蓮華温泉から、朝日岳・雪倉岳縦走
                 1993年8月6日〜9日     家族登山




雪倉岳から鉢ヶ岳へ登る雪田で

 梅雨明け後も前線が列島南岸にどっかりといすわり続け、観測史上の新記録を更新する たいへんな冷夏・多雨の夏休み。それならば、なるべく前線から遠い山へ行こうと、北ア 最北の朝日・雪倉縦走に挑んだ。全行程の4分の3は雨と霧と風で、雨具を身につけるこ とになったが、ときには晴れ間に稜線が顔をのぞかせ、豊富な残雪と、列島でも指折りの 高山植物の多さに魅了された山行だった。



蓮華温泉キャンプ場

 8月6日は、秋川市から車で蓮華温泉まで。310キロメートルを休みを入れて7時間で走り 、午後3時半に到着。親子4人で1200円の料金を払って、温泉から400メートルほど先に あるキャンプ場で幕営した。テント慣れした我が家族は、木立ちの間に雨よけのタープを 張って、その下でてきぱきとテントの設営の終える。さっそく樺の木が繁る場内にキノコ の観察に。この日のテントは21張で、1張を除いてみんな登山者だった。夕食は、ツ バタケを入れた炊き込み御飯と、わが家の家庭菜園でとれた野菜炒め。雨が降り続くが、 天候がよければ、明日は14キロの長丁場で朝日岳に直接、向かうコースをとることにし た。



朝、雨はいったん上がり、三方境から雪倉岳方面の稜線が見えます

 7日。鳥の声で目が覚める。木々の間から雪倉岳が姿を見せ、上空ではガスの割れ目に 青空が見える。もち入りラーメンの朝食後、撤収・荷作りをすませ、7時出発。歩きだし てしばらくの「兵馬ノ平」の湿原では、ヒオウギアヤメなどの花が満開。バックに朝日岳 の残雪が映える。



兵馬ノ平

 道は、樹林に入ったり、小沢や湿地にでるということをくりかえし、どういうわけかど んどん高度を下げていく。木の根、苔のついた岩が道をふさぎ、峻二にはつらい。

 しかし、朝日岳は北アでも自然がよく残されているところだけに、子どもたちの楽しみ のタネには、事欠かない。休憩した樹林では、NHKの白神山地の特集に出ていた「ギン リョウソウ」(葉緑素をもたず土の養分だけで成長する白い植物)を岳彦が見つけ、「あ っ、『白神山地』がここにもある!」と声を上げる。標高差350メートルをくだり、橋を渡っ た登りでは、ヤマカガシ(ヘビ)が出、切り株にはヒラタケの大きな株が見つかる。もう 1つ橋を渡った樹林の登りでは、先にすすんでいた子どもたちが、「おとうさーん、ネズ ミだよー!」と声を上げている。追いついてみると、カメラのフィルムくらいの大きさし かないヒメネズミが、体に似合わぬ大きな目を動かしつつ、両手でなにやらつかんで無心 に食事をしている。「かわいいね」「おとうさん、ぼくの親指くらいしかないよ」。オラ ンダイチゴに似た大きな粒のノウゴウイチゴ(可食)も実をふくらませていて、峻二の足 を止めた。



花園三角点の湿原

 カモシカ坂をひと登りでカモシカ原に出ると、ニッコウキスゲの濃い黄色が鮮やか。出 発して5時間ほどかけて、蓮華温泉の標高(1500メートル弱)をようやくとりもどす。花園 三角点(1754メートル)から五輪尾根の登りでは残雪が現れはじめ湿原が多く、ワタスゲ、 チングルマ、ヒオウギアヤメ、ハクサンコザクラ、シナノキンバイと色とりどり。ミズバ ショウがちょうど、時期だった。八平衛平へは、五輪山(2261メートル)をトラバースしつ つ、残雪、小沢、樹林の連続。重荷に私も遥子もあえぐ。

 ここで、予期せぬ事件が起こった。標高が2000メートルちょっとの場所で、私に高山病 症状が出始めたのだ。例によって空気が薄く感じ、動悸・呼吸が荒い。苦しい。頭痛も出 てきて、いよいよ本格的。これまでは2600メートル以下では、まず大丈夫だったのに、6、 7月のトレーニング不足、そして、重荷がたたったか。何度も休憩をとり、16 時35分、ようやく稜線へ。雨もふりだしたため、栂海新道との分岐点(標高2260メートル )の岩陰にテントを張る。ひと休み後の17時すぎ、富山県側の朝日池のそばの沢へ水を くみにいくが、幕営地に引き返す150メートルばかりの登りがつらい。吐き気も出て食欲なく 、21時すぎまで眠って、ようやく回復した。遥子にも、子どもたちにもだいぶ、心配さ せた。おかげで、ウナギ丼の夕食を食いはぐれたが、その分、おそい晩酌で挽回した。



外は雨でも、テントは安堵の空間



 8日。快調な目覚め。やはり高山病は、入山初日が要注意。雨は一時的にあがるが、カ レーライスの朝食を食べ、荷作りを終えると、また降り出す。7時10分発。朝日岳山頂 (2418メートル)に8時02分着。横なぐりの雨で、すぐまた歩き出す。ここで誤って朝日 小屋方面に下りかけて、遥子と子どもたちの注意でまた山頂にもどり、縦走路を見つけて 、下降する。

 雪倉岳との間にある赤男山(2185メートルくらい)は西面にトラバース道があるが、ここ は小桜ガ原と名がついた湿原で、ハクサンコザクラ、ミズバショウの花、それに「お茶碗 のような」(岳彦)イワイチョウの濃い緑色の葉が、池溏のまわりを埋めている。

 2070メートルほどの鞍部からは、いよいよ雪倉岳へのガレ場と湿原の登りとなる。とりつ きのザレでは、大雪山に見られる氷雪作用の地形の紋様が、地表に見られる。冬季の気候 の厳しさを感じる。この1帯からは縦走路で屈指のお花畑が続き、タカネマツムシソウ、 シロウマアサツキ、タカネナデシコ、ミネウスユキソウ、ウルップソウ、ヨツバシオガマ 、クルマユリ、ツガザクラ、タテヤマウツボグサ、ハクサンフウロ、コマクサなどが、い っせいに開花している。

 驚いたのは、北海道の海岸に咲くハマナスそっくりの鮮やかな赤い花があったこと。こ の晩、図鑑で調べたら、タカネバラと呼ばれる「清楚で華麗」な花だった。

 山頂の手前では、雨の中で、三脚を構えて一生懸命、花を撮影している人がいる。カメ ラは、あまり見栄えのしない黒っぽい花に向けられている。横目で通りすぎながら「なん で、こんな花を撮るのか?」と思ったが、これも後で図鑑で調べてみたら、ミヤマアケボ ノソウと呼ばれる、なかなか見つからない「人気の花」とわかった。避難小屋の近くにも 、幾株が生えていて、そういう目で雨上がりに見ると、なかなか品のある花である。

 図鑑でもう1つ、気づいたのは、「北アルプス北部以北」とか「中部山岳では朝日岳・ 雪倉岳の1帯だけに」という花がいくつもあり、撮影地に朝日岳、雪倉岳が選ばれた花も 多いこと。その花の稜線に、いちばんの開花期にやってこれたのだから、雨は大目に見て もいい、という気持ちになった。(この項は、避難小屋で水割りを飲みながら感じ入った こと)

 雪倉岳(2611メートル)山頂には、13時10分着。横なぐりの雨に富山側からの風がく わわって、冷たい。まっすぐ歩けないくらい、風が強い。下山し始めると、岳彦が「あん な所に鳥がいるよ!」と声をあげ、近づいていく。雷鳥の母子だが、ヒヨコのように小さ い雛鳥は1羽しかいない。「キツネにでも襲われたのかな?」「こんな厳しいところで、 何を食べてくらしてるのかな?」「おとうさん、雷鳥って、えらいね」などと話しながら 、強風に負けず足をすすめる。すると、今度は、6羽の雷鳥がハイマツの茂みから飛び出 してきた。子どもも親鳥と変わらぬ大きさに成長して、どれが親か区別がつかない。それ にしても、悪い天気なりに、楽しめる山である。そして、息子たちは、けっこう荷物を担 がされているのに、とにかく体力も精神力も、たくましくなってきたと感じる。

 13時45分、ガスの切れ間に、ようやく雪倉岳避難小屋を見つけ、模様ながめの大休 止とする。



雪倉岳山頂方面と、二重山稜の沢そばに建つ避難小屋

 雨はしばらくであがったが、風はおさまらない。白馬大池の幕営地まで行きたかったが 、まだ4時間はみないといけないので、この夜は、避難小屋泊まりとする。

 夕食は15時すぎに。大きな豚肉の切り身を3枚も入れた豪華な肉野菜炒めと、アルフ ァ化されたモチ米の「五目おこわ」にした。「五目おこわ」は、コッフェルで炊き上げる もので、とてもおいしかった。夕方には風がおさまり出し、白馬岳(別名・蓮華岳)から 小蓮華岳へと続く稜線が夕陽に照らされ、妙高・戸隠連山、雨飾山がくっきりとシルエッ トを描いていた。この夜の小屋泊まりは、我が家族4人のほかは、若い夫婦が1組と、そ れぞれ単独行の青年が2人の、計8人。6畳ほどの部屋が2つの小さな小屋だが、ゆった り泊まれた。

 9日。3時すぎに起床し、ヘッドライトをつけて雪田の下の沢へ水くみに出る。富山方 面の夜景が美しい。朝食は、即席ラーメン。

 小屋の前で記念撮影をし、5時32分出発。「おとうさん、避難小屋ってありがたいね 」「僕も大きくなったら、またこの小屋に来るかもしれないよ」と子どもたちがいう。同 感。おとうさんだって、今度はもっと残雪が多い時期に、この山にきてみたいよ。



お世話になった雪倉岳避難小屋を、発つ

 小屋からは、鉢ヶ岳(2563メートル)の東山腹をトラバース。大きな雪渓を2つ、3つと 越え、蓮華温泉へ直接、下る道を分ける鞍部に出る。富山側は、悪沢で知られる柳又谷の 源頭部の向こうに、清水(しょうず)岳(2610メートル)がせり上がり、電光形の雪渓が登 高欲をそそる。遠く、富山湾には、貨物船が浮かんでいるのも見える。一番、いい展望の 場所にきたところで、天気もちょっぴり、回復してきたようだ。足元のザレ地には、コマ クサが群生している。

 途中、また雷鳥の親子連れに出会い撮影をしたりして時間を食い、7時50分、三国境 (2751メートル)の手前の、顕著な船形地形(2重山稜)に出、その縁のガレをトラバース する。

 小蓮華岳への縦走路に合流すると、さすがに北アの人気コースで、白馬岳からの登山者 がわんさと増え、いっぺんににぎやかになる。ガスが晴れると、怖いくらいの傾斜で落ち 込んでいる白馬沢の源頭の雪渓が姿をあらわす。主稜をまたいだ向こうには大雪渓も見え 、アリのように1列に並んだ登山者が登っている。雪渓の雪は、やはり今年は多いようだ 。6年前に、4歳の岳彦を登らせ、1歳の峻二を背負い子にくくりつけて登ったことを思 い出す。あのときの白馬3山縦走にくらべても、今回は、何倍も長丁場の縦走になる。

 南側、主脈の山々を遠望すると、杓子、白馬鑓、唐松、そして五竜も指呼できるが、山 頂部はすべて雲の中だ。北側、たどってきた縦走コースをふりかえると、雪倉岳、朝日岳 が緑の山肌に豊富な残雪を輝かせている。どちらも、なかなかどっしりとした山だ。新潟 県の糸魚川沖の日本海も望める。日差しが暑い。

 小蓮華岳(2769メートル)には、8時35分着。その先のピークを越すと、前方はるか下 に白馬大池が姿をあらわし、子どもたちはジュース、親は缶ビール、それぞれの愉しみを 口にしつつ、下るピッチを上げる。10時10分、大池の小屋着。11時まで、昼食休憩 。

 大池からは、天気がまた急変し、本降りの雨となった。展望コースで降られなかったの は、幸運。あとの愉しみは、蓮華の湯である。バスの時刻にせかされて後ろから迫る団体 を、つぎつぎと先へ追い抜かせ、われわれはキノコを観察しつつ、ゆっくりとくだった。

収穫もあり、帰宅してから、ことし初めてのキノコ煮(ヤマイグチ、ヌメリスギタケ モドキ、カワリハツ)で1杯となった。

 蓮華温泉ロッジには14時15分着。雨があがった。さあ、温泉だ。石鹸を使うとちゃ んと泡立つのに、流したあとの肌が少しぬるっとする独特のお湯で、汗をせっせと流した 。

 北アルプスに残された、静かで、原始的な自然にふれることのできた山行、そして、子 どもたちの一段の成長を感じとれた山行になった。





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野原 森夫