刈り分け道をたどって、切明から佐武流山

     2000・10・19(日帰り)


 この記録は、登山道の復元のための開削・刈り払いがほぼ終了した時点での、 試登として実施したものです。現在は、道がかなり踏まれて、状況が変わって います。登山口と駐車スペースも新設されていますので、新しい情報を得て、 入山してください。



佐武流山の山頂

東京・西多摩の自宅(4時15分発、車)→塩沢・石打インター(6時08 分)→国道405号(秋山郷・切明)の檜俣川林道ゲート・107 0メートル(7時25分着、車デポ、マウンテンバイク利用、7時 49分発)→佐武流山登山道・取り付き(8時48分、マウンテン バイクをデポ、同52分発)→檜俣川を渡渉(9時08分)→物思 平・1589メートル(10時05分、同14分発)→ワルサ峰・ 1870メートル(11時14分、新雪の白馬三山、大きく噴煙上 げる焼山など妙高連山を撮影、同38分発)→主稜線と合流・ナラ ズ分岐(12時08分)→佐武流山・山頂(13時07分着、上越 ・越後・奥日光の展望、13時25分発)→ナラズ分岐(13時5 3分)→ワルサ峰(14時27分、同33分発)→物思平(15時 12分)→檜俣川渡渉点(15時46分)→林道(16時08分、 同12分発、マウンテンバイク利用)→檜俣川林道ゲート(17時 05分着、25分発)車→塩沢・石打インター(18時46分)→ 自宅(20時44分)

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 佐武流山(2192メートル)は、苗場山と白砂山の間をつなぐ稜線上の最高峰である 。佐武流は「さぶる」とも「さぶりゅう」とも呼ばれている。

 登山道がなく、稜線がやぶに覆われるこの山に、地元の山好き集 団「前進倶楽部」が栄村などの了解を得て、1998年から自主的 に登山道づくりにとりくんできた。古い山の地図には、稜線から栄 村側に下降して檜俣川に下りる「水無尾根」に踏み跡が描きこまれ ているが、今回の刈り払いはこの古い登山道の「復元」を目的にし ている。
 この「刈り分け道」は、これから歩きこまれてゆくに連れて、利 用しやすい道に変わっていくと思われる。現状は、笹やネマガリダ ケを刈り払ったところでは、残った笹の根元に足をとられ、倒木や 苔の中をたどる場所ではルートを見失わないように気を使わされる 。しかし、赤いテープの目印、木の幹に打ちつけた金属の標識など は要所にあり、なによりもやぶこぎなしで佐武流山に登ることがで きるという恩恵は大きい。



GPSトラックログによる佐武流山へのルート。
カシミール3D(DAN杉本 作)で描画。
国土地理院数値地図50メートルメッシュ標高を使用。
黄色は林道部分。赤いルートが刈り分け道。


 ホ−ムペ−ジでこの登山道復元の活動の様子を知り、新潟市の豊 栄山岳会が2000年6月に、作業途上の刈り分け道をたどって佐 武流山に達した記録を読んで、東京から日帰りの日程で佐武流山に 登る計画を立てた。
 往復正味10時間前後の行程のうち、ほとんど平坦な林道歩きが 2時間30分ほどを占める。行程の短縮のため、マウンテンバイク を車に積んでいった。

 ワルサ峰から佐武流山へつづく稜線は、上越、日光、奥志賀、妙 高、そして北ア・白馬三山の、すばらしい展望コースだった。

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 木枯らし1号が吹いた翌日の夜明け、関越道の赤城インター付近 は気温0度と冷え込んだ。全容を現していく谷川連峰、その西に見 え隠れする苗場山は、この初寒波でも、まだ雪化粧はしていない。 これなら予定通り、佐武流山の新道を登ることができそうだ。
 塩沢・石打インターから353号線で津南町へ出て、405号線 で秋山郷へ登り返す。途中、朝陽に照らされた鳥甲山が素晴らしく て、車を止めてカメラを向けた。

 檜俣川の右岸(上流から見て)沿いに延びる林道のゲートが、4 05号線の左手に現れる。「佐武流山登山道 山頂まで5時間」の 金属板がゲートに取り付けられていた。
 午前7時49分、マウンテンバイクを引いて林道を歩き出す。少 し登り坂という程度のところが大半で、ときどき下り坂になる場所 では乗って、行程をかせぐ。3キロ半ほど進んだところがY字路に なっていた。左に分かれる林道は苗場山から南西に張り出した大岩 山、エラクボ平へ登っているようだ。進む林道は、月夜立岩という 風流な名前の岩峰を回り込んで、緩く登り、下りしている。



ムキタケ

 8時48分、200メートルほどの下り坂を乗ってすすむと、右 手に道標(柱)が立っているのを見つけた。ここが水無尾根の新道 への入り口だった。道は、標高差で120メートル余りも下降して 檜俣川へ下りている。下降の途中、道の脇にナラタケ、ムキタケ、 シロナメツムタケなどが倒木に付いているのを見つけた。
 檜俣川の渡渉地点は、谷がU字型に収束していて、下流は一枚岩 の瀞場が連続している。沢幅は減水時で6メートル、水深は渡渉部 分の浅瀬で25センチほど。石跳びで渡る。少し増水すると、渡渉 はむずかしい場所だから、下降のときの天候などに注意しないとい けない。

 対岸の登り返しとなる。踏み跡もそのまわりも霜がびっしりお おっている。足元は霜柱がびっしり。ブナの倒木からチャナメツム タケがカチカチに凍って生えだしていた。帰りには、やわらかく融 けて、傘が成長していたのには驚いた。

 傾斜の緩いカラ松の植林地を抜けると、ブナ、ミズナラの樹林の 電光形の急登になる。とても静かで、鮮やかに染まった木の葉が落 下する音が意外に大きな音を立てている。
 急登の途中、前方の茂みから「グワォー」とせっぱつまった唸り 声がして、バサッバサッと茂みを分けて右手にすごい勢いで走り抜 けていく動物がいた。大きな犬のような吠え声だから、鹿ではな い。イノシシか、熊か。相手の方がもっとびっくりしたはず、とは 思っても、私の心臓はまさに早鐘状態。「こいつめ、びっくりさせ てくれるぜ」。こちらからも、走った方向へむかって、「ウ ガォー」と力いっぱい吠え返してやった。

 10時05分、古木のわきの小広い平坦な場所に出た。「物思平  ワルサ峰へ60分」と看板がある。GPSは標高1589メート ルを表示している。尾根の切り立ったピークのワルサ峰まで標高差 300メートル。ここからは、針葉樹が主体の尾根の、一本調子の 登高になる。腹ごしらえをして、歩きだす。



ワルサ峰から鳥甲山



ワルサ峰から岩菅山方面

 水無尾根は右手がすっぱりと切れ落ちてきて、登るに連れて、周 囲の展望が開けてくる。林道からもおもしろい形だなと眺めてきた ドーム状の烏帽子岳。その背後に、裏岩菅山と岩菅山、そして山頂 にアンテナ様の施設が立つ横手山が見えはじめた。
 西から北へ視野を移すと、カヤノ平のブナの樹海が広がる。そし て鳥甲山は白グラ尾根のはりだしが東面の岩壁を隠して、おだやか な山容に変貌している。真北には苗場山の山頂部の湿原が次第に視 野に入ってきた。湿原は黄色に染まり、その台地の下の山腹には黄 色のブナの大木の一本一本が数えられる。谷一つをへだてた距離。 秋真っ盛りの景観だ。

 尾根の右手が白い岩石の崖になってきた。突起のような小さな ピークが2つ、3つと連続する。岩場を転げ落ちる落石の音が、カ ラカラと響いてくる。間を少しおいて、つぎつぎと石が落ちてい く。ワルサ峰は下の谷の名前をとって「悪沢(わるさ)峰」とも書 かれるが、石を落とす「悪さ」をする山、というふうに解釈もでき るな、と思う。その悪谷の対岸には、飯豊連峰の北股岳のような切 り立った鋭峰がある。猿面峰(1998メートル、サルヅラとだけ 地元では呼称する)と呼ばれ、佐武 流山の本峰から北西に張り出す尾根上にある。



ワルサ峰から白馬三山



ワルサ峰から、カヤノ平のブナ林の上に、妙高・火打・焼山


 小さなピークのアップダウンのあと、11時14分、ワルサ峰に 着く。
 三脚をセットして、さきほどから気になっていた二つの山並みに 、400ミリのレンズを向けた。
 ほぼ真西、烏帽子岳の右に、新雪を光らせて北アルプスの一角が 見えている。望遠レンズの向こうに見えたのは、白馬三山だった。  そのさらに右、カヤノ平の上にも高い山並みが浮かんでいる。肉 眼でもわかるほど、大きな白い円柱状の噴煙をもくもくと吐いてい るのが焼山。火打山、妙高山もとらえられた。まだ雪化粧をしてい ない。噴煙は、佐武流山の登りの途中で眺めなおしたときには、小 さくなってしまった。ということは、さきほどの噴煙(高さ300 メートルほど)は、やや多めだったということだろうか。

 尾根の前方は両側が切り立ってくる。北から南へ、苗場山、赤倉 山、ナラズ山、そして佐武流山と、奥深い山の稜線が目の前に展開 する。このなかで苗場山は、山頂部の大きな湿原、山腹の広大なブ ナの樹海、どっしり量感のある山体と、際だった特徴があり、ずっ と眺めていたい魅力的な山だ。6月に登ったときの坪場から山頂ま での40分ほどの雪の斜面は、ここから全体像を眺めると、湿原の なかでもごく一部分でしかない。なんて広大な原っぱなんだろう。



ワルサ峰をすぎて、佐武流山方面を眺める。山頂は左の稜線の奥に。
右の峰はサルヅラで、この角度からは鋭角のピークが鈍る


 佐武流山は、登る尾根からはなかなか全体像がつかめない。ワルサ峰 から40分ほどで、刈り 分け道は、主稜線の縦走ルートに合流。左に水場のある最低鞍部をへて ナラズ山への道を分ける。でも、ここからも、まだまだ長い登り が続く(正味70分)。大きな山だ。ワルサ峰から眺めたときは、山頂がまだずっ と先にあるのに気をのまれて、 「夕暮れまでに、林道へ帰り着けないんじゃないか」と不安になっ たくらいだった。
 刈り分け道は、登山道のように足場が掘れていないから、急斜面 でも斜面に平行に靴裏を乗せることになる。かかととふくらはぎが 酷使される。おまけにその斜面は笹の残り株が密集していて、靴を ばねのように跳ね返される。太いネマガリダケに足元が変わると、 なお難儀する。下半身がつらくて、泣けてきたが、こんなやぶを開 き、無数の風倒木を除いて、目印までつけて、ルートを開いてくだ さったグループの方々の苦労を思えば、泣いてはいられない。
 夕べに降ったのだろう。日陰には新雪が積もっていた。

 佐武流山の山頂手前で、道はいったん右手の二重稜線風の溝をた どり、稜線に登り返していた。山頂直前、稜線の左側は草付きの急 斜面になる。細めの尾根をたどって、2192メートルの山頂に出 た。(13時07分)

 山頂は、縦走する人が天場にしてきたらしく、樹木を5メートル 四方くらいに刈り払って、ごく小さな空間をつくってあった。西側 は風除けなのか樹木が残されていて、展望はきかない。おまけに奥 志賀の山々がついたてのように北アの眺めをさえぎっている。樹林 を透かして、横手山の左手に乗鞍岳と思われる雪山が見え隠れして いた。

 そのかわり、切れ落ちた東面は180度の展望が開けている。
 男体山、日光白峰山、皇海山、武尊山、至仏山の左に燧ケ岳、 ぴょこんと鶏鶴山も見えます。会津駒は平たい山容、その左は平ヶ 岳、そして巻機山、中ノ岳、越後駒、八海山が見える。越後三山、 とくに中ノ岳は、どっしりと大きく見える。間近に谷川連峰。その 手前には、平標山から三国山、稲包山、いったん山陰にかくれて白 砂山へ、国境稜線が、えんえんと続いている。



佐武流山山頂から、越後三山とその左に、浅草岳、ずっと遠くにかすかに
飯豊連峰(?)


 北東の方角、八海山の左遠方に2つの山並みが浮かんでいる。飯 豊の山々だろうか。
 (写真では、八海山の左肩に浅草岳と思われる山が写り、そのさ らに左奥に飯豊本山から大日岳と思われる稜線が写っています。カ シミールで検討しました。自信がもてませんか、途中報告です。)  去年9月の武尊山のときも上越の山々が一望に眺められたが、今 日は、武尊山よりもずっと離れたこの頂から、上越のさらに遠方の 山々まで望むことができた。


苗場山方面


 苗場山は、ここからは右手に神楽峰が姿を現している。赤湯へと 下降する昌次新道の尾根を、目でたどることができた。湿原からブ ナの樹海へと続くあのルートは、秋にぜひ歩いてみたい。

 

 時計を見ると、安全な引き返し時間と定めてきた13時をすでに 20分も回っている。腹ごしらえと水分補給だけで、三脚は出さず に展望写真は手撮りですました。

 13時25分、山頂をあとにする。なんとか17時までに林道に 降り立ちたい。途中で暗くなったら、目印が見えなくなり、行動は むずかしくなる。1時間でワルサ峰へ下り、膝が痛みだしたのをこ らえて15時すぎに物思平まで下降した。

 沢音が響いてくる、樹林の下降。ここまでくれば、もう大丈夫。 午前に登ったときは、落ち葉がつぎつぎと落ちてくる森の道だった 。地面はまだくろぐろと裸だった。今は、足元の地面を色とりどり の落ち葉が埋めている。おかげで周囲がとても明るい。前日の木枯 らしでも枝にとどまっていた葉が、昨夜から今朝にかけての低温で ついに枝を離れ、風のない今日になって地面に降りつづけたのだろ うか。落ち葉に埋まって目は楽しませてもらえるけれども、踏み跡 のようなルートは落ち葉の下に隠れて、ますますわかりにくくなっ てしまった。

 檜俣沢を渡渉し、林道へ登り返す。16時08分、登山道の起点 に戻った。
 水無尾根から佐武流山にかけての山肌に、赤い夕陽が差している 。空はいぜん快晴。見とれてしまう眺めだった。下半身がもうがた がたで、おまけにブレーキの効きが悪くて、マウンテンバイクは急 な下り坂では危険を感じて、何度も引いて歩いた。ときどき立ち止 まって、赤く染まる山々を眺めなおす。また、恐ごわと下り、適当 な下り坂を選んで下降する。

 17時05分、林道ゲート着。すでに日没。
 鳥甲山は黒いシルエットになり、車のヘッドライトをつけて走 る。刈り分け道が開削されても、佐武流山はまだまだ遠い山だっ た。この山を、どこか遠くの山から眺めなおすときに、今日たどっ た尾根道をどんなふうに思い出すだろうか。





山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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