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正月の奥多摩むかしみち。ダムから奥多摩駅へ 2010年1月3日
2つめ中山集落で、石垣を伝う赤い実の枝。 /////////////////////////////////
コースタイム:
正月の奥多摩むかし道。JR奥多摩駅から奥多摩湖のダムまで、多摩川の本流沿いに旧青梅街道をすすむ由緒ある道です。
行き違ったハイカーは、4組9人。
最初の1時間ほどの部分、青目不動堂から、西久保追分の区間(青梅街道の
バス停の位置で示すと、水根から、桃ヶ沢までの区間)は、整備されていない
山道で、崖や深い落ち葉の堆積が続き、小さなお子さんには注意が要ります。
桃ヶ沢を起点にして「むかしみち」を歩きに来た年配のご夫妻もおられまし
た。 多摩川本流を下に見、現在の青梅街道を上に見て進む区間が多く、バス停には 随所でアクセスできます。
奥多摩駅。西東京バスで奥多摩ダムへ
水根のバス停にある、案内板。
ダム入口にある水根バス停から、むかし道へと入ります。
林道を離れ、最初の集落のある高台の一帯に上がると、ダム湖が見渡せます。
この先に休憩のお店や不動堂があります。
石垣にキク科のドライフラワー。
しばらく落ち葉が深く堆積した山道。沢型の場所を崖を見下ろしてトラバースする場所もあります。
アセビでしょうか。
足元には、多摩の山村で受け継がれた地野菜の「ノラボウ」が育っていました。これからは旬です。ここから、細い山道は急降下します。
下って下って、トンネルの下を青梅街道(国道141号)が抜ける場所を、さらにその下まで下って、途中で横を見ると、ダムの南半分のアーチが眼前に迫ってきました。 ここから、多摩川へ向け、さらに下ります。
谷底から高度差50メートルほどのところで、小さな尾根を回り込み、林道に下り立ちます。下流方向を眺める。
日当たりがいい斜面に、アケビの葉。
霜に葉を焼かれたキク科の花。
林道は、実は青梅街道の旧道跡(むかし道)らしい。むかし道らしく、道脇にはお地蔵さまが、つぎつぎと現れます。 これは、虫歯の痛みを取り払ってくれる「虫歯地蔵」。
さらに旧道跡を進むと、多摩川に架かる1つめのつり橋。渡らず、右手に見送ります
多摩川の上流側をふりかえると、さきほど抜けてきた中山集落が、はるかに尾根の高みに望めた。 谷は深いトロ場を連続させています。
この道は、昔の物資の輸送ルート。馬が主力の時代で、馬・牛を供養する地蔵や、馬の水呑み場跡(写真)がありました。 昔は、谷底に落ちる馬もいて、供養されてきたとのこと。
杉の間伐材を乾燥させて、積み上げ、蒔づくり。
道端でお片づけの、年配の女性。「今日は風が寒い」といいます。 日が短いこの時期、「あの山が高いので、お日様が一日1時間しか出ない。出たと思ったら、すぐに隠れてしまう」と指差して説明してくれました。 石垣で組まれた傾斜地の畑も限られた日差しのなかで、冬はご苦労が続く様子でした。
石垣にユキノシタの葉。霜焼け気味でした。
はるかに高く、奥多摩ダム工事の物資輸送のための軌道跡を見上げる。下のトンネルは、現在の青梅街道。 むかし道は、ここで、青梅街道に接する。
むかし道には、お社や神社も多い。これはダム側から数えて確か4つめの、白髭神社の狛犬。ここまでくると、行程はあと3分の1。すぐ先で多摩川本流は青梅街道を横切り(境橋)、むかし道も川の流れといっしょに北へ大きく曲がりこんで行きます。
上部に軌道跡。写真左よりの金属のレールは、上部に人と物を運びあげる、現役の運搬軌道です。 実はこのあと2010年夏にテレビで 放送されたのですが、この金属軌道は集落で一番高い尾根に住むお年寄り夫婦の、生活の足なのです。発動機で動く小さな運搬車を使って、お爺さんが麓の町に買い出しに来ます。
桧村集落を進む。奥多摩の町の入口です。
道はいったん山林にもどり、軌道跡にそって進みます。トンネルが2箇所。
崖下の湿った場所には、セリが群生。
トンネル
むかし道もあと100メートル足らず。土蔵がある分岐で、むかし道(奥多摩湖方面、左)と、六ッ石山への登山コース(右)を分けます。
青梅街道の郵便局があるT字路が、むかし道の入口でした。ここから奥多摩駅まで、200メートルほど。途中で支流の日原川の橋を渡ります。 |