権現山で鉄砲を撃つ
 1988年1月21日
                         

 山梨県東部の上野原町から登る権現山は、標高一三一二メートル。高尾・陣馬の山並みのさら に西に位置し、このあたりでは一番ぬきんでた標高があるため、奥多摩、大菩薩、南アル プス、そして富士山の眺めがよい。

 でもこの日は、登るほどに雲が低くたれこみ、空がどんどん暗くなって、しまいには雨 が落ちてくるような天気だったから、楽しみにしていた眺望は満足にえられなかった。

 登山口の和見は、車一台がやっと通り抜けられるような細い道を登った、山腹にある。 南に面した斜面には、桑畑が広がっている。上野原駅から送ってくれたタクシーの運転手 の話では、この集落には分校があって、小学校一年から三年まで八人の生徒と、二人の先 生がいるとのことだった。その分校の建物を右手に見て、車道は杉林にむかって延びてい る。林の手前で簡易舗装が途中で終わると、タクシーは止まった。

 作業道のようになった道は、ここから杉と檜の植林地のなかをゆるやかに登っている。 周囲に雑木が混じり出し、道が踏み跡ほどの登山道らしい道になってくると、和見峠に出 る。葉を落として見通しがきくコナラやクヌギの樹間ごしに、この山の南隣りの扇山(一 一三八メートル)、それに大菩薩嶺から小金沢山(一九八八メートル)をへて滝子山(一五九〇メートル)に いたる稜線が見え出す。小金沢山の谷筋には雪がついている。富士山はまったく見えず、 雲が低い。足元には、柿の種がいっぱい混じった糞が落ちている。キツネのものらしいが 、キツネも柿を食べるんだろうか?

 尾根をたどっていた道が、稜線下をトラバース気味に進むようになると、雨降山に出た 。アメダスのロボット雨量計があるので、この名がついたのか? 稜線の北側は皆伐され ていて、三頭山、御前山、大岳山の奥多摩三山、そのはるか遠くに雲取山も眺められた。 それもつかの間、上空の暗い雲が見るみるうちに下りてきて、山の輪郭までも灰色の背景 のなかに溶かしこんでしまった。

 雪が一〇センチほど残る道を、権現山へとむかうと、「ヤマドリを追っている」というハン ターに出会った。間近に猟銃を見るのは、ずいぶん久しびり。話しをかわしていたら「一 発、うたせてあげるよ」という。「ええ、うったことないのに、大丈夫ですか」。「あそ この枯れ木の根元をねらって、しっかりかまえて」。右肩に台座(木部)を固定して、照 準を合わせ、引き金をひく。散弾がバーン! と飛び出すと、頬と肩にビーンという衝撃 がきた。いくつかの破片は、二五メートルほどの先の幹に命中したようだ。こんな道具で狙われ ては、冬の動物たちもゆるくない。

 山頂の手前には「権現さま」の小さな社(お堂?)があった。屋根つきの二間ほどの土 間があり、急場をしのぐこともできそうだ。山頂は、寒いし、展望もなくなったので、す ぐとって返して、用竹へ下山にかかる。

 雨降山から笹原のなかを下り始めると、突然、登山道に横合いからキツネが飛び出して きた。ところが、このキツネ。普通なら人に気がついて、驚いて逃げ出すのに、目線を斜 め前方やや下向きにすえたまま、動こうとしない。おかげで、冬のふさふさした毛並みや 、鼻のまわりのピンと張った黒い毛、大きく開かれた瞳をゆっくり観察できた。何秒後だ ったろう。「もしかして、こちらに気づいていないんじゃないか」と思って、舌を「トン トンッ」と鳴らしてみたら、キツネはハッと身構えて、上目で私と目を合わせるやいなや 、ダッとばかりに左手の伐採跡のしげみに走り去った。「やっぱり、何かに気をとられて いたんだ」。それにしても、人にたいする警戒心はキタキツネよりも何倍も強い。それだ け狩猟圧にさらされているからか………。

 キツネが追っていた相手は、すぐにわかった。なんと、一〇メートルも行かぬうちに、今度は ヤマドリがバッバッバッと、目の前のやぶから飛び出してきた。ヤマドリはじっとひそん で、キツネの追跡をやりすごそうとしていたのに、人間の足音が迫ってきたので、驚いて 出てきたらしい。それにしても、ハンターにキツネにヤマドリと、今日はにぎやかこの上 ない。

 久しぶりの登山なのに、調子にのって下りでピッチを上げすぎたので、用竹の手前で膝 が痛みだした。この集落では、庭にタラの木を植えているところが多い。雪が少なめのこ の陽気だと、この春の発芽は早いかもしれない。





山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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