酉谷山 三又(酉谷ルート)から山頂へ。ゴンパ尾根下山


2005年4月




フサザクラ。小川谷林道で 



今回の酉谷山の登山コース(赤い軌跡)。ハンディGPSで記録したトラックログを
国土地理院・地図閲覧サイトの25000分の1地形図の上に表示した。同地図、および数値地図50メートルメッシュ標高 と、GPSデータを扱うソフト「カシミール3D」を使用。
 旧小屋から避難小屋の区間では、元の登山道と外れて直上しているが、これは、 踏み跡が不明瞭なので、登山者が涸れ沢の沢型を登高するため。
下記の記録に様子を紹介している。


 酉谷山は、雲取山から北東に4キロほどの位置にある、標高1718メートル の山です。
 雲取山から埼玉県との県境を東に伸びる稜線は、「長沢背稜」と呼ばれてお り、延長は10キロほど。この稜線上には、芋ノ木ドッケ、長沢山、酉谷山、七 跳山、三ツドッケなど、深い森に囲まれた山々が連なっています。
 この稜線上の山々の中で、まだ登っていなかった酉谷山に、春浅い時期に登り ました。カミさんと2人パーティー。
 選んだルートは、多摩川の大支流、日原川のそのまた支流にあたり、酉谷山の 山懐深く、分け入っていく小川谷、酉谷のルートです。

 多摩の西部地域にあるわが家から、奥多摩は近い。車で30分で、奥多摩駅前 を通過。日原を経て、小川谷の林道の登りにかかりました。
 小川谷林道は、20年ほど前の3月、多摩地域の街に15センチの「大雪」が 降ったとき、「これで奥多摩でもスキーができる」と、山スキーを履いて、入り 込んだことがありました。あのときは、林道は積雪が50センチ前後で、場所に よっては吹き溜まりさえあって、暖かい日差しで雪が腐って、行きも帰りも、苦 労しました。

 暖冬が明けた今年の春、林道はもちろん、山の沢筋にも雪はまったく見られ ず、山肌をうめる木々は淡い黄緑色や朱色の若芽に彩られ始めています。早いキ ブシはもう盛り。山桜、フサザクラも咲き始めていました。

 春の眺めに気を引かれ、小川谷の左岸をそろそろと車を走らせながら、奥多摩駅 から40分ほどで犬麦谷の橋を渡り、林道の車止めの駐車スペース、「犬麦谷林道 分岐点」に着きました。
 ここは、小川谷の上流、「酉谷コース」を使ってストレートに避難小屋と山頂を めざす登山道の起点です。標高1040メートル。テニスコートほどの大きさの広 場になっています。
 その「酉谷コース」は、小川谷の本流沿いに、北の方向、さらに奥へと向かう林 道(作業道?)を進みます。しかし、その入口は、わずか十数メートル行ったところで、 崖からの土砂崩壊で、車は通行止めになっています。林道は、以前あったのかも知れ ませんが、いまはようやく踏み跡が残っている状態です。



登山道沿いには、ヒナスミレが咲き出していました 



 

 一方、この広場から右手(北東)方向へは、よく整備された犬麦谷の林道が奥へ と伸びています。こちらは入り口に車止めがあり、一般車は通行止めです。予定通 り、ゴンパ尾根を下りに使うと、私たちは帰りはこの林道から降りてくることにな ります。

 8時48分、「林道分岐点」出発し、酉谷コースに向かいました。  小川谷に沿って左岸(上流から見て)の踏み跡を進みます。コースタイムでは、山 頂下の酉谷避難小屋まで、3時間です。
 まず、入り口の土砂崩れ地帯を抜けなければなりません。
 越えて、ひと安心と思ったら、その先も、右の山側から左下の谷底へ、30度かそれ 以上ある斜度で、急な崖状の地形が続いていました。作業道(登山道)は、この斜面を 水平にトラバースして、伸びています。



ヒナスミレ 



ヤマエンゴサク 

 傾斜が急なだけでなく、足場も悪い。山側から崩れ落ちてきた土砂が道を埋め、安定 した足場は土砂の下に隠れています。路肩が谷へと落ち込んでいる場所もあります。落 ち葉が同じように傾斜をつけて道を埋めているところもあります。気が抜けません。私 たちもとことどころ緊張しながら、すすみました。
 ルートのこの危険区間は500メートル前後と思います。降雪後や春の残雪期は滑落 しやすく、ハイキングの装備では通過がむずかしい。とくに下山に使う場合は、林道目 前まできてこの難所があるので、引き返しもままなりません。雪の状態と装備しだいで は、下山ルートをゴンパ尾根に変更するなどの注意が必要なところです。

 足場はともかくも、周囲の環境は、とてもよいところです。奥多摩の稜線直下の水源林 は、自然林が主体の美しさが特徴です。小川谷の上流部のこの一帯も、桂やブナなどの立 派な樹木は見ごたえがあり、登高ルートとしてはとても美しい場所が展開しています。谷 を見下ろすと、苔むした沢床を穏やかに沢水が流れくだって、川底の岩に差し込む光がや わらかい。「こういう沢筋をのんびり遡行するのも、いいだろうなあ」と思わされます。道 の両脇には、フデリンドウ、ヒナスミレ、エイザンスミレ、ヤマエンゴサク、ヤマハタザオなどの花も 次々と現われ、立ち止まってなんども撮影しました。



ヤマハタザオ 



コガネネコノメ 

 20分ほど行って、崖に設置されたやや長い木の橋を渡り、さらに10分ほど進むと、登 山道は谷底へ次第に降りていきました。谷は広がりがある地形に変り、沢は2本の支流に分 かれました。
 ここが「三又」です(標高1030メートル)。9時22分。

 左手から入る沢が滝沢。右手から入る沢が酉谷で、すぐ上で「第3」の沢を1本、さらに 右手から合流させています。
 酉谷を、長さ6メートルほどのしっかりした木の橋で渡ります。
 三又の沢床は、休み場には好適なところ。
 橋を渡って向こう岸に続く踏みあとは、酉谷の沢の右岸を延びていきます。



尻尾の先端だけ、黒い 

 「おっと、あの真っ白な動物は、なんだろう?」
   倒木が目立つこの区間で、前方20メートルほどの岩の脇に、小さな動物を見つけまし た。まだ冬毛のオコジョです。1頭でした。
 オコジョは、すぐ身を隠すかな、と思っていたら、私たちをじっとみつめながら、また近 寄るという具合で、近づいてきます。オコジョがいつもやる、岩の間や倒木の下をくぐった り、回り込んだり、そのたびに姿が見えなくなったり、ちょっこと現われては、みつめあった り、という具合です。

 ついに5メートル余りのところにある、倒木の上にやってきました。
 体をのせて、またもや「みつめあい」になりました。
 カメラは50ミリのマクロレンズを取り替える暇もないため、そのまま撮影。小さな顔に大 きな二つの瞳。可愛いい生き物です。しかもまだ冬毛とは・・・。早い春の展開に、身づくろ いがついていけなかったのでしょうか。いつもなら、奥多摩はまだ残雪の時期ですから。



冬毛のオコジョ 




 

 三又から、2度ほど小さな枝沢や沢型が入り込んでくるのを通り抜けて、水量比1対1の はっきりした合流点に出ました。
 ここが二又です。標高1208メートル。10時10分通過。
 左手から流れてくる支流(水流幅2メートル弱)を、ここもしっかりした木の橋で渡りま す。二又の中央にある尾根末端を、折り返しながらわずかに登ったあと、右の酉谷川本流沿い にすすみ、その右岸を登っていきます。

 昨夕から今朝方にかけて、けっこう強い雨と強い風が、日本列島を駆け抜けていきました。今 日の登高ルートが沢沿いコースであることから、ちょっと心配していたのです。しかし、歩いて 見ると、地面はふかふか、雨水はすっかり吸収されているし、沢は増水の気配さえなく、淵もす ばらしい透明度です。そこそこの雨量ならば、この自然の林の保水力は十分に対応してくれると いうことでしょう。

 でも、一方で、このあたりまで分け入ってくると、林床の植生が草も笹も幼木も、ほとんど何 もない異様さに気づかされます。増えすぎたといわれる鹿の食害です。
 とくに笹(スズタケなど)は、伸びかけた葉まで繰り返し食べられ、ついには枝先も食われ て、茎そのものが立ち枯れしたり、笹がごっそり朽ち果てて裸地化しているところが、周囲に展 開しています。いまの時期、落ち葉が地表を覆っているため、まだ光景は緩和されて いますが、豪雨の時期にはあちこち裸の地面や崩壊場所も現われてくるのではないでしょうか。

 沢はやさしい渓相のまま傾斜を増し、水流はすっかりか細くなってきました。一方で、道は踏み 跡が不明瞭なところが多くなり、カミさんは何度も立ち止まって、前方の目印や周囲の地形から読 み取って、ルートをたどっていくようになりました。
 傾斜がまた少しきつくなった頃、前方に見え隠れしていた稜線の下に、新しく出来た酉谷山避 難小屋が見えました。まだ2キロほどの距離がありそう。ここから1時間半はかかるかもしれま せん。
 葉が茂る時期だと、この見通しは得られないでしょう。



旧 酉谷避難小屋 

 枝沢となった水流がいっそうかぼそくなったところに、朽ちかけた「旧避難小屋」がありま した。
 10時21分。標高1260メートル。
 小屋は1・5坪ほどの建坪です。四方の板壁は半分ほどしか残っていません。屋根はまだ雨 をしのぐだけの役目はしてくれます。それに沢の源頭の細い水流の脇に建っているので、水 場は目の前です。この時期でも水は流れていました。ただし、森の樹木が頭上を覆っている ため、眺めはありません。
 ここで、登山口いらい最初の小休止を6分ほど。
 休んで、また登りだします。
 ここから稜線下の小屋までは、1時間。標高差で350メートルを一気にツメ登る、こ の「酉谷ルート」の山場です。

 小屋跡から、わずかな登りで、枝沢の水はついに涸れ、地形が扇形にひらけた明るい場所 にでました。(10時39分)
 どっちへ進むのか、踏み跡を見失いかけますが、注意して観察すると、人が歩いた石は、色 や落ち着き具合でそれとわかります。こんなとき、もし道の両側に笹があれば、ルートは明 瞭なはず。でも、林床の植生がほとんど消えてしまった一帯では、踏み跡はほんとに判別し にくい。登山者が少ない山だけに、なおのことです。まあ、こういう道探しが、酉谷山のよう な山の、楽しみの一つなのでしょう。
 ここには、これまでの経由ポイントと同じで、小屋方向を示すしっかりした道標があります。 でも、おおよその方角が示されても、たどる踏み跡をきちんと確認しないと、すぐ先でまごつく ことになります。私たちも慎重に確認をすすめました。
 (実際、帰ってからハンディGPSの軌跡を 地図に落としてみると、この区間ではもともとの登山道を大きくそれて、実際の踏み跡が 直線的に伸びていました。以前の条件とは違ってきて、ルートが変わってしまった様子です。)

 そんななかで、石ころがそこだけ上部へ向かって堆積し、わずかに丸い窪みが続くラインが ありました。大雨のときに流水が流れ下る道です。その脇にあるかすかな踏み跡を手がかり に、私たちは沢型をたどってまっすぐに登っていきました。
 そろそろ小屋が近い。踏み跡は次第に明瞭になり、周囲にわずかの笹が回復してくると、避 難小屋と稜線が近い印です。登山道が現われ、2回、電光形に折り返して、私たちは酉谷山 避難小屋に着きました。
 11時23分。標高1600メートル。



新しい酉谷山避難小屋 



 

 小屋は建てられて、まだ数年でしょう。新しいし、清潔に管理されていました。
 稜線の下の急斜面に、石積みの基礎を築いて、建てられています。奥行きはとれても、横幅 を広げられず、細長く斜面に張り付くような造りですが、それだけにガラス窓からの眺めが すばらしい。雲取山は樹林の陰ですが、七ツ石山、鷹ノ巣山から氷川へとつづく石尾根、その 背後に御前山と大岳山、そして東に川苔山方面を望むことができました。
 小屋の脇に流れ落ちているという水は、涸れていました。冬期は残雪頼みということで しょう。

 デパートの「金沢の物産展」で入手した「柿の葉寿司」や「きんつば」などの昼食を食べて いるうちに、それぞれ単独行の2人の登山者が通過していきました。
 11時48分、さあ、酉谷山へむけて、出発です。

 20メートルほど登ったところが、長沢背稜の縦走路(11時51分通過)。
 この分岐点から山頂への標識に導かれて、稜線に上がります。酉谷峠(1626メートル)で す。今度は稜線を西に進みます。
 山頂は、ここから距離で600メートルほどのところでした。
 前回の挑戦は、6年前のGW。残雪が日陰で1メートルほどもあった雲取山の、天場で幕営 し、翌朝、長沢背稜の縦走にかかりました。家族4人のパーティー。でも、このときは2日目 の行動食のすべて(重盛の人形焼1箱ほか)を登山口に忘れて、途中で腹がへりすぎて、天祖山経由で、日原林道 へ下山してしまいました。
 今度は、もう大丈夫。山頂は、緩やかな登りをあとほんのわずかで、すぐとどくところ にあります。



 

 12時10分、酉谷山の山頂(1718メートル)に着きました。
 この季節ということもあるでしょうが、予想したよりずっと開放的な山頂でした。埼玉県側 は背丈がある樹木にさえぎられていますが、南から東の方角は、見晴らしのために樹木が伐採 されて、石尾根の背後の三頭山から笹尾根の方面も、見渡せます。私の居住地からはすぐ近くに 見える大岳山が、ずっとはるか東方に、特徴のあるにょっきり頭をもたげています。
 長沢背稜の連なる先に、七跳山と三ツドッケも望めました。
 雲取山は、やはり樹木の向こうに透かし見える状態です。
 山頂では、この日、3人目の単独行の登山者に出会いました。日曜日の晴天のこの日でも、出 会った登山者は、この3人限りでした。

 12時22分、山頂出発。下山です。
 まずは、長沢背稜を、七跳山まで一気に移動します。
 小屋までの下降では、登りのときに痛ましく眺めてきた、鹿の食害の跡を確認して歩きまし た。赤松などの針葉樹も、そして様々な広葉樹も、歯でそぎ落とせる高さの範囲で、ぐるりと 樹皮がはぎとられ、その下部の柔らかい組織が食べつくされています。カンナか皮むきで削った ように、鮮やかな色合いの木部がむき出しになっています。
 水分と養分が行き来する「血管」にあたる導管の部分が断ち切られれば、木は死ぬしかあり ません。



食害の跡 

 前年、あるいは数年前に樹皮をはぎとられた樹木は、立ち枯れし、倒れこんで、この区間だ けで数本が登山道をふさいでいました。
 試しに、立ち止まって360度、周囲40メートルほどの見える範囲で樹皮をむかれた木の本 数を数えると、真新しい食害の跡だけで、10本前後をすぐに数えることができました。
 木がまばらになれば、健康な木も風でなぎ倒されます。下生えが食べつくされ、森も消失に すすめば、山はいまの姿ではいられません。
 森と山とが、丸ごと危機に直面しているのを実感しました。



七跳山の山腹から、酉谷山を樹間越しに、眺める 

 稜線の道は、小屋の上で縦走コースに合流したあと、長沢背稜を東にたどります。この縦走路 は、ピークと鞍部とを登り下りする尾根のてっぺんを避けて、稜線のすぐ下を、ほとんど水平にトラバースしてい きます。平坦な道がしばらく続きます。水源林の作業道だからです。経済的ではありますが、見晴らしが悪くて、登山者から見 るともっと変化がほしいところ。その代わり、急ぐ脚には、好適ではあります。



ゴンパ尾根の下降点。こんなに立派な作業道でした。自然の林が広がっていきます 

 13時27分、七跳山の「ゴンパ尾根分岐点」に着きました。七跳山あたりまでくると、酉谷 山、芋ノ木ドッケ、雲取山、背後の飛竜山などが、樹木越しに切れ切れに望めます。
 八朔みかんとお茶で休憩のあと、13時56分、ゴンパ尾根を下りはじめました。

 このあたり、森の様子は、天祖山の尾根とよく似ていて、長い期間、自然のままに保存されてき た林が展開しています。中腹ではミズナラの大木がつぎつぎと現れ、直径1・5メートルほどのも の、根元が株立ちしているもの、大きな洞をもつものなど、見ごたえがあります。大木が現われる たびに、立ち止まって眺めつづけ、ゆっくり時間がすぎるひとときを味わいました。
 道は、作業道としてよく整備され、終始、電光形に急斜面を切って、高度をどんどん下げていき ます。
 檜の植林地帯になると、ずっと下方に犬麦谷が見おろせるようになります。まだまだはるか下方 です。

 その犬麦谷が、どんどん近づいてくると、林道も近い。
 15時05分、犬麦谷林道に降り立ちました。



ゴンパ尾根の道から、犬麦谷林道に下り立った地点 

 そこから、車をデポした広場は、300メートルほど。
 15時12分、登山口に到着。
 私にとっての奥多摩の未踏破のエリアを、また一つ埋めることができた酉谷山の登山でした。





山の便り、大地の恵み (野原森夫)
http://trace.kinokoyama.net  
関東の山 Index へ    HomePage TOP へ

記事、写真の無断転載を禁じます Copyright (c) Nohara Morio.
since Nov.2000