ムカデ・スキー

        恵迪山の会の山ノートから   1976年に記入


 「甘かった。こんな粉雪の山にワカンなんかで来るんじゃなかった!」―――そう 思ってもあとのまつり。銭函の桂岡のバス停を発った時には、もう冬の陽がかげる ような時刻で、加えて、ワカンでの悪戦苦闘が重なって、銭函峠に着いた時はもう 真っ暗になってしまっていた。

 峠の向こうは初めて行くコース、おまけに、暗くてのろくてどうにもならない。仕方 がないので峠を越えて少し下った樹林の中で、ビバークするべくツェルトを張った。 ツェルトにもぐりこんで、ローソクをつければ、ここは明るい安堵の空間。固形メタの コンロでラーメンをつくり、フーフーいって食べると、寒いのですぐシュラフに入っ た。

 その時、ツェルトのすぐ近くで人の声がした。「ここに泊まるんですか?」。ぼくが 事情を話すと、一緒にへルベチア・ヒュッテ(へルベティア・ヒュッテ)まで行こうと言う。ワカンだから遅いで すよと言っても、「ゆっくり行きましょう」と。こんな冷たい雪と背中合わせで寝るより は、と思い誘いを受けることにした。



当時のヘルベチア・ヒュッテの見取り図。山ノートから。翌年の白井岳ツアーの際に記入したもの。


 ビバーク地から樹林をどんどん下り、小さな沢を渡って林道へ出た。ヒュツテヘは、 あとはこの林道を下るだけである。ワカンとスキーの差はこの林道へ出て、てきめん に現れた。粉雪に一足ごとにひざ上まで没するワカン、平地を歩くような速さのスキ ー。おまけに林道の下り板がきつくなると、スキーの披はサーッと滑り下りて、暗い闇 の中に失せてしまう.ほくは気ばかり早ってぺースを乱し、いくらも行かないうちに、膝 ばかりか腰までもガクガクいい出した。

 「またどビバークしよう」、そう思い始めたころに、彼が独創的といいうか奇想天外と いうか、そういう提案をした。2人で1台のスキーに乗り、ムカデ歩きで進もうというの である。2度日の「渡りに舟」である。しかし、今度の舟もまた心細い。

 かくして、初対面のぼくらは、2人で2本のスキーに乗り、「イチ、ニィ、イチ、ニィ!」 とムカデ歩きを始めたのである。「イチ」で左足を前に出し、「ニィ」で右足をスライドさ せる。ぼくの足は、スキーのテールにただ乗っているだけなので、これが遅れるとスキ ーにおいていかれて、片足が深雪にもぐり込む。加えて、バランスを失ってもいけない。 そして、林道の傾斜がきつくなり滑降が始まると、ハランスをとれという方が無理なくら い倒れに倒れる。こうして、ぼくらは何度も転倒しながら、それでも前よりはいいピッチ で距離をかせいだ。夢中だった。転んで粉雪に埋もれて、我に返った時、いつのまにか 星空になっているのに驚いたりもした。

 小樽内川道に出るとすぐにヒュッテの灯りが見えた。ヒュッテには、ぼくとムカデ歩き をしてきた彼を、明るいうちにここに着いて待っていたAACHのパーティーがいた。夕陽 の沢のところに冬眠前のひぐまの足跡があったろうと言われたけれど、ばくらは、星空 に見とれムカデ歩きに夢中で何も気がつかなかった。

 薪ストーブをたいた暖かい部屋でグッスリ眠ったぼくは、翌日お昼近くに起き、白井岳 行きの計画をとり止めて小樽内川道を定山渓へと下りた。初冬の陽の光がまぷしい長 い長い道。途中、大漁沢のあたりに、また、でっかいひぐまの足跡があった




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野原 森夫