爺ケ岳南峰 初冬の記録
         1989年11月26〜27日          T,I,野原森夫

爺ガ岳の登りで、針ノ木岳(左)と薬師岳(中央奥)

 積雪が少なく、夏道も一部、使える時期をねらって、北ア・爺ケ岳に登った。特別に難しいところは ないコースだったが、雪で埋まり始めた沢筋の直登あり、頂上での大展望 ありで、9時間余りの往復で初冬の山を存分に楽しめた。

 国立市を26日午後9時30分に出発。中央高速を飛ばして、扇沢には27日午前 0時すぎに着く。夜空は冬の星ぼしで、びっしり埋まっている。あんまり星が多くて、み んな元気に輝いているから、東京ではすぐ見つけられるオリオンやシリウスをさがすのに も苦労してしまった。吸い込まれそうな透明感のある星空だ。月は出ていないが、新雪の 赤沢岳が屏風のようにそびえているのが雪明かりでわかる。この天気が夜が明けてからも 続くようにと祈って、1時ちょうどにテントのなかのシュラフに入る。

 朝、荷作りをしているあいだに、稜線の新雪が赤く染まり始める。天気予報がはずれて 、快晴だ。もち入りの雑炊、ラーメンで腹ごしらえをして、6時40分、夏道から尾根に とりつく。

 南に突き出したこの尾根は雪が少なく、しばらくは土の上を行く。登るほどに、蓮華岳 (2799メートル) 、針ノ木岳(2821メートル)、スバリ岳(2752メートル)、赤沢岳(2678 メートル)、鳴沢岳(2641メートル)、岩小屋沢岳(2630メートル)、そして扇沢の源頭部をはさん で、爺ケ岳にかけての稜線が全容をあらわし始める。針ノ木岳の頂上直下から沢の上段に かけて、二段にわかれたカール状地形がはっきりわかる。種池山荘の屋根が白いのは、こ こ2、3日のうちにも雪が降ったからだろうか?

 登る夏道の方は、積雪は15〜20セ ンチ程度。雪質もこの標高では、まだザラメだ。そのうえ、期待通り、先行パーティーや 昨日の日曜日の下山者のラッセル跡がしっかりついていて、「月曜日の登山はらくちんだ 」などと軽口をたたきながら、高度をかせぐ。

 こんなわけで、冬コースへの取りつき点も見過ごしたり、やり過ごしたりして、ついに 扇沢のトラバース地点まで来て立ち往生する。前方で「通せんぼ」するきつい角度の雪面 は、滑落したら2、300メートルは止まらない。先行パーティーもさすがにここは敬遠 して、二股にわかれた沢の中尾根を直登している。

 このトレースをたどり登っていってみると、これが最悪。中尾根は草付きのガレで、お まけに積雪も足りないからピッケルの確保もままならない。真下に落ち込む雪面を何度も 足元に見下ろしながら四つんばいですすむ、というスリルを味あわされる。

 ようやく上部の笹ヤブに入る。こんなところまできてヤブこぎはごめんだと、雪で埋ま った隣の枝沢へ逃げてようやく雪山らしい快適なピッケル登高を楽しむ。

 11時、積雪40センチほどの稜線に出る。泊まり場から4時間余りかかった。立山と 剣岳が目の前に姿をあらわす。すでに真冬の姿だ。爺ケ岳にむかって高度を上げていくと 、三の窓雪渓、長次郎谷、池の谷の下部がしだいに視界に入ってきて、剣岳は高度感をま す。さきほどまでは春山気分だったのに、強い北風にあおられ耳も頬も痛いほど冷たい。 雪質もサラサラの粉雪状となり、足を踏み出すごとに靴底でキュッ、キュッと懐かしい音 をたてる。いっぺんに冬山気分だ。


爺ガ岳南峰から剣岳

 11時35分、爺ケ岳南峰(2650メートル)の山頂へ。

 気温マイナス6度。風はますます強い。とりあえず毛糸の耳おおいをつけ、フードを被 る。TさんもIさんもオーバー・ズボンさえ着けていなかったから、風にあおられな がら苦労して身づくろいを始める。Tさんは目出帽を取り出した。熱い紅茶を飲んで、 周囲を見まわす。

 隣の中峰(2670メートル)は三角点が置かれているだけあって、この南峰より確かに高そ うだ。北にのびる稜線上には冷池山荘の赤い屋根が見え、さらに双耳峰の鹿島槍ヶ岳(2 889メートル)が大きな体を広げてたちはだかっている。五竜岳も白馬連峰も、その後方にか くれて見えない。

 南に目を転ずると、後立山、裏銀座と連なる山々の上に頭ひとつ抜け出して、鋭角的な 槍ケ岳、そして穂高連峰まで見える。上空は薄い雲が広がってきたけれど、この時期にこ れだけの天気に恵まれたのだから、運がいい方だ。

 その雲もしだいに風に飛ばされて西から青空がまた広がり始め、剣岳と立山に冬の斜光 が差す。三の窓の雪面が明るく輝き、岩稜がノコギリの歯形のような暗い影を落とす。こ んな情景の移り変わりに魅かれて、またカメラをザックから取り出しては撮影を始めるか ら、その度に頂上の出発時間が遅れてしまった。

 55分間も頂上でがまんして、12時30分に下山開始。冬コースの南稜を忠実に下り る。

 南稜は、上部はガレとハイ松の中に踏み跡があり、これを下りきって傾斜が緩くなると 樹林帯のなかのヤブこぎとなる。標高2300メートルをきって左手に南尾根を分けると 、樹林の急な下り道でふたたび踏み跡があらわれる。その下は、また笹ヤブこぎ。標高1 700メートルで、突然、夏道に飛び出した。扇沢の登山口には午後4時ちょうど着。

 頂上を下り始めたときから後頭部が痛むのは、寝不足のせいだけではないようだ。扇沢 をあとにして車を走らせ始めたら、痛みはすっかり消えてしまった。こんども夏の北岳に 続いて、軽い「高度障害」が出たようだ。

 信濃大町に下る車道の途中、毛並みがきれいなニホンザルの群れが道路わきに現れて、 私たちを見送ってくれた。



http://trace.kinokoyama.net  
北アルプス Indexへ   HomePage TOP へ
記事、写真の無断転載を禁じます Copyright (c) Nohara Morio.
since Nov.2000


野原 森夫