新雪の日光白根山
1999年11月3日



 11月3日、日光白根山に登った。冬型の気圧配置になって、前夜は戦場ヶ原、丸沼あた りから上は降雪。展望は雪雲にはばまれて得られなかったが、美しい雪景色を楽しめた。
 ガス切れて 新雪まばゆい 奥白根。



弥陀ヶ池から、奥白根山の山頂部をのぞむ

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3日 東京の西多摩・自宅(6時23分)→圏央道青梅インター(6時34分 →沼田インター(7時39分)→菅沼・登山口(8時52分着、9時04分発)→弥陀ヶ池(10 時14分、同24分発)→白根山山頂(11時18分着、12時00分発)→五色沼避難小屋 (12時31分)→五色沼→弥陀ヶ池(13時04分)→菅沼・登山口(14時02分着、同13 分発)→渋滞回避で川場経由→沼田インター(15時28分)→青梅インター(16時38 分)→自宅(17時01分)

                             往路187キロメートル
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関越道からは、朝焼けの大パノラマが展開

 「秋晴れ」といってみたり、「午後から崩れる」と伝えたり……。前夜までの天気予報は 二転三転した。出かける前に「結局、どこへ行くの」と家内に聞かれて、「曇りだったら、 武尊山でキノコ狩り、晴れたら日光白根山。沼田から連絡するよ」と答えて、出発し た。前夜は出張で遅く帰ったので、出発はいつもよりも遅く、朝6時半前。これが、朝 の好展望を逃す原因になったかもしれない。

 今回は家内は病み上がり、長男は今朝、北海道へ修学旅行へでかけ、二男は明日 の合唱発表会にそなえるということで、単独行になった。空いた車のスペースには、途 中ではきかえることもあるかもと、スタッドレス・タイヤを積みこんだ。

 関越道の花園インターあたりまできたら、北に連なる山並みの上に、真っ白な日光白 根山が朝陽を受けて光っているのが見えた。本庄児玉、高崎と走っていくと、荒船山、 妙義山、浅間山(中腹のみ朝陽をうけて幻想的な姿)とすばらしい景観がひろがってく る。正面の榛名の山々はずいぶん大きく、赤く染まっていた。谷川連峰は薄く雪化粧 し、武尊山はまだ秋山の色だ。

 沼田インターまできて、皇海山、日光方面の雲が気にかかる。新潟県境へ走ればき っと確実に晴れるはず、と目的地の変更を思ったけれども、「いや、日光もこの分なら 雲が切れて、晴れるのではないか」と、インターを下りることにした。日光・尾瀬方面へ 向かう国道の温度計表示は「4度」を表示していた。

丸沼から上は、前夜に雪

 鎌田をすぎて、丸沼(標高1400メートル)まで上がったら、前夜の降雪で山肌が雪化 粧していた。路面は雪が解けて、濡れている。あとで山頂でいっしょだった人の話で は、夕べは戦場ヶ原から上で、雪で道路が滑って怖かったとのこと。私は、はきかえ る暇がなくて積んできたタイヤがあるので、帰りにもし雪が舞っても、まずは安心だ った。

 日光白根山の登山口は、菅沼のドライブインの横から入る。車は10台ほど停まっ ていた。ここは積雪は2センチくらい。「雲はきっと切れてくれる」と期待して、400ミリ レンズや三脚もザックに積めこんで、9時すぎに出発する。

 ここから日光白根山への登山ルートは、中腹の弥陀ヶ池、五色沼まで一段目の登 りがあり、そこからは白根山の山頂部への二段目の急登になる。コースタイムは山 頂まで3時間余り。

新雪のなかを、弥陀ヶ池へ登る

 一段目、弥陀ヶ池へむけて登り出すと、登山道は座禅沢という沢筋の氾濫原のよ うな地形をたどるとうになる。ブナはここだけに、若い木が茂っているが、洪水・土砂 崩れのたびに押し流され、埋められて、短いサイクルで更新される様子だった。そ こから上部は、ツガやヒバのような針葉樹となってしまい、ナメコなどはまったく見当 たらない。

 針葉樹の枝には雪がたっぷりとのっていて、ところどころトンネル状に行く手をふ さぐ。かぶらないように注意しても、襟元から首筋へササ―ッと入りこんでくる。冷た くてたまらないが、また雪の季節がやってきたのがうれしくて、かまわずどんどん登 る。

 1時間と少しで、弥陀ヶ池に着く。細長い池の上に、白根山の山頂部が意外に大きな姿 ででんと姿を現した。頂上はガスか雪雲に囲まれている。山肌は樹氷で埋まり、もう初冬 の山の姿だ。

 ここから上は、スキー場からゴンドラで上がってくる登山客で、にぎやかになってしまうの ではと心配したが、頂上へのルートには数人の人影が見えるだけだ。

山頂下の岩場が、雪でスリップ

 登っていって、その理由がわかった。最初に下降してきた6人ほどのグループは、山頂 に立てずにひき返してきたという。「岩場が凍っていて、アイゼンがなくて、登れなかっ た」という。

 さらに2人がひき返してきた。「冬の装備をしてこなかったもので」。

 次いで、懐かしい言葉の年配の男性。私と同じ福島県の人だった。「四つんばいにな って、上がるところがあって、無理をせずにもどってきました」。ちかいうちに大菩薩へ登 りたいというので、登山口やアプローチについて、教えてあげた。

 さて、これは大変なことになった。天気は大崩れしないし、積雪もたいしたことないと、 登山口では迷ったあげく、冬靴は置いて夏用の山靴をはいてきてしまったし、アイゼンも 6本爪の軽アイゼンだけ。ストックさえ持たなかったので、これはとりあえず、朽木の枝を 拾って代用した。危ないようなら、私も無理はしないようにしよう。

 登っていくと、このルートは沢筋の地形をたどる部分があって、道標ともども、あまり安 全管理はされていない。岩場のあいだの沢形をたどるところで、足場がツルツルの雪に なった場所が数メートルあった。

 取り付いてから、登るのはまず、大丈夫そうだと判断した。が、下降はここはやめたい と思った。この難所は、なるべく足跡で固められていない岩のステップに逃げながら、や りすごした。上に出たら、悪い場所はもうなくて、アイゼンは結局、使わなかった。

 でも、もう一度、降雪があったら、この山は一変するだろう。

奥白根の頂には、岩の尾根と爆裂火口

 同じように難所を抜けた先行者の足跡をたどって、樹氷と、岩の付いた小さなシュカブ ラに見とれながら、登っていく。

 そして、黒い岩が積み重なった山頂部の一角に出た。驚いたことに、白根山の山頂部 は噴火で吹き上げられた岩が3ヶ所ほどに分かれて細い岩場をつくっていて、登りつい たところは、そのうち一番低い岩の尾根だった。いままで遠くから眺めたときには、ちっ とも気がつかなかった。なんて複雑な地形の頂上なんだろう。

 下って、登り返して、一番高い尾根の高みに立つ。午前11時すぎ。

 真っ先に南と西に目をやったが、厚い雲が山頂の周囲をおおっている。皇海山も、武 尊山さえも、見えない。視界が開けるのは、東の前白根山の尾根の方向だけ。ガスが 割れると、山頂部の岩の尾根も、背景の前白根の尾根も、新雪がまばゆく輝いた。

 山頂部を分断する深い溝は、小さな爆裂火口だろうか。南の岩の尾根の向こうは、火 口原のような凹地になっている。

五色沼避難小屋をへて、登山口へ下山

 40分あまり粘っても展望がひらけず、正午に下山開始。あの凍った岩場を嫌って、五 色沼避難小屋経由で、弥陀ヶ池へ抜けることにする。

 小屋へ下りる斜面は、ザレ地で傾斜もほどほどで、スキーで往復するには一番、向い ている様子だった。下降の途中、前白根の稜線のガスがかききえて、中禅寺湖と、赤く 染まった戦場ヶ原が見渡せた。男体山の紅葉と新雪の山肌も、見え隠れしていた。ガス がまた視界を閉ざすが、印象的な眺めが心に残った。

 避難小屋は、しっかりした造りながら、トイレと水がなくて、水は沼の水を使うとのこ と。小屋は、下見をしただけで、休まず通過する。この小屋の周辺の樹木は、皮を鹿 にはぎとられていた。

 五色沼から見上げる、ガスに包まれた白根山の山頂部は、弥陀ヶ池とはちがって、 山頂部の岩場の荒々しさが感じられた。沼の周囲や山頂に続く斜面のカンバの木 は、どういうわけか、ほとんどが枯れていた。

 五色沼から12〜3分のきつい登りで弥陀ヶ池に出て、そのまま休まず登山口まで 歩き通した。午後2時すぎ下山。

 座禅沢の沢床からふりむくと、空が青い。山頂部はそれでも、まだ雲の中にある様 子だった。五色山と金精山の稜線に傾き出した光があたっている。樹氷が、そこだ け、白銀色に輝いていた。









山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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