浅草岳 ブナ林を登り、のびやかな稜線へ

               1994年9月3日


遠い「道草」で長年の憧れの山をめざす

 郷里の福島の母のもとに行くのには、いつも東北道を使 っていたが、毎回、同じルートではというので、二、三度 は道草をしてきたことがある。今度の帰省では、寄り道を ちょっと大きくして、関越道で新潟県に入り、県境の浅草 岳に登る計画をもりこんだ。朝、東京を発って、新潟県側 から入山して浅草岳をピストンし、奥只見、会津を経由し てその日のうちに福島市まで行こうというのだから、かな り厳しい一日になった。

 浅草岳は、地元・福島県の山だったし、ずいぶん前から 登りたい山の一つに数えていた。山の雑誌にもときどき特 集される人気の山だが、登山者は多くなく、深いブナの樹 海に囲まれた山頂部には池塘や湿原がおだやかに広がって いるという。対照的に、隣の鬼ガ面山は東面がすっぱりと 切れ落ち、荒々しい岩稜と残雪とでおおわれている。遠い 「道草」になっても、長い間の思いを遂げるだけの魅力あ る山域だった。

ネズモチ平からブナの尾根を登る

 関越道のインターを下りた小出の町では、一汗かいたら 飲もうとスポーツ・ドリンクを1缶、食料といっしょに買 いこんだ。つい一月前の知床・羅臼岳登山での教訓から、 ミネラル・塩分補給に気を配ったわけだった。天気は良く て、9月に入ったというのに、日差しは暑い。でも片道2 時間の短いコースだから、水筒とこのドリンクでなんとか もつと思う。



 大白川の集落から林道を車でぐんぐん上がって、12時 半前にネズモチ平の登山口着。予定より遅れていたので、 着替えるとすぐに駆け出すように登り始める。なにしろ、 この登山は「道草」だから、日が陰らないうちに下りてこ ないと、そのあとの福島までの長い運転がつらい。

 道は、「平」の名前が似つかわしい地形の末端からスタ ートし小尾根を登り継いで行く。歩き出してすぐに、ぬか る道の急登になったが、沢筋を離れ、登りが急になりだす と、足場は次第にしっかりしてくる。

 15分ほど飛ばすと、あたりは木もれ陽がさしこむブナ の大木の林に変わる。キノコ狩りで動きまわるには、ちょ っと地形がきつすぎるかな、という傾斜とヤブだが、倒木 は多い。あとひと月もたてば、ナメコやブナハリタケなど がずいぶん生え出しそう。ドロの斜面に、水が流れくだっ た跡が筋になって残っているのは、2、3日前に強い雨が 降ったからだろうか。高温と雨不足のカラカラの夏だった から、キノコの姿はまだ極端に少なくて、もしやと思って いたアカヤマドリやキンチャヤマイグチの姿は見当たらな い。が、そんなことを考えつつ登るのは楽しい。足元には 、昨秋に落ちたブナの実の残骸が一面に散らばり、積もっ ている。それを踏みしめ踏みしめ、大木の木肌の模様に目 を奪われたりして高度を上げる。

 30分登って、小休止。したたる汗をぬぐい、例のスポ ーツ・ドリンクをぐいっと流し込む。うまい。

灌木の尾根筋から、池塘が散らばる湿原へ

 休憩した場所から上は、ブナの大木の林が一段落して、 灌木、低いブナやナラに植生が変わる。ときには尾根筋を 登りつめるようになり、展望がよくなる。浅草岳の山頂か ら北西にのびやかに連なる尾根が視野に入ってきた。右手 には、樹林ごしに見えかくれしていた嘉平与ポッチ(14 85メートル)の尾根が、全貌を見せ始め、ブナがその尾根筋に 行列をつくるように並んで立っているのがわかる。灌木帯 に根曲がり竹が混じり出し、傾斜もやや緩くなったところ で、上から中年の夫婦が下りてきた。「あとどれくらいで 、前岳の稜線に出ますか?」と聞くと、「もう、すぐそこ ですよ」という。

 はたして、麦わら帽子で日差しをよけつつ、いちだんと ペースを上げて登っていくと、あたりは草原に変わり、前 岳の道標が見えてきた。そこからは、池塘が散らばるのび やかな湿性の草原が連なり、その草原が高みを増した頂点 に、浅草岳の山頂を見通すことができた。草原のなかを頂 上に向かって、木道が敷設してある。ナナカマドの赤い実 、リンドウの花が、秋の始まりを告げている。最後は灌木 帯の登り。先行する登山者を途中で追いこして、午後2時 15分、浅草岳(1586メートル)の頂上に立った。

会津側は恐ろしい断崖になって切れ落ちる

 山頂からは、なんといっても、隣の鬼ガ面山(1465 メートル)の怪異な山容に目を奪われる。越後側はこの浅草岳同 様、おだやかな草原がつらなる山容なのに、会津側は垂直 に近い絶壁となって切れ落ちている。バットレス状のリッ ジがそそり立ち、そこに挟まれた電光形のルンゼの底には 、夏の終わりの残雪さえ見えた。「鬼ガ面」とは、なんと ぴったりの名称だろう。足元を見下ろすと、この浅草岳も 、会津側、とくに南面は断崖を思わせる地形となっている 。のびやかで、やさしささえ感じさせる草原と、「鬼」の 顔のような激しい形相の岩の壁と………。浅草岳が登る人 を魅了するのは、そんな鮮やかな、地形のコントラストの ゆえかもしれない。

 かなりかすんできたものの、天気は上々で、南には尾瀬 の燧ケ岳、会津駒ヶ岳、越後三山、北には守門山、会津側 に寄ったところには御神楽岳などが遠望できた。田子倉ダ ムでせきとめられた湖は真下に、青々とした色を見せてい る。

 遅れて山頂に着いた2人は、息子さんが20歳くらいか なという、父子のパーティーだった。写真が好きで、付近 にテントを張って明朝のシャッター・チャンスをねらうの だという。わが家の家族登山の話をしたら、その息子さん も小学生の頃から山に登っているとのことで、そのころ、 浅草岳に登ったときに「みどり色のクワガタ虫」の死骸を 見つけ、珍しがられた思い出を話してくれた。

嘉平与ポッチの尾根コースはブナの巨木が連なる

 夕立ちがないことを祈りつつ、下山の途に着く。山頂ま で2時間のコースを休憩を入れて67分で駆け上がり、貯 金ができたので、下りは嘉平与ポッチの尾根コースをとる 。2、3度、尾根上の小ピークの登りが加わるが道は滑ら ず、歩きやすい。登りで倒木に見つけたヌメリツバタケを ここでも見つけ、写真にとる。

 尾根のブナの木は、高度を下げるほど、太く、高いもの が現れるようになった。朽ちたブナの立木や、枝ぶりが見 事な大木があるごとに、立ち止まって眺める。山頂から80 分かかって林道の駐車場に出た。

 ここからも、トリカブトの花や、まだ実が小さいアケビ のツルなどを眺め、沢水でのどを湿らせつつ、ゆっくり歩 く。車を置いたネズモチ平には4時少しすぎに着。汗をぬ ぐおうとそばの沢におりたったら、20センチほどのイワナが 身をおどらせて岩の下に逃げ込んだ。





山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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