小川谷スキー
 1986年3月25日



七跳山を背に。酉谷山は、その背後に隠れている


 最近の山行きは、出発が遅れる。今度も、立川が10時前、奥多 摩が11時すぎという出遅れの山行になった。

 二俣尾の付近は、梅が三分咲きで、土手にも草の若芽が目立 ち始めていた。街の中でも梅は日にしていたが、車窓からあらため て見ると、「ここでも、もうこんなに」と、なんだか自分だけが季 節から取り残されていたように思えてしまった。

 こんな季節にスキーを持って奥多摩に来たのは、当然のことながら自分以外には見 当たらない。日曜日(23日)に降った大雪を期待してのことだっ たが、日原まで入って、道路の両側にうずたかく退けられている雪 の山を見て、初めて、スキーが無用の長物にならなくて良かったと 思った。日曜日、この付近で積雪は5、60センチはあったそうだ 。

鍾乳洞まで来ると、除雪もここで終わっており、この先は30セ ンチ程の残雪が林道を覆っている。雪解けで増水し始めた小川谷を 見下ろしながらツボ足で進み、道が左岸に移るところでスキーを履 いた。積雪は深い所で、まだ60〜70センチはある。

 ひどい湿り雪でスキーが重い。小さな雪崩の跡が幾度も道をさえ ぎる。目を細めなければ耐えられないほどの、まぶしい日差し。水 量いっばいの沢音。それらすべてが、久しぶりで、うれしかった。

 滝上谷を渡り、E.L.900メートル、犬麦谷の手前で午後1時5 0分。ゴンパ尾根の1342メートル峰とその右手に高く、165 1メートルの七桃山が見える。酉谷山は、まだずっと遠く。ここで Uターンし、グッショリの濡れ雪で、ますます滑りにくくなった林 道の上を、スキーを押し滑らすようにして下る。

 初めて見る足跡を見つけたのは、E.L.780メートルあたりでだ った。前足も、後ろ足も、人に良く似ている。親指をいっばいに広 げて、埋もれないようにして進んでいる。四本の指が前、親指だけ は広げた位置に。サルだった。登りではなかったものだ。

スキーのトレールの上を、100メ ートル程もその足跡は続く。追っていくと、ふいに左手の小尾根の 向こうでキーッという鋭い声が聞こえた。小さな沢が林道に落ちこ んでいるところから、足跡は、急斜面を登りにかかっていた。一頭 の足跡が雪に足をとられ、泥壁をよじのぼって、明るい林の中に消 えている。群れのいる方に戻ったのだろうか? スキーの跡がめず らしかったのだろうか?

 小川谷には、雪のブロックが落ち込み、砕けながら流れ下ってい った。





山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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