燕巣山――大薙沢遡行、カラノマタ沢下降

2000年8月23日 2人パーティー




四郎岳との鞍部から、燕巣山を見上げる

 燕巣山(つばくろすさん)というおもしろい名前の山を知ったの は、去年(1999年)の秋、軽井沢の和見峠というところから奥 日光の山々を遠望・撮影したのがきっかけだった。山の展望画像 作成ソフトのカシミール3Dで同定の作業をすすめ るなかで、奥白根山の左側に、燕巣山という山があることを知った。 標高は2222メートルで、日光、尾瀬の山々のなかでは、 なかなか高く、大きい。

 調べてみると、尾瀬の玄関口の大清水の近くなのに、まともな 登山道がない。丸沼からは踏み分けのルート があるものの、こちらも下部は沢づたいとなる。

 大清水から登る沢のルートを調べると、入渓した記録は、3、4 本が見つかっただけ。ちゃんとした遡行図も入手できなかった。 幸い、沢は難しいところではない様子だったが、 完全に地図読み、現地判断の登下降となるため、不安だった。

 でも、燕巣山からは、奥日光の山々、とくに奥白根山がとっても 立派に眺めることができるのだという。それに、たまには草深い山も 一興。で、登りは大薙沢右俣右沢から四郎峠へ、下降は燕巣山から 直接、カラノマタ沢を下ってしまおうということで、大清水起点の 日帰りプランで挑むことにした。

 登下降に使った沢は、長い美 しいナメとナメ滝が続くところだった。出会ったのは鹿が1頭、不 明な大型獣が1頭のみだった。

 2・5万図「三平峠」「丸沼」



大清水上空800mからの、燕巣山の登高ルート。
右が大薙沢。左が下降に使った、カラノマタ沢。
カシミール3D(DAN杉本 作)で、描画。国土地理院数値地図50メートルメッシュ標高を使用。

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東京の西多摩・自宅(3時36分)車→圏央道・青梅インター→関越 道→赤城SA(4時54分着、朝食、5時22分着)→沼田インター (5時30分)→大清水(6時31分着)

大清水(7時13分発)林道歩き→物見橋・大薙沢出合(7時36 分着、足固めなど、8時02分発)→下部二俣・標高1390メー トル(8時34分)→上部二俣・1520メートル(9時22分) →赤い岩壁の枝沢・1650メートル(9時49分、食)→四郎 峠・1822メートル(10時23分、食)→燕巣山(11時56 分、12時03分発)→山頂西の小さな平地・下降点・2185 メートル(12時10分)→カラノマタ沢源流の湧き水・1830 メートル(12時48分)→湯沢出合・1395メートル(14時 09分)→登山道に出る(14時49分)→物見橋(14時58 分)→大清水(15時16分)

大清水(15時31分)車→関越道・圏央道経由→自宅(1 8時10分)

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 尾瀬沼の登山口・大清水に来たのは、13年ぶり。駐車場はいつ の間にか一日500円と有料になっていた。
 7時13分、大清水発。
 鬼怒沼と物見山への道は、大清水のバス停の広い場所の手前(戸 倉より)から右の林道へ折れ、片品川本流にかかるコンクリート橋 を渡ってすすんでいる。橋のたもとには尾瀬林業の看板が2枚立っ ていて、「立ち入り禁止」とあった。

 林道は支流の根羽沢沿いに延びている。この道を20分あまり進 むと、物見橋を渡って、広場に出た。右手から今日遡行する大薙沢 が幅3メートルほどで流れ込んでいる。予想よりも水量が少ない。
 目標の燕巣(つばくろす)山と、隣の四郎岳は、どちらも稜線付 近は傾斜がきつく、崖や崩壊地が多い。沢の上部でルート・ファイ ンディングをまちがうと、難所にぶつかる危険がある。天気予報 も、「午後、所により雷雨」とあったので、帰りも思わぬ障害に出 会うかもしれない。ザイルや最低限の基本装備、ハーネス(下半身 用の安全ベルト)は持っていくことにした。荷がかさばったあおり で、釣り竿は車に置いてきた。

 8時02分、遡行開始。標高は、大清水が1170メートル、こ の出合が1270メートル。2222メートルの燕巣山へ標高差1 050メートル。
 大薙沢は、登り出してすぐ、小さな滝が2つ、待っていた。最初 は左からまく。2つめは両岸が岩場で通れず、右からすぐ上をへつ るようにまき、滝の落ち口へ下りる。頭上6メートルほどには「根 羽沢金山」で使っていた朽ちかけた軌道が残っており、軌道は沢を またいで左岸(上流から見て)の岩場のトンネルへとつながってい る。トンネルは、高い場所でよくわからないが、真っ暗で、奥は当 然にも深そうで、ちょっと不気味。それにしても、すごい場所に金 山を掘ったものだ。絶壁をすりぬける様は、実物を見たことはない がディズニー・ランドの乗り物のよう。



1350メートル付近のナメ

 滝の上では、石がごろごろの河原歩きとなる。
 標高1350メートル付近に長さ30メートルの屈曲する緩いナメ滝 が現れた。が、また河原歩きが続く。

 8時34分、標高1390メートルの下部二股。ここで大薙沢 は、右沢と左沢に分かれる。右沢をとる。左沢は出合いの上に2、 3メートルの小滝を懸けていた。

 標高1400メートルあたりから、ようやくナメが現れ始めた。 長さ10メートルのくの字型のナメ滝、そして長い直線状のナメ滝 を越してすすむ。1440メートルで右から細い枝沢が入る。

 8時59分、また二股に出合う。仮に「中二股」と呼ぶが、ここ ではおおいに迷った。標高は腕時計型の高度計(カシオ・プロ・ト レック)の表示なので、20メートル位の誤差はあるかもしれな い。ここが、地図上の1465メートルの「中二股」だという確証 ががない。中二股なら、大薙沢右俣のメインルートは左になるが、 水量は右が多く、2倍はある。水量をとるか、地図・地形照合を優 先するか。高度計があてにならないだけに、まごついた。
 結局、右は水量は多くとも四郎岳の岩場へ行き詰まる枝沢と見 て、左をとった。結果的には正解だった。(GPSがないので苦労 しました。)

 右俣は、1475メートルあたりから、連続するすばらしいナメ が始まった。5メートルのナメ滝、2段10メートルのナメ滝、そ の上もナメ滝と続いて、ついにはひとつづきのナメが延々と続く場 所に出た。下を見るとウォーター・スライダーのように緩いナメが 落ちていき、谷の向こうには燧ケ岳が前山(三平峠−富士見峠の稜 線)の上にドームのような大きな山体を見せていた。
 前方を見上げると、U字型の谷は右に左に緩やかにカーブして上 昇していく。谷の沢床は、一枚岩を滑らかに彫ったようなナメが続 いている。「大薙沢」というのは、傾斜のきつさから名付けられた のかもしれないが、「大ナメ沢」が語源じゃないかと思ってしまっ た。



奥二俣

 2度めにルート判断で悩んだのが奥二股(1550メートル) だった。高度計は、取り付きでは40メートル大きな数字を表示し ていたが、山頂では逆に22メートルも小さく表示してしまうよう な状態だった。奥二股は右俣沢が左沢と右沢に分岐するところで、 稜線の四郎峠へ最短で登り着くには、右沢をとらなければならな い。
 高度計の表示は1560メートル。これは参考データにしかなら ないが、地図上もこの表示もそろそろ奥二股周辺に来たことを示し ている。
 ところが、左手から合流してくる沢は、水量が右沢の半分ほどし かない。ナメの幅も2メートルほどで、右の沢の3分の1くらい。
 はたして、ここは本当に奥二股なのか、と考えてしまった。
 前方の谷の正面に四郎岳が見える。奥二股なら、地図の上からも この景色でいい。そして、左の沢は、朝日が差し込んでナメがきら きら輝いて合流してきていた。そういえば、3年前に遡行した人の 記録にも、こんな情景が描かれていたっけ。
 結局、ここを奥二股と判断して、ナメをそのまま直進するルート を選んだ。

 「大薙沢右俣右沢」と次第に小さく区分けされた登高ルートのナ メは、標高1600メートルで右手が大きく崩壊した地帯に出る。 ここで、右沢は土砂に埋め尽くされながら左に曲がっていた。楽し かったナメは尽き、傾斜は次第にきつくなりだす。左右から小さな 枝沢の合流もひんぱんになり、源流が接近していることを教えてく れる。なるべく右手の四郎岳の岩場に入り込まないように、という ことに注意してルートを選択し上がっていく。



奥二俣のさらに上部の支沢の赤い岩場

 9時49分、右手に落差20メートルの赤茶色の岩壁が突然現れ た。か細い水流が岩壁を滴り落ちてくる。岩壁の上奥にはさらに高 度さ30メートルほどの岩場がツイタテで囲んだようにそびえてい る。なんとも雄大な景観。四郎岳の尾根に誘い込まれたら、こんな 岩場がつぎつぎと待ち構えていることになる。
 四郎峠へのルートは、左の小さな沢。幅30センチほど。ここを たどれば、もっとも楽に、安全に、稜線の最低鞍部へ抜けられるは ずだ。

 水はすぐに涸れ、シラビソやミズナラなどの林の中の急斜面を登 る。峠に直進する右寄りのルートは、上部で急な岩溝になっている ので、少し左へ逃げる。まっすぐ立っていられないし、足場がずり 落ちるほど傾斜がきつい。腕力で高度をかせぐしかなくなり、木の 幹から幹へ、手を伸ばしながら、体を引き上げていく。樹林の幹の 間に、稜線のラインと向こうの空が見え隠れしてきた。

 10時23分、四郎峠着。
 「丸沼?へ6キロ」と一部だけやっと判読できるような、古い道 標があった。樹林が切れた場所から見下ろすと、ずっと下に丸沼が 見え、奥白根山のドームが予想外に大きな姿で立っていた。でかい 山だ。丸沼への踏み跡は、笹がおおいかぶさっているやぶ道だっ た。

 燕巣山へ、標高差400メートルを登る。東電かどこかの手によ る刈り分けの作業道が稜線に忠実に登っていく。事前の情報では、 この燕巣山と四郎岳の区間にだけ「立派な刈り分け道がある」との ことだった。けれど、峠からしばらくの間は、立派などころか笹藪 がかぶったやぶこぎ道だった。倒木も、何度も行く手をさえぎる。 少なくともここ2、3年は、整備はされていないし、作業に使われ てもいない様子だった。
 群馬・栃木の県境の林を仕切るのが目的のような刈り分けだか ら、傾斜がきついのはおかまいなしで、とにかく稜線上をまっす ぐ、忠実に伸びていく。足首が傾斜に耐えきれず、きしむようだ。
 登りの途中、ふりかえると、四郎岳が急斜面の頂点に三角形の姿 のいい形を見せている。燧ケ岳もガスに包まれながらも、ときどき 望むことができた。キノコも多く、マスタケ、ヤマイグチなど、食 べられるものも見つかった。山頂下では、すぐそばを雌鹿が走り抜 け、驚かされる。鹿のものらしい鼻息は、ところどころで耳にす る。

 いったん傾斜がゆるくなり、小さな平地に出たあと、また登り返 すと山頂だった。
 11時56分、燕巣山のピークに出る。刈り分けが消失したの で、藪をこいで、笹が繁っているなかの一番の高みに立った。シラ ビソの矮樹に、ここまで登ってきた人が幹に打ちつけた「燕巣山  2222メートル」の看板がかかっていた。あとは何もない。普通 なら、山頂には人が踏みしめて小さな広場ができてもいいのに、笹 原がすべてを覆い、倒木までも埋めてしまっている。
 奥日光方面の展望が開けて、錫ヶ岳、奥白根山、根名草山の稜線 が見渡せた。尾瀬の方面は樹林がさえぎっている。物見山方向の ルートを探したが、踏み跡さえも見つからず、笹原がびっしりと広 がっているだけだった。
 燕巣山は、この山を遠望したときにも、標高のわりに地味な容姿 に映っていたが、山頂に立っても、自己アピールなどは一切せず に、あくまで内気な山だった。

 入道雲が出始めた。でも降り出すにしても、まだ雨には間があり そう。ひどく降ったら、沢には下りられないので、物見山へやぶこ ぎをして脱け出す(5時間コース)ことも覚悟してきた。ともかく 早く下降しよう。

 12時03分、山頂を後にする。
 さきほどの小さな平地まで下ってから、右手、ほぼ真北のカラノ マタ沢の谷へ向けて、急降下する。すごい傾斜だ。足元がどうして もずり落ちてしまうので、たまらず樹木のある場所に移り、幹で体 を支えながら、下っていく。渓流シューズは下降には不向きで、足 指の先に体重が集中してしまい、爪が痛い。
 高度差で100メートル余り下降して、沢型の切れ込みがわかる ようになっても、なかなか水流は現れなかった。流れのない涸れ沢 は、足場が不安定で気をつかう。
 標高1980メ−トル付近でV字型のはっきりした沢型が右岸か ら合流する。1940メートルで、石ころが沢型を埋め、ゴーロ状 となった。まだ水はない。

 ずっと下の方から勢いのよい水音が聞こえてくる。下降していく と、水流が沢床を流れているのが見えた。驚いたことに、沢の右手 の斜面から、湧き水が水音を響かせて勢いよく流れでてきて、涸れ 沢をいっぺんに水流で満たしていた。12時48分、標高1830 メートル。なんと、山頂から400メートルも下って、ようやく水 流にたどりついたことになる。
 おいしく冷たい湧き水だった。奥多摩・川苔山の獅子口小屋の湧 き水を思い出してしまった。

 水流の中を下降する。なんて気持ちがいいんだろう。足場もしっ かりし、浮き石も減って、歩きやすい。ここからは、のんびり下 る。

 1790メートルで右岸から同じくらいの水量の支流を合わせ る。
 13時ちょうど、1740メートルあたりで、左岸から本流より も大きな涸れ沢(土石流跡)が入ってくる。

 

 1715メートルで、30メートルのナメ滝が現れたところか ら、このカラノマタ沢のナメ地帯が始まった。5メートル、2メー トル、3メートルとナメ滝が連続する。途中、1600メートルあ たりの40メートルのナメ滝が最大で、沢床の地形は美しく、涼や かに展開していった。沢の下りは、扇の要に向かって自動的に導か れることになるので、ルート選択の悩みはない。ゆっくり、気楽に 下降していった。

 標高1530メートルほどでナメの中心部は過ぎた。あとは単調 なゴーロを下降する。
 前方の谷が狭まり、小さな滝やナメ滝が現れだすと、ふいに直径 4、5メートルの深い釜をもった小滝(高さ2メートル)が行く手 をふさいだ。これは簡単に右岸をへつり気味にまく。また同じよう な釜が出て、またまく。

 その下が、根羽沢本流(湯沢)との合流点だった。14時08 分、標高は1390メートル。

 湯沢は、谷が深く、沢床も幅があって、一段スケールが大きな沢 だった。出合は、ナメが前後に連続していて、上方からは滝の音が 聞こえてきた。一休みするが、ここから200メートルほどの区間 の下降は、今日のルートで一番、難しい場所が続く。いずれも高巻 き・逃げ道はあるが、下降だけに緊張して下り始めた。

 最初は5メートル2段のナメ滝。右岸を小さくまく。周囲はブナ 林が多くなり、すばらしい巨木が倒れて谷を横断している。次は、 8メートルの滝で、深いゴルジュが下にある。どこかで1度懸垂下 降をと思ってきたが、まっすぐ下りれば深い滝壺に入るだけなの で、ここもまくしかない。左岸の立木にしがみついて上がり、水平 に移動し、ゴルジュの下に同じようにして下降した。今日は、下半 身はともかく、ひどく腕力を使う日だ。

 沢床を少し下りていくと、また滝があり、岩場がすっぱり切れて いた。恐ごわ見下ろすと、今度は下の滝壺の脇、真下にちゃんと足 場がある。6メートルの滝だ。「1回は懸垂下降をしよう」と支点 を周囲にさがしたが、付近にはなんだかはがれ落ちそうな岩のでっ ぱりがあるだけ。6メートルほど上流・左岸側に立木が何本か生え だした場所があり、50メートルザイルで十分に間に合って、ここ を支点に下降する。まき道は、左岸の急斜面に付けられていた。

 これで滝は終わりと思ったのに、下っていくとすぐにまた一つ、 小滝と深いゴルジュが現れた。「あれれ、こんなの、あったっ け?」と思う。左岸の岩の壁に足場が取れて、真下のゴルジュを見 下ろしながら、へつる場所だ。岩場は草やコケが付いていて、滑り そう。お助けヒモがへつりルートの上の立木からぶら下がってい る。みんな苦労しているよう。登りでも相当、むずかしい。下降は ザイルなしでは、きびしいし、途中で支点を作らないと危なそう。
 不意に、顔を上げて、左岸に高巻きルートを確認しようとした ら、まき道の踏み跡が見当たらない。変だ。とにかく上に登ればま けそうなので、かなり急な斜面を木の根にしがみついたりしなが ら、はいあがった。
 上がってみたら、なんとまあ、そこには並の登山道以上の立派 な、平坦な道が、あった。「これが、物見山への道だろうか。いっ たいどこに右岸への渡渉点があったんだろうか?」。ここまでの2 00メートルほど、ずっとU字型の谷底を下降してきたのだから、 渡渉点など設定できるような場所はないはずだった。下流には堰堤 が3つあったので、このどれかを使って渡渉する設定になっていた のかもしれない。いずれにしても増水時には渡渉不能だ。鬼怒沼へ の道も、一般道としてはたいへんなコース設定だ。

 立派な道を歩きだすと、わずか10分余で、私たちは遡行を開始 した大薙沢の出合いにもどることができた。(14時53分)
 ふりかえると、明るい空に物見山の三角形の山容が立派だった。

 林道を歩いて15時16分、大清水の駐車場に帰り着く。
 帰宅してシャワーを浴びたら、胸、腕、首のやぶこぎの傷が痛 い。腰にやけにお湯がしみるので、あとで見たら、ここにも打ち身 のような傷ができていた。(翌日には両腕の筋肉痛に苦しめられた。)

 ナメが楽しく、ルート探しで緊張させられ、足場も立たない急斜 面を延々上下させられて、燕巣山は渋い渋い山でした。四郎岳、物 見山、鬼怒沼山、ここらあたりの山も、いずれ訪問したい。





山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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