岩菅山――星空と大展望を満喫

2006年9月23〜24日




稜線に上がって、ノッキリの鞍部から、岩菅山の山頂部

 奥志賀から秋山郷にかけての山域で、登りたい山が5つありました。
 苗場山、佐武流山、鳥甲山と登り、4番目となったのが、今度の岩菅山で した。もう一つは、白砂山です。
 台風が房総半島沖をすり抜けていった翌朝、奥志賀の登山口から、岩菅山の頂を めざしました。
 23日はもやと雲にさえぎられ、期待の展望はおあずけに。夜明けの展望を 期待して、山頂の避難小屋に泊まりました。
 その夜、ガスと雲はかき消えて、久しぶりで全天を彩る星空を眺めることが できました。
 翌朝は、眺めたかった山々が、雲海の上に、ぐるりととりまく大展望。夜明 けの朝陽と競争で、前日登った裏岩菅山へと走りました。

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23日(今回は、長野県飯田市の友人宅から往復行程)

飯田市(4時57分 発)車→中央道・長野道・上信越道→中野インター(7時04分)→ 志賀・一ノ瀬の聖平(上)登山口(7時50分 着、8時25分 発)
→水平歩道→底清水→武右衛門沢の木橋→アライタ沢の木橋→岩菅山中間点→ノッキリ(10 時25分、食事)→岩菅山・山頂(11時07分 着、ザックを小屋にデポ、11時 17分 発)→裏岩菅山(12時05分 着、12時10分 発)→岩菅山(13時05分  着) 小屋泊

24日

岩菅山(5時05分 発)→裏岩菅山(5時40分 着、撮影、6時55分 発)→岩 菅山(7時35分 着、8時40分 発)→きのこを撮影しながら、往路を下降→聖 平(上)登山口(10時55分 着、11時15分 発)
車→奥志賀カヤノ平の沢とブナ林で、きのこの撮影→中野インター(13時35分)→飯 田市(15時44分 着)

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 志賀高原の中心地の蓮池から、奥志賀林道へ続く道をすすむと、一ノ瀬の宿泊施 設(ファミリースキー場の下部)のはずれにY字路の分岐があります。分岐はバス が展開できるくらい広い。ここには、右手に企業の社員寮の看板が見えるけれども、 登山口方面を示す標識はありません。ちょっと戸惑いました。
 このY字路を右手に進むと、周囲は森となり、ようやく林道の趣になってきました。 ほどなく「11号カーブ」の標識が見え、右手に「一ノ瀬・聖平の上 登山口」の道 標がありました。駐車スペースは8台前後。
 聖平とは、ここから林道をさらに北へ、100メートルばかりすすんだ一帯に展開 する、なだらかな台地です。聖平には広い駐車スペースがあり、登山口がいっぱいに なったときに、使えます。

 8時25分、登山口を出発。
 登り始めは、深いブナ林を予想してきました。ところが、ブナは、全体の樹木の うち、ほんのわずかの割合があるだけです。ここの森の主体は針葉樹(シラビソ)と 白樺です。そこに、ミズナラその他の広葉樹が混じっています。たまに薄灰色の木肌 を目にしますが、多くはトチやコシアブラでした。ブナは、それらの樹林に混じって、と ころどころに分布しています。
 この森を、中腹にある水平歩道まで、10分ほどかけて登ります。
 道は、土砂の崩落止めのため、木の階段を設置して、土押さえとしています。裸土 の部分には、雑草除けをかねて、カーペットを敷いています。

 ひと登りで、水路沿いを進む水平歩道に登りあがりました。ファミリースキー場方 面から来る道と合流する地点で、小三郎小屋跡という名前がついています。
 そのまま100メートルほど進んだところに「底清水」があり、ここで水を補給し ました。
 岩の下部から、毎秒2リットルくらいの勢いで、湧水が流れ出ています。2リット ルのボトルを満たすために手ですくおうとしましたが、とても冷たい! 4、5度も すくうと指が痛くて中断しなければならないほどでした。清冽な水です。

 

水平歩道をさらに進むと、前方斜め上、梢の高い位置に遠くを見通せる「窓」が開 いて、岩菅山の山頂部がちょっとだけ姿を現しました。あそこまで、今日はゆっくり 登ろう。明朝の好天が期待できるときは、山頂の小屋で1泊を考えてきたため、今日 は荷物がほどほどにあります。

 10分ほどで、武右衛門沢の木橋です。
 この沢は小さくて、雨天でも、まず心配はいりません。



アライタ沢の木橋

 さらに数分で、アライタ沢に出ます。
 アライタ沢は、水量からみて、雑魚川の有力な本流筋の一つと見ていいかもしれま せん。流域面積もそこそこあります。沢水は、傾斜があるひとつづきのナメを、勢い よく流れ下っていました。ナメの中央部がトイ状に侵食されていて、今日のようにほ ぼ平水だと、幅30センチほどに狭まったそのトイの中を、水が勢いよく流れ下って います。すぐ下部で水流幅は2メートル以上に広がっていますから、水量は少なくは ありません。
 その岩溝のトイをまたぐように木の橋が設置されています。橋の両端は沢幅に届いて いません。時間雨量で50ミリもの強い雨が降れば、あるいは水かさが30センチも 増せば、この橋は沢水で洗われるでしょう。それ以下の増水でも、スリップするとナ メを滑って流されやすい場所です。
 下山時など天候と条件次第で、このルートを回避するかどうか、登山者の判断が 必要なところです。

 アライタ沢を越えると、また、木の階段登りが始まります。
 今度は、階段は、数区間に渡って断続して、長い長い階段登りが続きます。
 階段は、登りよりも下降の際に、登山者の足をさいなみます。1段分が、街の駅の 階段の2段分ほどの落差があるためです。
 これには、日ごろのトレーニングで対応するしかありません。土砂が流出した登山 道は、さらに悲惨な状態になりますから。

 植物と、そしてきのこの撮影を目的の一つにしてきた私は、立ちどまっては、花や きのこに向かって身をかがめ、体をせいしさせては、シャッターを切る、という動作 を繰り返して、登ってきました。立派なブナの木も現れだした道だけに、あたりには 目が離せません。マイヅルソウやゴゼンタチバナ、ナナカマドの赤い実、リンドウの 鮮やかな青紫、さまざまな表情を見せるきのこたちなどを写しながら、先を急ぐ登山 者に次々と道をゆずり、しかし、休憩はまったくとらずに登り続けました。見上げる と、黄色味が増し始めたコシアブラの葉が、鮮やか。
 道は、両側が落ち込み始めて、尾根筋をたどり始めました。ゆるやかな尾根の高み も1、2箇所越えて、小さなアップダウンを加えながら、登山道はすすみます。

 ブナ混じりの樹林を抜けて、尾根が狭まると、「岩菅山中間点」。標高のせいだけ でなく、風も強いからでしょう。ここからはシラビソとダケカンバを主体とした、背 丈がやや低めの樹相に変わり、見晴らしがよくなりだします。地表を覆う笹は、中腹 までは人の背丈を越すネマガリダケでしたが、いつのまにか背丈が低いスズタケなど に変わています。
 「中間点」からは、岩菅山の山頂部も、潅木の間にしばしば見通せます。山頂部は、赤 色、黄色の秋の色に、ようやく染まり始めたところです。

 今回の山行は、雪の時期の登高、スキールートの見分も目的です。稜線のノッキリか ら山頂部の区間は、傾斜がほどほどにあり、とくに山頂下の東よりが岩混じりの急傾 斜です。ルートどりは、気をつけなければなりません。
 山頂からスキーで降りる場合は、そのまま急な西面を降りるよりも、少しノッキリ 側へ降りてから、その地点から岩菅山の西面へ回りこみつつ、樹林をうまくかわしな がら、登山口付近の林道へ下降するのがよさそうです。
 登高については、雪庇はありますが東館山からの稜線からも可能ですし、今日すす んでいるこのルートも、地形は穏やかで、まったく問題ありません。

 10時25分、稜線の分岐点、ノッキリに着きました。
 先行していた登山者らが休憩中だったため、稜線をわずかにすすんだ見晴らしがいい 場所で、昼食としました。
 ここから見上げる岩菅山は、東側に急な岩場を見せて、なかなか見事です。楽しみに してきた東面の眺めは、モヤと雲とで、隣の佐武流山もまったく見えません。
 それでも稜線に出ると、咲きはじめのオヤマリンドウは数が増えるし、あたりは黄色 の草紅葉が増えだします。シラタマノキ、アカモノなどの木の実も加わって、秋を感じ る尾根道です。石が多い傾斜のある道をゆっくり登っていきました。



岩菅山頂。背景は、白馬岳方面と、右に妙高・火打山。翌朝に撮影

 11時07分、岩菅山山頂(2295メートル)着。
   小屋が見えなかった、理由がわかりました。山頂の西面の一角に、壁を斜面に埋める ような姿で、渋くさびた赤色の屋根の岩菅山避難小屋がありました。地味〜な、風情の ある小屋です。こういう小屋は、好きです。


岩菅山頂の避難小屋

 登山者は、山頂に7、8人。この日、昇ってきた登山者は、全部で30人前後で しょうか。秋の連休の天気がまずますの日でも、岩菅山は登山者が少ない山でした。  北アルプス方面もモヤが多く、これでは写真になりません。

 ザックを小屋にデポして、そのまま裏岩菅山へと向かいました。
 ルートはわずかに吊尾根状の起伏があり、尾根は広い。4回ほど小さな突起を登り下 りしながら、進んでいきます。草原状の鞍部は、すでに草紅葉の盛期に入りつつあり、ハ イマツとシラビソの緑にダケカンバ、マルバスノキなどの濃い紅葉がアクセントを添え ています。

 12時05分、裏岩菅山(2341メートル)の山頂着。
 岩菅山塊の最高峰が、この裏岩菅山です。
 展望の点では、隣の烏帽子岳、北北西の鳥甲山、北の苗場山など上越側の山々の全体が 見渡せる、第一級の展望地点が、この山です。鳥海山を約280キロの彼方に超遠望で きるという魅力もあります。
 今日は残念な条件でした。

 

 13時05分、岩菅山の小屋にもどりました。
志賀高原ガイド組合の3人の男性が、登山道の両側の笹薮の刈り払いのために、小屋に 入っていました。「明朝は天気が良くなるよ」
 「ストーブもあるし、なかなかいい小屋だよ」
 そんな言葉にすすめられて、泊まることにしました。水は、お茶をふくめて2・5リット ル担ぎ上げてきたし、シュラフも食料も、厚着の用意も、してきましたから。

 ガイド組合の人たちは、午後はみっちり刈り払い作業。霧雨に強く冷たい風が吹き付け る夕方近くになって、「ひゃー、寒かった!」と口々に言いながら、小屋へ帰ってきま した。京都から登りにきた男性も加わって、今日はにぎやかな夜になりそうです。
 さっそく、伐採したシラビソの枝、枯れた太めの幹などを、ストーブで焚きだしま す。シラビソが燃え出すと、小屋の中には独特の強い香りが漂います。「いい香りでしょ。シ ラビソは、林に入ったときも、いい香りですぐそれとわかる」。なるほど、この香りは、何 か懐かしいものを感じさせます。
 刈り払いは、今回は1泊2日の予定で、岩菅山―裏岩菅山の区間での作業とのことでし た。エンジン刈り払い機2台と、燃料、そして作業時と生活のために2リットルボトル5 本分ほどの水を、持ち込んでいます。
 シーズン始めには、裏岩菅山―烏帽子岳―切明(秋山郷)の長く険しいルートも、3泊 4日の行程を4、5回繰り返して、刈り払いをおこなったそうです。急坂・悪路の烏帽子 岳の道では、テントを鞍部や山頂部に設置して、そこから登山道を埋める笹と潅木を数日 間かけて払ったそうです。もっとも若い人はサポート要員として20リットルの水を担ぎ 上げ、刈り払い機を動かすメンバーのために、要所要所に「命の水」2リットルボトル を「配送」したそうです。
 奥深い山道を保全する作業に、頭がさがりました。

 夕闇迫る岩菅山の小屋。彼らは、ペットボトルなどにもう一つの「命の水(ウィスキーな ど)」をつめて持ち上げてきていました。もちろん、私も、京都の彼も、ささやかな愉しみ には怠りありません。5人でゆったりと小屋を使い、それぞれの山物語の交歓のときを過ご しました。
 夜9時をまわったころでしょうか。外に出たガイドの一人が、「すごい星空だ。長野市の 夜景も見えるよ!」と小屋内に呼びかけます。外に出ると、天の川が全天を横切り、どれが どの星座か判別つかないほどのたくさんの星ぼしが、夜空を埋めていました。風はいつの間 にか、ほとんど止んでいました。私たちは、ちょうど真上に上がってきた「夏の大三角」を 苦労して見つけ出したり、東の雲海の上に、佐武流山と白砂山が黒く浮かんでいる様子など を眺めたりしながら、秋の山頂の静かな、心地よい時間を過ごしました。

  9月24日

 「いい眺めだよ」という声で5時少し前に起き出しました。日光の山々、上信越の山々が、雲 海の上に浮かんでいます。白砂山には雲が大波のようになって山頂部を洗っています。佐武流 山も大きな姿を現しています。日の出まであと20分くらい。急いで、撮影機材と水、行動食 をザックに詰め込みました。



夜明けの、燧ヶ岳から日光方面の眺め。吊尾根から

 

 5時05分、小屋を出発。
 もう一度、裏岩菅山を目指します。
 中間地点あたりまで進んだところで、日光の男体山の右手に、朝日が上がりました。
 5時40分、裏岩菅山に到着。
 今日は、東側はどこまでも見渡せるし、北にもかなり遠方まで、低い雲があるだけです。 換算で450ミリの望遠レンズをカメラに装着しました。


飯豊連峰の遠望。右よりの高みが本山と大日岳。左端は北股岳(157キロメートルの彼方)

 苗場山の左奥、はるか遠くに、点々と島のように連なる山脈が見えます。飯豊連峰のようで す。鳥海山はそのさらに左奥にあるはずですが、モヤか雲かにさえぎられて、その先は見え ません。



左が平ヶ岳。右は、会津駒ヶ岳



燧ヶ岳と、右に谷川岳

 苗場山の右上には、やはり海に浮かぶ島のような姿で、越後駒ヶ岳と中ノ岳。その右に 平ヶ岳、会津駒ヶ岳。燧ヶ岳は双耳の山頂部が見えます。
 日光の山々の右には皇海山と袈裟丸山の山塊、さらに右に赤城山、榛名山地。



帰路に吊尾根から撮影。苗場山の右奥に、遠く、越後駒(左)と、中ノ岳(右)

 北アルプスは全山が一望にできます。
 妙高山と右に火打山も、大きく見えました。
 すすめられて小屋に泊まれたことで、今は最高のひとときを得ることができました。
 6年前、佐武流山の稜線から眺めた岩菅山塊は、魚野川へと急傾斜の岸壁を落とす、とて つもなく膨大で、力強い山々に見えました。いま、その主峰の頂から佐武流山を眺め返してい る。感慨深いとは、こういう気持ちをいうのでしょうか。

 7時前、小屋へと引き返します。途中で、もう作業を開始したガイド組合の人たちと、別 れの挨拶を交わしました。
 岩菅山を8時40分に出発。
 また、きのこや花をゆっくり撮影しつつ、往路を聖平の登山口へと下降しました。





山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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