峰の原のきのこの宿に泊まり
 カヤノ平でナメコ狩り

           1996年10月26〜27日  家族4人



 ・・・かくして、シーズンが完全に山を越したなか、 さっそくその「ペンション きのこ」に予約を入れた 。ご主人(小宮山勝司さん)が出て、「もうきのこは、終わ りになってきましたから」という。来てから残念がられるよ りも、という心遣いの様子。志賀高原かカヤノ平あたりのブ ナの林に足を伸ばしますから、といって、宿をお願いした。 きのこの写真や絵がたくさんあるようだし、きのこもいろい ろ食べられるみたいだよと子どもたちに話すと、峻ニは「そ んなペンションがあるの!」と大喜びしている。行きの車の 中では、遥子は20年ほど昔のペンションガイドの話をした 。「出がけにガイドブックを見たんだけどね、このペンショ ンだけは、よそと違って、建物ではなく、奥さんのスキー姿 の写真が載せてある。おもしろそうだね。名前もきのこでな くて、前は小宮山ペンションといってみたい」。

 10月26日(土)、遥子の勤務先まで 迎えに行き、仕事を終えた遥子を乗せて13時10分、出発 。青梅から圈央道に入り、関越道を経て、妙義山の脇を抜け る上信越道を走り、小諸インターへ。菅平まで登ると、カラ 松は黄金色に色づいている。木々の葉も落ち始めて、まさに 晩秋の雰囲気。峰の原高原へと折れて白樺やカラ松が主体の 林をうねって登っていくと、木造りの「ペンション きのこ 」を見つけることができた。17時少し前なのに、もう薄暗 い。風が強くて、ドアを開けた子どもたちがふるえあがって いる。うわーっ、寒い。

 「きのこ」では、オーナーご夫妻は、娘さんとともに、夕 食の準備で忙しそうだった。中2階にストーブをデンと置い た「談話室兼乾燥室」があり、ここで温まりながら、他の泊 まり客と談笑した。浦和からきたという常連の夫妻は、ご主 人がつい先日、百名山を登りきり、奥さんももう九十以上に 登ったという。「明日はパラグライダーの講習にでる」とい う元気印のお二人だった。

 夕食の時間となり、食堂へ。鍋が湯気を立てているが、具 がすごい。大きく成長したヒラタケの株を切りわけたもの、 シロマイタケの大きな固まり、それにナメコ、ハナイグチ、 クリタケ、エノキダケ、キヌメリガサもどんと盛りつけてあ る。後で聞いたら、里まで降りていって、ハナイグチやクリ タケを摘んできたとのこと。ナメコは飯山あたりまで遠出し て収穫したとのことだった。この日の泊まり客は20人を超 し、7つの鍋にきのこを山盛りに盛りつけたのだから、その 苦労は大変だったと思う。キヌメリガサと山芋おろしの酢の 物もおいしかったし、ニジマスの燻製もよく風乾してあって 、いい風味だった。

 鍋に入れたなかで1種類、わからないきのこがあった。部 屋へもどって図鑑で調べたら、杉林の落ち枝に秋遅く出る「 スギエダタケ」らしい。奥さんに聞くと、1種類でも多くの きのこをこの時期にでも食べてもらおうと、里の杉林を歩き 回って収穫してきたものということだった。「このきのこは 、柄の先、根の部分がもやしのようになって伸びていて、そ こは堅いから、切って調理するんです」。

 ビールにお銚子もいただき、夜は気持ち良く寝入ることが できた。夜半には、床暖房の部屋でも、外が冷えてきたのを 感じた。

 10月27日(日)。
 翌朝は、「うわーっ、お父さん、外が白いよ。雪が降った よ」という峻二の声に起こされた。もうひと眠りして起き出 して外を見ると、雪ではなくて霧氷だ。霧氷が、カラ松を真 っ白に装っている。子どもたちは、ストーブに火を入れたり 、外で犬と遊んだりしている。「談話室」の窓ガラスを通し て、白馬岳、杓子岳、白馬鑓から五龍岳、鹿島槍ケ岳、爺ケ 岳、そして針ノ木岳と蓮華岳まで、後立山連峰がずらりと、 梢ごしに、真っ白な姿で並んでいる。鹿島槍の左方にちょこ んと出ているピラミッドは剣岳だろう。その左には、やはり 稜線越しに、立山が大きな姿を見せていた。すばらしい快晴 。

 朝食の後は、小屋の裏手にある「きのこのエリア」を見せ てもらった。ヒラタケの立派なものが、丸太からカサを広げ ている。斜面の草むら、落ち葉のなかからも、つい先日まで ムラサキシメジが出ていたそうだった。シャグマアミガサタ ケとか紹介してくれたキノコも、形も色も変わり始めた老菌 が残っていた。奥さんが「変形菌は、好きですか?」という ので、「あの動いたりする仲間でしょう。好きな人がいるそ うですけど、私は、どうも、そこまでは………」。すると、 また「地衣類、コケなんかは?」と、聞いてくる。「いや、 いまのところ、食べられる菌だけを、追求している状態で… ……」。「そうですか。このあたりも冬になると、木の表面 からいろんな仲間がはがれて落ちてくるんですよ」。「そう ですか」。この宿に通ったら、菌類のとてつもない大きな世 界に向かって、間口も奥行きも、ずーっと拡張されてしまい そう。

 

8時半に「きのこの宿」を出発し、車で北上。カヤノ平を めざした。須坂市まで下りると、右手の志賀高原は、上部が もうはっきりと雪化粧している。小布施、中野と走ると、そ の志賀高原の北側に、カヤノ平の高原状の地形が見えてきた 。私は、三年前の秋に男4人で夜行日帰りの強行スケジュー ルで訪れていらいだが、岳彦、峻二、遥子は、1991年の 秋に、雨の中でキャンプしていらいだから、道もほとんど覚 えていないという。あのときは、ナメコにはまだ早くて、大 きなキンチャヤマイグチなんかが採れたっけ。

 清水沢林道の登りに入ると、いま融け始まったばかりの雪 道となる。冬タイヤに替えてきて助かった。10時すぎに、 ブナやトチの古木が草原のなかに立つカヤノ平の管理小屋前 に着く。

 さっそく登山靴で足ごしらえをして、付近の山の高みへ むけて出発。林の中に入る と、積雪は4〜5センチ。笹ヤブをこいて進むとズボンがび しょぬれになってしまい、途中で雨具のズボンを重ねばきし た。やぶに分け入ってすぐに、切り株の根本でクリタケが二 株見つかった。離れていた遥子たちを呼んで、みんなで収穫 した。「こんなに遅い時期になったのに、ずいぶん新鮮なク リタケだね」「これで、帰ったらクリタケ御飯ができるね」 。

 そのあとも、ムキタケが着いた倒木などは見つかったが、 ナメコはなかなか見つからない。まだ初雪があったばかりだ から、これからなんだけどな。笹ヤブの中を進んでいくと、 足元にやぶと雪に埋もれるようにして、直径15センチほど の細めのブナの倒木があった。「おやっ」と思って雪をそっ とのけると、傘が開いた大ぶりのナメコが顔を見せた。雪を 除いていくと、そんなナメコが次つぎに顔を出す。立ち上が って、先行する遥子たちに声をかけたら、峻二が引き返して きた。二人で倒木の上の雪をどかしていくと、ナメコの傘は 先へ先へと続いている。手袋はぐっしょりに。「お父さん、 いったい、幾つあるのかなあ。それに、凍っているよ」「大 丈夫、ナメコは凍ってもおいしいんだから」「手が冷たいよ 」「いいから、頑張って、採るんだ」。この倒木だけで、大 きなポリ袋が一杯になって、まだ入りきれず、もう一つの袋 にも結構な量が収まった。「重いね」。

 正午前におにぎりの昼ごはんをとる。晴天で、日差しが温 かいのには助かった。



ブナシメジ

 こんどは刈り分けの踏み跡を進みながら、三年 前に見つけたナメコの倒木を捜した。しかし、それらしいブ ナの倒木は2〜3本あったけれども、ナメコやエノキダケは 見当たらない。やはり、ことしは、季節が早めに推移してい るのだろうか。引き返して、途中、遥子を先に駐車場へ帰 して、子どもたちと三人でまた笹ヤブに分け入り、ムキタケ やブナシメジ、ニカワハリタケ、ブナハリタケを追加した。 車にもどって、きのこを広げたら、新聞紙の面積がやっと一 杯になる程度だった。けれども、ようやくの休みで、時期遅 れでこのブナ林に来れ、程々の収穫があったのだから、満足 、満足。

 午後2時半、雑魚川林道から秋山郷への道を下る。斜めに 差し込む明るい日差しの中で、ブナもツタもウルシなども、 紅葉はすばらしい原色の輝きを見せてくれた。トチやミズナ ラの巨木も多くて、林道沿いには車を止めて見とれるような 、すばらしい枝ぶりの大木もあった。秋山郷の谷間にさしか かると、東側には5年前にツアースキーで挑戦した神楽峰か ら苗場山にかけての量感にあふれた山並みが目の前に展開す る。西には、見上げると首が痛くなるような高度感で、これ も雪化粧をした鳥甲山がせり上がっていた。





山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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