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「知床へ、行くべし」
オショロコマが群れ泳ぐ知床の渓流。札幌で生活し た学生時代には何度か計画して訪れることができなかった だけに、いつか必ず、と思っていたところが、知床の沢だ った。 知床半島の主要な河川には、アメマス(エゾイワナ)、サク ラマス(ヤマメ)、オショロコマ、そしてシロザケやカラ フトマスなど生息しており、降海型のオショロコマの存在も報告されている 。堰堤など遡上をさまたげる人工構造物があり、オジロ ワシ、ヒグマなどの他の動物との関わりをもちながら、 淡水魚たちは生息している。「知床へ行くべし」の思 いはますますつのった。 一九九四年、ようやくこ の地を訪れる機会をつくることができた。 出発は、七月三十日。東京に帰ってくるのは、八月七日 の八泊の日程。三十日は、午後二時、仕事を終えた遥子を 昭島駅前で拾って新潟まで関越道を走り、夜十時発のフェ リー(一万七〇〇〇トン)に乗船。翌三十一日午後に小樽港 に到着し、札幌市を抜けて、広島町の遥子の実家で先に飛 行機できていた子どもたちと合流した。 八月一日午前五時、家族四人で広島町を出発。道央自動 車道は旭川市を北に迂回しつつ、市郊外まで延びており、 終点のインターで下りて、石北峠を午前十時すぎに越えた 。K市を抜け、美幌・斜里直線道路を東進し、H村 へ。 M川でヤマメを釣るH村の一帯は北海道の典型的な畑作地帯で、「直線 道路」は畑や樹林を抜け、橋を渡って、延々三十キロメートル近く まっすぐに延びている。その直線道路が終わったあたりに 、ヤマメの魚影が濃いことで有名なM川が流れている。 川の幅は三〜四メートル程度で、本流がいくつかに分かれた支流 の一つのよう。見過ごしてしまいそうな流れだ。昼食の時 間だったので道路を左へそれて、川岸の空き地に車を止め 、十五分ほどルアー竿を振った。 ゆったり流れる川は、少し茶色に濁っている。両岸は樹 林が繁っていて、川面にまで枝がかぶり、ルアーはアンダ ースロー気味で投げる。水面にルアーが落ちると二、三匹 の魚が追い、食いつこうとする。一匹釣れたのは一〇センチの 二歳子。畑や牧草地をぬって流れるこの小さな川は、ヤマ メの繁殖河川となっているようだ。 美しい忠類川でも試し釣り道は斜里岳へつらなる山の稜線を越すべく、山中に分け 入り、峠を越えて、根室側の標津町へ下っていった。途中 、底の石がいい色をして川虫が多そうないい沢を渡る。大 きな赤い鉄橋(「一休橋」)がかかっているところが、有 名な忠類川だった(午後二時すぎ)。見下ろすと幅一五〜 二〇メートルほどの大きな川が流れ、プールのように青みがかっ た淵や瀬が続いている。橋を渡ったすぐ先の空き地に車を 止めて、橋のたもとから二〇メートルほど下降し、淵の際に降り 立った。 水は澄んでいる。一枚岩の淵は、一つ一つが一〇〜二〇 メートルほどの大きさがある。なんて美しい川だろう。この川を サクラマスやサケが遡上してくるのだ。すぐ上流でフライ を振る釣り人がいた。 試しに三つばかりの淵でルアーを投げてみたが、追いは まったく見られない。魚影はいま一つで、枝沢に入らない と釣果は上がらないのかもしれない。 羅臼キャンプ場で幕営。カニ売りに驚く標津町から羅臼へかけては、深田久弥が日本で一番美し い海岸道路、と書いた道が続く。けれども、このルートは 帰りにも通れる。今日は、なるべく沢を見てみようと、標 津町の手前で左折し(午後三時すぎ)、地図を頼りに舗装 している農道を走った。海岸の国道と並行に走るこの農道 は、古多糠川、薫別川など、いかにもヤマメが棲んでいそ うな小さな川を何本も渡って進み、途中で右へ折れて海岸 の国道に合流した。 午後四時、羅臼町に入る。北海道はどの町でもそうだが 、ここも色とりどりのカラートタンの屋根が目立つ。町中 で左折し、坂を登って、羅臼町のキャンプ場に到着。駐車 場には十数台の車が並んでいる。適当な林の中のテント場 を捜して、荷物を運び、幕営。 息子たちは、キャンプ場のすぐ脇の羅臼川本流へ、ルア ー竿をもって出かける。川には滝壺があって、そこは釣り 人がいっぱいだった。人ごみを避けて、その少し下流の瀬 で玉石のまわりにルアーを落としたら、オショロコマが一 匹、飛びついてきた。夕闇が迫るまでルアーを投げ続け、 キャスティングの腕を磨いた。 テントにもどって夕御飯の時間になると、突然、拡声器 の声で「カニー、毛ガニはいらんかい !」という声が 響いてきた。驚いて見ると、一輪車に箱を乗せて、地元? の男の人がカニ売りに来ている。なんて、キャンプ場なん だ。 羅臼岳登山を終えて、いよいよ知床の釣り八月二日は朝四時に起きて、五時発で羅臼岳に登山した 。 三日はいよいよ、知床の沢での釣り。前日の登山のとき に、小さな沢で、オショロコマがどの淵にも棲 みついて、泳いでいるのを目撃した。R川の本流よりも 、こういう無名の枝沢の方が魚影が濃いようだ。朝飯前の 作戦として、四時から幅一、二メートルのこの枝沢に入ってみた 。長男と二人で、沢登りシューズで足がためをし、やぶこ ぎのようにして、沢に入る。 期待通りのオショロコマの多さで、ルアーを投げずに引 いても、手づかみでも、オショロコマは次々と手に掛かっ た。行く手を一五メートルのハングの滝にはばまれるまでに、ビ クはずっしりと重くなり、朝御飯のおかずができた。 S川は、海から一〇〇メートルで大きな魚止め滝午後九時前、荷造りを終えてキャンプ場を発つ。 羅臼町から半島の先端にむかう車道を走る。今日は釣り をしたあと、強行軍で札幌まで帰らなければならないから 、なかなか忙しい。S2川、K川(小さい) と、心魅かれる川を渡り、第一目的のS川に到着し た(午前九時半)。 S川は、ここはオショロコマが密 度濃く棲息しているところ。川に着いて見ると、予想より 水量が多く、幅も四〜五メートルあってルアーで攻めるには向い ていそうだ。河口の少し上流に二〇メートルのドーム状 の滝があり、釣り人は沢を離れて高巻きし、滝の上流をめ ざしている様子。河口からその滝までのわずか一〇〇メートルだ けのところを眺めてみると、いるいる、オショロコマがい っぱい泳いでいる。これなら、峻二(小学三年)も釣れる にちがいない。
試しにルアーを投じると、一投めでグイッと当たりがき た。体長一五センチほどの、赤い斑点が鮮やかなオショロコマ だった。峻二は、ここで生まれて初めてオショロコマを釣 り上げ、歓声を上げた。魚止めの滝の下の淵でも、下流の 瀬でも、スレを知らない純朴なオショロコマがつぎつぎル アーを追い、食いついてきた。 北海道では、オショロコマは、ヤマメや型の良いアメマ スなどよりも、釣り人は敬遠しがちだ。そのうえ、この沢 では釣り人が上流をめざすために、河口付近が「穴場」に なったようだった。 海岸を歩いてK2川にたどりつくS川からさらに半島の先へと車を走らせる。次の K3川は魚は濃いとされるが、あまりにも小さく水 量も少ない。R2川はサケ、マスの遡上河川としても名が 知られたところ。オショロコマも上流部にまで棲息してい る。山側は次第に断崖状の地形となって、海岸に迫ってく る。 さらに走って、道は橋を渡り、突然、消滅してい た。(午前一 一時四〇分)。終点の先には漁師の家と、その裏手に迫る 山と、そして玉石が厚く堆積した海岸が広がっている。 この海岸の先に、K2川、K4川、M川と、 オショロコマが多く棲息する三つの沢が流れ 落ちている。いずれも知床岳付近を源頭とする沢で、歩い て河口に達するしかないところ。しかし、昨日、往復十二 時間を超す羅臼岳の登山をした我々には、もう体力も時間 もあまり残っていない。遥子や子どもたちに、なんとか頼 み込んで、せめて、K2川だけは見てくることに した。 四人で釣り竿やサブザックを持って、海岸を歩く。「こ れが知床なのか」というくらいに、今日も日差しが強い。 おまけに、直径五〜一〇センチほどの白い玉石が敷きつめられ たような浜は、照り返しもきつく、足場も悪い。昆布が干 してあるところや、作業中の漁師さんらを迂回して進んだ りする。 汗だくで歩き四〇分あまりかかって、K2川の 河口に出た(一二時三〇分)。着いたK2川はそ の苦労に十分こたえてくれる川だった。一枚岩の美しいナ メ床や釜が連続し、河口から上るどのポイントにもオショ ロコマが群れている。もうビクは一杯なので、釣果は息子 たちの三匹だけ。ほどよい冷たさの淵に半身を沈めて、魚 を眺めたり、ナメを駆け登ったりして、涼を満喫した。海 のすぐ上でイワナが釣れるなんて、やっぱり知床は普通じ ゃない。 途中、シマヘビか何かが淵を横断して泳ぐのを峻二が目 撃して、彼は「帰りたい」と急にいいだした。また、同じ 時間をかけて、車道へ引き返す(午後二時)。 帰り道、もう一度、S川で釣りをして、名残をお しんだ。午後三時すぎ、知床の地を出発。山腹の樹林の中 に鹿の群れが現れ、我々を見送ってくれた。 札幌までの道は長かった。標津町で海岸の国道を離れ、 別海町は地平線の中を走り、阿寒町(午後六時すぎ)では 道の真ん中でキタキツネと対面した。足寄町の手前で日没 となり、鹿追町、日勝峠を経て午後一一時四〇分に広島町 の遥子の実家にもどった。 十勝・S川へ、二年ぶりの釣り四日は体を休め、五日は札幌から車で三時間余りの、狩 勝峠手前のO地域へ向かった。S3川は、こ こからS川と名前を変え、十勝連峰の主稜線へ 駆け上がっている。この川は、一九七〇年代にイワナ、オ ショロコマの魚影濃い川として記録に残っていたところで 、二年前(九二年)に長男と入って、渓流のスケールの大 きさ、魚の多さに驚かされたところ。 林道に車で分け入ると、一五〇メートルほど先でエゾシカの母 子が通せんぼしている。車を止めて、望遠レンズを向けた 。「きれいなシカだね」「背中に斑点も見えたよ」と子ど もたち。今日の目的地は、二〇キロ上流で合流する大きな支 流のN沢だ。N沢は林道が脇を走っていて子ども も入渓しやすく、渇水で水量がやや少なめなのも遡行には 助かる。 大支流のN沢へ。アメマスとオショロコマといっても沢の幅は六〜一〇メートルもある川だから、ポイン トは、ルアーを力一杯遠投するような大場所が連続する。 中流部あたりからは魚が多くなり、アメマス(エゾイワナ )に、良型のオショロコマも混じってきた。大きな玉石が 重なる急な瀬では、竿先からルアーのラインを六〇センチほど 伸ばして、竿を水中で入れてルアーを引いてもアメマスが 食らいついてくる。丹念に釣り上がったら、かなりの数が 釣れてしまうところだ。二四〜五センチある大きめのオショロ コマも釣れた。峻二もここでまた一匹、アメマスをつり上 げた。
中流部で枝沢を右に左に分け、さらに遡ると、ナメ状の 美しい流れも出てきた。その上流は、また、浅い瀬が上流 部へと続いている。 一の沢は、水が涸れて、死んだ沢にN沢を離れ、支流の一つ、イワナ沢でもルアーを引 いてみたが、ここでも中型のイワナがかかった。S 川の流域の大小の沢は、足を踏み入れたところはまだ ごく一部だが、さしわたし三〇キロという規模の大きさと いい、魚の多さといい、ほんとうにスケールが大きいとこ ろだ。 二年前に岳彦と訪れて「オショロコマの楽園」を堪能し た支流の一の沢は、細い林道をたどってさらに上部に登っ たところにある。昨年、水が涸れたとの情報を耳にして心 配していたが、行ってみて、暗然とした。沢は、水がまっ たくない、涸れ沢になっていた。二年前もそうだったけれ ど、付近では原生的な針葉樹林の伐採が広範囲におこなわ れている。 一の沢は、オショロコマの繁殖河川として、二〇年も昔 にも紹介されてきたところ。清冽な沢水が回復し、元気に 群れ泳ぐオショロコマたちがもどってくる日が、また、く るのだろうか。 |