知床と十勝連峰   北海道の渓流を釣り歩く  
            1994年8月1〜5日


 「知床へ、行くべし」
 

 オショロコマが群れ泳ぐ知床の渓流。札幌で生活し た学生時代には何度か計画して訪れることができなかった だけに、いつか必ず、と思っていたところが、知床の沢だ った。

 

 知床半島の主要な河川には、アメマス(エゾイワナ)、サク ラマス(ヤマメ)、オショロコマ、そしてシロザケやカラ フトマスなど生息しており、降海型のオショロコマの存在も報告されている 。堰堤など遡上をさまたげる人工構造物があり、オジロ ワシ、ヒグマなどの他の動物との関わりをもちながら、 淡水魚たちは生息している。「知床へ行くべし」の思 いはますますつのった。

 1994年、ようやくこの地を訪れる機会をつくることができた。

 出発は、7月30日。東京に帰ってくるのは、8月7日 の8泊の日程。30日は、午後2時、仕事を終えた遥子を 昭島駅前で拾って新潟まで関越道を走り、夜10時発のフェ リー(1万7000トン)に乗船。翌31日午後に小樽港 に到着し、札幌市を抜けて、広島町の遥子の実家で先に飛 行機できていた子どもたちと合流した。

 8月1日午前5時、家族4人で広島町を出発。道央自動 車道は旭川市を北に迂回しつつ、市郊外まで延びており、 終点のインターで下りて、石北峠を午前10時すぎに越えた 。K市を抜け、美幌・斜里直線道路を東進し、H村へ。

M川でヤマメを釣る

 H村の一帯は北海道の典型的な畑作地帯で、「直線 道路」は畑や樹林を抜け、橋を渡って、延々30キロメートル近く まっすぐに延びている。その直線道路が終わったあたりに 、ヤマメの魚影が濃いことで有名なM川が流れている。 川の幅は3〜4メートル程度で、本流がいくつかに分かれた支流 の一つのよう。見過ごしてしまいそうな流れだ。昼食の時 間だったので道路を左へそれて、川岸の空き地に車を止め、15分ほどルアー竿を振った。

 ゆったり流れる川は、少し茶色に濁っている。両岸は樹 林が繁っていて、川面にまで枝がかぶり、ルアーはアンダ ースロー気味で投げる。水面にルアーが落ちると2、3匹 の魚が追い、食いつこうとする。1匹釣れたのは10センチの 2歳子。畑や牧草地をぬって流れるこの小さな川は、ヤマ メの繁殖河川となっているようだ。

美しい忠類川でも試し釣り

 道は斜里岳へつらなる山の稜線を越すべく、山中に分け 入り、峠を越えて、根室側の標津町へ下っていった。途中 、底の石がいい色をして川虫が多そうないい沢を渡る。大 きな赤い鉄橋(「一休橋」)がかかっているところが、有 名な忠類川だった(午後2時すぎ)。見下ろすと幅一五〜 20メートルほどの大きな川が流れ、プールのように青みがかっ た淵や瀬が続いている。橋を渡ったすぐ先の空き地に車を 止めて、橋のたもとから20メートルほど下降し、淵の際に降り 立った。

 水は澄んでいる。一枚岩の淵は、一つ一つが10〜20 メートルほどの大きさがある。なんて美しい川だろう。この川を サクラマスやサケが遡上してくるのだ。すぐ上流でフライ を振る釣り人がいた。

 試しに3つばかりの淵でルアーを投げてみたが、追いは まったく見られない。魚影はいま一つで、枝沢に入らない と釣果は上がらないのかもしれない。

羅臼キャンプ場で幕営。カニ売りに驚く

 標津町から羅臼へかけては、深田久弥が日本で一番美し い海岸道路、と書いた道が続く。けれども、このルートは 帰りにも通れる。今日は、なるべく沢を見てみようと、標 津町の手前で左折し(午後3時すぎ)、地図を頼りに舗装 している農道を走った。海岸の国道と並行に走るこの農道 は、古多糠川、薫別川など、いかにもヤマメが棲んでいそ うな小さな川を何本も渡って進み、途中で右へ折れて海岸 の国道に合流した。

 午後4時、羅臼町に入る。北海道はどの町でもそうだが 、ここも色とりどりのカラートタンの屋根が目立つ。町中 で左折し、坂を登って、羅臼町のキャンプ場に到着。駐車 場には十数台の車が並んでいる。適当な林の中のテント場 を捜して、荷物を運び、幕営。

 息子たちは、キャンプ場のすぐ脇の羅臼川本流へ、ルア ー竿をもって出かける。川には滝壺があって、そこは釣り 人がいっぱいだった。人ごみを避けて、その少し下流の瀬 で玉石のまわりにルアーを落としたら、オショロコマが1 匹、飛びついてきた。夕闇が迫るまでルアーを投げ続け、 キャスティングの腕を磨いた。

 テントにもどって夕御飯の時間になると、突然、拡声器 の声で「カニー、毛ガニはいらんかい!」という声が 響いてきた。驚いて見ると、一輪車に箱を乗せて、地元? の男の人がカニ売りに来ている。なんて、キャンプ場なん だ。

羅臼岳登山を終えて、いよいよ知床の釣り

 8月2日は朝4時に起きて、5時発で羅臼岳に登山した。

 3日はいよいよ、知床の沢での釣り。R川の本流よりも 、こういう無名の枝沢の方が魚影が濃いようだ。朝飯前の 作戦として、4時から幅1、2メートルのこの枝沢に入ってみた 。長男と2人で、沢登りシューズで足がためをし、やぶこ ぎのようにして、沢に入る。

 期待通りのオショロコマの多さで、ルアーを投げずに引 いても、手づかみでも、オショロコマは次々と手に掛かっ た。行く手を15メートルのハングの滝にはばまれるまでに、ビ クはずっしりと重くなり、朝御飯のおかずができた。

S川は、海から100メートルで大きな魚止め滝

 午前9時前、荷造りを終えてキャンプ場を発つ。

 羅臼町から半島の先端にむかう車道を走る。今日は釣り をしたあと、強行軍で札幌まで帰らなければならないから 、なかなか忙しい。S2川、K川(小さい) と、心魅かれる川を渡り、第一目的のS川に到着し た(午前9時半)。

 S川は、ここはオショロコマが密 度濃く棲息しているところ。川に着いて見ると、予想より 水量が多く、幅も4〜5メートルあってルアーで攻めるには向い ていそうだ。河口の少し上流に20メートルのドーム状 の滝があり、釣り人は沢を離れて高巻きし、滝の上流をめ ざしている様子。河口からその滝までのわずか100メートルだ けのところを眺めてみると、いるいる、オショロコマがい っぱい泳いでいる。これなら、峻二(小学3年)も釣れる にちがいない。

 試しにルアーを投じると、一投めでグイッと当たりがき た。体長15センチほどの、赤い斑点が鮮やかなオショロコマ だった。峻二は、ここで生まれて初めてオショロコマを釣 り上げ、歓声を上げた。魚止めの滝の下の淵でも、下流の 瀬でも、スレを知らない純朴なオショロコマがつぎつぎル アーを追い、食いついてきた。

 北海道では、オショロコマは、ヤマメや型の良いアメマ スなどよりも、釣り人は敬遠しがちだ。そのうえ、この沢 では釣り人が上流をめざすために、河口付近が「穴場」に なったようだった。

海岸を歩いてK2川にたどりつく

 S川からさらに半島の先へと車を走らせる。次の K3川は魚は濃いとされるが、あまりにも小さく水 量も少ない。R2川はサケ、マスの遡上河川としても名が 知られたところ。オショロコマも上流部にまで棲息してい る。山側は次第に断崖状の地形となって、海岸に迫ってく る。

 さらに走って、道は橋を渡り、突然、消滅してい た。(午前11時40分)。終点の先には漁師の家と、その裏手に迫る 山と、そして玉石が厚く堆積した海岸が広がっている。

 この海岸の先に、K2川、K4川、M川と、 オショロコマが多く棲息する3つの沢が流れ 落ちている。いずれも知床岳付近を源頭とする沢で、歩い て河口に達するしかないところ。しかし、昨日、往復12 時間を超す羅臼岳の登山をした我々には、もう体力も時間 もあまり残っていない。遥子や子どもたちに、なんとか頼 み込んで、せめて、K2川だけは見てくることに した。

 4人で釣り竿やサブザックを持って、海岸を歩く。「こ れが知床なのか」というくらいに、今日も日差しが強い。 おまけに、直径5〜10センチほどの白い玉石が敷きつめられ たような浜は、照り返しもきつく、足場も悪い。昆布が干 してあるところや、作業中の漁師さんらを迂回して進んだ りする。

 汗だくで歩き40分あまりかかって、K2川の 河口に出た(12時30分)。着いたK2川はそ の苦労に十分こたえてくれる川だった。一枚岩の美しいナ メ床や釜が連続し、河口から上るどのポイントにもオショ ロコマが群れている。もうビクは一杯なので、釣果は息子 たちの3匹だけ。ほどよい冷たさの淵に半身を沈めて、魚 を眺めたり、ナメを駆け登ったりして、涼を満喫した。海 のすぐ上でイワナが釣れるなんて、やっぱり知床は普通じ ゃない。

 途中、シマヘビか何かが淵を横断して泳ぐのを峻二が目 撃して、彼は「帰りたい」と急にいいだした。また、同じ 時間をかけて、車道へ引き返す(午後2時)。

 帰り道、もう一度、S川で釣りをして、名残をお しんだ。午後3時すぎ、知床の地を出発。山腹の樹林の中 に鹿の群れが現れ、我々を見送ってくれた。

 札幌までの道は長かった。標津町で海岸の国道を離れ、 別海町は地平線の中を走り、阿寒町(午後6時すぎ)では 道の真ん中でキタキツネと対面した。足寄町の手前で日没 となり、鹿追町、日勝峠を経て午後11時40分に広島町 の遥子の実家にもどった。

十勝・S川へ、二年ぶりの釣り

 4日は体を休め、5日は札幌から車で3時間余りの、狩 勝峠手前のO地域へ向かった。S3川は、こ こからS川と名前を変え、十勝連峰の主稜線へ 駆け上がっている。この川は、1970年代にイワナ、オ ショロコマの魚影濃い川として記録に残っていたところで 、2年前(92年)に長男と入って、渓流のスケールの大 きさ、魚の多さに驚かされたところ。

 林道に車で分け入ると、150メートルほど先でエゾシカの母 子が通せんぼしている。車を止めて、望遠レンズを向けた 。「きれいなシカだね」「背中に斑点も見えたよ」と子ど もたち。今日の目的地は、20キロ上流で合流する大きな支 流のN沢だ。N沢は林道が脇を走っていて子ども も入渓しやすく、渇水で水量がやや少なめなのも遡行には 助かる。

大支流のN沢へ。アメマスとオショロコマ

 といっても沢の幅は6〜10メートルもある川だから、ポイン トは、ルアーを力一杯遠投するような大場所が連続する。 中流部あたりからは魚が多くなり、アメマス(エゾイワナ )に、良型のオショロコマも混じってきた。大きな玉石が 重なる急な瀬では、竿先からルアーのラインを60センチほど 伸ばして、竿を水中で入れてルアーを引いてもアメマスが 食らいついてくる。丹念に釣り上がったら、かなりの数が 釣れてしまうところだ。24〜5センチある大きめのオショロ コマも釣れた。峻二もここでまた1匹、アメマスをつり上 げた。

 中流部で枝沢を右に左に分け、さらに遡ると、ナメ状の 美しい流れも出てきた。その上流は、また、浅い瀬が上流 部へと続いている。

I沢は、水が涸れて、死んだ沢に

 N沢を離れ、支流の一つ、IW沢でもルアーを引 いてみたが、ここでも中型のイワナがかかった。S 川の流域の大小の沢は、足を踏み入れたところはまだ ごく一部だが、さしわたし30キロという規模の大きさと いい、魚の多さといい、ほんとうにスケールが大きいとこ ろだ。

 2年前に岳彦と訪れて「オショロコマの楽園」を堪能し た支流のI沢は、細い林道をたどってさらに上部に登っ たところにある。昨年、水が涸れたとの情報を耳にして心 配していたが、行ってみて、暗然とした。沢は、水がまっ たくない、涸れ沢になっていた。2年前もそうだったけれ ど、付近では原生的な針葉樹林の伐採が広範囲におこなわ れている。

 I沢は、オショロコマの繁殖河川として、20年も昔 にも紹介されてきたところ。清冽な沢水が回復し、元気に 群れ泳ぐオショロコマたちがもどってくる日が、また、く るのだろうか。



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野原 森夫