新緑と新雪!の雲取山、芋ノ木ドッケ

2001年5月4日〜5日
家族4人



 奥多摩の日原の林道から、富田新道をたどり、雲取山と芋ノ木 ドッケに登ってきました。GWを利用しての家族4人の山行で、 節約と小屋の混雑をさけるために、テントを持っていきました。 静かで美しい樹林の道で、新緑がすばらしく、標高1700メー トル以上では、前前日に降った10センチあまりの新雪のプレゼ ントも体験できました。


富田新道の上部では新雪!のなかをたどりました

富田新道から、梢越しに雪の芋ノ木ドッケ


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4日

東京西部の自宅(6時52分発)車→日原林道・八丁橋(9時1 2分着、車デポ、同33分発)→富田新道分岐(10時32分) →日原川を吊り橋で渡る(10時40分着、食、同55分発)→唐 松林道・富田新道の分岐(11時16分、富田新道を行く)→野 陣の頭付近(11時43分着、同54分発)→サワラノ平付近・ 標高1700メートル(12時51分着、13時07分発)→二 男の足がつり、私と長男で先行→石尾根に合流(14時06分) →雲取山頂下のトラバース道分岐(14時08分)→雲取山荘 (14時32分着)。妻と二男は、雲取山頂経由で14時52分 着。幕営。20時ごろ就寝。

5日

起床4時07分。雲取山荘・天場発(5時55分)→三峰コー ス・長沢背稜の分岐(6時28分)→芋ノ木ドッケ(6時55分 着、7時03分発)→長沢山の少し先(7時52分着、同58分 発)→水松山・天祖山の分岐(8時45分)→か細い水場(8時 50分着、9時01分発)→梯子坂のクビレ(9時20分)→天 祖山(9時53分着、10時05分発)→1時間ほど下ったとこ ろに水場あり→八丁橋・下山(11時44分着、同52分発)車 →自宅(13時32分着)

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 雲取山へは、子どもたちがそれぞれ小学4年、1年のときに、 三条の湯からの往復コースで、秋に出かけたことがありました。 (1992年)
 ブナの林がとても美しく、途中、きのこ狩りなどに夢中になっ てしまい、雲取山荘に真っ暗になってからたどりついたことを覚 えています。
 その雲取山へ、2度目の挑戦。子どもたちは、前回のことは まったく忘れているといいます。「山頂から晴れていれば富士山 が見えるぞ」「小屋の前からの東京の夜景もきれいなんだよな あ」などと誘いの言葉をくりだしてみましたが、一番、効き目が あったのは「休憩ごとに、うまいものを食おう。夜も豪勢にいこ う!」という話だったかもしれません。しかし、このメシ問題 が、私の大ポカで、計画の足を引っ張るもとになってしまいまし た。

 5月4日、日原をすぎて、林道を4キロほど奥へ入り、天祖山 登山道が分岐する八丁橋のたもとに車をデポしました。パッキン グをすませて、9時半すぎに出発。日原渓谷は両岸とも緑萌えた つ、鮮やかな若葉です。見上げると、両岸の山は中腹あたりまで 淡い緑色に染まり、山桜が咲き出しています。前方の七ツ石山あ たりと思える山には、山頂の下や稜線に雪がびっしり着いていま す。この時期の奥多摩にあれほどの残雪が残っているのかな、と 不思議な思いでした。

 ちょうど1時間ほどで、富田新道の分岐の小さな標識を左側に 見つけました。谷底めがけて、ぐんぐんと下ると、左手から唐松 谷が轟音を上げて流下してくる出合いに着きました。日原川本流 は、U字型の谷で、深い淵が連続しています。吊り橋で対岸へ。 ここにある道標には、唐松林道・ブナ坂の表示しかなく、戸惑い ました。が、20分ほど上部で、富田新道の分岐に出合うので、 大丈夫です。10時40分、対岸の岩場でおにぎりを2個ずつ、 そして牛肉大和煮の缶詰つきの昼ご飯にしました。唐松谷は水量 が多く、水は澄んでいます。

富田新道

なんでしょう? 富田新道で

エノキタケ。富田新道で
 

 吊り橋からは、唐松谷から離れるように、尾根中腹のジグザグ の急登になりました。道がいったん平坦に
なると、唐松谷沿いの 道と富田新道との分岐です。11時16分。  分岐からまた急登になり、野陣尾根の峰すじへ向かってジグザ グに高度を上げていきます。林道では鮮やかな緑の樹林に囲まれ ました。この高度では、いまやっと木の芽が芽吹いたばかり。と ころどころ、早咲きの山桜があり、陽射しをうけてあたりを明る く照らし出しています。ブナ、ミズナラ、ムラサキヤシオツツジ などが混生している広葉樹林がずっと続き、この季節は見通しの きく明るい林床をたどることができて、なかなか美しいルートで す。

 途中、変な花を見つけました。2枚の四角い葉、ただし角が取 れている2枚の葉の真ん中に米粒ほどの「赤い花のつぼみ」が1 本、伸び出している植物です。葉は2センチ四方くらいでしょう か。「なんていう花だろうね」と私。花を囲んで葉が広がった様 子を見て、妻は「エリマキトカゲソウ!」などと言ってのけまし た。なるほど、姿は言いえています。
 この植物には、2日め、天祖山からの下山のさいにも、出会い ました。初めは「エリマキトカゲ型」の花の姿でした。が、下る につれて、中心の「赤い花のつぼみ」が成長した姿も見え出しま した。「つぼみ」と思ったのは、実は伸びかけの「葉」で、「エ リマキ」から3センチほども立
ち上がって小さな2枚の本葉を広 げた姿も見つかりました。  「エリマキ」と思ったのは、芽を出したばかりの双葉だったの です。どうも、葉の様子から草本ではなくて、「木」らしい。本 葉の姿は、どんぐりなどがなる広葉樹でも、おかしくありませ ん。名前は不勉強でわかりませんが、聞いてみれば「なあんだ」 という樹種かもしれません。

 分岐から30分弱で、野陣尾根の峰にあたる場所に出ました。 風が寒い。芽吹きはまだで、裸の枝を透かして芋ノ木ドッケが目 の前に見えます。黒木の樹林の下の山肌には、びっしりと雪があ ります。いい姿。
 尾根をたどると、いったん針葉樹に変わった森が、またブナな どの広葉樹に変わっていきます。登山道わきの木の根元に、まだ 元気に生え出している最中の冬のきのこ、エノキダケも1株見つ けました。接写。

 標高1700メートルあたり、椹(さわら)ノ平の上部から、 足元は雪道になりました。周囲を一面におおって、積雪は10セ ンチ内外。軟らかい、雪です。
 春の残雪なら、谷筋や日陰に厚く固まって残るし、雪も汚くて 固いはず。これは、新雪のようです。あとで小屋で聞いたとこ ろ、都内でも摂氏9度近くまで気温が下がった3日の早朝にかけ て、降雪があったとのことでした。
 意外な時期の新雪です。が、おかげで林の中は、明るく、それ に眺める山もちょっと高山風の装いになって見えます。

 カラマツ林に入ると、石尾根縦走路との合流も間近。ここで、 二男(高校1年)の両足が何度もつるようになり、しばしば立ち 止まるようになりました。これは時間がかかりそう。私と長男 (浪人)が山荘に先行してテントを張り、山頂に迎えにもどるこ とにしました。荷物をいっぱいにつめた二男のザックと、私のを 交換して、トラバース道から山荘をめざしました。
 トラバース道の分岐が14時09分。雪が相当に深い道です。 大人の
メスジカに至近距離で出会いました。山荘には同32分 着。  テントを張り終えるころになって、妻と二男がもう到着しまし た(14時52分)。山頂を経由して、なんとか順調にすすんで これたとのこと。
 山頂にとって返せなかった長男は残念がっていましたが、まず はひと安心。

 テント場は、最終的には30張りほどに増えましたが、私たち は幸いにも山荘に近い方から4番目の場所に張ることができまし た。
 翌朝、出発して、歩きながら観察したところ、雲取ヒュッテ (廃業)方向へ縦に150メートルほども長く伸びたテント場で は、ヤブの中や雪の上にテントを張るところもありました。こう いう混雑もあるかなと、今回は10リットルの大型ポリタンクを 空で山荘へかつぎあげましたが、私たちのテントからは水場も山 荘も近く、すぎた装備になりました。

 

 驚いたのは、9年ぶりで見る雲取山荘です。
 全面新築、ログハウス風。収容400人。内部は小部屋に分割 されていて、土間や囲炉裏にまでふとんを敷き詰めて、いっぱい いっぱいに寝かせられた前回の様子が、うそのよう。水場も一 新。トイレは水洗。小屋の主人の新井信太郎さんが、テントの申 込みのときに応対してくださいましたが、タオルをヘッドバンド にして、あのころとまったく変わっていない風貌でした。でも、 以前は、綿入れのちゃんちゃんこを着ていたような……。この日 の泊り客は300人で、夕食は8時前になっても、交代の順番待 ちの人たちがならんでいました。

 私たちも、テントを張ってしまえば、そこはもう、ホテルのよ うなものです。周囲に雪が残っているので、担ぎ上げた缶ビール を冷やすことができました。水割りの冷水も水筒とウイスキーの 容器を雪で冷やして、補給は十分。つまみ、おやつをぞろぞろ出 して、午後の反省会。
 ついで夕食は、もつ煮こみ、漬物。もつには、鳥肉もブツ切り で入れて、長ねぎをふって、たっぷりつめこみました。
 雲がたちこめ、夜景も星空もかないません。それでも、4人、 満足してシュラフに入りました。夜半、にわか雨があり、一時、 みぞれに変わったのか、パサパサという音をたててテントの布地 に降りかかりました。

5月5日

 稜線に立ち込めた霧がどんどん山腹へ下がって行き、芋ノ木 ドッケが雲海に浮かんでいます。上空は晴れています。
 5時55分、出発。
 雲取山荘を発てば、そこから先は私も初めてのコースです。芋 ノ木ドッケに登り、東へ折れて長沢背稜を縦走するつもりです。

 今回は、出発前の相談で、天祖山から下山するか、酉谷山まで すすむか、はっきり決まらずに、登ってからの条件次第となって いました。
 今朝の状態では、二男の足が懸念材料でした。しかし、もっと 深刻なのが、食糧難です。  車のデポ地点での荷造りのときに、私が、まる一日分にあたる 行動食の袋を、置いてきてしまったためです。あの中には、みん なが楽しみにしていた、いただきものの「南千住・重盛の人形 焼」が15個も入っていました。それに、昨日は行動食を豪華に 奮発しすぎたかもしれ
ません。登りで元気をつけるには、やむを えないことでしたが。  そのため、今日の行動食は、ビスケットとクッキーが一人6〜 7枚、チョコが2かけ、はっさくみかんが全部で2個、砂糖を入 れた紅茶が同1リットル。朝ご飯のホットドッグとスープをしっ かり詰めこんだあとは、とにかく腹が減らないうちに、朝方に行 程を稼ごうということで、出発しました。この程度の食糧では、 昼ご飯ごろには、尽きてしまい、空腹のなかの下山となりそうで す。車にたどりつけば、行動食が待っています。

 雲取ヒュッテのあたりには、見晴らしのいい台地がありまし た。稜線をたどっていくと、木の枝越しに奥秩父の山々が目の前 に広がります。雲取山の右肩にそびえる飛竜山が、大きい。西に 和名倉山、主稜線は雲に寸断されて、切れ切れですが、その遠く に甲武信ヶ岳方面も見えているようです。秩父湖のダムは雲海の 下です。

 

 雪で滑る道の下降のあと、大ダワから登りとなり、6時28 分、左、秩父・三峰方面と、右、長沢背稜との分岐(道標あり) に出ました。
 右の道をとって、ここから、芋ノ木ドッケ(1946メート ル)への急登です。

ここが、芋ノ木ドッケの山頂

山頂から長沢背稜に入ると、明るい木立の道

バイケイソウの芽と、新雪。不思議なとりあわせ

   

 私の住む東京の秋留台の台地や、多摩川を渡る五日市線の鉄橋 からは、雲取山は鷹ノ巣山の陰になって、見えません。奥多摩の 山々の一番、奥に、もっとも高く、どっしりとした姿を見せてい る山は、芋ノ木ドッケです。この山には、どうしても登りたかっ た。

 それに芋ノ木ドッケは、その名前にも、興味をそそられていま した。
 「芋ノ木」は、山菜のコシアブラ、それから別種のタカノツメ の、二つの木の俗称です。食べておいしいコシアブラは、葉が5 枚、別種のタカノツメは3枚出てくるので、見分けがつきます。 「芋ノ木」などという名がついたのは、これらの木が軟らかく て、サツマイモを折るようにポキンと折れてしまうため。山菜の 本では、同じウコギ科の人気の山菜であるタラの芽(タラの木) と、コシアブラの木を、ともに「豆腐の木」などと読んでいると 紹介しているものもあります。
 そういう名前が山についているということは、おそらく稜線 は、コシアブラの木で埋まっているのではないか、というのが、 この山に行きたい私の衝動の、もう一つの源でした。

 はたして……。6時55分、芋の木ドッケの山頂に到達する と、そこは針葉樹と名前が判断つかない広葉樹とに周囲を囲まれ た、暗い、狭い、雪面でした。展望はなし。
 勇んで稜線をたどり始めたものの、もちろん、この時期では早 過ぎて、木の芽はまだ固い。幹を見ただけでは、コシアブラかど うか、私にはまったく判断できません。これでは探索にもなりま せん。
 それでも、稜線は地表も倒木も、びっしりとコケに覆われ、陽 射しが明るく林内と照らし、なんとも美しい。雪もまだ地面の半 分くらいを埋めて、アクセントをつけています。子どもたちの注 文で、ここで写真を撮りました。コバイケイソウがにょきにょき と雪の中に生え出していて、これも撮影。長沢背稜は、ところど ころ小さなアップダウンはあるものの、全体に広葉樹の美しい林 が続き、だんだん遠くなる雲取山を谷の向こうに眺めながら、な かなかすばらしい稜線でした。
 長沢山(7時45分ごろ通過)の少し先では、土留めをして歩 きやすくした平坦な道も続き、その秩父側の斜面には、「あれが もしかしたらコシアブラでは」と思えるような高さ10メートル 内外の木も見えました。

 8時50分ごろ、縦走路は、稜線を離れて南に直角に折れて、 高度差30メートルほど下降します。ここに左へ酉谷山方面、右 へ天祖山の分岐があり、私たちは長沢背稜と分かれることにしま した。水がわずかしかない心細い水場をすぎ、150メートルほ どで天祖山へつづく尾根の峰すじに着きました。地図の上では、 この尾根へ長沢背稜の水松山(あららぎ山)の手前のピークを分 岐点に直行できるような踏み跡を表示しています。が、これは廃 道となった様子で見当たりませんでした。実際のルートは、私た ちがたどったものしかありませんでした。(GPSトラックログ でも記録をとって歩き、確認。)

 天祖山へ続くこの尾根筋は、4メートルほどの幅に狩り払わ れ、左はカラマツ、右は自然のままの雑木林がのびやかに広がっ ています。ここから眺める芋ノ木ドッケは、五日市線の多摩川鉄 橋から眺める姿そのままで、目の前にあるだけに東面の一筋の雪 渓がくっきり見えました。
 2度に分かれた急登のあとに、天祖山の山頂着(9時53 分)。予想を超える立派な、大きな神社がありました。でも、ガ イドブックの文章とはちがって、周囲は空き瓶やごみが散乱して いました。杉の植林があり、周囲の樹木が高く、展望はほとんど なし。
 私たちは、最後に残った食料の、二個のはっさくみかんを分け て食べ、水をたっぷり飲んで、日原川の谷底をめがけて、急坂を 下降しました。ここも美しい林が続きます。コシアブラ探しに気 をとられて、登山口には、私が一番おくれて、11時44分に着 きました。





山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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