トムラウシ山

         1979年7月31日〜8月4日


 十勝側のトムラウシ温泉から、カムイサンケナイ川コースでトムラウシ山に登り、北沼、 化雲岳、忠別岳をへて、高原温泉に下山した。4泊5日の幕営縦走。

 カムイサンケナイ川の上部には雪渓が残っていた。そこからカムイ天上とよばれるピー クへの尾根を登りきると、ドーム状のトムラウシ山の山頂には、ワセダ沢をはじめとする幾 つもの雪渓が食い込み、この独立峰をいっそうきわだたせていた。
 重荷にあえいで一休みしたトムラウシ山頂の南側には、「トムラウシ公園」と名付けられ た、雪と岩と池塘とお花畑の別天地がひろがっていた。エゾコザクラが咲き乱れ、雪解 け水が軽やかな音をたてて流れる自然の庭園。休息は心地よかった。

 トムラウシの山頂は、黒い岩が積み重なって、意外に狭かった。山頂部は中央部がへ こみ、その周囲を馬蹄形に岩の堆積が取り囲んでいる。噴火口跡らしい。上がって見な ければわからない意外な景観だった。
 山頂から急な岩場を下降すると、この日の泊まり場の北沼に出た。この沼の水は青く澄み、 西側から北側にかけて白い雪田に囲まれて、「青い瞳」のように美しかった。水をくみに雪田の雪の下まで いったら、ポタポタと落ちるしずくの音が周囲を包む。氷の色まで青みがかっていた。
 稜線はザレが散らばる裸地で、テントは一晩中、バタバタとあおられた。
(1990年代からは幕営禁止になっている)

 3日め。天気が悪くて霧の中を化雲岳をめざす。北沼からは、晴れていればこちらも美し い庭園のような景観が続くはずだが、岩塊が堆積し、しばしば雪田が現れ、ガレ場でルート が途絶える中を踏み跡をひろっていくのは、むずかしい。一度は完全にルートを見失い、ガス が飛ばされるのを長いこと待つことになった。
 雨が降りかかる天気になったため、忠別小屋へ下降し、幕営する。

 4日め。白雲岳の手前、縦走路途中の高根ヶ原を右に折れ、大きな雪田を渡って、高原 沼へと下降した。沼の水は雨続きで増水していて、岸辺の登山道は水没していた。そのた め、ハイ松の枝から枝へと移りながら、沼べりをたどった。深い水面を下に見ながら、揺れ るハイ松の枝に足場をもとめ、ヒグマにおびえながら下山した。

 この縦走中、高根ヶ原で父子の2人連れパーティーとすれちがった。下山後、その2人が トムラウシ山の登高中に、道に迷って山頂の東面に入り込み、ワセダ沢付近の雪渓で滑落して 遭難死したことを知った。



FYAMAP(山と展望と地図のフォーラム)への投稿から(1999・7)

 日本百名山に入っている山のなかには、選者の意図に反して、現時点ではすでに「名山」 として登るに値するのかどうか、相当に疑問を感じる山がいくつもあります。また、選者自身 が、百名山を選んだあとで、この山をこそ入れればよかったと書いている名山もありますか ら、あくまで百名山は、一つの目安、参考データとして考えればいいものなのかも知れませ ん。
 だいたい、100で区切ることの意味付けも、選者もふくめて悩んだ跡がうかがえます。

 その百名山なかで、トムラウシは、登るのにかなりの労力と準備がいる山の代表格では ないかと思っています。
 たとえば、自力で衣食、寝具を担いで登らなければ、頂上に達することができない山が、 百名山のなかにいくつあるか、ということがあります。つまり、テントで行くか、小屋があって も簡素な避難小屋だけで、食糧、衣類や寝具、非常露営の準備なども含めて、自力で担い でいくしかない山です。
 こういう私は、百名山の登山事情を一部しか知らないのですが、資料で見たかぎり、少な い体験のかぎりでは、日帰りの山をとりあえず除き、途中に食事付き、ふとん付きの小屋 がある山を除くと、意外に純・自力で登る山は少ないことに気づきます。(日帰りの山、小屋 がある山も、いい山はいいし、難しい山もあるので、これで他を特別に区別してしまうという わけではありませんが、一つのジャンル分けとして「純・自力の山」ということを考えてみまし た。1、2泊しないと登れない山という分け方もできるでしょうし、とるコースによっても大分、 困難度は変わってきますから。)

 北からは、トムラウシ。ずっと飛んで大朝日岳。飯豊本山も上げたいけれど、2食付きの 小屋があります。あとは、平ヶ岳は日帰りは超強行軍ですから、資格があります(通常ルー トなら)。皇海山は林道コースが開かれて、短時間で登ることができるようになりました。でも、 この山も魅力ありますね。
 北アはすべてまかない、寝具付き。南アでは赤石・荒川はコースによっては食糧を頼れな いようですし、聖岳は、管理人がいるものの素泊まりの小屋だけです。
 屋久島は、ちょっと、わかりません。

 こうして見ると、頂上へのルートに有人の小屋がない、あっても避難小屋だけという奥深い 山の中で、トムラウシあたりはその筆頭格ということになります。食糧、寝具、場合によっては テント(盛夏は避難小屋が満杯で頼れない)もふくめて、必要なものをすべて担いで登る山と いうことですね。

 ところが、最近のトムラウシのガイドを読むと、十勝側のトムラウシ温泉 から林道を車で上がることができるようになって、超強行軍で日帰りも可能になっている様子 です。実際には、どうなんでしょうか。

 百名山のなかに、純・自力の山を残しておくというのも、味のあることではないかなと、思って きたのですが、風前のともし火になっている様子です。
 ルートによってはトムラウシへのコースは、大雪の奥深いところを、心ゆくまで味わって歩 くという感じですね。

 1979年にトムラウシ温泉から上がったことがありましたが、花と岩と雪の庭園の美しさに魅 了されました。私は、このとき高根ヶ原で40 代と中学生の父子のパーティーとすれ違い、あいさつをかわしました。下山後、この父子(お父 様は大学の教官をされていた方でした)が、トムラウシの登りで霧にまかれ、頂上北東側の急な 雪渓に降下して、お二人とも亡くなられたことを知りました。ちょうど、私も日本庭園の下降で霧 でルートを見失い、30分余りも見通しが回復するのを待つという目に遭ったので、印象に残って います。
 このお父様は、登山経験が相当に豊富な方でした。

 どの山もそうですが、百名山ブームいらい、夏は人があふれるようになったトムラウシも、一面、 そういう厳しさ、原始性をもった山だと感じます。「純・自力」は、心構え、備えとしても、大事なことだ と感じています。

       1999・7・7   野原森夫




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