笛吹川東沢釜ノ沢(釜の沢)から甲武信ヶ岳

2000年7月12日
野原森夫、長男(高校3年)




東沢釜ノ沢から甲武信ヶ岳(左の水線ルート)。右は下降した木賊尾根
カシミール3D(DAN杉本 作)で描画。国土地理院数値地図50メートルメッシュ標高を使用



釜ノ沢・両門の滝。右が東俣。

 美しいナメ滝で知られる東沢釜ノ沢を遡行し、甲武信ヶ岳へ登っ てきた。
 このルートは、奥秩父にまだ登山道がほとんどなかっ た時代の、歴史のある甲武信ヶ岳への登路だったところ。奥秩父を 登山の対象として拓いた田部重治らが、2度、3度と挑戦して、甲武 信ヶ岳への稜線へのルートととして紹介し、その渓谷美を伝えている。
 下山は、戸渡尾根を西沢渓谷入り口へ下降した。ガイ ドブックでは11〜13時間行程の長丁場で、登山口を6時半に 出発して、下山は夕方5時だった。

****************************

西多摩・自宅(4時35分)→八王子IC(4時45分)→途 中、談合坂SAで朝食→西沢渓谷入り口・村営駐車場(6時07分 着、6時25分発)→山の神(7時47分、食、8時02分発)→ 釜ノ沢出合・釜ノ滝(9時12分、25分発)→両門の滝(9時5 5分、10時04分発)→水師沢出合の上(10時50分、食、1 1時00分発)→最上部の出合→源頭・甲武信小屋水場(12時2 5分)→甲武信小屋(12時35分、甲武信ヶ岳往復、食事、13 時34分発)→木賊山→戸渡尾根・近丸新道分岐(13時45分) →1869メートルの小ピーク(14時55分、食、15時05分 発)→車道出合・近丸新道取り付き点(16時40分)→西沢渓谷 入り口・村営駐車場(17時03分着、10分発)→西多摩・ 自宅(18時35分着)

************************
西沢渓谷入り口の村営駐車場から入山

 雁坂トンネルが2年前に完成して、塩山から西沢渓谷への車道は 格段に道がよくなった。朝6時すぎに村営駐車場に到着。
 前夜の天気予報は、午後に前線が関東にかかるというもの。空は 霧が濃い。増水 のときの用意に持ってきたザイルは、午前中はもちそうな天 気なので車に置いていくことにした。短めの補助ザイルやシュリン ゲなどは念のためにザックに入れていく。

 まず笛吹川の左岸(上流から見て左側)につけられた舗装された 車道をすすむ。頭上に雁坂トンネルへ向かう陸橋が大きく円弧を描 いて通りぬけている。100メートル余りで車止めの遮断機があり、 その先に案内施設と登山届を出す木の箱があった。「崖崩れのため東沢は通行止め」と の看板が出ている。地元自治体と警察署の名が入っていた。

 西沢と東沢の二股の上流で、東沢の上に、立派な吊り橋がある。 橋を渡ると、すぐたもとが東沢への分岐点。ここにも「東沢は通行 止め」の看板があり、ロープを巻いて踏み跡が通行止めにされてい る。西沢渓谷へきた観光客が、誤って入りこむことがないようにと いう措置だろうと想像して、踏み跡をたどる。実際に、この先の東 沢の中・下流部には、崖崩れ場所などなかった。

 踏み跡は100メートルたらずで東沢の河原に下降して消失して いた。幅4、5メートルほどの東沢を石跳びで渡って、中州で沢登 りの足固めをする。今日、午後の長い下山にそなえてもってきた登山靴をザックに入れ、 渓流シューズに履き替えた。ヘルメットも装着して、今シーズン初 めての、沢の身支度。気が引き締まる。

「ホラノ貝」を踏み跡で高まき、山の神へ

 すぐ上流で鶏冠谷が右から合流する。そこから、東沢の左岸の踏 み跡が、また復活した。1時間ほど上流の山ノ神まで、東 沢は深い花崗岩のゴルジュが連続する。とくに、「ホラノ貝」(地 形をホラ貝に見たてたのか?)と呼ばれる大ゴルジュは、田部重治 が「笛吹川紀行」に驚きを記しているところ。踏み跡は、深い谷の 部分ほど大きく、高くまいていくので、樹間や木の葉越しに岩場を 垣間見ることしかできないが、これぞ幽谷という景観だ。
 「歩道」などという名前がつけられているけれど、荒廃した道 だ。急傾斜のトラバース地点にある木の橋は、ほとんどが落ちてい る。枝沢を渡る橋も、崩落している。「崖崩れ」を理由にするより も、「長年、整備をしてこなかったために歩道は各所で寸断されて いる」ということを、通行止めの理由にすれば、入渓する人にとっ ての情報となり、実際に合うのにと思う。
 やや深く落ち込んでいる小沢に出合った。橋は朽ち落ちかけてい て、渡れない。小沢を斜めに横断してトチか何かの大木が倒れてい て、それを利用して渡る。見ると、倒木の幹にヒラタケがいっぱい 生え出している。先が長いので採るひまはないけれど、今年初めて のヒラタケをゆっくり眺めた。この倒木の橋は、対岸に渡る部分で 小さな岩を攀じるところがあり、気を抜いてはならない現実に引き 戻された。

 午前7時47分、歩き出して1時間20分かかって、「山 ノ神」に着く。沢に張り出した巨岩の傍らに、小さな石の祠があ る。ここで東沢の歩道が終わる。歩道は、対岸の石塔尾根から西沢 渓谷へと伸びているが、その橋も朽ちて斜めに傾き、落ちかかって いる。
 朝ご飯がわりにお稲荷さんと大福餅をほおばる。

乙女の滝、東のナメの沢の大滝を見上げてすすむ

 山ノ神からは、完全な沢登りルートとなる。なるべく水流際をす すむのが歩きやすいし、上下も少ないことを長男に伝えて、河原が 主体の沢床を進む。
 右手から視野に入る範囲だけで高さ30メートルほどのナメ滝が 落ち込んでくる。水量はわずか。
 次いで、左手に、屏風状の岩場があらわれ、ナメ滝がS字を描い て落下している。岩場は上部へ続いており、高さ50メートルの乙 女の滝である。
 さらに進むと、右手から奥秩父最大級といわれる300メートル の大スラブをもつ東のナメの沢の大滝が落下してくる。その先で は、左手から西のナメの沢。

 たどっていく東沢本流は、ところどころ淵があらわれ、両岸が釜 状に侵食された場所も出てくる。
 釜のへり、水流際をフェルト底の 摩擦をたよりにへつっていったら、傾斜がしだいにきつくなり、すぐ 下の水流へずり落ちそうになる。流されたら、下流の淵へはまって 、水浴びは必至。水流は浅いが、足を入れてみると、水勢は強い。流 れは1・5メートルくらいなので、対岸の石に逃げることにした。一 瞬だけ浅い足場に片足を入れて、すぐ跳んで、対岸の岩に着地し た。片足だけ流されかかって、腰下はびしょぬれ。
 どうもフェルト 靴よりワラジの方が、濡れたり、ヌルヌルの岩場にはフィリクショ ンがいいようだ。
 その上の、両岸がやはり釜の壁になった場所は、左から小さく高まいて、立 ち木に補助ザイルの支点をとって、淵の上流に下り立った。  こんなことをしていたら、時間をくってしまうと、この先は深い ところもできるだけ水に入って進もうと思う。



釜ノ滝。左の短い壁を上がって上部に出る

釜ノ沢出合。釜ノ滝をこえ、千畳ノナメを遡行

 9時12分、釜ノ沢出合に着く。釜ノ沢は、右手から曲がりながら 合流してくる。出合の岩壁にペンキで文字が書いてあるが、はげか かっていて、ここが釜ノ沢なのか、矢印でもっと先だよといって いるのか、判読できない。
 釜ノ沢なら、すぐに釜ノ滝に出会うはず。 本流から分かれて、この沢を 30メートル余り上がると、釜ノ滝(6〜8メートル)が目の前に 現れた。釜のような地形の滝壷に、水がナメ滝となって滑り落ちて いる。
 登山口から2時間半かかって、標高は、まだ1420メートル。 甲武信ヶ岳の山頂まで約1050メートルも高度差がある。なんと か昼ごろには着かないと、午後の下山がたいへんになる。
 まずは、この釜ノ滝を越えよう。ルートは、滝の右岸側に木の足 場が組んでいるはずだった。で も、流失しているようで、そんなものは存在しない。釜状の壁のヘ リを、クラックや小さな足場をつたって、滝の上部に出、滝の落ち 口へ回りこむ。
 連続して、4段15メートルほどの緩いナメ滝が、左、右と滑ら かに屈曲して落ちてくる。水の勢いが強い。3段目の上を左岸へト ラバースして、ボ ブスレーのカーブのようにバンクした4段目の水際を登る。



千畳のナメ。水量はやや多かった

 上へ抜けると、深さがくるぶしほどもないような浅いナメが、前 方の樹林の彼方まで続いている場所に出た。楽しみにしてきた「千 畳ノナメ」(千丈のナメ?)だ。木の葉を通して朝陽が水流に差し込 み、ひたひたと 歩く足元を、照らす。規模は予想していたよりも小さいが、ようや く釜ノ沢らしい景観のなかに入りこんで、気分がいい。
 この一枚岩の長いナメの先には、ナメ滝が一つかかり、その上では 6メートルの曲がり滝が待っていた。水飛沫を浴びて、越えていく。
 田部重治らが、最初の釜ノ沢の遡行で、滝がどこまでも連続すると 遡行をあきらめて、尾根へルートを変更したのはここらあたりだろうか。

両門の滝は、左右から30メートル滝がそそぐ

 9時55分、両門の滝に着く。
 右からも左からも、30メートル のナメ滝が、一つの滝壷に注いでいる。釜ノ沢の中でも、一番ス ケールの大きな場面。ガイドブックなどで目にするよりも、今日の 滝は水量が多い。美しく、迫力のある景観だ。
 ルートは右から入る東俣で、滝の右側にまき道が伸びている。こ れに取り付いて、少し登ったところから、水流際の岩場にルートを とった。ホールドは、ほどよくある。
 見下ろすと、傾斜のある滑り台が段段になって落ち込み、その下には 深いブルーの滝壷が口をあけている。この滝で滑り台遊びをして、 滝壷を泳ぐ人もい るそうだが、河童だって、この高度では怖がるんじゃないだろう か。途中の段差で、お尻をしたたかに打つ気もする。
 長男に補助ザイルで確保をと思ったが、彼もおもしろがって登っ てくる。

 少し登って、すぐにヤゲンノ滝(15メートル)。
 右手からは、 しばしば登山者が迷いこむといわれるマヨイ沢がナメ滝になって落 ちてくる。あいだの、岩の張り出した緩い傾斜のところを登って、 ヤゲンノ滝の上に出る。
 次ぎは、6メートルの黒々とした段々滝。滝の左際の岩場に、 ホールドが続く。暑くてたまらない体に、水しぶきがふりかかる。

 上部は、長い河原歩きとなった。倒木や岩がころがって、骨が折 れるが、高度はなかなかかせげない。

水師沢出合を越え、源流もナメと滝が続く

 11時少し前、15メートルのナメ滝(全体では4段30〜40 メートル)に出会う。いよいよここからが、源流部の入り口とな る。
 右岸から取り付いて、中途で左岸へトラバースした。すぐ上で水 師沢が左から急傾斜で入ってきた。右から急な水流が石ころをぬっ て流れ落ちてきており、こちらが東俣の本流と見極めて、急登にと りつく。(この水師沢の出合で本流はナメ滝だったような気もするが、 覚えが不確実。出合の上に、もう一つ、左から小沢が入る出合が あったかもしれない。)
 沢の傾斜がぐんと増した。V字の谷の視界はかぎられ ているけれど、谷の向こうに黒金山あたりの稜線が見える。標高は やっと195 0メートルを超えたか。またお腹が減ったので、おにぎりと大福餅 を食べる。
 水筒に水を満たしておこうと流水のなかに手を入れた ら、10秒と入れていられないほど冷たく、痛かった。水の冷たさ も源流が近いことを教えている。

最上部の二股に、高度感のあるナメ滝

 V字の谷はぐんぐんせりあがる。前方に、2つの沢が合流してい る場所に出た。最上部の沢の分岐点(上部二股)だ。
 合流点の手前(下方)にはナメ滝があり、まずこの滝を、流水の 右側を足場を選んで登って行く。
 釜ノ沢の滝には、みなまき道があ るように書いてあるガイドブックもあるが、そういう踏み跡はたい てい不鮮明か、途中で消えていて、きまって滝沿いを登る形にな る。多くの遡行者が可能なところはフリークライムを選ぶので、ま き道に頼るよりも水流際にルートを選んで上がった方が実際的だ。

 沢の合流点のすぐ下まで登ると、左手の沢は緩やかに曲がりながら、 さらに上部へと伸びているのがわかった。上も下も、一枚のスラブ 状で、そのへりを進んでいるとはいえ、高度感がある。
 右手からは、土砂崩れの跡が生々しい沢型(伏流)が落ち込んで いる。中央は傾斜がきつい沢。左手の上部に続くナメ滝が一番、水 量が多い。土砂崩れの下部をすばやくトラバースする。
 中央を行くか、左手のナメ滝を選ぶか、迷った。どちらもまき道の 踏み跡がある。
 結局、踏み跡の確かさ、水流の多さから、左のナメ滝を甲武信小 屋へのコースと見極めた。(中央の沢は、木賊山のガレ場へつきあ げている。これを木賊沢の本流とするガイドブックもある。)

 急なナメ滝が上部へと続く。下部のナメ滝から連続しているの で、高度差は70メートルくらいはあるだろうか。踏み跡は、ナメ 滝の上部で、沢床に消え、ガイドブックとは違って、この上でも切 れ切れの不明瞭なものしか存在しなかった。
 GPSがあれば、10〜20メートルの誤差で、現在地が確認で きるのにと思う。ともかく登るしかないし、違っていたら下降する しかない。
 急な階段を上がるような傾斜で、沢床はずっとナメ状になり、と ころどころその上に岩や石の堆積物が乗っている。水流は一跨ぎも ないほど細い。水際の草むらは、夏にはいろいろな花が咲くのだろ うか。

水源は、甲武信小屋の取水小屋。冷水がうまい!

 ルートが正しいことを確信したのは、はるか上方の樹林の中に、 小屋らしい人工物が見え出してからだった。まだ相当に遠い。
 ナメ状のV字谷は、ふいに赤茶けた広い岩場となった。傾斜は3 0度あまり。ナメ滝が落ちる際を、階段状の心細い足場をひろっ て、岩場を越える。名前のある滝がなくなってからも、この沢は源 頭までなかなか楽しませてくれる。
 左手から水流が落ちてくるが、もしかしたらこの枝沢が、2度目に 田部らが上がったルートかもしれない。(甲武信ヶ岳の山頂のすぐ東 に到達。)

 岩場の上では、人工物がもう100メートルほどの距離に見え た。小屋の取水場所(ポンプでくみ上げ)のようだ。やった!  小屋はもうすぐだ。
 ホースから引いた水が放物線を描いて落下しているのもわかっ た。釜ノ沢東沢東俣本流(こちらを木賊沢と記すガイドブックも ある)の源頭は、この水場から始まっ ていた。ほんとうにうまい水。こんなにうまい水は、いつ飲んだっ きりだったろうか。うれしいひとときだった。
 水場から10分の踏み跡をたどって、12時35分、甲武信小屋 に到着。

甲武信ヶ岳を往復し、戸渡尾根を下降する

 小屋の管理人さんは、荷上げで下山中だった。誰もいない小屋に 入って、ポカリスエットを1本300円で購入する。代金入れはダ ンボール箱。甲武信ヶ岳山頂からのパノラマ展望図が張ってあった (昨年、FYAMAP会議室で話題になったもの? Vista  Pro?)。小屋の周囲は、名物のヤナギランは咲いていなかったけ れども、通好みの山菜も群生していた。育てているのだろうか。

 甲武信ヶ岳を片道15分で往復。山頂からは、国師岳、小川山、 黒金山方面が見渡せた。十文字峠への稜線上にも顕著な岩山が見え て、最初はそれが小川山かと驚かされた。
 それにしても「日本百名山 甲武信ヶ岳」の巨大な、真新しい標 柱には恐れ入った。山頂は、飾り気がない、自然のままがいいとい いつづけた深田久弥さんがこれをみたら、どう思うだろうか。

 小屋へもどって、もう一度、エネルギー源のおにぎりなどをお腹 につめこみ、水分をしっかりとって、1時半すぎに下山開始。

 前評判からも、地図の上からも、あらかじめ覚悟してきた戸渡尾 根(近丸新道)だったけれど、その標高差の大きさ、下降の段差の すさまじさは、想像を超えていた。そして道標も危険箇所も橋も、 ほとんど何の整備もされていない荒廃ぶりには、びっくりさせられ た。とくに、ヌク沢沿いの軌道跡をたどるところで、数ヶ所あった 崩壊箇所のトラバースは、降雨時など一般ルートとしては相当に危 険を感じた。どうも山梨県側は、甲武信ヶ岳の登山道整備には、あ まり入れこんでいない様子。ヌク沢の橋も朽ちかけて、増水時には とても身をあずけるきになれない状態だった。
 そういえば、あの頂上の巨大な標柱を建てたのは、何県だろう。 山梨県のは、相対的にはささやかに見えて、やはり仰々しい「山梨 百名山 甲武信ヶ岳」の標柱が建っていた。

 ガスにつつまれて、暗い中の暗い樹林のコースではあったけれ ど、もうこの道は通りたくない。登りならとくに。
 降雨時なら、戸 渡尾根をそのまま忠実に車道まで下る「徳ちゃん新道」の方が安全 かもしれない。(西沢山荘に分岐点)
 休みを入れて3時間半近くかかって、下半身がくがくで登山口に 下り立った。

 家に帰って、足が自分の体のものではないようで、まいった、ま いったという顔をしている私に、家内が「もう年なんだから、いぜ んのように無茶をしては体がもたないんだよ」という。いえいえ、 まだまだやれるを実証した、甲武信ヶ岳でした。とはいっても、1 0時間を超す行動時間は、もう避けたい。

 久しぶりに充実感で満杯の山行でした。






山の便り、大地の恵み (野原森夫)
http://trace.kinokoyama.net  
関東の山 Index へ    HomePage TOP へ

記事、写真の無断転載を禁じます Copyright (c) Nohara Morio.
since Nov.2000