針ノ木岳から赤沢岳、爺ガ岳へ縦走
       1999年8月6日〜8日        野原森夫、遥子、峻二(中2)

6日 東京・西多摩の自宅(4時39分)→給油→八王子IC(4時57分)→途中、食事→梓 川SA(7時08分)→扇沢駐車場(8時01分〜8時46分)→大沢小屋(9時58分) →途中、食→針ノ木雪渓取り付き(11時15分〜30分)→のど(11時55分)→左 岸ガレ(12時05分)→マヤクボ雪渓の分岐(12時27分、食)→針ノ木小屋(13時 55分)幕営

7日 針ノ木小屋(6時17分)→ルート間違いロス→針ノ木岳山頂(7時41分〜8 時20分)→スバリ岳(9時15分〜30分)→赤沢岳(11時12分〜29分)→鳴沢 岳(12時11分〜29分)→新越山荘(12時55分〜13時29分、食)→岩小屋沢 岳(14時28分)→種池山荘(15時31分)幕営

8日 種池山荘(4時28分)→爺ガ岳南峰(4時58分〜6時10分)→種池山荘 (6時45分〜8時26分、食)→扇沢の鉄橋・柏原新道登山口(11時00分)→扇 沢駐車場(11時13分)

  大雪渓と剣・立山の大展望

 針ノ木岳(2821メートル)のとんがった頂は、北アルプスのたいていの山から望 むことができる。歴史のある北アルプス横断ルートでもある針ノ木大雪渓を登る楽 しみ、稜線から黒部湖をはさんで眼前に展開する薬師岳―立山―剣岳の大パノラ マ、そしてスバリ岳一帯のコマクサの群落と、魅力が多い山域でもある。今年の北 アルプスには例年並み以上の雪が残っているとの情報もあり、1999年夏の恒例 の家族登山に、針ノ木岳から爺ガ岳への縦走を計画した。

 長男の岳彦(高2)は、7月19日の夜行で剣岳の小屋へバイトに出かけたため、 今回の家族登山は一番のボッカ役を欠いている。2泊3日のテント縦走の荷物は 私、遥子、峻二(中2)の3人で分担した。

水がおいしい大沢小屋までブナ林をいく
 

8月6日、扇沢の駐車場を8時46分に出発。

 雪渓に取り付くまでは、「新道」と呼ばれる登高ルートが、籠(かご)沢の左岸通 しにつけられている(左右は上流から見て)。最初は、作業道(舗装)を歩かされた り、足場の悪い刈分けを進むが、作業道が大きく右カーブして行く手にトンネルが 見えるところで、ようやく樹林の中の登山道に入っていくことができた。

 「新道」は、籠沢の沢床から離れて小さな尾根を幾つか乗り越しながらすすんで いく。アップダウンがあって汗をかかされるが、一帯はブナの林で、水音が心地よ い流水も多く、空気がひんやりして気持ちがいい。登山道わきの倒木には、UFO のような白い傘を広げたヌメリツバタケモドキが生え出していた。

 大沢小屋のほんの少し手前に、道のすぐわきの林からこんこんと、というより、ど ぼどぼと涌き水があふれ出て、沢になって流れ下っている場所があった。先行の パーティーが食事をしている。私たちもザックを下ろして、湧水に手を入れる。何秒 も入れていられないほど冷たい。そして、とってもおいしい。「これから下山だった ら、ポリタンクにいっぱいつめて、持って帰れるのにね」と話しながら、この水でプ ラムを冷やしてかぶりついた。

 大沢小屋を過ぎると(9時58分)、白樺の白い幹が目立つ樹林に変わる。籠沢 の流れにかなり接近してきているのに、道は沢よりも20メートルほど高い位置に つけられていて、小さなアップダウンはいよいよ激しくなってきた。早く沢の中を歩 きたい、雪渓はまだか、と気がせく。針ノ木岳はブナ林のなかで一瞬、垣間見えた だけで、今は上部は霧の中だ。

 沢の流れを真下に見下ろす笹の刈分けに出ると、前方に針ノ木雪渓の「のど」と 呼ばれる狭まりも見えてきた。登山者がその雪渓を登っていく。籠沢の対岸は切 り立った岩場で、蓮華岳へ二筋の雪渓が駆け上がっている。ガレ沢をトラバース する地点で、昼食をとる。

いよいよ雪渓の登高。ガスが濃い中を高度をかせぐ

 標高2100メートル付近で、籠沢を石跳びで右岸側へ渡る。すぐに最初の残雪 にのるが、まだ雪渓は切れぎれなので、そのまま左岸につけられた踏み跡を登っていく。

 午前11時15分、ようやく雪渓が完全に上部までつながっている地点に出た。「の ど」と呼ばれる狭まりの200メートル余り下流の位置。雪渓の幅は40メートルほど で、両岸はV字型の岩場になっている。規模では東北・飯豊連峰の石転び沢雪渓 や、白馬大雪渓よりも、幅、高度感、残雪量ともに一回り小さいと感じた。ここでア イゼン(4本爪の簡易なもの)をつけ、いよいよ登高を開始する。

 雪渓は遠目に眺めてきた印象よりも、傾斜が緩く、ほとんど不安はない。ただ、 登り出したところで濃いガスが出てきて、そのうえ雨もまじってきた。源頭を入れ て、雪渓登高の様子を撮影するのを楽しみにしてきたのに、残念。それどころ か、10メートルあるかないかの視界では、落石も、ルートを見失うことも、怖い。 雪渓の幅が次第に狭まってきたのに、対岸(左岸)がまったく見えない。

 11時55分ごろ、「のど」にさしかかる。峻二の軽量アルミ製6本爪アイゼンが、 靴底が柔らかすぎて合わずに、何度も外れる。ここは落石も収束する地形になっ ている場所だから、結局、つけなおすのをあきらめて、外して登高する。

 「のど」は幅15〜20メートルくらいか。V字型の沢が細くくびれ、両岸の岸壁が迫 ってくる。雪渓上のルートの目印になる薄い朱色のマーキングは、右岸の岸壁に沿 うように上へ伸びている。



のどを目指して登る。針ノ木雪渓


雨とガスのなか、踏み跡をたどってすすむ

 「のど」を通りすぎると、両岸の岸壁が急に遠のいた。ここは雪渓が左手に大きく 屈曲するところで、ルートも左に折れるはずだが、視界がほとんどなくて、方向感覚 がない。頼みの岸壁は、もう両岸とも、視界から消えた。雪面の傾斜で方向を読み 取りながら、雪原のように広く感じる雪渓を、先行者の足跡を頼りに進んで行く。視 界さえあれば、なんでもないところなのに。

 結局、左へ折れる広い雪渓を斜めに横断するように進むルートに導かれて、今度 は左岸側のガレに出、ここで再び、踏み跡をたどることになった(12時05分)。雨 の中、私と遥子もアイゼンを外す。

 踏み跡をたどると、また小広い雪原に出る。右手(左岸側)へマヤクボ沢が分岐 する二股で、標高2250メートル余りの地点(12時27分)。その雪渓を横断してふ たたび踏み跡にのる。短い食事をとっている間に視界が100メートルくらいまで回 復してきた。二股から、マヤクボ雪渓が滑らかに、一直線に上部へ伸びている。あ たりはミヤマキンポウゲやチングルマのお花畑で、すでに源頭の様相だ。

ザレの斜面を電光形に登り、稜線へ

 針ノ木小屋へのルートは、マヤクボ雪渓よりはずっと細い沢型にそって登ってい く。沢には残雪はほとんどなくて、左岸の赤土とザレが崩れ落ちる足場の悪い傾 斜地に道が伸びている。途中、崩落がもっとも激しい一帯には、植物がほとんど 生えていないところもあった。峻二はテント、ポールと、コンロ、ガスボンベなどの 共同装備、それに三脚を担がされて、いままででは一番重い荷物を背負ってい る。顔色が青く、汗をひどくかきながら、頑張っている。遥子は、今日の一番の勝 負どころのこの登りで、ペースメーカーになって先頭を行く。私は、頭痛に気をと られている。今度も軽い高度障害が出始めたようだ。

 道がザレの急な斜面でジグザグを切るようになり、こんな崩壊のひどい場所に アオノツガザクラが小さな群落を維持しているのが目につく場所に出た。左手上 方を見ると、霧の中に雪渓が伸びていて、その上端がまっすぐ水平に断ち切られ ているのが、おぼろげにわかる。「あれれ、あの雪渓の切れ方は、稜線かもしれ ないね。小屋が近いよ」。「でも、まだ2時前だよ。こんなに早く着けるのかな」。

 そんなことを言い合いながら、同じペースを崩さずに電光形の急登を何度も折 り返す。ガスの中に稜線がはっきりとらえられた。針ノ木小屋の手前で傾斜が緩 くなると、花が急に増えてきた。タカネヤハズハハコ、コイワカガミ、チングルマ、 ハクサンフウロ、ウサギギク、ミヤマハタザオ……。

 針ノ木小屋が立つ針ノ木峠に13時55分に着く。雨混じりのガスで、視界はな かったけれども、今日の行程を予想よりも早めに成し遂げて、安心した。キャン プ地は小屋脇の南側、稜線からその下方一帯に設けられていて、私たちがテ ントを張った場所は潅木が風をさえぎってくれるいい場所だった。水は、先ほど の源頭の雪渓の末端まで稜線から100メートルほどを下りて、たっぷり10リッ トルをくみ上げた。

 夕食は味噌漬け豚肉の焼肉、キヌサヤと油揚げの味噌汁、大根の昆布風味 つぼ漬け、野菜サラダ、レンコン・ニンジン・サトイモのうま煮。夜も、ときおり雨 粒がテントをたたいた。

  針ノ木岳山頂へ。霧の中で岩の尾根に迷い込む

 8月7日、4時半に起床。タラコ・スパゲティとコーンスープで朝食をとり、6時 17分に針ノ木小屋を出発した。

 登りだしてすぐに、大きな失敗をしてしまった。先行する2人パーティーの後 について途中のガレ場で上方へ伸びる踏み跡へ入りこんでしまい、かなり危 ない岩の尾根の途中でようやく変だと気がついて、30分ほども時間をロスして しまったこと。朝からひどい霧に包まれていたとはいえ、間違った場所まで戻って みたら、踏み跡へ入りこんだガレ場は当然、ルートに慎重になるべきところだ った。

 先行した2人の男女は、後で聞いたら長野の小学校の先生たちとのことで、先 週は火打山(妙高)に私と同じ28日から登ったとのこと。先週も今週も、同じ日に 同じ山に登るなんて、なんていう偶然なんだろうと思う。もう一人、東京からきて、 やはり同じルートに迷いこんだ単独行の若い男性とともに、その後、新越山荘ま で、この日の縦走の行動を共にすることになった。

 針ノ木岳へのルートは、途中の岩場を避けて尾根の北側のガレをトラバースし て伸びており、山頂の手前で尾根に登り、そこからは尾根通しにすすんでいた。 尾根に出ると、朝、テント場から眺めることができた水晶岳、赤牛岳、そして薬師 岳がガスの間から見え隠れしている。頂上ではガスが晴れてくれるだろうか。

消えては隠れる立山、薬師、水晶の大展望

 急登のひと登りで、7時41分、針ノ木岳の山頂に立った。

 残念ながら、山頂もガスの中にあった。でも、そのガスが風に流されると、目の 前に五色ガ原から立山にかけての大きな山体がジャーンと姿を現す。とくに浄土 山から雄山、大汝山、富士の折立の立山連峰が高度感も、雪渓と岩稜の迫力 も、圧倒的だ。こんなに大きな山だったんだと、思い知らされる。

 五色ガ原の箱庭的原っぱと、山小屋も見える。

 いったん視界が閉ざされ、次にガスが飛ばされると、今度は薬師岳がやや遠くに カールを連ねた大きな山容を現した。

 赤牛岳と水晶岳も、ずいぶん近くて、とくに赤牛岳はこれまた意外な大きさだ。

 下には黒部湖が見えるはずとガスの切れ間のチャンスに見下ろすと、足元をえ ぐるような急な角度の位置に、白い岩場に縁取られた青い湖水が眺められた。一 つのダムに貯められた湖だなんて、とても思えないほど大きく、複雑な形だった。
 剣岳は、全然見えない。

 それが全部が、いっぺんに見えるということはなくて、ガスの切れ間があくたび に、ごく短い時間だけ、ちらり、ちらりと、ときには薄いベールをはおったままで、目 の前に順不同で現れては消えるということを繰り返していた。そういうことだから、 被写体もあっちだ、こんどはこっちだと、目標が入れ替わり、写真をとるのは、容 易でない。薬師岳から立山までのパノラマは、となりに剣岳の姿も想像して、頭の 中で構成するしかなかった。

スバリ岳の岩の稜線でコマクサに見とれる

 8時20分、針ノ木岳を出発。急角度の岩の尾根をマヤクボのコルをめざして 下降する。コルを越えて、スバリ岳に登り返すあたりで、山頂だけがガスに包ま れた針ノ木岳と、マヤクボ沢源頭のカール、雪田が見えた。カールの下端には 岩くずの明瞭な堆積(カールボーデン)がある。下から雪渓を登高してきて、あ のボーデンで一夜を明かしたら、すばらしいだろうと思う。

 スバリ岳の登りは、コマクサがそこここに群落をつくっていたが、マヤクボ沢に 落ち込む岩くずの不安定な斜面に、とびきり大きなコマクサの群落があったのに は驚いた。コマクサはスバリ岳から赤沢岳の鞍部にかけても多かった。縦走路 はコマクサの稜線といった感じで、何度もザックを下ろしてカメラを向けた。イワ ギキョウも、とても多い稜線だ。

 スバリ岳には9時15分に着く。ガスの状態はまったく変わらない。9時30分、 発。赤沢岳への途中で、雷鳥の子どもに出会う。

それにしても登山者が少ない静かなルートです

 赤沢岳に、11時12分着、29分発。ガスはますます濃くなった。スバリ岳のあ たりから、感じていたことだけれど、この稜線を縦走する登山者はずいぶんと少 ない。同じ方向にすすむパーティーはお互いに顔見知りになる程度。そして、す れ違った登山者も、まだ10数人だけだ。今日は、8月最初の週末なのに。中高 年登山者の団体も、1パーティー(15人ほど)が私たちと同じく種池方面をめざ しているだけで、これも北アの昨今ではめずらしい。

 大展望と、コマクサを初めとする花の多さと、静かな稜線と……。「百名山」に ぐるりと囲まれながら、ルート上は「百名山」から外れている。そういう事情で、こ のルートは北アルプスでもなかなかの穴場の一つになっていると感じた。

 稜線には、危険な岩場はないけれども、縦走ルートのほとんどのところでは、 扇沢側がスッパリ切れ落ちていて、落ちたらおしまいという絶壁が口をあけてい る。そういう場所に繰り返し、出くわすたびに、3人で声をかけあって慎重に、元 気に行程をかせいだ。このあたりから、トウヤクリンドウの姿が急に目立つよう になってきた。

ついに岩と雪の剣岳が姿をあらわす

 鳴沢岳に、12時11分着、29分発。新越山荘へ下降し始めたところで、黒部 川方面のガスが消えかけて、剣岳がいままでで初めての、全貌を現してくれた。

 はるか下方に黒部別山の黒々とした岸壁、雪渓を従えて、岩の尾根を高く連ね る剣岳。すごい山が、この日本にあるものだ。雪がほんとうに多く残っていて、とく に長次郎、三の窓の雪渓は幅も長さも、雄大だ。

 カメラを出そうとしたら、瞬時にその姿がかき消える。そして、また、今度はかす んだままの剣岳が現れる。思い通りのシャッターがなかなか切れない。

 その剣岳の展望とお花畑が売りの新越山荘に、12時55分着。種池までは、ま だ長いので、ここでラーメンを食べ、しっかりお腹を準備してから、今日の最後の 行程にそなえる。ここまで同行してきた長野の2人の先生と別れて、岩小屋沢岳 へ向かう。13時29分発。

 岩小屋沢岳は、稜線上の小さな高まりだった。相変わらず扇沢側は、断崖と急 な源頭が続く。稜線が90度、角度を変えて爺ガ岳を正面に見る方向(東)へ進み 出すと、針葉樹の樹林と湿生のお花畑が交互に現れ出す。花の種類も増えて、キ ヌガサソウやエンレイソウ、ニッコウキスゲを見ることができたが、断然多いのは ハクサンフウロとミヤマキンポウゲ。道脇には鈴なりの実をつけたノウゴウイチゴ も繁茂していた。

  種池のキャンプサイトに到着。生ビールがうまい!

 種池山荘に着いたのは、針ノ木小屋を発ってから9時間後の、15時31分だっ た。テニスコートほどの広さのサイトに、3列に整然とテントを並べて張る。なんだか 、軒を並べる建売住宅みたい。全部で18張りほど設営できるが、私たちは10番 目あたりの到着だった。

 私たちが設営を始めたら、ゴアテックスの生地のテント本体と前室付きのフライ を5本のフレームを組み合わせて設営する、その様子が珍しかったのか、「ご近 所」の年配の女性が内部を「見学」に来た。「一昨年、双六沼でテントを風雨で倒 壊されたので、頑丈なテントにしたんです」と説明したら、「冬はどうするの?」と重 ねて質問してくる。「持ってないんですけれど、専用の冬用外張りを使うんです。値 は張りますが、遠征隊用の太いフレームもあるんですよ」。

 下山のときに遥子が言うのには、この方は女性なのに一人でテントを拠点に写 真撮影にきていて、撤収の様子を翌日に見ていたら、写真の器材だけで中型ザ ックに一つ分ほどもあったとのこと。すごい方がおられるものです。

 この日(7日)夜は種池山荘は何百人もの登山者が泊り、玄関の板の間に眠る 登山者もいたとのこと。この小屋では、ガラスの中ジョッキで「生ビール」を販売し ていて、タンクを提げて水を買いにいったはずなのに、つい1杯いただいちゃいま した。950円。

 夕方に強い雨が降る。明日は最終日。立山・剣連峰の大パノラマとの御対面は、 最後までならずか……。

縦走の最終日に大展望に恵まれる

 8月8日。「おおっー、星がいっぱいでているなあ」という隣のテントの声で目を覚ま す。3時30分。外へ出ると、昨日の年配の女性が三脚を使って中型カメラを星空へ 向けていた。天の川がはっきり見え、爺ガ岳の上にオリオン座がかかっている。

 小屋まで行って見ると、暗がりの中に針ノ木岳から岩小屋沢岳までの稜線が見渡 せ、雲がない。急いでテントにもどって、爺ガ岳に登る仕度をする。

 おじやをかきこみ、コーヒーを飲んで、4時28分、天場発。

 遥子と尾根を急いで登る。日の出に間に合うだろうか。



爺ガ岳南峰から立山、剣岳


 富士山が八ヶ岳の右に見える。ふり返ると、暗がりの中に立山、剣岳がその全貌 を見せている。急げ、急げ。途中からは、10年前の冬にたどった見覚えのある尾 根筋の登りとなった。

 日の出は山頂の手前、50メートルほどのところで迎えた。妙高の金山あたりの雲 の彼方から、太陽の一片がまぶしく、鋭い光を放ってきた。

 4時58分、爺ガ岳南峰の山頂に着く。

 すぐに三脚を用意して、まずは富士山とその上で明るく輝く入道雲を、85ミリのズ ームにテレコンを付けて170ミリ相当で撮影する。そして剣岳と立山、針ノ木岳、赤 牛岳、薬師岳、遠く槍・穂高連峰にもカメラを向ける。

 昨日までは、ガスの晴れ間にちらり、ちらりと垣間見えればいい方だったのに、今 は、いくらでも、いつまでも見てちょうだい、という感じで、それぞれの山がなんのさえ ぎるものもなしに、素顔を現してくれる。

 鹿島槍ヶ岳にも朝日が差し込み始めた。妙高、火打山、雨飾山もシルエットが鮮明 だ。四阿山をさがしたが、今年冬に登ったあの山頂からは鹿島槍ヶ岳の左脇に剣岳 が覆いかぶさるように見えていたので、その直線を延ばせば、爺ガ岳の中峰の右脇 あたりにあるのだろうか。中峰の脇には、淡いもやの中に志賀高原から四阿山方面 にかけてと思われる稜線がシルエットになって見えていた。

 おそらく、日の出の時刻と天候の良さのせいだったのだろう。剣岳と立山は、10年 前の冬のこの山頂で見たときよりも、ずっと近くにあって、大きくて、鮮烈だった。写真 はどんなふうに写っているだろうか。

 

 6時10分、爺ガ岳南峰を後にして、テントへ引き返す。

 種池山荘を8時26分発。稜線はふたたびガスに包まれてきた。扇沢では、剣岳の山 小屋バイトを終えて真っ黒に日焼けした岳彦と合流した。



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野原 森夫