春の守門岳。雪原をたどって大雪庇に対面

2008年4月28〜29日




麓からの、守門山塊の遠望。中央右寄りの高みが、袴岳。左端が大岳 

 守門岳(1537メートル)といえば、最近は、春の大雪庇の探訪が 人気の山です。私にとっては、高校2年の頃に読んだ、深田久弥の「我が愛す る山々」に登高記が紹介されていて、訪れてみたいと思ってきた山でした。  登って、この山の独特の魅力を実感しました。
 稜線の大岳、青雲(あおぐも)岳、主峰の袴岳には、地形がわからないほ どの大量の雪が、広大な雪原となって広がり、稜線の北東側には大雪 庇の基部が厚さ15メートルほどの雪の壁をそそりたたせて、この山の独特 の景観を見せてくれました。

**********************


コースタイム:
28日
 東京西部の自宅 (17時45分発)→圏央道、関越道→小出インター( 19時50分)→入広瀬・道の駅(20時35分着、車に前泊)

29日
 入広瀬・二分(にぶ)の車止め(6時04分発、西沢林道は雪のブロック 崩落で通行止め、猿倉橋の登山口の手前2キロに車を停めて、歩く)→二口(ふたくち) ・猿倉橋の登山口(6時25分通過)
→二口登山道の取り付き(6時34分)→護人清水(7時04分、アイゼンを付ける、清水の出る沢全体が雪の下)→ 谷内平・尾根上の大きな雪のくぼ地(7時42分)→中間点という標識(8時 34分、標高1000メートル付近、この少し上で食事)→青雲岳の稜線分岐 (9時48分)→袴岳・守門山山頂(10時16分着、32分発)
→青雲岳の稜線の分岐(11時04分)→鞍部・網張(食事)→大岳(12時01分 )
→キビタキ小屋(12時46分)→保久礼小屋(12時51分、ほっきゅう れ小屋)→登山道を下降、林道終点の堰堤(13時18分)→猿倉橋・登山 口(13時57分)→二分の車止め(14時24分、40分発)
→守門温泉 で汗を流す→関越道・小出インター(16時35分)→途中・事故渋滞→圏 央道・青梅インター(19時17分)→自宅(19時28分) 

***********************


 


GPSトラックログを赤い軌跡で表示。
登りは、二口コース。下りは、保久礼小屋コース。
山旅倶楽部より国土地理院25000分の1地形図を利用。
カシミール3Dで作図。  


 4月28日
 28日夜に登山口の旧・入広瀬村の「道の駅」に前泊しました。
 小出と会津とをつなぐ六十里越え街道は、春と秋の眺めが楽しめる峠道です。 私にとっては郷里の福島県と東京都を行き来する大好きなルートの一つでも あります。夜の峠道は往来する車が少なく、道路わきの車で窓を少し開けて シュラフに入り、静かな夜を過ごせました。
 この夜は8台の車が泊まり、その半数は渓流釣りや山菜ねらいの人たちの ようでした。

 4月29日
 快晴のため、冷え込みはきつく、朝には霜が降り、氷も張りました。
 4時30分に起きて、スープを作り、朝食。
 二分・二口の登山口めざして6キロほど移動しました。林道は除雪がすん でいました。しかし、猿倉橋の手前1キロほどの山の斜面から雪のブロック が車道に落ちているなど、まだ雪が安定せずに通行止めになっていました。 2キロ手前に臨時の車止めチェーンが設置されて、そこに車を停めて登山口 まで歩くことになります。



猿倉橋の登山口まで入れず、2キロ手前に臨時の車止めが設置。
ここから歩く


 6時04分発。
 目の下の西川には、幅30メートルほどの大きな堰堤から、轟々と雪解け 水が落下しています。残雪が道の両脇を埋める場所もあり、フキノトウが やっと顔を出したばかりでした。
 猿倉橋のたもとに、登山者様の案内小屋と20台ほどの駐車スペースがあり ました。



残雪の内部の空間に、ギシギシの若芽 




猿倉橋の登山口。20台分の駐車場は、まだ雪が残る 


 橋を渡って、左は、舗装された林道です。中高地沢沿いのこの林道 は、首尾よく予定したコースをまわってくることができれば、今日の午後に下 山してくる道です。
 私たちは、右の本高地沢沿いの右岸(上流から見て)の砂利道を進みまし た。200メートルほど行くと、行き止まりになって、登山道の取り付きに 出ました。



イワウチワ 


 急な道を登り出すと、雪解けの林床はイワウチワがそこここに群落をつ くって、ちょうど見ごろです。ここは、山開きの後には、何段かに分けて補 助ロープが設置される場所です。ブナが主体の明るい森は、芽吹きの季節を迎 えていて、木の芽の眺めも急登の私たちを励ましてくれました。
 右下を流れる本高地沢の対岸は、若いブナの木々に覆われています。
 夕べ、「道の駅」で一緒だった静岡県の釣り師は、猿倉橋まで私たちに先 行し、そこから本高地沢の対岸の除雪もされない作業道を進んで行きました。彼 らは、この沢の中流部の枝沢あたりに向かったのでしょう。雪面に渓流シューズ ですから、難儀しそうです。



護人清水の手前のブナ林。二口コースの尾根は、下部でも積雪は数十センチ


 私たちは、登山道の取り付きから30分ほどの登りで、小さな尾根を乗り越 し、ブナの林の中の小さな沢型に出ました。ここが「護人(ごにん)清水」の 湧き水がある場所らしい。空いた水筒に水を満たしたかったのですが、積雪が 1メートルを越しているため、水を得ることはできませんでした。

 この沢型から、20度ほどの傾斜のブナ林を100メートルほど直上しま す。アイゼンを装着して、いいピッチで取り付きました。
 尾根上まで登り切る途中で、進行右手に踏み跡が出ていました。進んで行くと、 山腹をトラバースする道です。数十メートル下には、沢が流れています。雪の 状態によっては、この登山道を使わずに尾根筋をたどる方が安全です。しかし、 今日の条件ならば行けそう。この先、ピッケルは使う場面こそあ りませんでしたが、用意してきて安心だったと思いました。私たちに先行する 地元の男性が気にしていた区間です。

 右下に、本高地沢の支流のオカバミ沢を見下ろしながら、トラバース道が続 きます。残雪が細い沢型を埋めている場所が連続し、斜度がある場所ではス リップに注意しながら、地面と雪面のトラバースを続けます。足元に咲くイワ ウチワや、対岸の美しいブナの尾根に、また元気づけられて、ゆっくり高度を 上げて行きました。イワカガミの冬越しの葉も、赤茶色に色づいて、花芽をつ けています。

 トラバースから高度を稼いで、尾根のてっぺんに上がりつくと、ひょっこり と大きな雪面に出ました。野球場が一つ入るかもしれないと思えるほどの、大 きな窪地で、谷内平の名がついています。尾根上にこんな地形ができるなん て、冬の豪雪がブナの生育をはばんでいるからか? 夏は笹原に変わるそうです が、風を避けられる地形のため、この時期はキャンプ地にも使えそう。
 谷内平では、私たちをときどきリードしてくれた地元の男性が、休んでいま した。守門岳には、年中、登るとのこと。
 「去年は何回ぐらい?」と聞くと、「体調があまりよくなくて、18回」。
 「今年は何回?」。「12回目だよ」。
 いやはや、驚きました。60歳少し前かな? というご様子でしたが、大好 きなんですね、守門岳が。



ルート中段は、やや痩せた尾根を登る。標高750メートル付近 


 彼は、また、いいピッチで登って行き、すぐに姿がみえなくなりました。
 ここから40分ほどの区間は、尾根がやや痩せてきて、岩の多い尾根と雪庇 の名残のブロック状の雪の上との連続になります。右下のオカバミ沢は数段の滝で 高度を上げて、前方には落差20メートルほどの滝も現われてきました(ウワバミ滝)。足場が悪い、気が抜け ない、登高になります。この尾根の下降は、残雪の時期は足場が悪い分、余分な時間 がかかるでしょう。
 そのかわり一帯は、マンサクの花が見ごろ。コブシ、山桜はもう少しだし、カタクリ の蕾も見られました。



マンサクが見ごろ 




ルート中段。標高850メートル付近。
ルート上の雪が解け、崩れだすと、手間どりそう 


 滝の上部には「中間点」という道標があり、私たちはこのさらに上部まで 登って、しっかり食事をとりました。ここは、「見晴らし台」と呼ばれている 場所の、やや上の地点と思います。標高は1000メートルを超えたところ。 昼前に山頂に着くには、この先はピッチを上げなければなりません。



ルート上段の最後のブナ林の登り。標高1100メートル付近 


 難場を抜けると、尾根は再び幅が広がり、厚い残雪の上を快調に高度を上げ て行けました。
 守門山は、袴岳、青雲岳、大岳の主稜線に向かって、西南ないし西側から何 本もの尾根が、列をなして稜線に達しています。私たちがすすむ二口尾根ル ートは、それらの登高尾根の、ほぼ真ん中あたりでしょうか。登るごとにどの 尾根もたおやかに雪原を広げて、周囲の景観は広大なものとなって行きま す。初夏には湿原の植物も見ることができる場所のようです。



主稜線はもうすぐ。青雲岳の山頂部の雪原の一角に出ます。
標高1250メートル 


 私は何度も立ちどまってシャッターを切りました。カミさんはどんどん先行 します。後続の2人パーティーが200メートルほど後を、いいピッチで上 がってきます。

 9時48分、稜線の分岐付近に出ました(標高1300メートル余り)。大雪 原といっていい景観です。
 南から、強い風が吹き付けます。まず全体が真っ白な高みの青雲岳(143 7メートル)登り、そのまま休まず、主峰の袴岳へ向かいます。

 大雪庇は、冬季に、青雲岳の北東側に発達します。この時期になると、雪庇 の「庇(ひさし)」の部分は、稜線下に崩落し、雪庇の基部だけが雪面がすっぱりと 切れ落ちた状態で稜線上に残っています。本来の地面の上に10数メー トルの厚い雪が残り、北東側は垂直にすっぱりと雪面が切れ落ちていて、 規模が大きな異様な景観です。いまの時期、巨大な厚さの基部を見 るだけでも、冬季の雪庇の張り出しのすごさを想像できます。
 守門岳の雪庇の発達が「東洋一」とされる のは、湿り雪の豪雪地帯であることが原因になっているのでは、と思います。

 雪の断崖の南東側、登山ルートの足元には、大きな雪原が広がっています。 この雪が消えるにしたがって、ハ イマツや潅木帯、湿原など、高低も複雑な地表が姿を現すのでしょう。いまは まだ、膨大な残雪がそれたすべてを白い世界のなかに、仕舞いこんでいます。
 青雲岳の高みに上がると、袴岳は、予想より遠めに感じました。いったん 下って、また緩斜面をひと登りさせられる高低です。ここで休むと気持ちの立て 直しがたいへん。気を取り直して、進みます。



青雲岳から、主峰の袴岳へ 


 10時16分、主峰・袴岳に登り上がりました。
 後続の2人パーティーは、すぐ後ろに迫っていました。
 山頂には、地元の例の男性と、私のカミさんが先着していました。
 広々とした高みです。
 北東側にほぼ垂直に落ち込む断崖は、大きな雪田と幾す じもの雪渓を刻み、早春の色合いを示し始めた小さな尾根を、落としていま す。古い登山道もほとんど廃道化し、人がほとんど入り込まない聖域のような 場所です。
 守門岳は休火山で、山頂北東側のこの断崖は爆裂火口とその崩壊のあとと見ら れています。穏やかな南西側の山容と対照的な、北半面の姿でした。



袴岳から浅草岳。逆光とモヤで展望はいま一つ 


 すぐそばに見えると思ってきた浅草岳と鬼ヶ面岳は、意外に距離をとって、 そして立派な山容でした。背後にうっすらと会津駒が見えますが、燧ケ岳はも やの中です。
 越後三山は、空中に浮かぶように白くそびえ、これももやに霞んでいます。 1山ごとに切れ落ちた鞍部は深く、それぞれが独立峰の大きさを感じました。
 その左に荒沢岳は判別できますが、平ヶ岳は今日のモヤではかなり霞んでい ました。山頂が意外に平らでない、「あの山」かなというぐらいの見え方です。

 10時30分すぎ、袴岳の山頂出発。  予定通り、大岳から保久礼小屋への周回コースへ向かうことにしました。



袴岳から青雲岳へもどる。白く広々とした雪原がつづく 




青雲岳から、大岳方面。雪庇の厚い基部が独特の景観 


 二口への尾根コースの分岐をすぎて、高度差でさらに100メートルほどを 下降すると、稜線のなかで一番、鞍部らしい鞍部に出ました。「網張」という 地名が付いた狭い場所で、ここは、山越えしようとする鳥を網で捕まえたこと から、この名があるそうです。こんな場所では、獲る方も獲られる方も、たいへ んです。
 もともと守門岳の「すもん」の名は、野鳥が巣守りする山ということから名 づけられたという説があります。大岳山頂には「巣守神社」も祀られていると のこと。鳥とこの山とは、縁がありそうです。

 ここ網張の鞍部は、北東側から大崩川方面をたどる登山道(廃道化)が、主稜線 に登りつく地点でもあります。
 雪田の上部に縦に深い亀裂が何筋か入っているあたりで、地面と雪の上の大 丈夫そうな場所に腰を下ろし、食事をとりました。風は除けられ、日差しはポ カポカでゆっくり休めました。例の地元の男性が、袴岳で出会ったとい う山友達と2人で通りがかりました。

 25分ほど休んで、大岳への160メートルの登りにかかります。
 近づいて、初めてわかったのですが、この山は遠目には、岩の多い山頂部が 北東側に垂直の岩場をもって、非対称さが際立つ山容に感じさせられてきまし た。でも、間近に見ると、切り立った崖状の地形のその上、山頂部に、厚みの ある雪の固まりがドーンとのっているのが実体だったのです。雪の厚さは、 すっぱり切れ落ちた垂直の雪面の高さで見て、20メートルはありそう。しか も、その雪の壁には、降り積もった雪の層をまるで地層のように数えることもできま す。青雲岳付近の雪庇と違って、ここでは登りながら見上げる角度に雪の 巨大な壁があるため、迫力を感じます。
 締まった残雪は、1立方メートルで0.6トン以上の重さがあるといわれま す。厚さ20メートルなら12トン。大岳の山頂部には、ざっと見て広さ80 メートル×100メートルを軽く超えるくらいの雪原がありますから、厚さを平均 10メートルとしても、総重量は数万トン規模。この大岳の山頂部は、中型タ ンカー1隻分くらいの雪の重みに耐えて、姿を守っていることになります。



大岳から、袴岳。北東面の爆裂火口の断崖の落ち込みがわかります

 大岳山頂に12時01分着。
 そのまま左(南南西方向)に直角に折れて、広大な雪面を保久礼小屋へと下 降しました。緩い斜面なので、シリセードを試みたけれど、滑りません。大ま たで、靴底を滑らせるように、元気に下降しました。



大岳からは、切れ目なしにのびやかな雪上ルートが続く。
下降はとっても楽ちん 


 保久礼小屋へと続く尾根は、途中で「馬の鬣(たてがみ)」のように細く長い 地形をたどります。地図上から読み取れるその地形が、上部からとても明瞭に確 認できます。細い尾根の上にたくさんの雪が積もり、これまた規模が小さいな がら雪庇が発達するため、5月を迎えようという今の時期に、一筋の雪の道 が、まっすぐのボブスレー・コースのように尾根上に出現するためです。雪の 道の両脇はブナの森なので、雪の細道と、樹木の縁取りの対照が鮮やかです。



キビタキ小屋 




キビタキ小屋の下では、ボブスレー・コースのような
雪の尾根道が始まる。ときどき地面が現れるが、
まだ残雪の道が続く 


 そのボブスレー尾根に入り込む手前、広いブナの斜面が、両側の谷筋に細めに 絞られかけたあたりに、キビタキ小屋がありました。野鳥好きの人が名づけた 名前でしょうか。
 小屋は半身が雪に埋まり、湧き水の水場(キビタキ清水)も深さ1メートルほ どの残雪の下です。

 キビタキ小屋からは、いよいよボブスレー・コースです。細い尾根の雪の道を たどってゆくと、丸太を固定して、階段とした登山道が、雪の下に見え隠れする ようになりました。その尾根が広い尾根となり、右手に母川の沢音が響くように なります。大岳からここまで、雪がない時期は、粘土質の山道は滑って登下降に 難儀すると想像しました。この区間に設置された丸太の階段は、900段以上も あるそうです。

 保久礼小屋に到着(12時51分)。
   保久礼小屋の水場も、名水に数えていい湧き水と聞いてきました。しかし、 残念。これまた雪の下でした。もう水筒の水はほとんどありません。



保久礼小屋 


 小屋からは、地形図にある登山道の記述をたどり、進行左手のセイカイ沢(中 高地沢の枝沢)への林道をめざします。東南面の山腹を電光形に下る急坂。雪 は強い日差しですでに半分の地面を被うだけ。これに粘土質の地面と、枯れ葉、 ネマガリダケ、左右から流れ込む雪解け水が障害となり、短い距離ながら手間 取りました。
 行く手に大きな堰堤が見えてくると、踏み跡は夏には草むらになる湿った斜 面に消え、右岸(上流から見て)をさらに堰堤脇まで下降します。
 25分ほどかかって、林道に降り立ちました。



林道に降り立つ場所に、堰堤があった。
写真後方左よりのなだらかな尾根上に登山道があり、
保久礼小屋はその尾根の背後にある 


 二口の登山口(猿倉橋)まで、ここから40分ほどかけて、ゆっくり歩き下り ました。その半分の行程は、砂利道を残雪が埋め、雪の下には側溝や溝状に掘れ た流水が流れ、危なくてさっさと歩くわけには行きません。薄い残雪を踏み抜 いて、側溝に脛を打ち付けてしまいました。
 でも、フキノトウや、斜面いっぱいに咲いたカタクリ、アヅマイチゲなど、 楽しみの多い道です。山の斜面から落ち込む枝沢の水を見て、乾いた喉を潤す と、森の枯葉や苔のやわらかい香りがしました。ブナの山肌は、陽を受ける場 所から先に若葉が開きだし、そこだけ明るい緑色に色づいています。まだ冬芽 の暗い森と好対照。残雪の白さも、コントラストを強調しています。



キクザキイチゲ 


 セイカイ沢が中高地沢に合流し、キャンプ場があるあたりのから下では、林 道は右岸に移り、舗装に変ります。道いっぱいに堆積した雪崩のあとを、雪の回廊のように 除雪した区間や小規模の土石流の跡もありました。この時期、一般車が林道の奥に入るのは、やはり 危険です。
 猿倉橋(13時57分通過)から車を停めた仮ゲートまで、さらに25分を 加え、結局、1時間余りの林道下りになりました。春の眺めに、周回コースを たどりきった満足感も加えて、充実感のある行程でした。(14時24分、車 止め仮ゲート着)



 






山の便り、大地の恵み (野原森夫)
http://trace.kinokoyama.net  
上信越 Index へ    HomePage TOP へ

記事、写真の無断転載を禁じます Copyright (c) Nohara Morio.
since Nov.2000