南房総の清澄山、リーダーの事後措置は的確では
    ―――野原森夫の山と自然のジャーナル


FYAMAP(山と展望と地図のフォーラム)への投稿から(2003・11)

 11月26日から27日にかけての清澄山の「道迷い」の報道は、ちょっと騒ぎすぎ ではないかと結果的には感じました。逆に言えば、いま、ツアー登山やハイク で大人数が「遭難」すると、こういう報道をされてしまうということでしょう か。あまり大々的に映し出されて、報道ヘリまで何機も集合したようで、ちょっと かわいそうな気持ちがしてしまいました。

 リーダーの方の記者会見の様子や、パーティーの様子、装備などをテレビと 夕刊で見ましたが、きちんと備えておられるという印象を持ちました。暗くな りしだい、全員で相談して、動かず露営すると決めたことも、また風をよけら れる場所で焚き火で暖をとりながら、まったく理想的な対応だったと思いま す。仮眠をとる人もいたそうです。おそらく命の心配をした人は、参加者には 皆無だったのではないでしょうか。カイロを用意した人もいたそうです。
 300m前後の標高と好天にも助けられたとは思いますが、このパーティー だったら、一段、条件がきびしいところでも、1晩ならきちんと事後の対応が出 来たのではと感じました。「新ハイキング社」関連のツアーということですの で、結束力もあり、かなり山に慣れた方々だったのでしょう。80歳の方が含ま れていたことをとくに気にしている報道もあったようですが、これは特に心配す る要素にあたらないと思います。

 事後の対応で一つ、状況がわからないのは、ガイドが3人いたとのことです から、ガイド1人と装備と経験がしっかりした参加者2人くらいを、早い段階で 下界に報告に送ることができなかったのかということです。沢筋を出れば、携 帯電話も聞くでしょう。携帯がきけば、そこまで大きくならなかったでしょう。け れど、これも、メンバー構成や装備次第ですので、無理をしなかったのも好判断 だったのかもしれません。夜が明ければ、確実に帰ることができる場所なのです から。

 

 リーダーの方は、落ち着いた話し振りでした。30人がちゃんと無事に下山 できるようにする点では、事後的にはベストを尽くしたという趣旨を語って いました。「それにしても、これほど騒がれるなら、事前に道を確かめてお くべきだった」というのが、一番の悔いだったのではないかな。現場は標識が あまりなく、小道が錯綜するような場所だったそうです。

 この問題でこれほど騒ぐなら、むしろ、23日の富士山の遭難とか、はっきり 問題が出ているツアー遭難などの件で、きちんと伝えてほしいな、と思いました。

 ツアーの前に、ルートはもちろん、小屋のサービスから展望具合まで、懇切丁 寧に事前調査をしているガイドさんも、そういえばおられましたね。

  2003・11・27  野原森夫
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 私も、消防と警察と自衛隊と捜索だけで3機のヘリが飛び、翌朝から300人の捜 索体勢がとられた今度の出来事を見て、登山者と社会のつながりについて、考えさせ られました。
 道迷いも、野宿も、社会の側のリアクションをよくよく考えないと、できない場合 もあるなと。騒ぎになるのを避けるために、それから、大事になるのを気にして、か えって無理な行動を強いられる場合もあるなと、心配になりました。
 今度の下界のリアクションは、一気に規模を広げすぎたのではないかと、結果論か もしれませんが、思っています。

 今回の主催者も、事前調査や無線の連絡手段の用意などだけでなく、何よりも緊急 時の対応計画の面で、事件をふりかえっているかもしれません。なにしろ、こんどの 件も事情がわからないので、推測するだけです。
 捜索費用のうち、少なくとも公務員以外の消防団の出動経費は、主催者のバスから 警察に「捜索願?」をしているので、こんごもめるかもしれませんね。

 通常、山岳会などだったら、この山域、メンバーの経験と装備、そして天候からみ て、警察への連絡は翌日まで経過を見極めてするのではないかとも思います。

 「野宿して夜明けを待つ程度の用意は、どんな山に行くときもしているから、予定 日に帰らなくとも1晩は待ってから動いてね」と、家族や職場にも行っておかないと いけないかな。登山届の、「緊急時の対応」「装備」などの記入は、いままで考えてい たよりも大事だなと思いました。

2003・11・29  野原森夫
  



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