初冬の日高  楽古岳

       1979年11月2〜3日
   北大秀岳会(コンペイさん、野原ら5人)




右が楽古岳。メナシュンベツ川の林道から。1979年11月


 高校時代から登りたかった日高・楽古岳。その山にようやく登る機会がやってきた。し かも、札幌での生活の最後の年に。工学部職員のコンペイさんの誘いにのって、彼 をリーダーとする北大秀岳会の5人パーティーでの入山となった。メンバーは他に工学 部学生のM君、理学部院生(植物学)や市内の専門学校生らも加わった。

 ディーゼル・エンジンの音がすごいコンペイさんのトヨタ・ランドクルーザーで、道央自動車 道を苫小牧まで、さらに襟裳岬方面へ海岸沿いの国道を走った。浦河警察署で登山届 けをすまし、車は牧場や荒れ地の広がる中を、川を見下ろし、尾根を越えて、日高の山 ふところへと分け入っていく。日高幌尻川を離れてメナシュンベツ川沿いの道に入ると、 谷はぐっと狭くなってきた。



楽古岳登高ルートのGPS画像。
GPSトラック・ログは、2000年9月にこのルートから登ったFYAMAPのノロシ山さん(札幌市)が、
GPS12XLで記録したデータをもとにしています。
カシミール3D(DAN杉本さん 作)で描画。
(国土地理院数値地図50メートルメッシュ標高を使用)


 今野さんにとっては、楽古岳は2度めの挑戦ということで、雪辱に燃えていた。とにかく 気合が入っていた。メナシュンベツ川沿いの林道をたどっての走行では、右岸の道を行 くところを左岸の林道に入り込んでしまった。引き返すのは時間のロスだと思ったのか、 今野さんは、林道を離れて川へ下降し、ランドクルーザーで強引に対岸へ渡り始めた。

 この「ランドクルーザーの川渡り」は、くわしく書けば、ちょっと恐い体験だった。車が川 原に下りていくと、道は川に直角につきすすんで、水辺で消滅していた。「この川を渡ら ないと登山口へ行けないんだ」というコンペイさん。一瞬の停車の後に「そんなに深くないか ら大丈夫だ」といって、ゴッゴッゴッとランドクルーザーを川へ乗り入れた。しかし、意外に 水量は多いし、川底には大きな玉石がころがっている。その石を乗り越えるたびに、車は 右に左に大きく傾いて揺れた。ついに大きな玉石にタイヤを押さえられたのか、前に進む ことができなくなった。
「うわっ、水だ」。水が、なんと、座席の足元にしみ出してくる。「大丈夫。この車には特別 のギアがついているんだ」とコンペイさんは少しも動きを止めず、ギア・チェンジして、今度は エンジンをずっと激しくふかした。石を押しのけるように前進し始めたランドクルーザーは 幅15メートルばかりの川を渡りきって、そのままエンジンを激しくふかしながら対岸の土手を猛 然と登りだした。「まるで、戦車みたいな車ではないか」。

 それでも、帰り道ではこの「恐怖の川渡り」は再現されず、車は正規のルートで帰ること ができた。



 午後3時ごろにはメナシュンベツ川の右岸のやや開けた登山口に到着。そこからは右岸 に続く林道をしばらく歩き、途中で林道から右へ折れて、登山道の踏み跡に入っていった。 踏み跡は、沢の渡渉をくりかえしながらメナシュンベツ川の本流(パンケ沢)を遡っていく。ミ ズナラやカンバはすでに葉を落としていたが、明るく、美しいルートが続いていた。川原での 休憩のときには、美しい渓相に魅かれて、持参してきたルアー竿を振って遊んだ。

 けれども、いい気持ちばかりではなかった。というのも、林道をそれて登山道を登りだした ところで、ものすごい物を見てしまったから。バケツに1〜2杯分ほどの大量の木の実が未 消化のまま、草地にぶちまけたように広がっていたのだ。きっと熊が食べて、腹をこわして、 下痢でもした跡だ。  おかげで、その夜、上流の上二股での幕営は、寒さだけでなく熊の襲来にも身構えて、何 度も目を覚ますことになった。

 翌日は、冬の遅い夜明けと同時に、ザックを背負って登り出した。沢をはなれ、笹とミズナ ラ、それに灌木混じりの尾根をぐんぐん登る。標高1100メートルあたりまで登ると、いったん登り は緩やかになり、ハイ松や灌木、笹の原っぱがのびやかに広がっていた。展望もぐんと広が る。昨日、ふもとから遠望した三角形の楽古岳の頂きが、いまは指呼の先だ。頂上から真下 へと落ち込む谷は深く、山肌には雪と風で白い幹を不規則に曲げられたダケカンバが立ち並 んでいる。日高特有の景観だ。冬に入ったこの時期は、余計に荒涼とした感じを強くする。

 尾根はもう一度狭まり、傾斜はいっそう増す。上部で西からくるもう一つの尾根と合わさる と、山頂は近い。足元は霜柱、膝下の丈となった灌木の枝は霧氷でおおわれ、透き通ったア イスキャンデーのようになっている。理学部の院生氏は、氷に包まれた木の芽をしきりに折り とっては採集している。寒冷地の植物の研究が専門とかで、「こんなふうに凍った木の芽が組 織が壊されることもなく、春になるとちゃんと芽をだしてくる。どんなしくみになっているのか調べ ているんです」という。

 楽古岳の山頂(1472メートル)に着く。寒い。岩も灌木の枝も凍りついている。さっきまでは晴れて いたし、いまも上空はガスの割れ目に青空が見え隠れしているのに、視界もない。今度はコンペイ さんが無線機を出し、アンテナまで持ち出して、「ハローCQ」と札幌の山仲間と交信をやりはじ めた。いろんな山登りの楽しみ方があるものだ。

 零度以下の気温と強い風、そして視界をさえぎるガスが飛び交う山頂を早々に退散する。さき ほどの尾根を下り始めると、うそのように風がなくて暖かい。谷側へ水平に張り出したカンバの 幹に乗って絶景を楽しみ、ゆっくり下る。天気はまた回復してきた。みんな満足そうな顔をして、 ゆっくりと沢沿いの道をたどる。あたりが薄暗くなり始め、ぐっと冷え込み始めたころに、車をお いた登山口へ。

 走り出した車の背後に、夕陽をうけた楽古岳が、顔を見せていた。名山ぞろいの日高の山並 みの中で、可愛らしくもある三角形のこの山も、精一杯背伸びをしているように見える。冬の色 に姿を変えつつあった主脈の山々も、みな、夕映えのなかで輝いていた。
 海の見えるところまで行かないうちに、ランドクルーザーはヘッドライトを点灯した。





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野原 森夫