雨の大菩薩嶺
               1982年9月19日                 野原、Tさん

 九月三日、遥子は札幌で長男・岳彦を出産し、そのまま 一カ月間は里帰りのままだった。国立のアパートで、休み の日にも、ずっと一人で留守番するのも性に合わない。職場の 同僚のTさんと二人で、大菩薩に登ることにした。

 早朝、国立駅でTさんと待ち合わせ、高尾駅で普通列 車に乗り換えて、山梨県の塩山駅に七時二八分着。駅から 一〇〇メートルほど南にいったところに、木造の、塀の戸板もあ ちこちやぶれかけたバス・ターミナルがあった。バスはす ぐやってきた。

 登山口の裂石に八時少しすぎに着。上日川峠にむかう林 道を歩き始める。先年の台風のために、途中の橋は完全に 流され、道が寸断されていた。一五分ほどで、丸川峠への 登山道の分岐に出る。登りだすと、道は沢床をすすむよう になるが、ここも大水で道はもちろん、岩がいくつも流さ れ、流木が行く手をさえぎり、距離のわりに苦労させられ た。

 どうも天気が思わしくないと思っていたら、沢を離れ、 丸川峠への尾根の急な登りにかかったころから、雨が降り 出した。この雨は、結局、今回の山行のあいだ、下山まで ずっと降りっぱなしだった。

 電光形に道をきざむ、一番きびしい登りが終わり、あた りがしだいに平坦な地形にかわりだしたころ、草むらから 野ウサギが飛び出し、登山道を先へ先へと駆け抜ける。そ のウサギの行く手に、丸川峠の小屋があった。一〇時ちょ うどに、小屋着。雨宿りをさせてもらう。「天気がよかっ たら、ここから富士山がきれいなんだ」と三〇歳ほどの管 理人さんがいう。けれども、今日は、雨降りに草を激しく 波うたせる強い風まで加わってきた。なんとか山頂には立 ちたいが、小菅村まで縦走しても、まるで我慢くらべの行 進みたいになってしまいそうだ。

 もう一度、雨具を着込んで小屋の戸を開け、外に出ると 、雨まじりの風がビューッと体をたたく。暗い小屋から出 たせいか、空がとてもまぶしい。雨雲は意外と薄いのかも しれない。稜線はツガまじりの雑木林の暗い道。その林に 入り込むと、周囲はまた暗くなった。風も弱まる。その暗 い林のなかの登りを続けて、頭上の木だけがなくなって、 狭い空き地になったところが、大菩薩嶺(二〇五七メートル)の 山頂だった。一一時三五分着。見通しのきかないその山頂 で、風を避けながら昼食をとった。

 展望が開けたのは、山頂の林を抜けでて、大菩薩峠への 縦走路に出たところからだった。あたりは、さえぎるもの のない草っ原に変わり、ガスが飛ばされると、峠へ、そし てさらに先の峰へと続く、深い緑の稜線がうねっていた。 足元には、ときどきお花畑も現れる。

 峠からの下降は、また暗い樹林に入り、沢型の崩壊地形 を二度、三度とトラバースしてやりすごす。フルコンバ小 屋は、小屋は跡形もなく、一面、笹原におおわれていた。 そこからまた、今度は杉の植林地をまじえた森の道になる 。小菅村への車道歩きを終えて、バス停には一五時五〇分 着。奥多摩駅行きのバスを待つあいだ、Tさんと二人で 、停留所前で熱いそばをすすって、体を温めた。





山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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