カヤの平きのこ狩り 

 1993年10月15日



 高標山(1747メートル)のなだらかな山肌が、明るく染まりだした。秋の遅い日の出が、 つい一時間ほど前には墨絵のように暗かった高原の風景に、はっきりした彩色をほどこし 始めた。目の前には、牧場の緑の草地がひろがり、ブナやトチの古木が白い幹をくねらせ て、立っている。黄色に色づいた葉。空は青。山腹にまだら模様を描く針葉樹はまだ暗い 色のままで、ブナの黄葉といいコントラストだ。

 フロント・ガラス越しに、そんな様子を確かめて、「さあ、起きて、ごはんにしよう」 と、同僚3人に声をかける。ごはんといっても、おにぎりと、漬物と、冷たいお茶だけ。 シュラフをたたんで短い仮眠を打ち切り、男四人がそんな貧しい朝食をワゴン車の中で食 べ始めたシーンから、今回のきのこ狩りのドラマは始まる。

 メンバーは、私のほか、小林ヤスさん、高橋ケイちゃん、田中さんで、みな40歳前 後。このうち、飯山に奥さんの実家をもつヤスさんが、地の利もあって、このカヤの平は もう4度目。私は、一昨年秋のヤスさん一家との「きのこ狩りキャンプ」についで二度 目。あとの2人は、ここは初めてで、なかでも田中さんは、きのこ狩りは初体験である。

 6時すぎ、竹かご、ザックなどめいめいに身じたくをして、キャンプ場前の駐車場を出 発。やぶに分け入るので、安全のためハンディ無線機を3台、ケイちゃんが用意してきた 。他に、連絡手段は、ホイッスル。

 「パンパカパーン・パンパンパン・パンパカパーン」(すごいきのこが見つかった!)
 「たったったたーた・たーた」(このポイントは終了して、いったん集合・場所替え)
 「ピピーッ(と単なる発信)」(居場所確認)

 などと、適当に合図の送り方を決めた。もちろん、ホイッスルだから、音色は「ピピー ッ」のひと色だけで、リズムで合図を聞き分けることになる。

 もちろん、目指すきのこは、キャンプ場周辺ではすぐには見つからない。私たちは、 かなりの時間をかけて近くの山に続く踏み跡を登り続けた。ころあいを見て、4人は林に散らばった 。朽ちた立木にナラタケが着いている。ブナハリタケの白い耳たぶも。「パンパカパーン 」という節にあわせてホイッスルを吹きながら、収穫。さらに根曲がり竹のやぶをさけつ つ登っていく。ブナの倒木がほどよい間隔で倒れているが、ナメコはまだ時期が早いのか 、見当たらない。
 と、根元からばったりと倒れているブナがある。やぶをこいで近づくと 、茶色のきのこの大きな株……。クリタケだ。少し成長しすぎている。でも、株は、ブナ の根元をおおうようにびっしり幾つもかたまって着いている。生え出したばかりの新鮮な 株もあり、栗の実そっくりの愛らしい姿も見える。「パンパカパーン」とホイッスル。「 何があったノー?」と無線機のスピーカーで聞いてくるケイちゃんに、「クリタケだよ。 すごい株だよ」と声を張り上げた。

 ホイッスルの景気のいい合図は、林のあちこちから、断続的に聞こえてくる。みんなも 、収穫に恵まれているようだ。

 いったん全員集合。尾根をみなで登る。ナラタケやムキタケが生え出してい る朽ちたブナの立木が見つかり、みんなで登ったり、斜面の木の下にまわりこんだりして 、また収穫量を上積みする。

尾根のあちこちに、黄色の紅葉の固まりが見えると ころが、ブナの林。白樺の白い幹や、モミか何かの濃い緑色も、固まりになって尾根をお おっている。4人は、ここで、ケイちゃん、田中さんの組と、 私とヤスさんの組の2つに分かれた。が、ケイちゃんらは、コースが あまりに根曲がり竹と灌木のやぶがひどくて、失敗し、1時間余りすぎて、引き返してき て私たちと再合流することになった。

 さて、私とヤスさんの組は、登り出してすぐに、エ ノキダケの群生を見つけてしまった。エノキダケは、普通、幹に生え出すものだが、朽木 が分解して散らばった地面から、2、30本が生え出している。野生のものはカサが大き くて、色も濃く、ぬめりがあっておいしい。

 さらに歩をすすめて、感じのいいブナの林に入ると、太さ30センチほ どの倒木がある。近づくと、「オオッ、これはナメコだ」。それは、まるで透き通った宝 石のように、きれいな、大粒のナメコだった。透明のぬめりが、茶色のナメコの表面を厚 く覆っている。倒木の下側から3〜4株が生え出している。しばし、見とれた。カメラを 取り出して、接写で撮影もした。倒木の反対側にも、2〜3株生え出しているのを見つけ て、もう一度、幸福感にひたる。注意ぶかく、指先の感触を確かめながら、ナメコの株を 手の中につつみこみ、ゆっくりと引きはがして収穫した。



 4人が合流して、昼食のおにぎりをほおばる。見上げるブ ナも、枝ぶりも、幹の太さも、とりわけりっぱなのが目につく。竹のやぶはいっそう深く なり、やぶこぎですすむのはむずかしくなる。それでも、ナラタケ、ブナハリタケ 、クリタケは順調に採れ、ケイちゃんはブナシメジを採る。ナメコもヤスさん が倒木にずらりと生えそろっているのを見つけた。ヤスさんにとっては、生まれて初めて の、ナメコの発見。みんなで手をとりあって、祝福しあった。

 もう、ザックはずっしりと重い。びくも一杯だ。それに、昨夜は結局、1〜2時間しか 眠れなかった。明るいうちに車で発っても、今夜はまた、遠い東京まで高速道路を走らね ばならないのだ。なんという強行軍。

 午後3時前に林道に下り立ち、ここから作業道の踏み跡を1時間ほどかけて登り返して 、キャンプ場へもどる。チャナメツムタケが、途中でたくさん採れた。

 夕闇がせまってきた。5時5分前に、出発。来た時はまだ夜明け前の闇の中だった清水 平林道の、連続するカーブをたどりつつ、ケイちゃんのデリカが駆け下っていく。視界を おおった山腹の黒い針葉樹の中に、黄色の葉をいっぱいつけたブナの大木が浮かび上がる 。夕空の淡い明みにてらされて、山肌が、そこだけ映えていた。






山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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