春の尾瀬 ぐるっと一巡り

1987年5月 家族4人(岳彦4歳、峻二1歳6ヶ月)





縦走2日めの朝、長蔵小屋を出発


 家族山行としては初めて、残雪たっぷりの山へ。尾瀬沼と尾瀬ヶ原をぐるっとめぐる計画で、岳彦 が歩きと通せるか未知数だった。しかし、尾瀬も早い時期ならば、雪道が基本になる。へばっても楽 しめるようにと、ソリを持っていき、要所で活用することを考えた。
 私としては、2年前にでかけた春の尾瀬を、もっとゆったりした日程で廻ってきたいという思いが かなった。

 東京・立川市を午前2時半に発って、登山口の大清水の駐車場で朝ご飯にする。
 例年なら、一の瀬までの林道で残雪の上にのるはずだが、この冬が暖冬だったせいだろうか? 乾 いたジャリ道を歩くことになった。林道わきの小堀を流れる雪融けの水音が気持ちいい。

 車でぐっすり眠ってきたのに、岳彦は道端にすわりこんだり、小石を拾ったりと、さんぎんにぐず る。睡眠1時間半の私も、ひと休みして峻二を背中から降ろし、草むらに寝転がったら、一瞬、意識 がなくなった。
 「お父さん、はやくおいでよ−」と遠くで岳彦が呼ぶ声で目を覚ますと、指をくわえたいつもの格 好で、峻二がそばに立てたベビー・キャリアの中からこちらの寝顔をじっとみつめていた。




一ノ瀬で。スパッツをつけて雪道が始まる


 残雪は、一の瀬から登山道に入ってすぐに現れた。雪を見ると、岳彦は俄然、調子が出て、後をつ いていくのが大変なほどのピッチで登る。4人分の荷物のほとんどを一人でかついだ遥子も、元気な 岳彦にほっとして後に続く。




乗り気がいまいち。岳彦はぐずぐず





おーい! 遅れてるぞー


 



峠は近いぞ! ソリが待ってるぜ!!


 積雪が1メートルを超すほどになって、急な登りが緩くなると、標高1762メートルの三平峠だ 。この峠道は江戸時代以前から、上州と会津・桧枝岐を結ぶ連絡道として使われてきたという。黒木 の森のなかの峠は、いまでも暗く、寂しい。樹間に見え隠れする燧ケ岳に当時の人々も見入ったのだ ろう。

 開けた場所から見下ろす尾瀬沼はまだ白く、沼をおおっていた氷雪が融けかかったところ。岸辺近 くには「赤シボ」(赤いにじみ)が出ていた。




数段に分かれたスロープを滑りだす。ヒャッホー





これが楽しみで登ってきた。ギャラリーもカメラを向ける


 三平峠の下りでは楽しみしてきたソリ滑りだ。
 「ヒャッホウッ、ソレー」と歓声を発して、その尾瀬沼めがけて三平峠をソリで滑り降りる。まば らな樹林の厚い吹き溜まり。急斜面、緩斜面が段々に続き、長い滑走ができた。




燧ケ岳を見ながら 湖畔をソリで、長蔵小屋をめざす


 尾瀬沼の湖畔の道は、ところどころ池が開き、注意して進む。割れた雪面からミズバショウが顔を 出している。2週間ぐらい、例年よりも雪が少なめに見えた。
 湖畔の長蔵小屋につくと、4人とも部屋にごろんと寝転がって、ひと眠りした。前回、お世話にな った平野紀子さんは、用事で下へ降りていてお会いできなかった。




2日め。ソリで出発。長蔵小屋から大江湿原をトラバース


 2日日、小屋からは、雪が安心なところは雪上をソリを引いて進む。沼の北岸をまわりこむ道をす すみ、沼尻(ぬしり)の休憩所で一個100円の大福もちを4人で6個食べる。

 ここから樹林帝に入り、いったん開けたところで小広い箱庭のような白砂湿原に出る。が、ここも 雪の下だ。
 黒木の森をぬってゆっくりと下る道が、次に明るいブナの林に入ると、下田代十字路の山小屋の「 集落」が見えてくる。その先に、残雪と枯れ草でまだら模様の尾瀬ガ原が広がっている。この時期に もう木道はほとんど姿を現していた。
 ここまではソリに乗ったり、歩いたりだった岳彦も、ここからは長い木道歩きだ。
 しっかり、がっちり、昼食をとって出発。




下田代から、木道歩きが始まる。雨がぱらつく


 雨が傘に降りかかるが、峻ニは背中でまた眠り始めた。「ワーツ、木の橋がずっとつづいている」 と、岳彦は元気だ。
 振り返ると、木道の向こうの燧ケ岳は山腹までガスに包まれ、前方、至仏山方向に向かう木道も、 霧の中にかき消えている。すれ違う人もまだ少なく、尾瀬ガ原は静かだった。

 白樺の拠水林に両岸をはさまれた六兵衛堀を渡り、ブナが主体の拠水林に包まれた沼尻川を越える。 拠水林は、沢水が上流から土砂と樹木の種子を運んできてつくられるが、泥土のなかでも根が腐ら ない山の樹木の生命力はすごい。これだけの大きな川が何本も流れている尾瀬ガ原の広さも、またす ごい。

 「竜宮」を越えると、池とうが増えて、小さな流れの深みにイワナが見えた。
 木道は体重をかけるとズズーツと沈みこむところも出てくる。木道そのものが雪解け水で流れかか っていたり、シャーベット状の雪に覆われた深みに浮いているところもある。シーズン前で、未整備 だから、しょうがない。

 と、水中に木道が没しているところに出て、岳彦が進退きわまった。プカプカと木道の先端が支え を失って浮いており、一つ先の木道の板との間に空隙がある。
 背負おうか、行かせるか、ちゅうちょした瞬間、足元の板がふらつき、ドボーン!と岳彦の足は深 く、冷たい水の中へ。「オワーン、ウエーン、ワオーン」、間髪入れずに大泣きの声が尾瀬ヶ原に響 き渡る。
 あれ、まあ、なんてことだ。ガボガボの長靴を脱がせて、水をはきだすが、この先、長靴は足をだ すたぴに、グッ、チュ、グッ、チュ、と音をたてた。すっかり、ひるんだ岳彦は、以後、木道が水没 したところにでくわすたびに、私の手をしっかり握りかえし、怖ごわと歩をすすめる。







 山ノ鼻が近づくと残雪はやや量が増えてきた。木道が残雪に隠されているところが多くなり、歩き やすくなる。
 鳩待峠からの登山者が増えはじた。今日の泊り場の山ノ鼻に入っていく。クロカンのスキーヤ ーが、雪原を思い思いにワンデリングしている。しっかりした鉄橋で川上川を渡ったところで、遥子 が早咲きのミズバショウの群落を見つけ、写真を撮った。

 予約をしていなかったが、尾瀬ロツジが運良く空いていた。みんな、ごくろうさん。部屋に入ると 、またもや4人ともバッタリ横になり、ひと眠りする。
 風の強い夕暮れ。小屋の上空を、タベの長蔵小屋では姿が見えなかったイワツバメが群舞していた。 今日、尾瀬に南からの第一陣が到着したのかもしれない。




雪が降った3日目朝。山ノ鼻のテント場は、GWで盛況








 3日目、なんだか寒い夜だったと思っていたら、雪の舞う朝だった。でも、上空には、こんどの山 行で初めての青空が顔をのぞかせている。
 風があるので防寒の身固めをしっかりやって、出発。  食糧が減ったし、衣類は着こんでいるし、荷物がぐんと軽くなって遥子の顔もいままでで一番、明 るい。真っ白な、きれいな雪に岳彦も体が軽そうだ。尾瀬を訪れる渡り鳥の通り道といわれる鳩待峠 への道は、立派な枝ぶりのブナの巨木が次々とあらわれる。ただ、登りが緩すぎて、このコースを下 りのルートに選んだ場合は、スキーでも半分も滑れないだろう。

 峠が近くなるにつれて、久しぶりのいい天気に誘われたハイカーが、あとからあとから、降りてく るようになる。人でいっぱいの鳩待峠でひと休み。
 至仏山方面の尾根をすすんで、展望を楽しみに1867メートルの三角点まで登り上がることにし た。 雪面の照り返しで、頬が焼けるのがわかる。




高みまで、登ってきました。背景に日光白根山














 登りつめたところで、目の前の至仏山、富士見峠、尾瀬ガ原、そしてずっと遠くなった燧ケ岳を眺 めて、おにぎりの昼ご飯にする。奥日光の白根山もくっきり。この登りの間だけ頭をだしたのに、峻 二の顔ももう火照っていた。












 さあ、峠まで、2キロメートル近い大滑降。子どもたちは大興奮、大喜び。なにしろ鳩待峠まで、 長い、スリルたっぷりの新雪の尾根が続いている。樹林をぬって滑り降りた。  「岳彦、お山で何がおもしろかった?」「ソリ滑りだよ。こう、木の枝をくぐって、いくの。すご いんだよ」。帰りの車の中でも、岳彦は気分上々だった。



山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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