トムラウシ山の父子の遭難者のこと
   ―――野原森夫の山と自然のジャーナル


FYAMAP(山と展望と地図のフォーラム)への投稿から(1999・7)

 日本百名山に入っている山のなかには、選者の意図に反して、現時点ではすでに「名山」 として登るに値するのかどうか、相当に疑問を感じる山がいくつもあります。また、選者自身 が、百名山を選んだあとで、この山をこそ入れればよかったと書いている名山もありますか ら、あくまで百名山は、一つの目安、参考データとして考えればいいものなのかも知れませ ん。
 だいたい、100で区切ることの意味付けも、選者もふくめて悩んだ跡がうかがえます。
 その百名山なかで、トムラウシは、登るのにかなりの労力と準備がいる山の代表格では ないかと思っています。

 たとえば、自力で衣食、寝具を担いで登らなければ、頂上に達することができない山が、 百名山のなかにいくつあるか、ということがあります。つまり、テントで行くか、小屋があって も簡素な避難小屋だけで、食糧、衣類や寝具、非常露営の準備なども含めて、自力で担い でいくしかない山です。

 こういう私は、百名山の登山事情を一部しか知らないのですが、資料で見たかぎり、少な い体験のかぎりでは、日帰りの山をとりあえず除き、途中に食事付き、ふとん付きの小屋 がある山を除くと、意外に純・自力で登る山は少ないことに気づきます。(日帰りの山、小屋 がある山も、いい山はいいし、難しい山もあるので、これで他を特別に区別してしまうという わけではありませんが、一つのジャンル分けとして「純・自力の山」ということを考えてみまし た。1、2泊しないと登れない山という分け方もできるでしょうし、とるコースによっても大分、 困難度は変わってきますから。)

 北からは、トムラウシ。ずっと飛んで大朝日岳。飯豊本山も上げたいけれど、2食付きの 小屋があります。あとは、平ヶ岳は日帰りは超強行軍ですから、資格があります(通常ルー トなら)。皇海山は林道コースが開かれて、短時間で登ることができるようになりました。でも、 この山も魅力ありますね。
 北アはすべてまかない、寝具付き。南アでは赤石・荒川はコースによっては食糧を頼れな いようですし、聖岳は、管理人がいるものの素泊まりの小屋だけです。
 屋久島は、ちょっと、わかりません。
 こうして見ると、頂上へのルートに有人の小屋がない、あっても避難小屋だけという奥深い 山の中で、トムラウシあたりはその筆頭格ということになります。食糧、寝具、場合によっては テント(盛夏は避難小屋が満杯で頼れない)もふくめて、必要なものをすべて担いで登る山と いうことですね。

 ところが、Mさんの記録や最近のトムラウシのガイドを読むと、十勝側のトムラウシ温泉 から林道を車で上がることができるようになって、超強行軍で日帰りも可能になっている様子 です。実際には、どうなんでしょうか。
 百名山のなかに、純・自力の山を残しておくというのも、味のあることではないかなと、思って きたのですが、風前のともし火になっている様子です。
 Mさんのコースは、大雪の奥深いところを、心ゆくまで味わって歩くという感じですね。

 1979年にMOKAさんと逆コースでトムラウシ温泉から上がったことがありましたが、Mさ んが書かれていた花と岩と雪の庭園の美しさに魅了されました。私は、このとき高根ヶ原で40 代と中学生の父子のパーティーとすれ違い、あいさつをかわしました。下山後、この父子(お父 様は大学の教官をされていた方でした)が、トムラウシの登りで霧にまかれ、頂上北東側の急な 雪渓に降下して、お二人とも亡くなられたことを知りました。ちょうど、私も日本庭園の下降で霧 でルートを見失い、30分余りも見通しが回復するのを待つという目に遭ったので、印象に残って います。

 どの山もそうですが、百名山ブームいらい、夏は人があふれるようになったトムラウシも、一面、 そういう厳しさ、原始性をもった山だと感じます。純・自力は、心構え、備えとしても、大事なことだ と感じています。

       1999・7・7   野原森夫



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野原 森夫