豊平川上流域の岩魚釣り      北大工学部「北工会」誌 1978年2月号掲載




遡行の身支度(1976年、余市岳・白井川左股川三ノ沢のテント場で)

 豊平川は、今年の秋、鮭の遡上が目撃されるなど、最近川の浄化がすすんでいると伝え られている。しかし、アユやマスなど清流・渓流に好んで棲息する魚が、凄みつきまたは遡 上するというまでには、市街地の流れはまだほど遠いのが現状であろう。

 この豊平川も、定山渓より上流域になると、見違えるはどに澄みきった清流となる。



 ここで紹介するのは、豊平川上流域に凄息する渓流魚の代表である岩魚(イワナ)が釣れ る、三つの沢である。

豊平川の上流域は、定山渓付近で大きく四つの流れが合流する。その第一は、朝里峠方 面にさか上る小樽内川、第二は余市岳・豊羽元山への白井川、第三は本流で、豊平峡を経 て漁岳方面へ向かっている。第四番めは、定山渓より中山峠方面へさか上る薄別川である。

 岩魚の釣れる三つの沢とは、白井川の支流の左股川と、豊平峡よりさらに上流で本流より 分かれる漁入りの沢、そして薄別川支流の宝来沢である(図1参照)。

 もちろん、渓流釣りの対象となるのは、この三つの沢に限定できないが、これらの沢は、い ずれも禁漁区の指定から外れ、比較的容易に遡行もでき釣果も上がるという点では、ポピュ ラーな場所と言えよう。

宝来沢(図2)

 宝来沢は、小川(おがわ)とも呼ばれている。登山者にとっては、無意根山への薄別口登山 コースの林道沿いの沢と紹介した方が、馴染み深いだろう。

 この沢の特徴は、釣り場へのアプローチの苦労がまるでなく、国道二三〇号線の薄別から すぐに釣り始められるし、また、林道沿いなので、気に入ったところで沢へ入ることができると いうことである。わりと倒木が多いが滝や釜がないので沢登りとしても初心若向き、それに天 候が急変してもいつでも林道へ逃げられるという利点がある。

 岩魚は数としては多いとは言えないが、中流部を中心にコンスタントに釣果が上がる。私の 初体験の釣りはこの沢だったが、林道終点の一キロメートルほど下流から林道終点まで釣り 上がって、二十七センチのを筆頭に、七匹の岩魚が釣れた。最近では、カジカが大分増えて いてどんどん針に食らいついてくる。岩魚よりもカジカの方がたくさん釣り上がるくらいなので、 どうやら、岩魚がカジカに圧倒され出しているようである。宝来沢が薄別川と合流するあたり に、最近新たに堰堤が建設されたことが影響しているのであろうか。

 なお、これは私自身も伝え聞いただけの、だいぶ以前の話になるが、宝来沢上流の大蛇ケ 原の湿地帯を縫って流れる小沢には、やはり岩魚が棲息していて、まだ残雪があるころに雪 を踏んでそこへ出かけ、釣糸を垂れると、本当に良く釣れるということであった。大蛇ケ原は、 宝来沢の岩魚の産卵場なのかも知れない。

  漁入の沢(図3)

 その名の通り漁岳へと突き上げている沢である。アプローチとしては、国道二三〇号線中山 峠手前の定山渓トンネルを向こうへ出て、一〇〇メートルばかり中山峠側へ行ったところから 左手の林道にはいり、そこから豊平峡ダム上流に一気に下った後、本流沿いにしはらく登るこ とになる。空沼入沢出合まで、林道を六キロの道のりである。林道は、国道の入り口のところ に車止めのチェーンが張ってあって、そこから徒歩になる。定山渓から豊平峡冷水トンネルを 経て直接、車ではいることができるという話を開いたことがあるが、もし可能ならアプローチの 長さは、だいぶ改善されるだろう。

 この沢は、空沼入沢との出合から北漁橋の上の七七〇メートル(標高)二俣までは、水量も 多く広々としたポイントの続く釣り場になっている。渓相は単調な河原で、遡行も易しい。わり と型のそろっつ岩魚が釣れるのもこの区間である。宝来沢では扱いにくいルアーを用いての 釣りも、うってつけである。

 七七〇メートル二俣からは、渓相がうって変わって、小滝・釜の連続となり、高まきも出てく る、言わば並の沢登りルートとなる。八三〇メートルの二俣までの区間で、これまでに二度釣 りを試みたが、まったく食っても来なかった。昔は、この区間がいくらでも釣れたそうだが、ど んな理由からか現在はまるでダメである。

 なお、一昨年に、私の山友達が漁入の沢を遡行し、八三〇メートル二俣付近から上で、入 れ食いで小型のものがどんどん釣れたそうである。だから、八三〇メートル二俣から上へ行 けば、釣れるのかもしれない。いずれにしても七七〇メートル二俣から上流部は、登山ルート という目で見ても手応えのあるところであり、日帰りも難しいのである。

 漁入の沢は、空沼入沢との出合から下流は禁漁区である。そもそも豊平川本流域はほとん どの沢が禁漁区で、禁漁でないところの方がめずらしいくらいだ。

 もともと、このあたりの流域にはヤマメは棲息してはいなかったのだが、豊平峡ダムの建設 後、昭和四十七年以後に大量のヤマメがダムに放流された。養殖というよりは研究と自然涵 養という目的のためと聞いているが、水質とプランクトンの状態が、ヤマメやヒメマス(これも少 数放流されている)に好適であったため実施されたそうである。

 ヤマメほすでに立派なサクラマスとして成長していることが確認されており、秋の産卵期には ダムの湖水中から豊平川本流をほじめとする沢を多数遡行しているであろう。

 漁入の沢は、途中に大きな堰堤があるため、サクラマスは遡上できず昔からの岩魚だけが 棲みついているのである。

 豊平峡本流域の禁漁期間は昭和五十四年春までだが、その後も禁漁期間の延長が予想さ れる。しかし、一時的にもヤマメについての解禁がなされれば、札幌の渓流釣り愛好者にとっ てはこの上ないよろこびとなるだろう。

 白井川左股川(図4)

 定山渓より豊羽元山へのバス道路を八キロほどはいった白井二股より右手の林道にはい る。林道沿いに流れる沢は右股川で、一・五キロほど奥で左股川が合流している。

 合流点より左股川に沿って三の沢までは、しつかりした林道がついている。この沢の下流部 (合流点より一キロの区間)は、渓相は半ばゴルジュ状になっていて、釜や小滝も手ごわいも のが幾つかあり、完全遡行するには泳がねばならない。しかし、魚影は薄くとも大物がひそん でいるのがこの区間で、右股川との出合い付近で四〇センチ級も上がったことが確認されて おり、私と同行した釣同好会の学生も、奥行きのある深い釜で三五センチ級をルアー釣りし ている。このあたりは、ポイントのスケールから言っても餌釣りよりルアーを用いる方が分が あるようである。

 泳いだり高まきしたりするのを敬遠する人は、三の沢の林道終点まで進んでから、沢には いると良い。

 左股川は、好ポイントが連続するのが特徽で、沢がカーブするごとに現れる釜やよどみに は気を引かれる。しかし、魚影が濃くなるのは四の沢の出合付近からなので、途中のポイン トは眺めるだけにして沢登りに徹した方がいいだろう。

 四の沢から五の沢にかけての区間は、札幌近郊ではピカ一の釣り場であろ。大物は上がら なくとも二五センチ前後のものは、コンスタントに釣れる。

 なお、五の沢との出合いから上は、食いつきもしないほどに、魚影は急に薄くなる。左股川か ら分かれる五の沢は、余市岳東面の湿地帯を源としており、途中に落差のある滝(魚止め)が ある。この滝の上でも、数年前にオショロコマ風の岩魚(?)が、小物ばかり釣れたという話を 聞いたことがあるが、私自身ほ確認していない。本当だとすれば、渓流釣りの愛好者にとって は、何ともロマンに満ち満ちた話である。

 以上紹介してきた三つの沢は、本来渓流釣りというものがそうであるように、半分が釣り半分 は沢登りといった行動スタイルとなる。地図読みその他の面でも、登山という面から見ても常識 的なレベルでの経艶と技術は必要となる。また、そうであるからこそ、大都市札幌の近郊である にもかかわらず岩魚が棲息し、種を保存しえたのであろう。これらの沢への入渓にあたっては、 しつかりした準備と心構えが必要である。

   陸封型と降海型 

 ところで、ここで大きく話を脱線させていただくことになるが、札幌の近郊で釣れる岩魚は正確 な分類上から言うと、アメマスに属するものなのである。アメマスは、イワナ属の一種で南は東北 地方の北部北上川あたりから、北はシベリアにまで住む降海型のマス(正確な分類上から言うと イワナ)である。

 アメマスは、夏に海から河川にはいって遡上を始め、十〜十一月にかけて産卵。卵からかえっ た稚魚は、春から初夏にかけて降海し一生の大半を海でおくるわけである。

 ところが、このアメマスには、海へ降りない河川型があって、これが札幌近郊でも釣れるエゾイ ワナなのである。河川型は海へ降りずとも立派に成長して産卵し、種を保存する。現在、豊平川 は、上流部の支沢にも幾つも堰堤が設けられ、中流には巨大なダムさえある。こうして、豊平川 はアメマスの遡上は不可能になっており、上流部に棲息するのは陸封された河川型のアメマス (エゾイワナ)なのである。

 降海型、河川型と言っても実際の生態も、そして見た目にもそれほど単純ではない。降海型の アメマスは体側に白い斑点の模様があって、全体として青白っぽいなどと言われているが、河川 型のエゾイワナの場合も、湖や深い淵に棲むものには、こうしたアメマス風の特徴が現れるから である。

 今年の夏、島牧の小田西川下流のゴーロ帯の、深い淵で、三二センチのアメマスを釣り上げ た。これは、身が鮮かなピンク色で、味も普通の白身のエゾイワナとは段ちがいに美味であった。 そうかと思えば、四〇センチ級の大物であってもアメマス風の特徴がなければ、大きさに関係なく それはエゾイワナなのであるから、本当にややこしいものである。

 サクラマスにも、同じく降海型と河川型とがあって、河川型はヤマメでありほとんどがオス、降海 型がメスとなっている。豊平峡のダムに放流されたのは陸封されたままでダムの湖でサクラマス の特徴が現れたものである。

 道内にほ、同じイワナ属の仲間で、紅い小斑点のあるオショロコマが棲息している。別名ミヤペ イワナとも樺太イワナとも呼ばれているが、オショロコマは降海型は希れである。オショロコマは、 オホーツク海側にそそぐ河川に棲んでおり、アメマスは、全体に分布しながらも、おもに、日本海 側の河川に横息している。一言で言えば、道東はオショロコマ、道南・道西部はアメマスというよう になるのだろうか。アメマスは、三〇センチ、四〇センチ級はめずらしいものではないが、オショロ コマは大きさより数で勝負という感じである。日高山系は、十勝側の沢にはオショロコマが、日高側 にはエゾイワナが棲み分けている。

 岩魚は、このように生態自体がとても興味深い魚なのである。彼らは、通常山の渓流部のごく上 流部にまで、札幌近郊の一三〇〇〜一四〇〇メートルの山岳なら、一〇〇〇メートル近い標高の ところにまで捷みついている。秋の産卵期を終えると、彼らは渓谷の深い淵やよどみの底深く身を 沈め、長い冬をすごす。そして、雪溶けが始まるとすぐに、また沢の最上流部への移動を行なうの である。

 岩魚は、まだ山が本格的な侵蝕をうけるずっと以前に、河川の上流部にまで棲みつき、その後、 深い谷や魚止めの滝が形成されて以後も、そのまま沢の最上流部に棲息してきたのだろうか?  絶対魚の登れるはずのない大きな滝の上流や、山頂近くの源頭の沢にまで彼らが存在するわけ は、そのこと以外に説明がつかないように思える。

 陸封というよりも、こうして山に封じられ、気の遠くなるような長い年月を、種を保ち続けてきた岩 魚。降海型のアメマスやサクラマス(ヤマメ)が、ダムの建設や下流部の汚染によって激減の一途を たどる中でも、岩魚のこうした生態は、彼らの種の保存を守り続けているのである。

 岩魚が棲む環境は、けっして餌が豊富だとは言えない。彼らは、とくに針の恐さを知らない岩魚は、 みずからの生命を守る本能から、餌だと見れば何にでも貧欲に食いついてくる。数を釣ろうとその気 になって徹底して心がけるような釣人が、一シーズンに数組はいってしまうだけで、その沢の岩魚を 総ざらいに近い状態にしてしまうことさえ可能なのである。

 乱獲しない、川を汚さないという実際の行動の面の問題のみではなく、魚たちのそれぞれに特有の 生態をよく理解し、身近なすばらしい自然を人切にする―――そういう気持ちをもち続けたいと思うの である。

(陸封型と降海型の項は、当時の時点での理解の範囲を書いたもので、正確でない内容もあるが、そ のまま紹介した。)



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野原 森夫