息子を山小屋アルバイトに送り出して
1999年7月
 (FYAMAPアルプスの広場にアップ=写真別)





剣御前小舎前から、室堂へ荷上げに向かう岳彦(1999年8月)

 昨日の昼すぎ、長男から、「昼前に小屋に無事着いた」と電話が入りました。
 長男は高校2年で、昨年夏に続いて2年連続で、北アルプスの剣御前小舎にアル バイトに行きました。去年と同じで、1学期の終業式が終わった19日の晩の夜行 列車で、大町―アルペンルート―室堂経由で小屋に向かいました。今年の雷鳥沢の 登りはとり付きから残雪が多くて、雨の中で少し道に迷ったと、長男は報告してき ました。
 電話を受けた妻は、「今年は従業員用の風呂ができたといって、喜んでいたよ。 剣山荘や室堂まで風呂をもらいにいくのが大変だったものね」「あとは、去年と同 じで、私たちと合流するまで、あいつは電話をよこさないから」と話していまし た。
 今度は、彼も勉強がそろそろ忙しくて、バイトの期間は去年の30日間より短く て、20日弱。8月の上旬に残った二男(中2)と私たちが北アに入り、8日には どこかでドッキングする段取りになっています。



小舎の万年水不足を解決する大型のタンクをヘリで荷揚げ



室堂から荷揚げで同乗したヘリで岳彦が撮影

 バイト先の小屋は、昨年6月ごろに、長男が見つけました。高校生はなかなか 雇ってもらえなくて、「山渓」などの広告を見ながら、小屋に片っ端から電話をし て、ようやく1ヶ所見つけたものです。

 去年はさすがにバイトに送り出したのが初めてのことだったので、「無事、小屋 に着けるか」とか「つとまらなくて、小屋から追い出されないだろうか」とか、ず いぶん心配しました。電話もまったく来なかったので。
 私たちは、ようやく休みがとれた8月の20日すぎから剣岳周辺へ登りにでか け、そこで小屋の支配人のTさんらにお会いして、ようやく、安心しました。Tさん は、30才そこそこの若さで、保母をされていたMさんと結婚したばかり。稜線上 の小屋で、水を確保するのに苦労するところですが、そんななかでもTさんがなん でも率先して運営にあたり、またMさんが小屋に入ってから、トイレもふくめて小 屋の中がとてもきれいになったことなど、従業員さんのノートを読ませていただい て、知ることができました。



小舎のみなさんと(1999年8月)

 学生のバイトの人に「うちの息子は、ちゃんとやっていました?」と聞いてみた ら、「けっこう、しっかりやってましたよ。釜とかストーブとかをきれいに磨くの に凝るところがあって、『磨き職人』なんて呼ばれてます」との話でした。

 小屋で久しぶりにあった息子によると、学生さんが多くて、いろいろと学ぶこと があり「お金だけじゃない収穫がある」とのこと。従業員の屋根裏部屋では、とな りにネパールから来たシェルパのTさん(エベレストに何度も登った人)が眠って いたとのこと。一番つらいのは?と聞いたら、「とくにはないけれど、便器は雑巾 できれいにしているので、酔っぱらいは汚すからいやだ」「それと風呂にたまにし か入れないのがしんどい」との話でした。


地元の富山のテレビで放送された剣岳の小屋の特集に出た、岳彦

同じ番組の中、剣御前小舎の従業員の食事風景



 地元の富山のテレビで剣岳の山小屋を特集した番組を、昨年は小屋のビデオで見 せていただきました。御前小舎では、夜中に急病人がでて、剣沢まで医師を呼びに いき、室堂へ患者を搬送する用意をする情景が映し出されました。ここで長男が ヘッドランプを着けて靴をはく場面が画面に現れ、妻と二人で「へえ、あいつも、 いろいろ体験したものだ」と思ったものでした。

 私自身の高2の夏の思い出は、一人で出かけた飯豊連峰の縦走でした。息子 も、彼なりに、一生忘れないかもしれない夏休みをすごすことになるのかなあ、と 思います。


        1999・7・21    野原森夫
(この記録は当時のものであり、現在は登場する山小屋の運営スタッフは代わっています。)


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