再びの、黒檜山――FYAMAP上州展望名山オフ

2004年11月7日


登山口付近からの、黒檜山(遙山望さん撮影)

 赤城道路を新坂平の乗り越しまで上がり、大沼への下りにかかると、真っ青な空を背 景に、黒檜山がまだ秋色のままで迎えてくれた。今年2月いらい、短い間をおいての、黒 檜山の再訪。今回は「山の展望と地図のフォーラム」(FYAMAP)が生まれて10周 年記念の、「上州展望名山オフ」として、黒檜山に登る。

 大沼の北東側に登山口がある。その手前100メートルほどの車道の左側に、約30台 分の駐車スペースがあり、ここが参加メンバーの集合場所。すでに茨城や長野、そして埼 玉から車でやってきたメンバーが先着し、パッキングなどを始めていた。JR利用で高崎 駅で合流したメンバーも、幹事のFさんの車で登ってきて到着。参加予定の16人が集合し た。

 参加者は、
 地元高崎市のTYFさん。
 茨城の遙山望さんと奥様、お嬢さん。そして男性で中で最も若く長身の山梟さん。
 埼玉のWARABIさん、松本さんと、コバさん。
 東京の岳夫さんと、私たち野原夫婦。
 長野のわかさんと、同僚の山の会のメンバー佐藤さんら4人。
 ・・・こんなに大人数の登山をしたのは、私にとっては学生時代の新人歓迎山行いらいに なる。



登山口から、こんなふうに急な登り。岩・石だらけ(多摩の岳夫さん撮影)

 今日は気温が高めなので、この時期にいつも使う極薄手のポリプロピレンのTシャツに、夏 の山シャツを着た。ズボンも夏用。その下に、この時期にやはり常用する極薄手のポリプロピ レンのズボン下。暑ければ上半身はTシャツ姿にと思ったが、さすがにそこまではいかず、薄 着で寒さも感じず、まったく汗をかかない、登りやすい日和になった。



樹林のなかの登り(山梟さん撮影)

 午前8時50分ごろ、駐車場を出発。
 黒檜山の登山道は、標高差460メートルを一気に登る。登りだすと、最初からひと抱えも あるような岩や石が地面から顔を出し、足元を右から、左から、じゃまして歩きにくい。周囲 はミズナラの自然の森で、林床は背の低いミヤコザサとクマイザサで埋まっている。地面が現 れたところは、落ち葉でふかふかの場所もある。傾斜が緩いところがほんの少しだけの登り。
 そんな道を、いろんな年齢、流儀で山登りをしてきたメンバーが集まった今回のパーティー は、ゆっくりゆっくり、周囲の景色の変化を楽しみ、おしゃべりをしつつ、登って行った。途 中、猫岩なる地点があり、行きも帰りも、その言われはなんだろう? とみんなの話題になっ た。もしかしたら、大沼の湖畔から眺めると、猫を連想させる何かが見えるのだろうか。



きつい登りが続く(松本さん撮影)

 後発のパーティーには、どんどん先に行ってもらう。リーダーのわかさん、サブリーダーの WARABIさんらが前後に目配りし、他の登山者のペースをじゃましないように、きわめて模範的な 対応を心がける。おまけに、若手の山梟さんが「こんにちはー!! ごくろうさまでーす!!」と からりと底抜けに明るい大きな声と笑顔で、追い越す登山者に挨拶をする。すごいね、わが パーティーは。16人で登っても、周囲に迷惑どころか、温ったかい風を吹かせているではな いか。

 すると、山姿がきちっときまった一人のやや長身の紳士が、私たちを追い抜きざまに「もしか したら、フヤマップでしょうか?」と声をかけてきた。「エフヤマップ」と呼ばれたのかもしれ ないが、コバさんらが「そうです」と応じた。その男性は、「 I です。I です」という。おお、そ の名は、FYAMAPメンバーのMt.Highwayさん(ハンドル名)ではないか。それにしても背筋 をぴしっと伸ばした登高姿は、すばらしいの一言。みんなが I さんとかわるがわる挨拶をかわ し、同じく初対面の私も「野原です!」と挨拶をした。
 でも、どうして、I さんがここに? I さんらの行事と登山は、別のところに行くはずだったの では? I さんによると、目的地の変更を重ねて、ついにFYAMAPオフの現場に現れること がかなったということだった。

 途中の休憩をはさんで、急な登りは続く。眼下の大沼は、まだまだ大きい。
 林の中の登りには、小鹿の毛皮のような斑模様の樹木があり、気になっていたので、遙山望さんに訪 ねてみた。模様は、カゴノキ(鹿子の木)に似ているが、それにしては幹が細めで、しかも生育 数が多すぎる。遙山望さんは、即座に、「これはサルスベリの木」と教えてくれた。「ええっ、サル スベリにこんなのもあるんですか?」。街路樹でみかけるものより木肌の様子がずっと複雑で美 しいが、「庭木に仕込んだものと、こういう自然の木とは、外見がずいぶん異なる」という。庭 木は、裸の幹があられで目立ちすぎる。自然のサルスベリの木の方が、姿が味わいぶかい。
 遙山望さんは、「ムラサキシキブなども、庭木とちがい野生のものは、ずいぶん姿が違いますよ」と 話す。「でも、いまごろから目立つムラサキシキブのあの実は、庭木といっしょですか?」「え え、実の姿はいっしょです」。そうなのか。この標高では無理だろうけれど、野生のムラサキシキ ブを見つけてみたい。
 ミズナラの木はあっても、足元にどんぐりの姿はまったく見当たらない。ミズナラのどんぐりは でっかいのに、とにかく、食べ残しのどんぐりや、殻さえ落ちていないのだ。この山も、ことし、 凶作・飢饉なのだろうか。クマやリスはどうしているのだろう。



寒くなく、暑くなく、快調な登り。私の背中には、改造中の帆布ザック(山梟さん撮影)

 標高を上げていくと、下生えはクマイザサだけに変わり始め、これが山頂部まで続く。ミズナラが 多かった林は、ときに荒々しい樹形も混じるダケカンバに遷移し始めた。この山は樹種がやや単 調。火山のゆえかもしれない。
 ふりかえると、上信国境の四阿山、そして志賀・草津の山々がスカイラインになって並び始めてい る。この高い気温で、山頂からの眺めはどうだろうか。このあいだ来たときは、このあたりから、白 い上越国境稜線が樹幹に見え隠れしていたあたりだ。大沼も、それを囲む赤城の山々も、ところどこ ろにあるモミジなどが鮮やかに紅葉し、ふりそそぐ陽光のなかで、一帯はとっても明るい。



大沼(おの)がずいぶん下になり、全体が見渡せるようになった(山梟さん撮影)

 山頂まであとひと登りというあたり、私は、最後尾で松本さんと2人、そんな周囲の眺めを楽しみ ながら、登っていった。
 見上げる黒檜山の山頂部は、樹木の幹の間に青空が透かし見えるようになってきて、もう距離はあま りない。

 午前10時30分より少し前(たぶん)、山頂部の尾根に着いた。ここは稜線の縦走コースとの分 岐で、「山頂まで0・1キロ」という道標があった。「やった。登りきったよ。松本さん」と、喜び合 う。いよいよ展望名山・黒檜山の山頂の一角に、飛び出した。



黒檜山の山頂付近から、日光方面が見渡せる(松本さん撮影)

 日光の山々がまず目に飛び込んできた。男体山、女峰山、大真名子山。その左に高く日光白根山。手 前に皇海山がにょっきり立ち上がっている。雪がほとんどない、秋の姿。11月なのに不思議な風景 だ。でも思ったよりも空気が澄んでいて、いずれも鮮やかな山容がとらえられるのは、幸運だった。 モヤで眺めはだめかも、と思っていたのに、望外の幸せとはこのことだろうか。松本さんと「すごいな あ」「よかったですね」と声を掛け合いながら、山頂を10時40分ごろに通過する。
 多摩の岳夫さんも、山頂からいっしょに展望ポイントへ向かう。

 ここから北へ100メートル先の展望ポイントまでは、笹薮を分ける踏み跡をたどる。
 2月に来たときと違い、両側は潅木などのヤブが衝立のように視界をさえぎり、廊下の中を歩くよ う。あのときは積雪を80センチ程度と踏んだが、この様子だと雪は2メートルはあったのかもしれ ない。切り通しのような細い雪の高みをすすんだから。


多摩の岳夫さん撮影。野原と松本さんが、薮っぽい踏み跡をすすむ

 松本さんが「野原さんがいっていた四郎岳は?」と聞く。「日光白根山の左手の、あのきりっとしたピ ラミッド型の山です」。

 どんどんすすむと、ついに燧ケ岳など尾瀬方面が見渡せるようになり、尾根の突端の「展望ポイント」 に着いた。冬と違い、尾根の上(突端そのもの)でなく、その北斜面の裸地が、展望の場所となってい た。


展望ポイントの様子(WARABIさん撮影)

 先に着いた私たちのパーティーのほかに、Iさんのパーティーなど、全体で25人ほどの登山者が眺め を楽しんでいる。思ったよりずっと広い。空がとにかく青い。なんて開放的な場所なんだろう。



黒檜山の展望ポイントで、参加者一同、山に見とれる(多摩の岳夫さん撮影)

 西に、浅間山が噴煙を上げている。四阿山、草津白根山、横手山も指呼できる。そこから谷川連峰ま での上越国境は稜線に雲がかかっていた。白髪門と朝日岳から右の山々は見え、8月にたどったナルミ ズ沢とエボシの谷も確認できた。正面にはどっしりと大きく武尊山。カルデラから突き上げた火山と、 その山容をたとえた人がいるが、なるほどそう見える。


武尊山(WARABIさん撮影)

 さらに右(東方向)へ、笠ヶ岳、至仏山、燧ケ岳、右そばにゆるやかな会津駒がある。ここから日光 の山々がずらりとならび、ほんとにこの場所からの展望はすごい。


日光方面(WARABIさん撮影)

 眼下に急に落ち込んでいく赤城の北西斜面の山腹は、落葉し始めたミズナラの樹林に、カラマツの黄 葉の森が縞模様になってくいこみ、のびやかなスロープを埋め尽くしていた。黄色の帯が幾筋も、幾筋 も山を下っていく。やわらかい斜め日に照らされて、秋ならではの、この場所からの眺めだった。どれ ほどの人手が、このカラマツの植林に費やされてきたことだろう。そしてなんと広大なミズナラの樹海 だったのだろう。



キノコ汁づくりに没頭(山梟さん撮影)



同じく、没頭(WARABIさん撮影)



ま・だ・か・な(WARABIさん撮影)



できあがり(遙山望さん撮影)



さあ、食べよう(コバさん撮影)



コバさん特製おにぎり(海苔が別ラップでぱりぱり)と、きのこ汁(WARABIさん撮影)

 ここで、コバさんのおにぎりが配られ、多彩な具のおにぎりをぱりぱりの海苔で包み、ほおばるヨロコ ビを味わう。キノコ汁もでき、そしてNさんからはメロンの切り身までデザートとして用意された。み なで眺めと昼のごちそうを楽しむ。これがオフの楽しみ。お茶を飲む時間が不足し、水の計算も多すぎ て、山梟さん、わかさんらが担ぎ上げた水が十分に活用できなかったのは、申し訳ないことだった。



山頂でスナップ(山梟さん撮影)

 TYFさんが、10回におよぶ黒檜山詣での撮影をもとに編集したパノラマ、およびズームアップの展望写 真も、A4版にプリントして登山口で参加者に配られた。ここには、WARABIさんが先日、撮影したばかり の美しいパノラマ遠望写真も入っていて、眺めの確認にはこのうえない手引きになった。
 今日は、北ア、南アの遠望はかなわなかったけれども、好天のもと、まずまずの展望と交流ができた。

 11時50分すぎ、展望ポイントを出発。山頂で記念撮影し、南方の展望地点となるお社(祠)に少し 立ち寄って、下降にかかった。
 岩が多く、傾斜があり、段差もまじるこの道は、下降も、一歩一歩、足場に気がぬけない。一面、雪にお おわれる時期は、好きな歩幅で一気に下ることができたが、今日は転倒に気をつけて、足元から目が離せ ない状態のまま下降した。
 今度の赤城山オフでは、遙山望さんから、いまから120年以上も前に、この赤城山のどこかに、原 三角点が設置されたという資料をいただいた。展望名山の赤城山が、そういう古い時期から、地図づくり のための、関東で最重要の観測地点の役目をになってきたことを、この資料は裏付けている。
 また、50年以上前の冬、黒檜山の山頂のあの展望地点からパノラマ撮影をされたM氏からの、当時 の赤城山の記録などの資料も、TYFさんから紹介された。当時は、冬の大沼を横切って、黒檜山に取り付いたという。い まはにぎやかな大沼の一帯も、そのころはひっそりとした山上の聖域だったのだろうか。

 登山口の駐車場に13時15分ごろに到着。
 オフの打ち上げ場所となる富士見村の富士見温泉では、中村さんが駆けつけてきて、パーティーの到着を 待っている。急げや急げ。私たち夫婦は早く風呂に入って、部屋番などをしようと、車を飛ばして富士見温 泉に向かった。計17人に増えたオフ参加者らは、汗を流し、和気あいあいの交流のひとときをともにし て、16時に解散した。
(東京・西端の自宅を、6時02分出発。18時47分帰宅。)

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 写真を借用した同行者の方々のうち、次の方はHPがあります。
 どうぞ、こちらも、ごらんください。
       ↓
 山梟さん http://mountain-owl.sakura.ne.jp/
 多摩の岳夫さん http://yamatabi.que.ne.jp/
 コバさん(ズッコケさん) http://www.aa.e-mansion.com/~kobafami/
 WARABIさん http://homepage2.nifty.com/masaru_s/
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山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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