ハシゴ谷から剣沢雪渓→立山→黒四ダム

2001年8月18日〜20日
家族山行




長次郎雪渓出合に咲くニッコウキスゲと、剣沢雪渓

 黒四ダムから、ハシゴ谷乗越を経由して剣沢雪渓を登り、帰路は立山 から黒四ダムへと静かな登山道を下降してきました。
 入山時の予定では、帰路は立山から憧れの五色ヶ原へ縦走して1泊 し、平ノ小屋へ下降。黒四ダムにもどるというコースを計画していまし た。でも、台風11号の接近のため、ちょっと小回りな行程になりました。
 1)剣沢雪渓の登高と間近に見る岩と谷の眺め、2)立山縦走での嵐 の前の好展望、3)東一ノ越経由で黒四ダムへ花と眺めのすばらしい 下降と、発見と楽しみが多い山行となりました。

(写真が9枚入っています。山行の記録を読みながら、ダウンロードされてください。)
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8月18日

東京・西多摩の自宅(4時26分)車→扇沢の駐車場(7時28分着、 8時04分発)トロリーバス→
黒四ダム(8時16分着、同19分発)→黒部川まで下降→黒部川を 橋で渡る(8時42分着、同46分発)旧日電歩道を行く→内蔵助谷 出合・分岐(9時26分通過)→途中、内蔵助谷の沢床で食事→内蔵 助平(11時34分着、同53分発)→ハシゴ谷乗越(13時24分着、同 45分発)→剣沢を左岸へ渡る→真砂沢小屋・幕営場(15時07分 着)幕営。

8月19日

真砂沢小屋(6時44分発、アイゼンを付けて出発)→長次郎雪渓出 合(7時12分着、同30分着)→平蔵谷出合(8時18分着、同31分 着)→標高2260メートル付近・剣山荘への分岐下(9時07分、雪 渓の上端に着きアイゼンを外す、19分発)→剣沢小屋(10時12分 着、同28分着)→別山乗越・剣御前小舎(11時18分着)

8月20日

剣御前小舎(6時32分発)→真砂岳(7時34分着、同39分発)→立 山・富士ノ折立(8時07分着)→大汝山(8時23分通過)→雄山(8 時41分着、9時02分発)→一ノ越の鞍部(9時27分着)→東一ノ越 (10時25分着、同39分発)→立山の東斜面を斜めに下降する登山 道を行く→黒部平ロープウェー駅との分岐(12時07分着、同25分 発)→ロッジくろよん(12時52分通過)→黒四ダムの西端(13時14 分着)
黒四ダム駅(13時35分発)トロリーバス→扇沢(13時44分着)車 →温泉1泊。

8月21日
雨の中央道を帰京、帰宅。
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 8月18日、扇沢をへて、黒四ダムのバス降車場に朝8時16分に着 いた。私たちは、ダムに向かう観光客らを左に見送り、そのまま改札 を出ずに地下のトンネルを道なりに80メートルほど進み、「登山者出 口」の表示のあるところから、左の通路に折れた。そこは、部内用の トイレの脇にある通用路で、くぐりぬけて進むと、開け放しのドアから 外に出ることができた。出たところは、ダムが尾根の陰になって見え ない場所。山腹を電光形に折り返しながら黒部川へと下降する車道 の上だった。
 なんだか風変わりな山行の始まり方だが、車道を歩き出すと、はる か下方から黒部川の水音が響いてくる。対岸は、急角度で立ちあが る丸山東壁、その右に内蔵助谷の切れこみをはさんで、大タテガビ ンの岩場などが、見えてきた。いよいよハシゴ谷乗越のルートに入り こむと思うと、身が引き締まる。
 恒例の夏の家族山行。この夏は、二男(高校1年)が別山乗越の剣 御前小舎でアルバイト中のため、私、妻、長男(浪人中)の3人でのス タートとなった。

 車道を10分と行かないうちに、「旧日電歩道へ」と書いた道標があ り、そこから山腹を急降下する登山道に入り、黒部川へ下降する。
 黒四ダムの150メートルほど下流の、渡河地点に下り立つ。ここで、 黒部川を橋で渡る。橋は、コンクリートの堰の上、80センチほどのとこ ろに、幅40センチほどの板を水平に固定して設置されている。板のす ぐ30センチほど下を、ダムから放流される水が勢いよく流れ、渡るの が怖いくらい。ダム方向から流れてくる風にのって、水煙りが充満する。

 

 橋を渡り終えると、黒部川に沿った旧日電歩道の始まりとなる。対 岸には赤沢岳から崩壊がすすむ急な沢が落ちている。出合に押し出 された岩と土砂も、膨大な量だ。黒部川は、流水の幅が40メートル、 水勢は強く、ところどころ深い青みがかった淵をつくり、沢登りの感覚 でいえば「大河」のよう。渡渉のルートが見当たらない。ダムからの放 水量が膨大なものであることを、あらためて知る。
 丸山東壁が近づくと、旧日電歩道は、岩場に水平の切れこみを入れ たような地形をたどるようになる。対岸は、岩の尾根の末端が高さ15 0メートルほどの垂壁となって、黒部川に落ち込んでいる。両岸が岩 場のため、川幅は30メートルほどに狭まり、そのU字谷をいっぱいに 埋めて、青い水流が音を立てて流れ下る。「これが、黒部川か」。私 が見ているのは、下ノ廊下の、ほんの入り口でしかないが、水流と岩 壁の迫力に圧倒される。
 登山道は、2度ほど、急な斜面で沢筋を横断する。増水時は、通れ ないだろう。そのためか、内蔵助谷との出合の場所には、数人が待 避所に使えるような大きな岩の窪みがあった。



丸山付近の旧日電歩道を行く。右下が黒部川

 内蔵助谷出合を9時26分に通過し、旧日電歩道を離れて、内蔵助 谷右岸をすすむ。
 草むらのなかの急登。途中、内蔵助谷の沢床に小さな砂州がある のを見つけ、降りて食事をとった。大きな岩が水流をさえぎって、チョック ストーンのようになり、二条の滝になっているところ。涼しい風が流れ る。タオルをひたして、体をぬぐう。刻んでパックしてきたパイナップル がうまい。

 急登が続く。対岸は大タテガビンの尾根の南面から、黒部別山の南 峰の斜面にあたり、岩場が多い。足元には、丸山からしみ出してきた 湧き水の流水が幾筋もの小さな沢をつくっている。この水は飲用可能で、とても冷たい。水 筒をいっぱいにする。

 登りが緩くなり、周囲が開けてくると、内蔵助平に入りこむ。内蔵助谷に かけられた頑丈な橋に、11時34分着。内蔵助平は、標高1700メートル 前後に広がる谷間の平坦地(盆地)で、こんな地形が山中に生まれたの には、氷河の働きが深くかかわっているという。橋の前後には、計5張分 ほどの天場の跡があった。分岐からは、内蔵助谷を登高し、カールをへ て、真砂岳への登山道がある。谷の上部に残る雪渓は、まだずいぶん 雪が多い。この谷は、稜線近くに小屋があるため、水をそのまま飲むの は避けた。

 ハシゴ谷乗越への道は、予想を超えて、ひどいものだった。出発してす ぐに河原に入りこんだと思ったら、そのままずっと白い石だらけの河原を たどっていき、いつまでたっても土の道にもどらない。道の代わりに沢床 の河原をすすむ、という具合。メンテナンス・フリーの道といってよい。
 河原が尽きると、ついには溝道をたどり、最後の30分ほどの急登だけ が登山道になった。地図には、沢筋と別に左岸(上流からみて)に登山道 が描きこまれているが、それらしい形跡はみつけられなかった。登山靴で の河原歩きで、足がかなり参ってしまった。ついに、峠にあと少しというと ころで、休憩。なんと、峠のハシゴ谷乗越は、その上、20メートルくらいの ところにあった。13時24分着。

 

 登りきれば、今日の行程の大部分はもうおしまい! 元気百倍で、峠の 別山よりの展望台に上がった。剣岳八ツ峰1峰が目の前に見える。御前 小舎のメンバーらと14日に二男らが泊ったはずの仙人池ヒュッテの赤い 屋根が見える。降り返れば立山の一部、内蔵助谷の雪渓の上部が視界 に入る。その下に展開する内蔵助平は、周囲を山に囲まれて、明るい日 差しが草と笹原を照らし、穏やかなたたずまいだった。



剣沢を見下ろす(ハシゴ谷乗越からの下降で)

 乗越からは、妻と長男が「先にテントを張っているから、ゆっくり写真を 撮ってきて!」といって、先行する。お言葉に甘えて、カメラを手に下降す る。と、先行したはずの2人が、「すごいよー!」と声を出して、呼んでい る。ハシゴ混じりの急下降で追い付くと、そこからは、剣沢雪渓を見下ろ すことができた。雪渓は、はるか下方、木の葉の間の剣沢の谷底から立 ちあがり、中段にインゼルと小さなクレバスをはさんで、上方は長次郎 谷、平蔵谷と二つの出合を分け、さらに屈曲して岩尾根の陰へと隠れ ている。見えているのは、全長の3分の2くらいだろうか。上部は、さらに どこまで続いているのだろう。うれしく、すばらしい眺めだった。この雪渓 を見、登高することが、今回の山行の最大の目的だったから。
 日本三大雪渓(白馬、針ノ木、剣沢)や飯豊・石転び沢雪渓は、これま でにどれも体験してきたが、幅も長さも高度感も、剣沢雪渓は別格だな と感じた。それに、今年は稜線付近は雪が少なめの夏なのに、8月後半 のこの時期に、上部までつながる、これほど長大な雪渓が残っていると は……。
 八ツ峰、源次郎尾根の岩の峰の眺めも、下降しながら次第に開けて いく。

 下降を終えた道は、剣沢の谷にそってトラバース気味に登っていくよう になる。そして、待望の剣沢の渡渉地点へ出た。
 「スノーブリッジがあるぞ。倒壊すると危ないから、無理に渡るなよ!」と 先行する長男に声をかけていたのに、目の前の様子は、そんなもので は、とてもなかった。幅100メートル、対岸にいる登山者や渡り始めて 中ほどに達した長男らが小さく小さく見えるような、膨大な残雪が、剣沢 の谷にふたをしていた。小さなスキー場のような大きさで、これは、とて もスノーブリッジなどというしろものではない。渡りきると、雪融けしたば かりの地面から、シシウドやシダ類などの若い芽が、ようやく生え出して いるのも見ることができた。



真砂沢小屋の手前の剣沢渡渉地点は、
スノーブリッジどころか雪原だった


 真砂沢小屋に15時07分着。幕営。この日、テントは剣沢雪渓のすぐ脇 に13張。水は、対岸の真砂沢から空中に吊ったホースで引いている。
 小屋は今年2月3日の剣沢の大雪崩で、受付部分を残し、倒壊したとの ことだった。夕食のメインは「牛モツ煮こみ汁」。夜は天の川が立山から唐 松岳へと流れ、21時ごろまで長男と地べたに寝転がって、星空を眺め続 けた。



真砂沢小屋そばの幕営場
正面が剣沢雪渓の下部


8月19日

 快晴。剣沢雪渓の上部正面に、一服剣がなぜか「最高峰」のように光り 輝いていた。今日は家族4人が1ヶ月ぶりで合流できる。剣御前小舎まで の短い行程だ。
 真砂沢小屋の天場を、6時44分発。アイゼンを付けて出発した。
 途中、雪渓が40メートルほどにくびれた部分でクレバスが開き、80メー トルほど左岸の巻き道を使う。



出合から見る長次郎雪渓
右に連なるのは八ツ峰


 第1のお楽しみは、長次郎雪渓出合からの眺め。出合には7時12分 着。
 長次郎雪渓の出口は岩壁で収束して狭い。上部は明るく開け、傾斜を 増しながら、左の岩稜(源次郎尾根)の陰に屈曲して消えている。熊ノ岩 は見えず、雪が消えた右俣が八ツ峰の頭へとせりあがっている。「すご い」「迫力ある」「支流のこの雪渓、一本だけでも、日本屈指の大雪渓に なるな」などと話し合う。登山者が登っていくのも見えた。
 出合の岩場に見ごろのニッコウキスゲの群落が目を引いていた。ベル クシュルントが危うい。岩場との間隔が狭いところで岸へ体を移し、ニッ コウキスゲを前景に写真を写す。



平蔵谷出合にて。右後方の一番遠くが剣岳本峰

 

 第2の楽しみは、平蔵谷出合からの眺め。出合には、8時18分に着い た。出合付近には、平蔵谷から押し出された雪崩が厚く堆積していて、剣 沢の下方から見上げるとちょっとした雪の台地になっている。剣沢雪渓 は、出合の下で、この雪の台地の登りにかかり、傾斜を増す。この厚く 堆積した雪の厚さは、真夏でも30メートルは軽く超えるのではないか。
 出合から見る平蔵谷の雪渓は、別山尾根登山道の平蔵のコルへ、ま っすぐにせり上がる。屈曲する長次郎雪渓とは対照的だ。カニのタテバ イの難所の岩場脇が源頭で、私の山仲間はその平蔵のコルをめがけて 登高したが、上部は30度を超す雪面で確保がいるとのことだった。長次 郎雪渓よりむずかしいし、登山者が上に始終いるもの、やっかいだ。
 稜線の鞍部の右上に剣岳本峰が青空を背景に切り立っている。平蔵 谷の両岸は岩の尾根。源次郎尾根の1峰あたりから落石があり、クライ マーの声が飛ぶ。「こんな、岩と雪の山って、他には、ないよなあ」。3人 で出合に立ち、ただただ見とれた。

 平蔵谷出合のさらに数百メートル上部まで、剣沢雪渓はまったくクレバスなしに伸びていった。剣山 荘への分岐の下の標高2260メートル付近で、ようやく雪渓の上端に着 き、アイゼンを外す。9時07分。
 私たちは、雪融け水が流れる剣沢を見下ろしながら、剣沢小屋へと登 り、別山乗越にある剣御前小舎へ上がった。(11時18分着)



剣御前小屋前で、ビールなどを売る二男(中央)


 小舎の玄関脇では、アルバイト中の高1の二男が、「雪渓の雪で冷やし た生ビール」を売る声を張り上げていた。顔は全体に赤く、日焼けした皮 が黒くはりついている。長男の最初のバイトのときと同様、少したくましく なったよう。
 小舎の支配人の豊田さん夫妻とあいさつする。妻は、奥さんの未知子 さんに、「なんだか1ヶ月間、子守りを頼んだみたいで」と話した。未 知子さんは「いえいえ、けっこうよくやってましたよ。それに、何か失敗し てもめげない性格で」と応じていた。
 剣御前小舎は、稜線上にあるため、慢性的な水不足に悩まされてき た。それは根本的にはまだ改善されていないものの、9キロリットルもの 容量のある貯水タンクなどが導入されて、深刻な状態は脱しつつある。今 年は、雪渓の雪融け水のくみ上げはせず、雨水を貯めこんでやりくりでき ているとのことだった。そんな条件のもとでも、小舎内は板がよく磨きこま れ、トイレも清潔で、登山者に少しでも休んでもらおうという気持ちが感じ られるものだった。
 恒例なのか、地元テレビが夏の山小屋の取材に入ったときは、二男 は、廊下、板の間の雑巾がけをレポーターの女性に教えてやらなかっ たそうな。てれたのかな。かまど当番は、かならず経験しなければなら ないものだが、これを仕込んでくれたMさんという男性の指導にもかか わらず、1度、ご飯の水加減を失敗してたいへんなことになったということだっ た。Mさんは昼食後に一時、下山するところを話したが、スノボーで山を やるなどの行動派。カシミール3DとハンディGPSのことを私からは話題 にした。「お父さん、小舎にきてよかったよ」と二男はいうが、年上の、生 き方と仕事とを模索している若いみんなに囲まれて、二男はいい体験を したと思う。

 小舎には、ネパールからシェルパのテンバさんが、今年も長期の勤務 できていた。それだけでなく、富山県と地元芦鞍寺との交換留学生制度 で、19歳から25歳まで、4人の若者も山麓の土木工事の研修に来てお り、お盆休みで彼らはテンバさんのいる剣御前小舎に助っ人に入ってい た。
 シェルパの働きぶりは長男からも聞いてはいたが、純朴で、勉強熱心 で、何にでも興味を示し、意欲満々、話していて気持ちのいい若者たち だった。実家は、ネパールのナムチェバザールや、さらに高地の小さな 村(クンギ村)にある。豊田さんが旅をしたときの写真を使って、彼らは その村の様子を教えてくれたが、小さな集落をわずかな畑が囲み、全体 が岩と雪の峰にとりまかれるような環境。きびしい自然のなかでの生活 が感じられた。

 夕食は、明日、山を降りるネパールの若者たちや、バイトを終える小 舎のメンバー、それに訪問した私たちを歓迎することもかねて、ネパー ルのギョウザ(「モモ」という)での宴会となった。このギョウザは、肉を詰 めたものと、野菜を詰めたものがあり、タレは現地ではトウガラシやタマ ネギで作るという。トマトもタレに入れたりする。「肉は、ネパールでは何 を入れるの?」と聞いたら、「ブタか、水牛だ」と教えてくれた。箸がつぎ つぎと伸びて、あっという間に皿が空になった。キムチのタレでの代用 だったが、うまかった。

 夜の天気予報では、台風11号の接近と上陸のため21日以降の天候 悪化を告げていた。五色ヶ原への縦走を変更することにする。五色ヶ原 での幕営は風が心配だし、帰りの平ノ小屋からの黒部湖沿いの道は、通 常でも滝のしぶきをかぶってトラバースする沢がある。雨が来ないうち、 20日のうちに下山するしかない。それでも、少しでも立山と黒部を楽しめ るようにと、明日は東一ノ越からタンボ平、黒四ダムへの道をとることに する。
 夜、風が出るが星空の下に剣岳のシルエットが浮かんでいた。

8月20日

 剣御前小舎を6時32分発。
 3年前に4人でたどった稜線をいいピッチで歩く。
 真砂岳を7時34分に通過。卑弥呼の時代の「化石氷体」が眠る内蔵助 カールは、前回の雪の少なかったときに比べ、3倍ほどの大きさだった。
 嵐の前の大展望とでもいったらいいのだろうか。北アは見える山はみな 鮮明に見える。

 富士ノ折立(8時07分着)からは、後立山全山、富士山、南ア全体、八 ツ、奥秩父と奥多摩?、日光白根山、苗場山とその背後の燧ケ岳などの 山々を望むことができた。

 雄山(8時41分着)からは、薬師岳、黒部五郎、笠ヶ岳、水晶、槍・穂高 などのパノラマ。ここから標高差1500メートル分の下降開始となる。

 一ノ越の鞍部(9時27分着)を過ぎれば、登山者はほんのわずかとな る。山腹のトラバース道で花が多い。木イチゴ、黒ユリ、イワギキョウ、リ ンドウなど。北ア中央部、とくに赤牛岳、水晶岳が大きい。雄山から東一 ノ越まで、ずっと眺め続けた五色ヶ原のたたずまいも、たいへん好ましい ものだ。1,2年のうちにぜひ訪問の機会をつくりたい。



東一ノ越から後立山連峰。右下に黒部ダム。
左の立山東面の中腹に大観峰(ロープウェー駅)


 東一ノ越(10時25分着)は、雄山から張り出した尾根の一角にあり、下 降路の降り返し点にあたる。周囲270度、標高2480メートルの、抜群の 展望地点。眼下に黒四ダムと斜面を伝うロープウェー。針ノ木岳から白馬 岳までの後立山の峰々が並び立つ。北アの美しさを改めて実感させられ る。

 東一ノ越からは、立山の東斜面を斜めに下降する登山道を行く。道は、 ところどころ足場が悪いが、明瞭。草の斜面はタンボ沢の源頭で花が多 い。本流と枝沢を4〜5回、トラバースするが、2本目は雪渓がルートの上 下にまだ残っていた。この沢は、増水時は渡渉ができなくなるおそれが 大きい。

 黒部平駅との分岐まで降りてきたところで(12時07分着)、前後して下 ってきた2人の単独行の男性は、ケーブルカーへとすすむ。
 私たちは、まだ立山・黒部をじっくり味わいたいと、ブナの樹林の最後 の下降に入る。25分ほどで、ロッジくろよん前に下り立ち(12時52分)、 静かなキャンプ場と水場、ブナの木立の涼しい湖畔の道をたどって、ダ ムへ向かう。

 東一ノ越経由で黒四ダムへの下降は、展望も花もすばらしいし、なんと いっても、そのすべてを一人占めできるような静けさがある。ぎゅうぎゅ う詰めで早く早くとアルペンルートで駆け抜けるには、立山の東面はもっ たいないエリアであることを、実感できた。それに交通費を相当に節約で きるのも魅力的。標高差の割りに足腰への下降の影響が少ないのは、終 始、眺めを満喫できる好ルートであることと、急登にありがちな大きな段 差の道でなく自然なスロープのせいかもしれない。

 黒四ダムの西端に13時14分着(標高1470メートル)。
 18日に渡ったダム直下の橋を見下ろし、「やっと帰ってきた!」という声 を掛け合って、トロリーバスの駅へと向かった。
 (20日は松本市に近い温泉に1泊し、21日、雨の中央道を帰京した。)





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野原 森夫