も加わ った。体がぶるぶるとふるえる。シュラフに入ってもだめ。「テントを張ったら、ビー ル」と楽しみにしてきたのに、なんてことだ。
 妻(看護婦)がこのときの場合に用意してきた「頭痛薬」の一種を飲ませてくれ た。この薬は、3年前の北ア登山から使ってきたもので、30分ほどで症状はおさ まった。それにしても、2000メートル余りの山なら絶好調なのにと、自分の体の 特性をつくづく思い知らされる。
 気分が回復したので、夕ご飯の前に、さっそく、ウイスキーのお湯割りをビーフ ジャキーで流しこんだ。

農鳥岳往復はあきらめ、間ノ岳・北岳にしぼる

 夕食は、味噌漬け豚ロース肉の野菜炒めと、五目御飯(アルファ米)と、野菜サ ラダ、たくあん。
 しっかり食べたあと、ミーティング。
 もともと、今回の家族山行は、テントをベースにして間ノ岳と北岳に登り、旧北岳 山荘周辺などで花の写真をとったり、遊んだりするのが目的だった。ところが、出 発前に「空撮 登山ガイド」をくくっていた妻が、「農鳥岳に行って帰って来れるじゃ ない。往復7時間よ」と言い出した。農鳥も、西農鳥も3000メートルを超えると聞 いて、息子たちもその気になり、これが「本命の計画」になってしまった。
 でも、小屋から仕入れた情報では、このところ毎日のように昼過ぎから雷雨が 続いているという。最大の問題は私の体調で、「ちょっと申し訳ないが、ハイペース で往復する途中、症状が出たら、きびしいことになる。今回はどうも本調子でない。 明日、朝は晴れるはずなので、間ノ岳、北岳に登って、できるだけ早めに下山した い」ということで了解してもらった。

 雨は夜も降り続いた。本当に「明日は晴れる」のだろうか。不安になる。
 夜半の0時すぎ。再び、今度はひどい吐き気が加わった症状が出て、目を覚まし た。雨がやんだので、外に出てトイレと気分直し。天の川が見えるほどの星空だ。 風も弱い。けれど、なんだか生あたたかい。テントにもどって、また薬を飲んで、シ ュラフに入った。

雲海・快晴の朝。間ノ岳をめざす

 8月8日、朝4時に妻に起こされたが、頭痛が残って体を起こすのがつらかっ た。
 北岳が間近に見える。快晴だ。長男は、「日の出を見たい」と双眼鏡を手に外 に飛び出す。二男も起き出した。家に帰ってから、一番の山行の印象を聞かれ て、長男はこのときの日の出のことを話した。「飛行機雲が放射状に3本、北岳 の上にかかり、その飛行機雲の中心から太陽が昇ってきた。すると、雲海の雲 も、飛行機雲も赤く染まったよ」。
 朝食は、おかゆに鮭の身のフレークをかけて、わけぎを入れたもの。それに 梨。私は食欲がなくて、やっと割り当て分をつめこんだ。

ミヤマオダマキ
(中白根峰)
イワギキョウ
(トラバース道)

 5時20分すぎに天場を発って、間ノ岳をめざす。
 中白根峰(3055メートル)から先は、初めて歩くコースになる。花が多い。ミヤ マオダマキが登山道の両脇にちょうど見ごろ。イブキジャコウソウ、ハクサンイチ ゲ、タカネシオガマなど、間ノ岳までの要所要所に花の稜線が続く。岩屑ざらざら の荒れた道を想像してきたので意外だった。
 振り返ると、北岳山荘の鞍部から、鋭角的な山頂の北岳がすくっと立ち上がっ ている。めざす間ノ岳には、夜叉神峠や八本歯からとは反対側(西側)を眺める ように登山道が伸び、堂々とした山体の背筋をたどって高みをめざすという感じ だ。1時間半も登りつづけるのだから、本当に大きな山だ。

 途中、1個だけもってきたザックのリレーに失敗して、先行していた二男がデポ地 点(中白根峰の次のピーク)に走って引き返したため、少し時間をロスして、7時15 分、間ノ岳の山頂に立った。



間ノ岳から、南アルプス南部の展望

雲上の好展望。南ア南部、中央・北ア、奥志賀の山々も

 なんといっても、楽しみは南アの南部の展望。塩見岳が大きな帆立貝を立てたよ うな独特の姿を見せる。その左手に、悪沢岳を盟主とする荒川三山が、くっきりと見 える。中央奥には、赤石岳が大きく、姿も魅力的だ。それにしても、間ノ岳からは南 部の山々がしっかり見渡せる。聖岳は、赤石岳の真後ろになって、隠れている。
 西へ視線を移しながら遠望すると、雲海の上で頂上が平坦に見えるのは恵那山 か。真西の方角へとすすむと、中央アルプスが全山、肉眼ではっきり見渡せる。「お 父さん、あそこの建物は大きいね」と二男がいうのは、千畳敷カールの山荘だった。 朝陽を浴びているためか、肉眼で四角く見えてしまう。
 木曽駒ガ岳、宝剣岳の真上にかさなるように、御岳山、その右に、山頂部が意外 に鋭角的な乗鞍岳。
 北西に回りこむと、笠ヶ岳が、一つだけぽつんと外れて、独立峰のように見える。 その姿は、北ノ俣岳や薬師岳の方角から眺めたときのように、笠の形が尖っている 。穂高連峰、槍ヶ岳、そしてずっと北へ、途中の稜線からも肉眼で確認できた立山 連峰。剣岳は薄いガスに包まれているようで、ピークがおぼろげだ。
 手前に重なって、鹿島槍の双耳峰、五竜岳、右へ白馬三山も肉眼で確認できた。

 北岳の方角では、遠方の山々はシルエット状に見えて、輪郭でしか判断できない。 蓼科山と赤岳(八ヶ岳)は、特徴のある山容がはっきりわかる。
赤岳から横岳への稜線がよく判別でき、阿弥陀岳はその中に溶け込んでいるように 見えた。
 北岳の左にはるかに遠望できるシルエットは、妙高の火打山と焼山の稜線かと思 ったが、帰って「カシミール3D」で展望画像を描いたら、根子岳、四阿山から奥志賀 の山々だった。北岳の右にもはるかにかすんで遠望できる山々があった。鳳凰と奥 秩父の上にも、遠望するシルエットがある。昨秋、上越の武尊山から眺めたときに は、富士山の右に南アが確認できたが、今度は南ア・間ノ岳から北の山々を遠望で きているようだった。
 北岳に重なる方角が隠されるだけで、間ノ岳は南ア(南部も、そして北岳も)を含め て中部地方全域が展望できる山、さすが日本4位の高峰が好位置をしめているだけ のことはある。
 1メートル違いの奥穂高岳の頂上が、岩のでっぱりの上にコンクリートで石を固めて いるのにくらべ、間ノ岳は何も特別のものは置かず、あるがまんまで登山者をおおら かに迎えてくれるのもいい。



間ノ岳から、長い仙塩尾根の先に、仙丈ガ岳

テントを撤収して、北岳へ。入道雲が湧いてきた

 8時45分、北岳山荘にもどる。
 テントを撤収し、ナン(インドのパン)をカレーで食べて、9時52分、北岳山荘を発 つ。すでに稜線にはガスがかかり、夜叉神峠の真上あたりには黒々とした入道雲の 底が見え始めてきた。
 ゆっくり北岳を登る。11時10分、完全に雲の中に入った北岳山頂着。1989年 のときはすばらしい大展望の山頂だったけれど、今日は間ノ岳からの展望の後だ けに、これ以上はがまんする。こわごわ、見える範囲をのぞいたバットレスも、今は 霧の中だ。以前にはなかったお地蔵さんが据え付けられていて、例によって「山梨 百名山」の真新しい標柱が、「全国区」のこの山にも立てられていた。

  キタダケソウを見、花の楽園・草すべりを急降下

 11時28分、北岳山頂を立つ。あとは長い下降が待っている。
 肩ノ小屋の広場では、天場側の傾斜地、すぐ下に、移植(?)されたキタダケソウを 見にいったが、2株あったものの、花期はとうに終わっていた。

 

 草すべりは、この山行の中でもっともにぎやかな花の楽園だった。ハクサンフウロ、イ ブキトラノオ、クルマユリ、タカネグンナイフウロなどが草原に密生している。キタダケキ ンポウゲらしき黄色の花も混じる。真下に白根御池を見下ろす場所まで下降すると、花 はマルバダケブキ、クガイソウ、アカバナシモツケソウなどに変わる。ずっと満開、どん ぴしゃりの最盛期。ヤナギランだけは、咲きはじめ。
 御池小屋前で水分を補給しているうちに、雨が落ちてきた。

 御池小屋から広河原まで、こんどは深いシラビソ主体の樹林の急降下となる。前回も 眺めて楽しんだ夏の終わりのキノコが、姿を見せた。タマゴタケの大きいものがある。ベ ニハツ、クサハツなどは夏のキノコ。マスタケに似た赤黄色の美しいキノコにも出会っ て、カメラを向けた。(これはマスタケ・可食だった。)

 道は記憶よりもずっとひどく荒れていて、ペースが上がらない。以前のコースタイムで は、ふもとの大樺沢コースとの分岐点まで1時間だったが、今、ガイドブックによっては 2時間の表示も出ている。「高所」から解放された上に、最近、歩きこんでいる私は、心 身に力がみなぎって元気だが、他はみな足をやられて、ゆっくり、へとへとになりなが ら、ひたすら急な悪路を下降する。

 15時43分、本降りの雨の中を、広河原のつり橋を渡る。帰り道も雨。芦安温泉の村 営ロッジで汗を流し、中央道にのった。
 雷雨と高山病をなんとかしのいで、盛期の花とすばらしい展望を体験できた山行とな った。



http://trace.kinokoyama.net  
南アルプス・中央アルプス・八ヶ岳 Indexへ   HomePage TOP へ
記事、写真の無断転載を禁じます Copyright (c) Nohara Morio.
since Nov.2000


野原 森夫