台風一過、北アを望む高妻山

 2003年8月9〜10日




稜線の五地蔵付近から、ガスが切れ始めた高妻山を望む

 8月9日
「台風一過」の晴天をねらうには、台風が吹き荒れているうちに、山のふも とをめざさなくてはいけない。そのセオリーに忠実に、私たちは東京を発ち ました。
 車が関越道に入ったころ、ラジオは、台風が金沢市付近に迫ったと伝えて いました。
 頭上の低い雲は南から北へ、速く流れています。道路沿いの木が強風で激 しくしない、折れた木の枝、たくさんの落ち葉、いろんな飛散物が道路上を 舞っています。作業車が車線脇で飛散物を回収しているようなところを、私 たちの車は長野へ向かいました。

 長野を目指すには、狭い谷筋を走る中央道は山梨県内でしばしば通行止め になります。今日も、豪雨が太平洋岸を襲ったせいもあり、鉄道は高尾から 先が不通になりました。
 関越道をとった私たちは、幸い強い雨の地域を外れて通行止めにあわず、 道はすいすい。
 途中、上田市で戦没画学生の作品と遺品を集めた「無言館」に立ち寄り、 長男、二男らと当時の若者たちが生きた時代と戦争を考えるひと時をすごし ました。

 夕方5時すぎ、長野市に入り、今夜の食糧を買出しました。ループ橋を 通って、午後6時半、戸隠キャンプ場着。
 テント設営1張2000円。売店・管理事務所は夜遅くまで開いていて、 トイレ、シャワールーム、その他キャンプに必要な基本施設がすべてそろっ ています。
 テントを張って、ランタンを灯して、久しぶりに家族がそろっての宴会で す。夜7時半ごろには、風も弱くなり、雨が止んで、空には星も見えてきま した。

 8月10日
 午前3時起床。濃い霧がたちこめています。おじや、ラーメン、果物で朝 ご飯。水とスポーツ飲料は4人で計6・5リットル用意しました。
 車を200メートルほど離れた登山口(戸隠牧場管理棟前の駐車場)まで 移動させ、登山届けを出して、4時50分に出発。

 

 牧場内をすすみ、柵を抜けたと思ったところで、冷や冷やさせられる事件が 起こりました。乳牛(ホルスタイン)というのは、ほんとにでかいのですね。子 ども連れの乳牛が3頭、私たちが進む登山道を通せんぼして草をはんでいたの です。そこに、茶色の肉牛の子どもづれも加わり、あとから来た肉牛は立派な 角がいやでも目立ちます。
 なんと、私たちは、まだ牧場を通り抜けていなかったのでした。大きな図体の 牛たちに目の前をふさがれて、
「子連れだから興奮させると危ないよ」
「迂回して進もうか」
「おい、気をつけろ」
だのと、私たちは右往左往。



子どもの牛を連れたホルスタインが登山道脇に

 と、妻が先頭にたって、まっすぐ道を進み始めました。 「私が先に行く!」
「いや、もうちょっと出方を見よう!」
「だいじょうぶ」。
息子たちも続いて、牛の様子を写真に撮っていた私がついに、一人、しんがり に。



みんなが先に行ってしまい茶色の肉牛まで
集まったなかを通り抜けました。カメラがぶれています


 右も牛。左も牛。そのあいだをすり抜けるようにして、茶色の肉牛など1メート ルほどの距離に近づきながら、恐ごわとやりすごしました。いや、すごい迫力。単 独行だったら、どうしただろう。
 その先で牧場の3つめの、そして最後の柵を抜け、林の中の登山道へ入りまし た。帰りにもあいつらは、また通せんぼするのだろうか。

 

 登山道は、大洞沢沿いを、稜線の最 低鞍部である「一不動」へと登っていきま す。一帯は、ほとんどミズナラだけが生育している自然の林です。
ミズナラは、明治以後、家具用の高級材として大径木が大量に伐られ、輸出されまし た。ミズナラがよく生長した幹が並ぶこういう林は、貴重なものでしょう。1株から 数本の幹が立ちあがっているものもあり、また、太さ70センチ、高さ25メートル ほどの立派なミズナラも見られました。

 大洞沢は、下流部には鉄分が多い水流が流れ込んでいましたが、少し進むと苔がよくつい たいい沢水となりました。距離にして1キロあまりの区間は、流れを幾度も渡り返し ながら沢床を登っていきます。
 昨日の雨量がさほどでなく、早く止んだのが幸いでした。



 前方の地形が源頭の様相を見せて、壁のように急傾斜になってくるのを感じると、左 手に赤茶色のナメ滝(落差8メートル)が現れました。25度ほどの傾斜です。
沢登りならすたすたと歩いて上がる場所ですが、ゴム底の山靴では滑りやすく、左岸 に垂らされた鎖を伝って登ります。



ギボウシの花が盛りの、帯岩のトラバース

 その上部で、周囲をこげ茶色の軟らかそうな岩壁で囲まれた場所に出ました。まる でドームの底から見上げるよう。ここが「帯岩」です。中段とずっと上方に、沢の源 頭の滝が、3筋ほど落ちています。戸隠らしい険しい地形です。
 帯岩には、中段左側にテラス状の切り通しがあります。ルートは岩場を左から小尾根 でまき、その途中からテラス状の切り通しに出て、右にトラバースして進みます。トラ バース地点には、短い鎖がおよそ120センチ間隔で垂らされていて、順にそれを 握って岩場を抜けました。
岩場には花が多く、カメラを出しにくい場所に群生していたウツボグサの青い色が鮮烈で した。オオバギボウシもたくさん咲いていました。

 岩場を抜けると、潅木のトンネルのなかの急な登りです。すぐに湧水の水場が出て、稜 線は間近。
 6時20分、鞍部の一不動避難小屋に出ました。 そのまま休まず、尾根を進みました。まだ森林限界より低く、見通しはよくありません。

 

 稜線の最初の小ピークの登りから、右手が崖状に切り立った地形が続きます(「釈迦崩 れ」)。崖は、登山道の下がスッパリと切れ落ちているところもあり、また数十メートル の草つきの斜面が続いて、その先が視界から消えている地形もあります。
 この急斜面は、花繚乱。マルバタケブキ、ツリガネニンジン、シモツケソウ、ミヤマアキ ノキリンソウ、リンドウ、ハクサンチドリなど一面色とりどりの花で覆われています。断 崖から突き出た岩尾根のテラスが、桃色のシモツケソウで埋まっている場所もありまし た。

 シラネアオイもニッコウキスゲも、もう花の姿がありません。あの有名なトガクシショウ マは、もっと早い時期に、森の中に咲くのでしょうか。クルマユリやハクサンフウロなど 定番の高山植物が見られないのは、地域の特性か。
 断崖の、ずっと下方には、白樺と緑の草はらの戸隠牧場が広がっています。標高から予 想する以上に、ずっと高度感のある稜線歩きでした。

 稜線上の小さな高まりに設置された石の祠には、順に、一不動、二釈迦、三文殊、四普 賢、五地蔵と続きます。三文殊の手前で、食事休憩。また断崖が続いた先にある五地蔵に は、ピークの手前に小さな広場があり、いい休み場になっていました。
 稜線は以前、霧が巻いています。ときおり高妻山の南面の岩場が姿を見せますが、鋭い山 頂部は隠れたまま。でも上空には、真っ青な空が広がっています。

 六弥勒、七観音、八薬師と数えてくると、稜線にはゴゼンタチバナの花のあとの赤い実も 見えました。ハクサンシャクナゲは最後に残った気品のある花を、地面に散らしていまし た。

 九勢至あたりから、「八丁ダルミ」の緩傾斜が、急な登りに変わります。高妻山の山頂 は、もうひと登り。休まずに高度を上げていきました。頂上目前で、北アルプスにかかった 雲とガスが切れ出し、ずっと南よりにまず槍ヶ岳が確認できました。やった! 
 高妻山の山頂(十阿弥陀)は、その一角に達してみれば細長い山頂部で、三角点まで80 メートル前後も進まされました。

 8時54分、山頂着。
 誰もいない、静かな頂でした。

   まず驚いたのは、乙妻山の姿です。立派な、大きな、岩の固まりのような山です。鞍部が予 想外に深く落ち込んでいます。1時間で行けるはずなのに、ずいぶん距離感があります。「十 三虚空蔵菩薩」のこの山まで行くのは、まったく別の山を一つ登らされるくらい、労苦を重ね そうに見えました。



雲海の向こうに、間近に展開する北アルプスの眺め。左端が、 鹿島槍。右端は朝日岳まで
Canon PowerShot G2 で105ミリ相当のズームで撮影。PLフィルター使用


 北アにかかる雲とガスは時々刻々と様相をかえながら、次第に視界を広げています。
 「絶景の山頂」とは、このことでしょう。朝の光が山を際立たせています。
 とりあえずパノラマ合成した写真では、南に鹿島槍、立山をはさんで、五竜岳。立山の富士の折立の右 には真砂岳の丸みのある山頂部が顔を見せ、内蔵之助カールはこの夏は膨大な残雪が見えています。
 五竜岳の右(北)には剣岳が鋭い。その間には剣御前が見えています。
 さらに右(北)へ、唐松岳、不帰の岩尾根の下部には雲が消えた瞬間には長大・幅広の雪渓が見えました。
 右へ、白馬鑓、杓子、白馬岳。間近に、大きく見えます。
 さらに右(北)に、雪倉岳、朝日岳。朝日岳から北へ続く五輪尾根あたりも、残雪がいっぱいでした。
 南は雲が深く、水晶、野口五郎、黒部五郎、そして笠ヶ岳らしい姿が短い時間だけ姿を見せました。槍ヶ岳 は山頂に上がってからはずっとガスの中で、姿が見えません。

 至近の山では、東側の飯縄山が完全に雲の中です。黒姫山は、登る途中で一瞬、外輪山とドームが くっきり見えました。真北方向の火打、焼山、雨飾山も、ガスの間から見え隠れしています。焼山は、い つ眺めても、近寄りがたい迫力を感じます。

 私たちは、おやつと果物を次々にザックから出して、この絶景を楽しみました。キュウリのも ろみ味噌生かじりと、くずきりが、とくに美味。ぶどうに、梨、桃まで飛び出しました。



 山頂西側の目の下には、鬼無里村の奥裾花渓谷の上流部の森が、大きく広がっています。19 89年5月初め、ここに家族で出かけて、残雪の「東西山」(裾花川の西山)の稜線に登り、戸 隠側に岩場が目立つすごい山が2つあるのに驚かされました。
それが、高妻山と乙妻山でした。雪と黒い岩肌が青空に映えて、険しい山容でした。



参考写真1――東西山の5月の稜線から、乙妻山への尾根と頚城の山々

 高妻山は、その後、幾度かその山を眺めました。なかでも、2002年2月、飯縄山にツアー スキーで登ったときに、左手奥に白馬連峰、手前に戸隠の荒々しい岩山を従えて、高妻山が高く 鋭く、優美な姿を見せていたのが印象に残っています。


参考写真2――飯縄山から、戸隠と高妻山

 屈指の名山が集まる北信濃の山のなかで、高妻山は群を抜いて見映えがする、そして高度感の ある山だと思います。念願がかなった頂でした。

 1時間の展望堪能のあと、9時57分、私たちは山頂をあとにしました。静かな山頂で、素晴ら しい時間を独り占めにできた私たちは、幸せでした。
 稜線の長い下降で、花の撮影に楽しい時間を費やし、一不動避難小屋に12時07分着。家か ら凍らせて運んできた2リットルの水を、まだ氷が残ったまま、ここで回しのみしました。元気 が戻ります。
 戸隠牧場の登山口には、13時25分に降り立ちました。
 今度は巨大な牛たちの歓迎に遭わず、ほっとしました。キャンプ場でシャワーで汗を流し、冷た い牛乳を飲み、戸隠で蕎麦を食べ、再び上信越道、関越道(今度は渋滞)を使って帰京しました。





山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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